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第3章 始動

14 魔法

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「では今のうちに簡単なテストだけ終わらせてしまいましょう」

 夕食を終えると、テリースさんが私たちを治療院の裏庭に連れ出した。

「キールさんたちはいいんですか?」

 そう、今日の夕食の席にはキールさんたちも混じってた。その分食い物をよこせと言って、黒猫君が今日持ち込まれた食べ物の中からソーセージを引っぱり出してきてキールさんに隊の経費で買い取らせてた。
 因みに今日持ち込まれた作物は一部まだここ治療院で預かってる。と言うのも、今日あのあと他にも2つの村から作物が運び込まれたのだ。同様の取引をしたのはいいが、さすがにパン工房も卸さんも、これ以上今は引き取れないと言って置いていってしまった。その残された食料品の中からアルディさんはしっかり兵舎分の食料を確保してた。またその中から黒猫君が引き出してきたのだ。
 残りの買取は明日の朝からとキールさんが宣言したので他にはまだ持ち込まれていないけど、明日がどうなるのかかなり怖い。

「キーロン殿下は今日は一旦兵舎に戻られました。明日にはこちらに移って来られるそうです。お部屋は同じ二階になりますよ。一階の診療室をいくつか空けて執務室に作り変えるそうです。まあ、診察室ばかりいくつもあっても実際に診察できるのは院長と僕と臨時でたまに来てくれている通いのドリスさんくらいですからね。余ってはいたんです」

 そう言ってちょっと苦笑いをする。

「それではお二人ともこちらにいらしてください」

 テリースさんに連れられて私たちは庭の真ん中まで出てきた。私の為にはわざわざ椅子を一つ持ってきてくれてる。

「それではあゆみさんから始めましょう。両手を私の手に重ねてください」

 そう言ってテリースさんが自分の手を広げて上を向けたまま私のほうに突き出した。
 一瞬ためらいつつも、言われた通りその上に自分の手を重ねる。
 テリースさんの手は相変わらず少しひんやりとしてサラサラだった。

「それではあゆみさん、これから私の魔力を少しずつあゆみさんに流していきます」

 そう言ってすぐ、重ね合わせたテリースさんの手の平がなんだか熱くなってくる。
 その熱はなんかネットリしてて、まるで形があるかのように私の手のひらから私の中に入り込んできた。

「魔力を使ったことのない人は魔力があってもまずそれが循環してません。子供の頃であれば何かのきっかけで勝手に動き出すこともあるのですが、ある程度歳を取ると停滞した魔力はそのまま動きにくくなります」

 テリースさんの魔力がズルズルと私の中を這ってひじの辺りまで来た。

「普通魔力は心臓の辺りに溜まると言われています。ですから魔力を動かせる者がそこまで魔力を通して刺激してやれば、魔力のある場合は自然と体内を流れ出します。もし魔力がなければそのままになります。どこまで来ていますか?」
「今肩の辺りです。鎖骨の下を通って……あ!」

 心臓がドクンっと大きく鳴った。運動した時や驚いた時とは全く違う、まるで地震のような無理やり揺り動かされたような激しい動悸。
 そこから一気に体中が熱くなる。

「あ、あゆみさん、あなたとんでもない量の魔力が溜まってたようですね。こちらにまで戻ってきて……ああっ!」

 テリースさんが突然驚いたように手を振り払った。そのまま私もテリースさんも肩で息してる。黒猫君だけが心配そうに私たちの周りをウロウロと歩き回ってた。

「おい、大丈夫なのか?」
「う、うん、もう大丈夫。なんか心臓があんまり激しく高鳴りすぎてちょっとびっくりした」
「ん……だ、大丈夫です。すぐに回復します」

 そう言ってテリースさんもゆっくりと顔を上げる。
 後ろに椅子を置いておいてよかった。手を離された瞬間、崩れ落ちるように椅子に座り込んでた。

「ふぅ、あゆみさんには思いがけないほど大量の魔力がありました。ネロ君、あゆみさんの身体は何色に光っていましたか?」
「白っぽかったな」
「白ですか。でしたら雷系統ですね。他には相性の良い、水と火が多分使えます」
「ほ、本当ですか!?」
「え? あ、はい。使い方は今日は時間がないのでまた明日になりますが。次はネロさんを調べましょう」

 そう言って私の膝に乗っかった黒猫君に手を差し出した。差し出されたテリースさんの手に黒猫君がその小さな前足を両方乗せる。

「ではネロ君、始めます」

 そう言ってすぐ、今度は黒猫君が「うっ!」っと唸って体を捻った。
 すぐに黒猫君の身体が薄いピンク色に光る。

「ああ、ネロ君も結構ありますね。身体のサイズからするとちょっと多すぎるくらいです。あゆみさん、色はどうでしたか?」
「ピンクでした」
「ピンク……?」
「はい、そうですが」

 テリースさんが首を傾げる。もう一度試してみても全く同じ。

「ピンク色と言うのは聞いたことがありません。明日キーロン殿下とも話してみますが、何か特殊なものかもしれませんね」
「うわ、黒猫君すごいじゃない」
「いや、俺はあゆみみたいに分かりやすいのがよかった」

 ちょっと興奮した私とは裏腹に、黒猫君は疲れたようにはぁーっとため息をついた。
 朝が早くてすでに疲れ切ってた私たちは、そこでそのまま挨拶をしてそれぞれの部屋に戻ってきた。疲れてたけど、今度こそ階段はちゃんと自分でのぼった。
 部屋に入ってすぐ洋服を全て脱いで下着だけでベッドにもぐりこむ。

「お前脱ぎ散らかすなよ」

 優しい黒猫君が私が脱いでは床に放り投げた服をひとつずつ拾って椅子に掛けてくれた。

「ありがと黒猫君。今日はもうだめ。もう寝る。こっちおいで」

 私はベッドに上がってきた黒猫君を引き込んで布団を掛けた。
 今日は黒猫君もあまり嫌がらない。ま、私が無理やり抱きしめようとしなかったからかな。
 私の横に寄り添うようにして伸び上がって目を瞑った。私も黒猫君の体温を腕の背に感じながら瞼を瞑った。
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