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第5章 狼人族
3 工房
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テリースさんによると、テリースさんの持っていた楽器はすべて手作りだったのだそうだ。『手作り』とは言えそこは息の長いハーフ・エルフのテリースさん。どれもこれも数年を掛けて作った他に代わる物のない一品だったのだと言う。その真偽はともかくとして、それを使うとどうやら市販の楽器では出せない音階の音が出せるらしい。
テリースさんのその話を聞いてキールさんが「どうしてそんな大切なものを売り飛ばしたんだっ!」と激怒してた。どうもテリースさん的にはまたいつか作ればいいや、と言う程度だったらしい。
今一つ文句を聞いてないテリースさんに、「今すぐその楽器の行方を捜してこい!」とキレ気味なキールさんがテリースさんを急遽街のガラクタ屋さんへと送り出した。
その後しばらく交渉の方法を話し合った私たちがお昼を食べに食堂に入ると、ピートルさんとアリームさんが何やらニンマリと笑って出迎えてくれた。
「おい、言われてた注文の品だがな、うちの工房の奴に試作品作らせてみたぞ」
「こちらもです」
「え? もうか?」
「あんな単純なもん、うちの弟子たちだって一晩で作れるわ」
ピートルさんが少し胸を張って答える。
「見てもらうのが一番早い。お前ら一度俺たちの工房に見に来れるか?」
「え? ピートルさんお家に帰ってもいいんですか?」
「ああ、退院はまだだがな。元来俺もアリームもここに居なきゃいけない訳じゃないんだ」
「何を言ってるんですかお二人とも! 絶対に許しませんよ」
声に驚いて振り返るとテリースさんが楽器を片手に帰ってきていた。あ、珍しくテリースさんが怒ってる。
「テリースさん、笛が見つかったんですか?」
「はい、実はまだ誰にも売られてませんでした」
「え、でも売ったのは3年くらい前って言ってませんでしたっけ?」
「はい、そうですよ」
「……そんなに酷いつくりだったんですか?」
「とんでもない。ただそれなりの技術がないと音が出せないだけですよ」
私の問いにテリースさん、しれっと言ってのけた。
売るときは実践して見せたから結構いい値段で買ってもらえたけど、他の誰が試してもスースー音しか出せなかったらしい。
ああ、これテリースさん確信犯だった。ほとんど質に預けたようなつもりだったらしい。
「それでピートルさんとアリームさんが外出するのに何か問題があるんですか?」
話を戻せば、二人を軽くにらみながらテリースさんが答えてくれた。
「このお二人はすでに出戻りなんです」
「出戻り?」
「ええ。お二人とも骨が継げた時点で一時帰宅を許可したんです。ですが帰宅した途端、二人してまた工房に入って無茶やって。折角くっついた骨を外して一日で戻ってきたんです」
黒猫君と私が呆れかえって二人を見つめた。二人ともまるっきり悪びれない顔で反論する。
「あれはたまたま運が悪かったんだ」
「そうです、それまであんな安全弁が跳ね上がるなんてことなかったのに」
黒猫君がちょこっと首を傾げる。
「駄目ですよ、言い訳は聞きません。お二人の奥様方からも決してここを無断で出さないように言いつかっていますから」
「そんなこと言わないでこの試作品を見せに行く間だけでも頼む」
「もう絶対に無理はしません。道具も持ちませんから」
二人はやけに真剣にテリースさんにお願いしている。
「何でお二人は勝手に帰らなかったんですか?」
「帰れないんだよ。こいつの魔法のせいで」
「え?」
「私ではありませんよ。メリッサの魔法です」
「どっちだって同じだ!」
「どういうことですか?」
「メリッサにお願いして彼らを封印してもらってるんです」
「見せたほうが早いだろう。ついて来い」
そう言ってピートルさんが玄関口に向かった。因みに下の蝶番はキールさんが初日に直してくれていた。
