異世界で黒猫君とマッタリ行きたい

こみあ

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第11章 北の森

23 獣人の村3

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「じゃあ始めるよ」

 夕食を終えた私は、黒猫君をベッドに移して自分もそこに乗って向かい合わせに座った。もし黒猫君が大きくなると、私じゃとても抱えきれなくなるかも知れないから。
 黒猫君はまだぐったりとしてて、ぺたりとベッドに伏せたまま手だけをこっちに伸ばしてる。
 私はその小さな猫の手を自分の手にそれぞれ掴んで、慎重に魔力を流してみる。途端、やっぱり黒猫君が顔を歪ませた。

「つ、辛いの?」

 私が問うと、黒猫君がコテリと首を傾げて薄く笑った。無理をさせちゃってる。それが辛くて私は俯いてしまう。

「どうしよう、なんで私がやると辛いんだろう。テリースさんはちゃんとパット君に出来てたのに」

 涙が溢れそうになってそれを見せまいと私がベッドに臥せると、黒猫君がよろよろと近寄ってきて私の顔にすり寄る。驚いて顔を上げたら鼻の先をぺろりと舐められた。
 思わず、涙がこぼれて、でも笑ってしまう。
 こんなに辛そうなのに、黒猫君はそれでも私を慰めてくれる。こんなに小さくなっちゃっても、黒猫君はやっぱり私にとっては一番頼りになる黒猫君のままだ。
 私も投げ出しちゃ駄目だ。難しいなら何か他の方法を考えなくちゃ。
 私はしばらくそのまま悩んだ末に黒猫君にお願いしてみた。

「黒猫君、もうちょっとだけ、やってみていい?」

 私がそうお願いすると、黒猫君はゴロゴロと喉を鳴らして返事してくれた。それを確認した私は、今度は自分がベッドに寝転がって黒猫君を抱きしめる。小さな黒猫君の体は、抱えるように抱くと簡単に腕に収まってしまう。そのまま、黒猫君をただ抱きしめながらゆっくりと魔力を広げてみた。
 黒猫君の手一か所から流すのではなく包み込むように。幾ら無駄になってもいいから、魔晶石に降らせた時のように黒猫君の身体全体に自分の魔力を振りかけていく。
 最初ピクンと身体を動かした黒猫君は、でも今度は苦しんでる様子もなくジッと目を閉じて静かな呼吸を繰り返してる。時々黒猫君の顔を覗き込みながら、私は流せるだけどんどんかけ流していった。
 しばらくすると黒猫君がフーっと太いため息を付く。私は一旦魔力を止めて黒猫君の顔を覗き込んだ。

「黒猫君?」
「……ヨッ」
「く、黒猫君! よ、よかったぁ~!」

 黒猫君がヒョイッと軽く片足を上げて答えてくれた。
 それだけで。
 私はもう涙がブワッと溢れちゃって止められなかった。抱き着いて抱きつぶしそうになって、黒猫君が「フゲッ」って腕の中で鳴いて慌てて緩めて顔を覗き込んで。

「よかった、黒猫君、よかった~」
「ああ、分かったから、そんな泣くなよあゆみ」

 黒猫君が少し持て余したように顔を歪ませて私の顔を舐めた。私のこぼれ続ける涙を舐めてしょっぱいと言って文句つける。

「あ、当たり前だよ、だって涙だもん」
「だから泣き止めよ。もう、かなり楽になったから」
「ほ、ほんとに? お腹痛くない?」
「腹はもう全然痛くない。お前のお陰だ。ただゲッソリ力がなくなってて動けなかっただけだ」
「そうだったんだ、よ、よかった~、あんな、治療、したこと、なかった、から、ふ、ふえぇぇぇ~ん」

 黒猫君が何といおうと、私はどうしてもすぐには泣き止むことが出来なかった。

 やっとしばらくして私の涙も収まり、息も付けて顔も拭いてひと心地付いた所で黒猫君が猫の手で私の顔を挟む。

「あゆみ、本当にありがとうな。俺、結局お前に助けられちまったな」
「な、なに言ってるの黒猫君! 君、私を庇って怪我しちゃったんじゃん」
「ああ、それはいいんだ。というか本当に良かった、お前が怪我しなくて」
「い、いい訳あるかっ! 黒猫君が死んじゃうかと思って、私、ホントに、ホントに怖かったんだからね」

 私がまた泣きそうになりながらそう言うと、黒猫君が困った顔で私を見返しながら答える。

「それ……お前が怪我するたびに俺がいっつも感じてた奴だから。今回、初めてお前が怪我する前に助けられて、本当に良かった」

 そう言って、猫のちっちゃな手で私の頭を撫でてくれる。黒猫君の身体はちっちゃくて、黒猫君の手もちっちゃくて。でもその手に撫でてもらうとまるで大きな黒猫君に撫でてもらってるみたいにホッとした。

「それで今の現状だけどな」

 まだまだ黒猫君が喋ってくれたっていう感慨から抜け出しきれない私をよそに、黒猫君が寝転んでる私の横でちょこんと座って周りを見回す。それであっと思い出して私もすぐに返事した。

「ごめん、まだ何にも説明してなかったね」
「いや、いい。大体わかってる。動けなかったけどな、意識はそこそこあったんだよ。お前がずっと抱えてくれてた時もここに来てからも」
「え!? そうなの!?」
「ああ」

