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第8章 ナンシー 

77 反省会12:キール

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 私がシモンさんの話をした事で執務室に一気に緊張が走った。黒猫君が凄く不機嫌そうにシモンさんを睨んでる。シモンさんも負けじとジッと強い意志を込めた瞳で黒猫君を見返していた。今にも黒猫君が切れて暴れ出すんじゃないかって私はちょっと気が気じゃなくて。
 だけど黒猫君が立ち上がるよりも早く、その場の緊張を解きほぐすようにキールさんが口を開いた。

「ああ、それでやっと何であの連中が庄屋の家にいたのかが分かった」
「あゆみさんたちはすぐに先に進んで気づかなかったようですけど、そのすぐ後ろから僕たちもあの通路を抜けて教会の祭壇に出たんですよ」

 アルディさんもキールさんの話を補足してくれる。キールさん達に出鼻をくじかれた黒猫君がイライラしながら椅子の上で身じろぎを繰り返した。私もちょっと居たたまれない思いでそれを見た。
 それを見て取ったエミールさんが私に向かって微笑みながらアルディさんの言葉を引き取って先を続けた。

「あゆみさん達が隠れている間に教会を通り抜けたのがナンシー公御一行です」
「ネロが教会に向かった後、抜け道から教会に向かった連中を追いかけて結局俺たちもあそこに出たんだ」

 そう言って私たちを見比べたキールさんが、まるで私に時間を与える様にゆっくりとその頃の自分たちの状況を説明してくれた。



 ──その頃領城一階(キールの回想)──

「西階段から上がった一隊が通路を塞ぎ終わりました!」
「結構です。狼煙用の薪の準備は?」
「出来てます!」
「ではそろそろ反抗勢力の燻りだしを始めましょう」

 エミールが俺のすぐ横で嬉しそうに指揮を執っている。
 全く。
 ネロには申しわけないがこいつは本当にタチが悪い。
 ネロが教会に向けて駆け出していった途端、気絶した振りをしていたこのエミールバカは嬉しそうに微笑みながら起き上がってきた。
 このバカ、ネロの足の速さを見込んで上の奴らを引っ掻き回し、自分たちを囮にして反抗する高位貴族だけを綺麗に一箇所に集めやがった。
 しかもご丁寧に自分たちが下に降りる時に作った大穴を使って連中の退路まで断っている。

 戦力的には十分こちらが上にも関わらず、こちらの生ぬるい対応の結果2階の東階段付近でバリケードを築かれてしまい、本来ならばこのまま反抗する高位貴族どもに籠城されかねない所だった。ところが結果的にはこのエミールバカの機転で事態は見る見るうちに進展していた。

 既に二階は穴のすぐ西側で濡れたシーツを使って煙が漏れないように塞がれている。その上でこのネロが開けた穴から煙を送り込まれたのでは奴らに逃げ場は殆どない。上にあがれば最上階で待っている俺の隊に捕まるか途中で煙に巻かれて死ぬだけだ。東棟に続く渡り廊下も二階と一階の間の踊り場にしかない。それも奴らに占拠される前にネロの手持ちの「包弾(改2号)」で塞がれていた。躊躇するネロの手持ちをこのエミールバカが奪って投擲したらしい。そのまま「この下に穴を」っと言って気絶した振りでネロに後を任せたという。
 やり方はともかく、お陰で二階で籠城しようとしていた一団は東階段を降りてくるより他に道がなくなった。

 狼煙に火をつけてしばらくすると階下に両手を上げて投降してくる高位貴族が出始めた。
 ほぼ全員、俺の後ろで金髪を掻き上げてるこのエミールバカを恨みの籠った真っ暗な目で睨んでる。
 俺の口から大きなため息が漏れる。
 たとえどんなバカげた理由であろうとも、国王である俺に反抗した罪は重い。通常ならばこいつらを処刑するどころか一族共々潰さなければならない。
 これは後で何かしらの救済処置を施さなければ。
 こんな馬鹿馬鹿しい理由で有能な文官達を大量に失うなんて冗談じゃない。
 それもこれも全てこのバカの女遊びのせいだ。
 憎々しい思いでエミールを睨み据えていると突然前方で声が上がった。