「こうしてな、俺とアリームが出ようとすると……」
玄関に向かって歩いていたピートルさんは扉を開いてそこを……出れなかった。
扉をピートルさんの身体が全部出た途端、ピートルさんが憮然とした顔でこっちを向いて扉の内側に立ってた。
「メリッサがこの屋敷内だけで使える迷宮の魔法を二人にかけているんです」
凄い、メリッサさん。
「と言うわけだ。なあ、テリース。俺たちももう無茶はしないし、試作品を見せたら帰ってくるって約束するから行かせてくれ」
「そういうことなら兵を一人付けよう」
声に振り返るとキールさんが立ってた。
「しかしキーロン殿下……」
「時間もないし二人が一緒に行った方が話が早いだろう。それに、まさか俺がここで間に立ったのに返って来ないような愚かな市民はいないと信じたい」
キールさんの言葉に二人の顔色がスッと青くなった。
「も、もちろんです」
「必ず帰ってきます」
声をそろえて答える二人を見てテリースさんが大きなため息を突いた。
「分かりました。メリッサ、ちょっと頼みます」
「……はーい、なんでしょう?」
空間のどこかからメリッサさんの声が響いた。
「この二人にかけてある迷宮の魔法を一旦解除してください」
「了解で~す」
メリッサさんの軽い返事と共に、一陣の風が吹き抜けて二人を覆いこむ。風が吹き抜ける時に何か光るものが一緒になって飛んで行った。
「もう出れるのか?」
「はい。お二人とも、くれぐれも無茶をしないでくださいね」
「何他人事みたいに言ってるんだ、テリースあんたも一緒に来てくれ」
「私ですか?」
驚いているテリースさんに黒猫君が説明する。
「ああ。この試作品はあんたがいなきゃ使えないんだ」
「じゃあ、あゆみちゃん。今すぐ行けるか?」
「はい、今日はお願いしてたわら半紙が出来てくるまで書類の整理でもしようかと思ってただけですから」
話し合ってる間にキールさんが兵士さんを呼んでくれた。昨日私を送ってくれると言ってくれたトーマスさんだ。優しい兵士さんでちょっと安心する。私を抱えて下さると言うのは丁寧にお断りしたけど。みんなして私に過保護すぎると思う。
「じゃあ出るぞ」
ピートルさんがちょっと勢いをつけて扉を抜けると今度は確かに外に出れていた。
「アリーム、出れるぞ!」
「ほ、本当ですね!」
ちょっとした感動に浸ってる二人をせっついて、私たちは彼らの工房へと向かった。
工房は街の中心辺りにあった。中央を走る大通りからは一歩奥になるけど立地はかなりいい。
ピートルさんとアリームさんの工房は背中合わせになってて、中庭でつながってる。
中庭、と言うか物置と言うか。両方の工房から溢れんばかりのガラクタが押し出されるようにして積み重ねられ並べられた空間だ。
最初の試作品はピートルさんの工房にあるそうなのでそちらに向かう。ピートルさんの工房は雑然としながらも道具などが綺麗に並べられていて、何人もの若い職人の人たちが今も金づちで鉄を打ってた。時折熱風が巻いたり、埃が飛んだりしている。
「言われた通り数種類作ったぞ」
そう言ってピートルさんが出してきて見せてくれたのは2本のモップみたいな物だった。
「こちらが釘一本置き、こちらが釘二本置きに作ってある」
黒猫君が突き出されたモップの先を確認してる。モップみたいな柄と先の部分は木製で、先端の横棒は普通のモップより広くなってた。その横棒には紐の代わりに、一列に等間隔で長い釘が飛び出してる。さっき言ってたとおり、二本のモップもどきの釘はそれぞれ違う間隔で並んでた。
「ああ、注文通りだ。明日農村で試してどちらがいいか聞いてみよう。テリース、明日はあんたも農村に一緒に来てくれ。細かいことを打ち合わせしてきたい」
「分かりました」
モップもどきを受け取ったテリースさんがちょっと戸惑ってる。
「だがこんなもんどうするんだ?」
「麦の穂を落とすのに使うんだ。収穫の効率がかなり上がるはずだぞ。後、刈り入れもテリースが手伝えばかなり楽になるはずだ」
