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第4章 執務
2 開店
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「さて、どうしようか黒猫君」
執務室に入ると鎧戸の向こう側から沢山の声が聞こえ始めた。鎧戸にはめられた細い板の隙間から、いくつもの光がゆらゆらと揺れて、部屋の片側を照らし出している。
あ、明かりを付けないと。
ここの部屋にはどこも、あの時洞窟で見たのと同じ丸い球体の光源がある。この光源、実は中に入っている石が光るのだ。一種の魔石らしいんだけどこれだけは結構簡単に手に入るそうで、丸い球体は同じ石を削って作ったものなのだそうだ。普段は消えてるんだけど、振ると中の石が外の石と擦れて明かりが点く。なんかちょっと電池みたい。
「あゆみ、お前俺が肩に乗っても歩けるか?」
机にのぼってた黒猫君が私に聞いてきた。
「んー、もし黒猫君がバランス取れるなら多分大丈夫」
試しに黒猫君を持ち上げて肩の辺りまで引き上げてあげると、そこからは黒猫君が自分で勝手に上ってく。私の両肩にそれぞれ前足と後ろ脚2本づつ、爪を半分引っ掻けるようにして危なげなく立った。頭の後ろに黒猫君の胴体があって、そこから黒猫君の尻尾が私の首に巻き付いてくる。
「黒猫君器用だねぇ」
「いいからこれで窓の所まで行ってくれ」
そう、この診療室は一階の前庭に面している。窓を開ければすぐ、あの凄い人だかりが目の前なのだ。
この部屋の鎧戸と内戸はしばらく開かれてなかったようで、真ん中で引っ掻けるようになってるフックが錆びついていて開けるのにちょっと苦労した。それでもなんとかこじ開けると、外で待ってた人たちが一斉にバッと振り返る。一気に沢山の視線を浴びて凍りつく私の上で、黒猫君もちょっと身を硬くしたのが感じられた。
因みに黒猫君、君大きくなりすぎて、これ結構重いよ。
「あー、今日から働く予定のヤツ来てるか?」
私の上の黒猫君が大声で叫んだ。
黒猫君の頭は私の耳の直ぐ横にあって、片側の耳がキーンときた。慌てて耳をふさぐ。
「は、はい、来てます、来てます」
「じゃ、あんた、こっちに来てくれ」
言われて前に出てきた男性は歳のころは多分三十半ば。人当たりの良さそうな少し細身の顔で、濃い緑の髪を短く揃えて後ろに流し、綺麗なシャツと清潔なズボン。今までちゃんとした仕事をしてきたんだろうな、この人って格好だ。
「あんた名前は何だった?」
「タッカーです」
「じゃあ、タッカー、ここにいる人間の中でお前が知っていて取引が早い奴を先にここに連れてきてくれ」
「わ、分かりました」
「聞いたか!? 悪いが今ここは人手が足りない。処理しやすい奴から先に進めさせてもらうぞ!」
また私の上で黒猫君が群衆に向かって叫んだ。
「あゆみ、そこの椅子を窓際まで動かせるか?」
「ん、ちょっと待って」
椅子を引っ張るのはコツがいる。寄りかかれるところを探して、押すか引くか。
「ほらよ」
「え?」
目の前にスッと差し出された椅子にハッと目線を上げれば、そこには顔をしかめたピートルさんが立ってた。
「こんなうるさい中寝てらんねぇんだよ」
「あ、ありがとうございます」
文句を言っている割にはきっちり着替えて目もパッチリ開いている。
「いいからあんたらは始めろよ」
「ああ、ピートル、悪いがしばらくここにいてくんないか? あのタッカーっておっちゃん一人ってのはまずいんだ。あんたの感覚で変な取引の奴がいたら教えてくれ」
「分かった」
ムッとしつつも素直に返事してピートルさんはもう一つ椅子を引きずってくる。
そこからは来る人来る人皆さんの名前と商売を木片に書きとり、物品の情報、取引量と買い取り値段、売値を確認してその差額を記してく。
その差額を去年と今年の税の支払いに充てるか黒猫君が聞くと、大抵の人は喜んでそれを受け入れた。どうしても差額が必要って人には、あとでキールさんが来てから支払うように買掛金として計上して別途お待ちいただく。
「おい、それは時価が高すぎないか?」
「こっちは今売値が上がってるんだよ!」
「時価っつったって三か月前の十倍は行き過ぎだ、五倍以上は別途検査だ、向こうに並べ!」
「こっちは朝から来てんだぞ、早くしろ!」
「うるさい、こっちだってタダで助けてんだ、ごたごた言ってないでとっとと行け!」
「腹減った、誰かなんか食いものないか?」
「茹でたジャガイモならあるぞ、時価の三割引きでどうだ?」
「よせやい、ジャガイモなんて食えるか」
「いらないならこっちで買うぞ、四割引きにしとけ」
「良し、ジャガイモ欲しい奴こっちに並べ! 四割で買うやついるか? 三割五分でどうだ? 二部では?」
「こっちは立ち食いの焼き物じゃないか。こんなの取引受け取れなぞ、これもあと回しだ」
「おい、こっちはどこに持ってきゃいいんだ?」
「自家売りの奴はキールが来るまで外で待ってろ!」
……私の頭の上が凄いことになってる。みんな言いたい放題やりたい放題。
黒猫君、あのまま私の肩の上で交渉続けてるし。私も書きつけるのに忙しくて、両手が塞がって耳をふさぐ手もない。
喧嘩してるのか、商売してるのか、交渉してるのか。時々大きな怒鳴り声が響いて身がすくんじゃう。それでも誰も力で喧嘩を始める人はいなかった。