 そう答えた黒猫君が、またも猫の手を伸ばして私を撫でてくれる。

「よく頑張ったな、あゆみ。一人でも頑張って歩いて頑張ってベンと一緒にここまで来て。お前の声、ずっと聞こえてて凄く嬉しかった」

 ああ、また泣いちゃいそうだ。黒猫君、あれ全部聞いてくれてたんだ。ずっと勝手に話しかけてただけだったんだけど、それでもちゃんと聞いてくれてたんだ。

「あそこを動いたのは別に間違いじゃない。確かにオークが戻ってくる可能性はあったし、下手したらもっとヤバい連中が一緒に来てた可能性もある。よく自分一人で決めて行動できたな。それにベンに捕まった時、お前いつでも逃げ出せると思ってわざと抵抗もせずについてきただろ?」
「あ、うん」

 実はそうだった。
 さっきオーク相手に光魔法を出した時に実は私、あることに気づいてしまった。多分今の私、周りの迷惑を考えなければどこでも誰相手でも結構何とかなりそう。
 逃げ出すだけならいつでもできる、そう思ってベンさんの後ろについてここまで来ちゃったのはその通りだった。だってこの鎖だって多分簡単に溶かせちゃう。
 だけど目の前の黒猫君は撫でていた手を止めて、真剣な顔で私に向き直った。

「お前、その考えだけはとっとと捨てろ」
「え?」
「お前の魔法、下級以外はやっぱり当分使用禁止な。あんなとんでもなく危ないもの、絶対使うな!」
「で、でも緊急時には……」
「よく考えろ。あれ、もしバッカスがあっち側に立ってたらどうなってた?」
「…………」
「コントロールの利かない力なんて武器というより凶器だ。そのうちナンシーで一緒に学校いってコントロール覚えるまでマジで使うことは考えてくれるな」

 猫の顔を器用に心配げに歪めた黒猫君に真剣にそう諭されて、私も申し訳ない気分になってしまう。
 言われてみればその通りだよね。でも。

「そう言っても俺も固有魔法使っちまったから人の事言えねえんだけどな」
「そうだよね。バッカスたち、本当に無事でいてくれるといいんだけど」
「ああ。お互い、本当にマズくなるまではマジ自重しような」
「……うん」

 そこは私も納得する事にした。頷いた私を見た黒猫君が優しく微笑んで、そして私の鼻の頭に口を寄せる。
 あ、これ、黒猫君のキスだ……
 嬉しくて、本当に嬉しくて。私も黒猫君の頭の上にキスを返して、そして答えた。

「分かった。他に本当にどうしようもなくならない限りもう使わない」
「ああ。ところであれ、煮干しだよな」

 私を眩しそうに見つめながら私の答えを聞いてた黒猫君は誤魔化すようにそう言って、ベッドを飛び降りてテーブルに飛び乗りさっき私がもらった煮干しの袋を手でつつきまわし始めた。

「うん、でもこっちにまださっきベンさんに貰ったのがあるからどうぞ」

 私は元気に飛び跳ねる黒猫君の様子にホッとしながら、ポケットに入れてた煮干しを取り出してその中の一つを黒猫君に差し出した。それを目にした黒猫君はすぐにまたテーブルを飛び降りてこっちに来る。伸ばした私の手から煮干しを口で受け取り、それを咥えたままもう一度ベッドに乗って二本の前足で支えてカリカリと齧り始めた。
 うん。その食べ方だけ見てると、まるっきり猫だねぇ。

「黒猫君、もう少し治療を続けない? 人の形に戻れるまでやったほうがいいよね」

 私が残りの煮干しを黒猫君の横に置いてそう言うと、黒猫君がちょっと天井に目をやってため息をつく。

「多分、そんなに簡単じゃないと思う。ゆっくりやればいいさ」

 あれ? 珍しい。いっつも人間の形に戻りたがってたのに、今回は黒猫君いいのかな?
 そう思いつつも。実は猫の姿のまま私の手から煮干しをせしめてカリカリやってる彼の姿が可愛くて、思わずしばらくこのままでもいっか、などと思ったりしたのは秘密にしておこう。
 それから黒猫君が煮干しを次々とカリカリやってる間に、私は洗濯を終わらせてしまうことにした。今度は窓から水を捨てられるから楽ちんだ。
 あ、下着も結構血で汚れちゃってるな。私はそれも脱いで一緒に洗っちゃう。

「……あゆみ、お前俺がいるの忘れてないか?」
「え、わ! 黒猫君あっち向いて! こっち見ない!」

 うわ、本気で忘れてた。まずい、猫になられちゃうと色々気が抜けちゃう。
 黒猫君が肩を竦めて仕方なさそうに後ろを向いてくれた。なんか「もう今更だけどな」とか言ってるけど、やっぱり裸を見られるのは困るからこれからも気をつけなくちゃ。
 自分の服と黒猫君のズボンも洗濯終わらせて、部屋の椅子とテーブルに掛けたまま風魔法で乾かしとく。その頃には黒猫君も煮干しを数個食べ終わって満足そうに手とヒゲの掃除を始めてた。
 下着だけ先に乾いたのでそれだけ着ちゃうと黒猫君が声をかけてくる。

「あゆみ、終わったんならもう寝とけ。お前も今日は疲れてるんだろ」

 そう言ってベッドの隅にいく黒猫君の横に転がった私は、目の前で丸くなってる黒猫君を抱き寄せて腕に抱え込んで目を閉じた。黒猫君も嫌がらず、そのまま素直に抱きしめさせてくれる。

「おやすみ黒猫君」

 そう言って腕の中の黒猫君の猫の額に自分の額をくっつける。
 一瞬額に当たる黒猫君の毛がちょっと擽ったいなんて思ったけど、でもそれを最後に一気に気が抜けた私は優しい闇に溶け落ちるようにそのままスーッと眠りに落ちちゃった。
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