黒猫君がそう言ってアリームさんを振り返る。
「もう一つのはどうだ?」
「こちらはまだ完成とは言えませんが見てもらえますか?」
そう促され、私たちは中庭を抜けてアリームさんの工房へ向かった。
テリースさんのその話を聞いてキールさんが「どうしてそんな大切なものを売り飛ばしたんだっ!」と激怒してた。どうもテリースさん的にはまたいつか作ればいいや、と言う程度だったらしい。
今一つ文句を聞いてないテリースさんに、「今すぐその楽器の行方を捜してこい!」とキレ気味なキールさんがテリースさんを急遽街のガラクタ屋さんへと送り出した。
その後しばらく交渉の方法を話し合った私たちがお昼を食べに食堂に入ると、ピートルさんとアリームさんが何やらニンマリと笑って出迎えてくれた。
「おい、言われてた注文の品だがな、うちの工房の奴に試作品作らせてみたぞ」
「こちらもです」
「え? もうか?」
「あんな単純なもん、うちの弟子たちだって一晩で作れるわ」
ピートルさんが少し胸を張って答える。
「見てもらうのが一番早い。お前ら一度俺たちの工房に見に来れるか?」
「え? ピートルさんお家に帰ってもいいんですか?」
「ああ、退院はまだだがな。元来俺もアリームもここに居なきゃいけない訳じゃないんだ」
「何を言ってるんですかお二人とも! 絶対に許しませんよ」
声に驚いて振り返るとテリースさんが楽器を片手に帰ってきていた。あ、珍しくテリースさんが怒ってる。
「テリースさん、笛が見つかったんですか?」
「はい、実はまだ誰にも売られてませんでした」
「え、でも売ったのは3年くらい前って言ってませんでしたっけ?」
「はい、そうですよ」
「……そんなに酷いつくりだったんですか?」
「とんでもない。ただそれなりの技術がないと音が出せないだけですよ」
私の問いにテリースさん、しれっと言ってのけた。
売るときは実践して見せたから結構いい値段で買ってもらえたけど、他の誰が試してもスースー音しか出せなかったらしい。
ああ、これテリースさん確信犯だった。ほとんど質に預けたようなつもりだったらしい。
「それでピートルさんとアリームさんが外出するのに何か問題があるんですか?」
話を戻せば、二人を軽くにらみながらテリースさんが答えてくれた。
「このお二人はすでに出戻りなんです」
「出戻り?」
「ええ。お二人とも骨が継げた時点で一時帰宅を許可したんです。ですが帰宅した途端、二人してまた工房に入って無茶やって。折角くっついた骨を外して一日で戻ってきたんです」
黒猫君と私が呆れかえって二人を見つめた。二人ともまるっきり悪びれない顔で反論する。
「あれはたまたま運が悪かったんだ」
「そうです、それまであんな安全弁が跳ね上がるなんてことなかったのに」
黒猫君がちょこっと首を傾げる。
「駄目ですよ、言い訳は聞きません。お二人の奥様方からも決してここを無断で出さないように言いつかっていますから」
「そんなこと言わないでこの試作品を見せに行く間だけでも頼む」
「もう絶対に無理はしません。道具も持ちませんから」
二人はやけに真剣にテリースさんにお願いしている。
「何でお二人は勝手に帰らなかったんですか?」
「帰れないんだよ。こいつの魔法のせいで」
「え?」
「私ではありませんよ。メリッサの魔法です」
「どっちだって同じだ!」
「どういうことですか?」
「メリッサにお願いして彼らを封印してもらってるんです」
「見せたほうが早いだろう。ついて来い」
そう言ってピートルさんが玄関口に向かった。因みに下の蝶番はキールさんが初日に直してくれていた。
「こうしてな、俺とアリームが出ようとすると……」
玄関に向かって歩いていたピートルさんは扉を開いてそこを……出れなかった。
扉をピートルさんの身体が全部出た途端、ピートルさんが憮然とした顔でこっちを向いて扉の内側に立ってた。
「メリッサがこの屋敷内だけで使える迷宮の魔法を二人にかけているんです」
凄い、メリッサさん。
