異世界で黒猫君とマッタリ行きたい

こみあ

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第6章 森

8 夕食会議

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 ノックしてキールさんの執務室に入ると、そこにはテリースさんと黒猫君がすでにいて、なんか話し込んでいた。

 なんだ、皆もう集まってたんならなんで呼んでくれないかな。

 でも私が部屋に入った途端、なぜかその3人が慌てて居住まいを正したのに気づいてしまった。

 あれ、何かここでも私は仲間外れ?
 流石にちょっと落ち込みそうだ。

「あゆみ悪い、ちょっと話し込んじまって拾いに行けなかった」

 文句を言おうと口を開くと、慌てた様子で黒猫君が手を合わせ、私に謝ってきた。

「トーマスさんと話してたからいいけどね」

 そう言いつつも、少し不貞腐れながら黒猫君の隣の椅子に座る。
 杖を折りたたんで膝に乗せるのはすっかり習慣になったな。

「コホン。あゆみも来たことだし本題に入ろう」

 わざとらしい咳を一つして、眉間にしわを寄せたキールさんが話しだした。

「今朝も言ったが買取品がかなり溜まってきている」
「それは聞いたが何でそうなったんだ?」

 私の横で黒猫君が少し首を傾げた。

「窓口の者に聞いたところによると、どうも市場の価格がかなり安定してこちらが設定した一割増しの買取価格が高くなりすぎているようだ」
「じゃあ時価が大体適正価格まで落ちてきたんだな」

 黒猫君が驚いた顔で返した。
 キールさんが嬉しそうに頷く。

「ああ。お陰で最近、結構な数の品物がここに残っちまってる。食料品は基本的に軍で買い取っているが、それ以外の木材、麻布、毛織物、鉱石、それから一部日用雑貨なんかが残っちまった」
「ああ、卸が見つかるもんは基本引き取ってたもんな」

 黒猫君はちょっと考えてからキールさんに質問した。

「税金の受け取りのほうはどうなってる?」
「そちらも大体おさまって最近はもうほとんど来ていないそうだ」
「だろうな。じゃあ簡単だ。もう窓口は閉めて、あとは普通に集まった商人と売り手の競場せりばとして前庭を提供しておけばいいな。ここに残ったものも買い手が付くまで一緒に出しちまえば自然にはけていくだろう」

「お二人ともちょっと待ってください。一つお願いがあるんですが」

 テキパキと提案する黒猫君と安堵しながら頷き返していたキールさんに、テリースさんが慌てて横から声を掛けた。

「実は農村に連れていった貧民街の皆さんのことなのですが、半数以上の者がこのまま農村に残って仕事を続けたいと言っています。ただ、彼らには今まで物を買うような余裕もありませんでしたから、ほとんどの者が生活用品を持っていません。今回のように短い間の仮生活ならばなんとかなりますが、今後も農村で生活を続けるなら皆少なからず生活用品が必要になるでしょう。街に戻ろうとしている者も、台帳に名前が載り次第、街で仕事を探すつもりに違いありません。ですから……」

 そこまで勢い込んで喋っていたテリースさんがちょっと困ったように言葉を切った。

「融通してあげて欲しいってことですよね?」

 代わりに私が言葉を継いだ。
 テリースさんが頷き返す。
 それを聞いた黒猫君が眉根を寄せてキールさんを振り向いた。

「キール。……因みにあんたの資金はどうなんだ? 大丈夫なのか?」

 ちょっと聞きにくそうにそう尋ねる黒猫君に、キールさんが苦笑いしながら答える。

「正直きついな。教会の奴らから取り返した資金は銅貨の価値が上がる前にほとんど使い切っちまった。俺個人の資産のうち、金貨はウイスキー工房の親父といくつか卸の連中に換金させてこれも底を突いている。今ここに残っている品物の一部はまだ買掛金を支払っていない。あとは俺個人のコレクションをかたにウイスキー工房の親父にでも金を借りるか、ナンシーに行ければまだ少し引き出せるが」