「お、おい、こら待て!」

 見れば投降する者たちに混じって10人程の一団がその場を守っていた兵を突き倒して強硬に階下へと抜けようとしていた。

「躊躇うな! 斬り捨てろ!」

 俺の叫びにも関わらず前で投降者を捉えていた数人の兵士が一瞬躊躇いを見せた。それがあのナンシー公を囲むようにして移動する高位貴族の集団だったことに気づいて舌打ちをする。
 ここまで来ても今までの権威はそう簡単には消え去らないか……
 しかもエミールが凍りつき指揮の対応が一瞬遅れた。あれだけ嫌っていても親は親なのだ。
 それでもすぐに跳ねるように飛び出したエミールは実戦配備されていたあゆみの『包弾(小)』を階下に向かう一段の背中に向けて投げ込んだ。

「ぎゃぁあ!」

 残念ながらその一瞬の躊躇いの間にその一団の先頭は階段を折り返して階下に消え、包弾は僅かに最後の一人を焼き殺したに終わった。
 久々に嗅ぐ人体の焼ける臭いに吐き気がするがこの歳にもなるとそれを抑えるのもわけない。
 同様に年かさのいった兵士が地面に崩れ落ちた半死半生の高位貴族の身体に濡れたシーツをかぶせて鎮火した。
 後ろで控えていた幾人かは炎に焼かれる男とその臭いに参って壁際に嘔吐している。ここ数年くらいの間に入隊した奴らにはきつかったのだろう。最近はオークも大人しく大きな戦闘も無かったから仕方ない。
 まあ、自分の吐いたもんは自分で片す。それが俺の軍における鉄則だ。吐けば体力を失う。そうやって皆吐くのを我慢するようになる。
 だがこっちは今それどころじゃなかった。

「エミール城外への抜け道はあの下か?」
「僕はまだ引き継いでいませんでしたがおそらく。構造的にはその可能性が一番高いと思います」
「お前まさかわざと逃したのか?」
「わざとといえばわざとです。これで教会への最短距離を教えてもらえますからね」

 口調と不似合いなエミールの寂しそうな微笑みに俺はこれがこいつの本心なのか言い訳なのか分からなくなった。

「キーロン陛下、南側の制圧が完了しました。地下の牢獄の一室から予想通りあゆみさんが見た子供たちが保護されています」

 そこにアルディが反対側から攻め入った一隊の様子を報告に上がってきた。
 俺は余計な考えを頭から振り払って前に進む。

「丁度いい、アルディお前も来い。エミールがわざと逃がした獲物を狩るぞ」

 俺がそう言うとエミールが少し残忍な笑顔を浮かべ、アルディが嫌そうに顔を歪めた。


 ナンシー公の一派を追って階段を降りたところで思わぬものを見つけた。
 東棟は城の半二階から回廊でつながっている以外抜けられないと思っていたが、東階段の一番下に使用人用の通路が抜けていたのだ。
 東西の棟は本来歩哨と備蓄庫として建てられていたが、近年ここまで攻め入られる様な事態は全く起きていなかったのですっかり物置となっていた。だから誰もがそんな通路の存在など忘れ去っていたのだろう。
 奴らの後を追ってその使用人用通路を抜けると東棟の内部階段の踊り場に出た。それをさらに下に降りるとひんやりと冷たい空気が流れてくる。地下にあたる階には西に流れる川から城内に水を引いている水路の水門が設置されていた。水門横には整備道具の収められた小部屋があり、そこにあった不自然な戸棚が横にずらされてその後ろに暗い通路の入り口が開いていた。

「階段の上に歩哨を置いてこれ以上誰もここに入れるな。お前らはここで待機だ。この先はエミールとアルディだけでいい」

 そこまでエミールとアルディが連れてきていた数人の兵士に指示を出す。
 本来ならば他者には決して明かしてはいけない領主専用の脱出路だ。これ以上先はこの二人の他には見せるわけにもいかない。
 エミールを先頭に俺たち3人はその暗い通路にもぐりこんだ。

 抜け道は長らく使われていなかったにしてはやけに綺麗だった。足元は少しぬかるんでいたが、クモの巣もほとんどない。どうも定期的に誰かが使っていた気配がする。

「そんなに引き離されたか?」
「いえ、明かりは見えませんが前方から人の動く気配が漂ってきます。それ程遠くはありません」

 エミールはこういう所が変に敏感だ。こいつの感覚は通常の人間とは何か違うのだろう、やたら場の雰囲気や空気、人の気配や機嫌を読むことに長けている。そんな所が女性を惹きつける理由の一つなのかもしれない。