「と言うわけだ。なあ、テリース。俺たちももう無茶はしないし、試作品を見せたら帰ってくるって約束するから行かせてくれ」
「そういうことなら兵を一人付けよう」
声に振り返るとキールさんが立ってた。
「しかしキーロン殿下……」
「時間もないし二人が一緒に行った方が話が早いだろう。それに、まさか俺がここで間に立ったのに返って来ないような愚かな市民はいないと信じたい」
キールさんの言葉に二人の顔色がスッと青くなった。
「も、もちろんです」
「必ず帰ってきます」
声をそろえて答える二人を見てテリースさんが大きなため息を突いた。
「分かりました。メリッサ、ちょっと頼みます」
「……はーい、なんでしょう?」
空間のどこかからメリッサさんの声が響いた。
「この二人にかけてある迷宮の魔法を一旦解除してください」
「了解で~す」
メリッサさんの軽い返事と共に、一陣の風が吹き抜けて二人を覆いこむ。風が吹き抜ける時に何か光るものが一緒になって飛んで行った。
「もう出れるのか?」
「はい。お二人とも、くれぐれも無茶をしないでくださいね」
「何他人事みたいに言ってるんだ、テリースあんたも一緒に来てくれ」
「私ですか?」
驚いているテリースさんに黒猫君が説明する。
「ああ。この試作品はあんたがいなきゃ使えないんだ」
「じゃあ、あゆみちゃん。今すぐ行けるか?」
「はい、今日はお願いしてたわら半紙が出来てくるまで書類の整理でもしようかと思ってただけですから」
話し合ってる間にキールさんが兵士さんを呼んでくれた。昨日私を送ってくれると言ってくれたトーマスさんだ。優しい兵士さんでちょっと安心する。私を抱えて下さると言うのは丁寧にお断りしたけど。みんなして私に過保護すぎると思う。
「じゃあ出るぞ」
ピートルさんがちょっと勢いをつけて扉を抜けると今度は確かに外に出れていた。
「アリーム、出れるぞ!」
「ほ、本当ですね!」
ちょっとした感動に浸ってる二人をせっついて、私たちは彼らの工房へと向かった。
工房は街の中心辺りにあった。中央を走る大通りからは一歩奥になるけど立地はかなりいい。
ピートルさんとアリームさんの工房は背中合わせになってて、中庭でつながってる。
中庭、と言うか物置と言うか。両方の工房から溢れんばかりのガラクタが押し出されるようにして積み重ねられ並べられた空間だ。
最初の試作品はピートルさんの工房にあるそうなのでそちらに向かう。ピートルさんの工房は雑然としながらも道具などが綺麗に並べられていて、何人もの若い職人の人たちが今も金づちで鉄を打ってた。時折熱風が巻いたり、埃が飛んだりしている。
「言われた通り数種類作ったぞ」
そう言ってピートルさんが出してきて見せてくれたのは2本のモップみたいな物だった。
「こちらが釘一本置き、こちらが釘二本置きに作ってある」
黒猫君が突き出されたモップの先を確認してる。モップみたいな柄と先の部分は木製で、先端の横棒は普通のモップより広くなってた。その横棒には紐の代わりに、一列に等間隔で長い釘が飛び出してる。さっき言ってたとおり、二本のモップもどきの釘はそれぞれ違う間隔で並んでた。
「ああ、注文通りだ。明日農村で試してどちらがいいか聞いてみよう。テリース、明日はあんたも農村に一緒に来てくれ。細かいことを打ち合わせしてきたい」
「分かりました」
モップもどきを受け取ったテリースさんがちょっと戸惑ってる。
「だがこんなもんどうするんだ?」
「麦の穂を落とすのに使うんだ。収穫の効率がかなり上がるはずだぞ。後、刈り入れもテリースが手伝えばかなり楽になるはずだ」
黒猫君がそう言ってアリームさんを振り返る。
「もう一つのはどうだ?」
「こちらはまだ完成とは言えませんが見てもらえますか?」
そう促され、私たちは中庭を抜けてアリームさんの工房へ向かった。
応援ありがとうございます!
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