 キールさんの正直な自己申告を聞いて、黒猫君が「借金持ちの皇太子かよ」とからかいつつ、だけどなんかすごく嬉しそうに笑ってる。

「じゃあ、そろそろ金を作んないとマズいな。じゃあちょっとそのウイスキー工房の親父を連れてこれるか?」
「なにをする気だ?」

 陽気に答えた黒猫君を怪訝そうな顔で見返すキールさん。
 それに応えるように黒猫君がニカっと笑った。

「別にそいつを脅して金を巻き上げようってんじゃない。どの道ナンシーには一度行かなきゃならないし、その前にその親父を巻き込んで金を作る手立てを仕込もうと思うんだ」
「いいだろう、明日人をやってドンタスの親父を呼び出そう」

 不思議そうに首を傾げながらもキールさんが了承してくれる。
 それに頷いた黒猫君は今度はテリースさんに向き直った。

「オッケー、じゃあそいつとの話し合いが上手くいったら日用品は多分格安で融通できる」
「え? タダにするんじゃないの? だって貧民街の皆さん、お金ないんでしょ?」

 驚いて聞き返す私に黒猫君がフッと小さく笑いながら答える。

「今はなくとも働けば出来る。台帳に名前を載せながら借金もちゃんと書き込んでおけ」
「黒猫君、結構ケチだね」
「あゆみさん、それは違いますよ」

 つい呆れて言ってしまった私を、テリースさんがいさめるように口を挟んだ。

「以前も言いましたが、タダで物を与えるということはそれ相応の見返りを期待していることになります。逆に言えば、貧民街の皆さんは多分欲しくても手を出せないでしょう。それよりは充分返金できる金額で売ってあげたほうが親切なんですよ」

 あ、そうなんだ。
 なんとなく募金とかを想像してたんだけど、それが良いとは限らないのか。

 黒猫君は私にちょっとからかうような目を向けながら「なんだったらお前が肩代わりしてやればいいかもな」っと意地悪を言った。

 お互い無一文なのは知ってるクセに。

 そこにコンコンと扉を叩く音がして、トーマスさんが夕飯を運んできてくれた。

「今日は昨日の残りのスープとネロに教わったジャケット・ポテトです」

 テーブルに並べてくれたご飯を見て見れば、真っ黒に皮の焼けたジャガイモとスープ、それに一切れのパン。
 キールさんとテリースさんが配られた皿を前に眉をしかめる。
 それを見たトーマスさんが苦笑いしながらバターの壺と細い緑のねぎを刻んだものを出してくれた。

「俺もネロに聞いたときは半信半疑だったんすけど、半分に割ってこれを入れて中身だけ食うと本当に旨いんです」

 トーマスさんが顔をほころばせて説明してくれる。
 それでもなお疑いの眼差しを向ける二人を見ながら、黒猫君が実際に自分の芋を四つ割りにして真ん中にバターとねぎを少しパラパラと撒いてスプーンですくって食べ始めた。私も真似して食べてみる。

 うん、久々のじゃがバターだ! 醤油がないのが惜しい。
 あ、この世界、醤油なんてきっとどこにもないよね。
 うわ、分かってたけど、実際こういうものが目の前に出てきちゃうと余計悲しい。

 美味しそうに食べ始めた私たちを見て、キールさんとテリースさんも同じようにして口をつけた。

「お、美味しいですね」
「食えるな」

 二人とも驚いたように黒猫君を見たが、黒猫君は黙々と自分の分を食べ続けながら話し始めた。

「この前のニョッキもこのジャケット・ポテトも手軽に作れる。農村では腐るほどジャガイモが出来てるんだ、これからもこの手の料理はどんどん広めればいい。そうすれば麦への依存度も下がるだろ。保存の仕方さえ気を付ければ冬場も持つしな」
「なるほどな。以前中央から回ってきたときは、誰がこんなもん食うのかと思ってたが、ちゃんと食い方があったんだな」

 キールさんの言葉に黒猫君がちょっと眉をひそめる。

「待て、やっぱりこれも中央から流れて来たのか?」
「ああ、ナンシーで出回り始めたのが3年前、この辺りでも2年前くらいから出回ってる」

 それを聞いた黒猫君は、トーマスさんが部屋を出ていくのを待ってキールさんに話し始めた。

「あのなキール。このジャガイモだけどな、単に食料としてだけじゃなくて実は非常に重要な意味があるんだ」

 あっという間にジャガイモを2つも食べ終えてスープを飲んでたキールさんが、黒猫君の真剣な様子に手を止めた。

「どうせこれは今年どうしようもないことなんだがな。来年から先、ここの収穫を増やせるはずなんだ」
「どういうことだ? いや、なんでそんな重要な話、農村にいたときにしなかったんだ?」