「シッ! 彼らが上に出ます」

 そうエミールが言ったと同時に一条の光が前方に差し込んだ。微かにその光の中にナンシー公らしき姿が見える。

「今しばらくお待ちください、彼らが一旦出口周辺から去ってから追いつかないと出口を封鎖されてしまいかねません」

 通路の先に見えていた微かな明かりが完全に消え去ったのを確認した俺たちは光石を点け一気に通路を駆け抜けた。



「ここは!?」
「やはりここに繋がっていたのですね」

 アルディの驚きの声とは裏腹にエミールが少し悲しそうにそう呟く。
 通路の最後に作られていた梯子を上がるとそこは教会だった。
 この街の教会には一度も足を踏み入れたことはなかったがここが教会だってことはこの絵を見れば誰にでも分かる。通路の出口があったのはどうやら最奥、教壇があった辺りのようだった。

「多分キーロン陛下や僕を襲った刺客もここを通って城内や中央行政区側に出てきていたのでしょう」
「その可能性は高いな」

 エミールが少し硬い表情で呟くのに相槌を打ちながらその様子を横目でうかがった。今のはこいつにしてみれば自分の親が俺の刺客を送っていた様なものだ。こいつもアルディもとうの昔にナンシー公と縁を切ったといいつつ、やはりそう簡単に絆は切れない物なのだろう。ナンシー公とて……まあそれは今考えても仕方ない。

 すでに戦闘は終わっていたのか教会の中は静まり返っていた。だが、その見た目はかなり酷く、床から天井まで焼け跡がそこかしこに見られ、床は水たまりだらけだった。
 入り口の方がまだ被害が少なかったのか入り口の扉などは手つかずだった。

「どっちに抜けたと思う?」
「彼らの出で立ちでは今街に出ら悪目立ちしすぎます。城門も軍の見張りが立っていますし、あの人数で門の強行突破は無理でしょう」
「私ならまずは一旦中に留まりますね。司教たちを探して──」

 俺たちがそんな話し合いをしているその最中に奥の部屋からフラフラと下着姿の青年が歩み出してきた。

「き、キーロン殿下、あれ、ね、ネロ少佐は?」

 こいつは確か……

「マイク?」
「え?! キーロン殿下、ぼ、僕の名前を憶えていて下さったんですか!」

 突然マイクがポロリと涙を流して駆け寄ってきた。そのまま暑苦しい勢いで俺に飛びつく。
 無論、俺に飛びつく前にアルディとエミールに押さえられたが。

「ま、まあ、隊に入った者は必ず全員覚える事にしてるからな」
「そ、それでもキーロン殿下に僕なんかの名前を覚えていて頂けただなんて、それだけでも光栄です!」

 興奮のあまり今にも泣き出しそうな勢いの兵士が少し哀れになった。今回一番危ない橋を渡らさせられたのはこいつかも知れない。ネロとヴィクの推薦だったが指揮にかかわらない兵の中では確かに彼だけが黒髪に近く、しかもあの二人の信頼を得られるだけの仕事をしていたと知ったから選んだのだが。
 ネロが下手に色々教えこむより彼の性格ならそのままの方が転移者として通るというので可哀想にこいつは訳も分からないままここに突っ込まれたのだ。しかも本来ならばすぐに駆け付けるはずだったネロも遅れたわけだし。

「わ、分かったから落ち着け。なにがあったかまずは順を追って説明してみろ」

「えっと、エミール副隊長のシナリオ通り、領城で狼煙が上がった時点でこちらに強制捜査に入りました。暫くしてバッカスさんたちが壁の破壊を始めた様でしたのでシナリオ通り司教様達を怒らせたんですけど。雷をあてられてそれが僕の鎧に当たって、皆様凄く驚かれて。訓練通り『包弾(小)』で火を点けた時点で確かになにやら司教様達が慌てだして。気をよくしてどんどん火を点けようとしたのですが、なぜか次の包弾は火が付かなくて。結局僕がそれを使ってるのがバレて包弾を全て取り上げられてしまったんです」
「よくそれで生き残れたな」

 話を聞きながらマイクの様子を見れば結構そこら中あざだらけになってはいたが特にひどい外傷はなかった。

「えっと、エミール副隊長とネロ少佐に言われた通り抵抗は全くしませんでした。僕が余りに情けなかったので皆様あっという間に僕を置き去りにして出て行ってしまわれました」

 すっとエミールを見るとツイっと目を反らす。このバカ、まさかマイクのこの性格を知っててわざと説明もなしに『包弾(小)』に仕込みをしていたのか?
 今追及したところで意味がない。俺は気を取り直してマイクに問いかけた。