朝日が東の空を染め始めた頃、やっと待ちに待ったキールさんたちが到着した。
執務室に入ると鎧戸の向こう側から沢山の声が聞こえ始めた。鎧戸にはめられた細い板の隙間から、いくつもの光がゆらゆらと揺れて、部屋の片側を照らし出している。
あ、明かりを付けないと。
ここの部屋にはどこも、あの時洞窟で見たのと同じ丸い球体の光源がある。この光源、実は中に入っている石が光るのだ。一種の魔石らしいんだけどこれだけは結構簡単に手に入るそうで、丸い球体は同じ石を削って作ったものなのだそうだ。普段は消えてるんだけど、振ると中の石が外の石と擦れて明かりが点く。なんかちょっと電池みたい。
「あゆみ、お前俺が肩に乗っても歩けるか?」
机にのぼってた黒猫君が私に聞いてきた。
「んー、もし黒猫君がバランス取れるなら多分大丈夫」
試しに黒猫君を持ち上げて肩の辺りまで引き上げてあげると、そこからは黒猫君が自分で勝手に上ってく。私の両肩にそれぞれ前足と後ろ脚2本づつ、爪を半分引っ掻けるようにして危なげなく立った。頭の後ろに黒猫君の胴体があって、そこから黒猫君の尻尾が私の首に巻き付いてくる。
「黒猫君器用だねぇ」
「いいからこれで窓の所まで行ってくれ」
そう、この診療室は一階の前庭に面している。窓を開ければすぐ、あの凄い人だかりが目の前なのだ。
この部屋の鎧戸と内戸はしばらく開かれてなかったようで、真ん中で引っ掻けるようになってるフックが錆びついていて開けるのにちょっと苦労した。それでもなんとかこじ開けると、外で待ってた人たちが一斉にバッと振り返る。一気に沢山の視線を浴びて凍りつく私の上で、黒猫君もちょっと身を硬くしたのが感じられた。
因みに黒猫君、君大きくなりすぎて、これ結構重いよ。
「あー、今日から働く予定のヤツ来てるか?」
私の上の黒猫君が大声で叫んだ。
黒猫君の頭は私の耳の直ぐ横にあって、片側の耳がキーンときた。慌てて耳をふさぐ。
「は、はい、来てます、来てます」
「じゃ、あんた、こっちに来てくれ」
言われて前に出てきた男性は歳のころは多分三十半ば。人当たりの良さそうな少し細身の顔で、濃い緑の髪を短く揃えて後ろに流し、綺麗なシャツと清潔なズボン。今までちゃんとした仕事をしてきたんだろうな、この人って格好だ。
「あんた名前は何だった?」
「タッカーです」
「じゃあ、タッカー、ここにいる人間の中でお前が知っていて取引が早い奴を先にここに連れてきてくれ」
「わ、分かりました」
「聞いたか!? 悪いが今ここは人手が足りない。処理しやすい奴から先に進めさせてもらうぞ!」
また私の上で黒猫君が群衆に向かって叫んだ。
「あゆみ、そこの椅子を窓際まで動かせるか?」
「ん、ちょっと待って」
椅子を引っ張るのはコツがいる。寄りかかれるところを探して、押すか引くか。
「ほらよ」
「え?」
目の前にスッと差し出された椅子にハッと目線を上げれば、そこには顔をしかめたピートルさんが立ってた。
「こんなうるさい中寝てらんねぇんだよ」
「あ、ありがとうございます」
文句を言っている割にはきっちり着替えて目もパッチリ開いている。
「いいからあんたらは始めろよ」
「ああ、ピートル、悪いがしばらくここにいてくんないか? あのタッカーっておっちゃん一人ってのはまずいんだ。あんたの感覚で変な取引の奴がいたら教えてくれ」
「分かった」
ムッとしつつも素直に返事してピートルさんはもう一つ椅子を引きずってくる。
そこからは来る人来る人皆さんの名前と商売を木片に書きとり、物品の情報、取引量と買い取り値段、売値を確認してその差額を記してく。
その差額を去年と今年の税の支払いに充てるか黒猫君が聞くと、大抵の人は喜んでそれを受け入れた。どうしても差額が必要って人には、あとでキールさんが来てから支払うように買掛金として計上して別途お待ちいただく。
「おい、それは時価が高すぎないか?」
「こっちは今売値が上がってるんだよ!」
「時価っつったって三か月前の十倍は行き過ぎだ、五倍以上は別途検査だ、向こうに並べ!」
「こっちは朝から来てんだぞ、早くしろ!」
「うるさい、こっちだってタダで助けてんだ、ごたごた言ってないでとっとと行け!」
「腹減った、誰かなんか食いものないか?」
「茹でたジャガイモならあるぞ、時価の三割引きでどうだ?」
「よせやい、ジャガイモなんて食えるか」
「いらないならこっちで買うぞ、四割引きにしとけ」
「良し、ジャガイモ欲しい奴こっちに並べ! 四割で買うやついるか? 三割五分でどうだ? 二部では?」
「こっちは立ち食いの焼き物じゃないか。こんなの取引受け取れなぞ、これもあと回しだ」
「おい、こっちはどこに持ってきゃいいんだ?」
「自家売りの奴はキールが来るまで外で待ってろ!」
……私の頭の上が凄いことになってる。みんな言いたい放題やりたい放題。
黒猫君、あのまま私の肩の上で交渉続けてるし。私も書きつけるのに忙しくて、両手が塞がって耳をふさぐ手もない。
喧嘩してるのか、商売してるのか、交渉してるのか。時々大きな怒鳴り声が響いて身がすくんじゃう。それでも誰も力で喧嘩を始める人はいなかった。
朝日が東の空を染め始めた頃、やっと待ちに待ったキールさんたちが到着した。
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