 キールさんの顔つきが変わった。
 それを横目に確認しながら、スープを冷まし冷まし黒猫君が答える。

 あ、黒猫君、人型でも猫舌なのか。

「それはこの情報の影響を考えたからだ。俺たちが以前いた場所ではこれが引き金になって時代が動いた。だからそれを知った上でこの情報をあんたに上手く使ってほしかったんだ」

 キールさんはちょっと目を見開いて、すぐ顔をしかめた。

「お前がそこまで言うなら確かに今それを俺に教えてもらえるのはありがたいな」
「貧民が農村に移って人手が増えた今、この情報は多分、一気にここの状況を変えてくれる。あんたのことは信用してるが、頼むから貧民が割を食うような使い方をしないで欲しい」

 真摯にキールさんに前置きしてから黒猫君が始めた説明は、私にはちょっと分かりにくかった。
 だって、今農地の半分を休ませて半分で作ってる麦を、農地の4分の1にだけに減らして、他の場所は別の物を作ると言うのだ。
 なんでそれで収穫量が上がるのか良く分からない。

 それって結果的には現在の半分の面積しか麦を作らないことになるよね?
 でも黒猫君曰く、その半分の農地だけでも収穫量は変わらなくなるんだそうだ。そればかりか、残りの3つの畑ではジャガイモや飼葉、クローバーなんかが作れるんだって。

「でもクローバーなんて作ってもしょうがなくない?」
「いや、これはもうここでも一部やってるな。クローバーは牛の乳の出が良くなるんだ。農地にクローバーが広がっている間にそこを放牧に使う。牛や羊がそこに居るだけでその糞が土地をまた豊かにしてくれる。逆に今放牧にしか使っていない土地も開墾して畑に出来る」

 なんかよく出来過ぎてる気がするんだけど大丈夫なのかな?
 首を傾げている私を同様に首を傾げて黒猫君が見てくる。

「お前、これって高校で習うって日本人の観光客が言ってたぞ? お前本当に高校行ったのかよ?」
「し、失礼な。産業革命って言葉くらいは聞いたことあるよ」
「産業革命じゃなくて農業革命」
「…………」

 言葉に詰まった私をなんか偉そうに見下ろした黒猫君が、再度キールさんに向き直って言葉を続けた。

「正直この知識は俺たちがいた世界のここに近い地域の話であってそれがそのままここでもちゃんと出来るのかまだ分からない。だから何年か試さないと収穫や切り替えの時期が最高の状態にはならないだろうけど、今回の収穫の仕組みと併せれば今までよりは収穫全体が上がるはずだ」

 話を聞いていたキールさんが腕組みしたまま「確かにこれは影響が馬鹿にならない話だな」っと唸ってる。
 私にはそれがなんで大きな影響になるのかサッパリ分からない。

 まあ、食べるものがもっといっぱい出来て美味しくなるのはもちろん大歓迎だけどさ。
 出来るのが麦と芋ばっかりじゃ、あんまり嬉しくない。
 醤油とかお米なら嬉しいけど。
 ふと気づいて黒猫君に聞いてみる。

「ねえ黒猫君、ジャガイモはどうするの? そんなに作っても今ここの人たちあんまり食べないんだよね?」

 私が米が食べたいのと同じで、ここの人たちはパンが食べたい。
 いや、森にいた時は芋団子も充分貴重だったけど。

「ああ。ジャガイモはむこうでも元々は家畜の冬の間の飼料にされてたんだが、徐々に食用に変わったはずだ。食用の需要が上がればここでもそのうち金になる」
「ああ、それで黒猫君、色々なジャガイモのレシピを作るんだ」
「ま、それもあるし、ここの食料事情ではそれしか全員で冬を越す方法がなかったのもある」
「え? そこまでマズかったの?」
「いや、最初はどうにかなるかと思ってたんだけどな。キール達が俺達に言っていた街の人間の数には貧民街の奴らが入ってなかった。まあ、台帳にも載ってないから予測のしようもなかったんだがな。それが数えてみたら貧民の数が予想してた全体数を倍に押し上げたんだ。お陰で実は今年の麦の刈り入れを全て街で消費したとしても足りそうもなかった」