「それで何でお前はあんなところからそんな恰好で出てきたんだ?」
「えっと、僕も何で自分があの部屋に入れられてたのか思い出せないんですけど、包弾を探す時に服は全て取り上げられまして、最後に残った3人の司教様に今まさに処刑される、って所で……あ! 最後に見たのはネロ少佐が僕を助ける為に天から降臨されたところです!」

 ああ、こいつ、まだ錯乱中だったのか。
 俺はこの新兵からこれ以上話を聞き出すのは早々に諦めて他の二人に問いかける。

「それでどっちに行く?」
「今の彼の話を聞くに、司教どもはバッカスたちが攻めていた庄屋の家に向かったのでしょう」
「じゃあなんでここはこんなありさまなんだ?」

 俺の質問に誰も答えられない。マイクも知らないらしく首を振っている。

「とにかく今この時点で戦闘音が聞こえないのだから何かしらの決着があったと見ていいだろう」
「後はナンシー公の一派がどちらに動いたかですね」
「あの高位貴族どもはどうもここに以前から出入りしてた節があるな」
「ネロ君の話を信じれば庄屋の家で『接待』されてた可能性は大きいでしょうね」

 俺はエミールの言葉に頷いた。

「あの……す、すみません、が、み、皆様、一つお願いがあるんですけど……」

 俺たちの会話にマイクが突然心底申し訳なさそうな声で割り込んできた。俺たち三人の少し不機嫌な視線を浴びせられて小さく悲鳴を上げて縮こまりながらも真っ青な顔で先を続ける。

「ほ、ほ、ほ、本当にすみません! ただ、その、これだけはご報告した方がいい気がしまして、あの、僕がいた部屋にはまだ数人の司教様がいらっしゃいまして……」
「なんでそれを先に言わない!!!」

 驚いて憤った俺たちにマイクが余計びくつきながら慌てて言葉を付け足した。

「まままま、待ってください! さ、三人とも気絶してるんです、だ、だから、大丈夫だと思います、思うんですけど、その、あの、は、早く彼らの服を脱がしてしまいたいんです!」

 完全にしどろもどろでまくしたてるマイクのおかしな要求に逆に落ち着きを取り戻した俺はこれ以上マイクが混乱しない様に気を付けて静かに問いかけた。

「なぜ服を脱がせたい?」

 俺の声に怒りが含まれなかったことに少しだけ安心した様子でやっとマイクがまともに話し出した。

「あの、ネロ少佐が降臨される直前、司教様三人に囲まれていた僕は正にこの世を去るところだったんですけど、その時もその前に雷を実際に落とされた時も、皆様こうやって襟を立ててらっしゃったんです。それで僕はあれがあると雷落とされるのかと思いまして。皆様がお忙しいのは重々分かっていたんですが、行ってしまわれる前に、その、せめて、それだけでも外すのを手伝っていただけると……」
「アルディ、見てこい」

 マイクのまどろっこしい説明にイラつきを抑えきれず、俺は話半分でアルディに指示を出した。
 新兵に物事の重要度を図らせるのが無理なのは分かってる。こいつが今ここで言い出しただけでもラッキーという所だ。それでもなぜこれを先に説明しない?

「マイク、それはネロにも伝えたのか?」
「い、いえ、多分お伝えしていないと思います」

 マイクの今一つ自信のない返事に舌打ちが出る。すぐに奥を見に行っていたアルディが戻ってきて報告を始めた。

「確かに三人の司教が転がってました。一人は既に裸にされてますが残りの二人は今僕が司教服だけ脱がせて縛り上げてきました」

 アルディの手にしていた司教服をエミールが広げて見分し始める。

「確かに襟口についているボタンは何かの魔晶石のようですね。しかも服の内側にもいくつも付いています」

 見ればまるで絵を描く様に不思議な文様の縫い付けられた内側にも所々魔晶石らしきものが散りばめられていた。

「これは後であゆみ行きだな。マイクお前はここであの3人の司教を見張っておけ。もし誰かがここを抜けて逃げ出そうとしたらこれで入り口を爆破しろ」

 そう言って今度こそ発動できる『包弾(改2号)』を手渡す。渡されたマイクは一層顔色を悪くして頷いた。

「エミール、アルディ、これ以上は考えるだけ時間の無駄だ。まずは庄屋の家に向かうぞ」
「はい」
 
 俺たちは不安そうなマイクを一人教会に残して庄屋の家へと向かった。
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