 キールさんもどうやら同じことを考えてたみたいで頷いてる。
 そんなこと思いもよらなかった私は、今知らされた爆弾情報にヒィと声が上がりそうになった。

 ジャガイモ大事だ!
 米なんて後回しだ。
 大切にしなきゃ。

「そう言えばバッカス達は冬の間どうするのか聞いてるか?」

 ふと思い出したように黒猫君が聞いてきた。

「ああ、冬眠はしないみたいだよ、冬に向けてもう干し肉作り出してた」
「あいつら干し肉作れるのか。だったらそれも仕事としてありかもな」

 黒猫君がまたちょっと考え込んだ。そのすきにテリースさんが立ち上がってみんなの食事を下げてくれた。

「ネロ、近いうちに農村に一緒に行って村長たちと話し合おう。俺達だけで話してても仕方ない。ただ、お前の言ってた通り、本当にこれが上手くいくんだとしたら、長い目で見た時色々話が変わってくる。下手したらこの街を襲う連中も出かねない」
「やっぱりそうだよな」

 黒猫君がため息をついた。

「不幸中の幸いだな。いまのところ、この街は完全に隔離されちまってるし人数も限られてる。お前が今これを持ち出したのもそれもあるんだろう。このままここを試験場にして情報を制限したいんだな?」

 黒猫君がチラリとこちらを見てから意を決したように話し始めた。

「ああ。あの砦、今日もう一度見て来たけどアレを通らないとナンシーにはいけないようになってるんだろ? バッカス達があそこを住処にしてくれたのは非常に都合がいい。あいつらを街の防衛に組み込んじまえばいいだろ」
「え?」
「ああ、ついでだからここの軍と連携させよう。なるべく早く正式に合意しておきたい」
「バッカスにはそれとなく話しておいた。あいつらもあそこの砦を使いながら北に残してきた女子供を迎え入れたいそうだ」
「え? え?」
「中に入っている中央の子飼いの話はどうなった?」
「今日あぶり出しをすることになった。手はず通りアルディの隊が合流して、見つけ出した『連邦』の奴らに見張りを付ける予定だ」
「え? え? えええ? ちょっと待てそれなんにも聞いてない」

 さっきっからチョロチョロ人の顔色伺っていた黒猫君が、私の非難めいた声に困った顔でこちらを見返した。

「あゆみごめん。お前、隠しごと出来ねぇだろ。だから今朝キールと俺で先に話合ってたんだ」

 なんか凄く嫌だ。
 バッカスもバッカスだ。なんで私に言ってくれないんだ。

 顔を赤くして思いっきり拗ねた私を見て、キールさんが目を細める。

「あゆみ、勘違いするな。これは俺がネロに頼んだ仕事だ。仕事の内容がお前に合わないからネロを選んだ。それだけのことだ。別にお前に隠しごとをするのが目的だったわけじゃない」
 
 キールさんの言っっていることは正しい。
 これは仕事で、黒猫君が適任で、私には不向きだった。
 それだけ。
 でも、分かってるけど、分かってたんだけど。

「でも知らなかったの、私だけなんですよね」

 どうやら私、自分が信頼できるって思った人達が相手だと、思ったことが全部次の瞬間には口から出ちゃうみたい。
 キールさんの説明は理解できてるんだから、こんなこと言う必要ないのに、だけどどうにもどうしても納得いかなくて。

 黙り込んだ私を困り顔で見ていた黒猫君が、はぁっと小さくため息をついて立ち上がった。

「悪い、今日はここで解散な。ちょっとそろそろこいつにちゃんと話付けて来るわ。明日もう少し話を詰めよう」

 なに勝手に一人で決めてるのって文句を言おうと思ったときには、またも勝手に抱き上げられていた。

「ちょっと自分で歩けるからもういいよ!」

 少し不機嫌に睨みつける私を、黒猫君が完全に無視する。
 キールさん達も困り顔で私を見返すばかりで何も言ってくれない。
 結局顔を見合わせているキールさん達に見送られながら、私は黒猫君に抱えられたまま部屋を後にした。
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