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第10章 エルフの試練
10 貧民街訪問
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「まさかあんたらが来るとはな」
丁度良いからイアンさんに道々そろばんの話しをしながら歩いてたので気づけばあっという間に貧民街までたどり着いた私たちは以前黒猫君がマーティンさんたちと会った酒場に入った。黒猫君が言ってた通りやっぱり3人ともそこにいた。
すぐにこちらに気づいて気まずそうな顔をして手を振ってくれる。
寄っていくと3人そろってあまり景気の良くなさそうな顔でこちらを見た。
ゴーティさんだけが私たちの姿を見て立ち上がり、深々と礼をしてパッと席の横に立つ。
あーもしかしてやっぱり猫神様信仰がまだ続いてるんだ。
「なんだよ揃いも揃ってしけた面しやがって」
黒猫君の嫌味にも誰も反論する元気がないみたい。
「あんたらが来たって事は獣人連中と奴隷制度のこったろ?」
「ああ、なんか揉めてるって聞いたぞ?」
「まあ座れ」
そう言ってマーティンさんが自分たちの席の目の前を顎で示す。促されるままに黒猫君とイアンさんに挟まれて椅子に腰かけた。
私たちがそれぞれ席に着くとゴーティさんがやっと自分の席に座る。すぐに素焼きのカップでタイザーが運ばれてきた。黒猫君が「お前はやめとけよ」っていうけど、甘いタイザーは久しぶりだしちょっと舐めるくらいはいいよね?
「それで詳しく聞かせろ」
軽く喉を潤した黒猫君がテーブルに身を乗り出して3人に尋ねた。イアンさんが少し顔を顰めて黒猫君と3人を見てる。まあ、『貴人は歩かせるな』とか言ってた人だし黒猫君と彼らの距離が近いのが気になるのかな。
「あんたらがこの街を出た後なんだがな──」
それからマーティンさんが説明してくれた話を要約すると。キーロン陛下の勅令を聞いた貧民と獣人、そして一部の貴族たちが奴隷市の反対活動を始めたらしい。
まあその理由は全く違うのだけども。
まず貧民街の一部の皆さんはキールさんの演説で私と黒猫君がそれを施行するって聞いた途端、ご神託に逆らうなど罰当たりなー!って怒鳴り込んできてたらしい。
いや神託じゃないし。勅令だし。
そして貴族の皆様はキールさんが国王陛下になられてこの街が新しく国の中心になるっていうのに大っぴらに奴隷市場を開いているのは非常に体裁が宜しくないからだそうだ。
それをマーティンさん達が3人で手分けして宥めて回ってたらしいんだけど。
すると今度は買い手が市場に来なくなってしまった。お貴族様が反対してる物にわざわざ手を出さなくてももうすぐこの街には新たに個人台帳に名前を入れられる正式な人手が増えようとしているんだからそれを待とう、ってことらしい。
おかげで現在期待ばかりが高まって実際には働く口のない人間や獣人が貧民街に溢れてるのだそうだ。
だから道があんなに人だらけだったのか。
「そんなわけで市場は一旦閉じるしかなくなっちまった」
「チッ。そっちはもっとゆっくり変えてくつもりだったんだけどな。もう今更仕方ねーがそんなんで皆食ってけてるのかよ?」
黒猫君の言葉にマーティンさんがうーんって唸ってる。
「これは言いたくねえんだがな。共済費がこっちに周ってくるようになったおかげで食いもんはとりあえず以前より手に入りやすい」
「ええ、テンサイも正式に栽培が許されましたし、あゆみ様の起こされた奇跡のおかげで街に豊富な野菜が溢れましたから今は一時的に楽になっています。」
すぐにゴーティさんも横で頷きながら補足してくれる。
「ただこんなのが長続きするわきゃねーよな」
「まーそうだろうな」
黒猫君が相槌を打って考え込む。私はそれまで一言も喋っていないシモンさんにも聞いてみた。
「シモンさん、今の話にエルフの皆さんは出てきませんでしたけど、エルフはどうなんですか?」
「あゆみさんお帰りなさい。あなた方には後で別件でお話がありますがまずはこの件ですね。エルフは今まで通りです」
「今まで通りって……どういうことですか?」
私の質問にシモンさんがちょっと思案してから説明し始めた。
「我々はこの街には仮に留まっているだけですから今まで特に本格的な生活活動をしてきていません。エルフが食べる物や着る物は森から手に入れられますし仮住まいのこの場所でに我々は決して多くを望みません。それに以前も申しましたが我々はこの街を近いうちに出ていくつもりですからね」
それを聞いて私が慌てるのをマーティンさんが鼻で笑って説明してくれた。
「あゆみさん、気にしないでやっていいですぜ、こいつらエルフの近い内ってのは数年先のことですから」
「え!?」
「まったく気が長いったらありゃしない。こいつらの時間間隔で物事やろうなんてのは人間には無理ですぜ」
「わ、分かりました。でもとにかくじゃあエルフは問題ないんですね?」
「ええ。ただちょっと面倒な事にはなっていますが」
「面倒なことですか?」
「まあ私の問題は後にしましょう」
「そうしてくれ。一つ一つ片付けちまわねーと時間ねえ」
そうだった。
「とにかくだ、じゃあ今一番問題なのは職のない奴がだぶついてるって事だな」
「ああ。あんたらが個人台帳を作ってくれるって言ってたから皆待ってるぞ。あれがなくちゃまともな仕事には付けねーからな」
うわ、ここでも台帳仕事が間に合ってないよー!
「じゃあ台帳に登録さえすりゃあ雇い手は充分いるんだな」
あれ、黒猫君の問いかけにマーティンさんとゴーティさんが黙り込んじゃった。言いにくそうにマーティンさんが応えてくれる。
「いや、人間は問題なさそうなんだがな。獣人がどうにもならねぇ」
「え?」
「やっぱ誰も雇いたがらねーんだよ。まあ船着場当たりの荷運びがやっとだな。正直言っちまえば奴隷なら需要は結構あった」
「どういうことですか?」
「あゆみさんには言いづらいんだがな。使い捨てが効く肉体労働やまあその性的な目的で買う人間が結構いたんだ」
……うーん。それはあんまり嬉しくない。それで仕事があるとはあまり言って欲しくない。
「じゃあまず人間の個人台帳から作っちまおう。イアンのおっちゃ……イアン、発つ前に頼んでた法律関係に強い奴は捕まったか?」
「はい、既に働いてもらっています」
黒猫君の言葉に一瞬睨んだイアンさんの顔つきを見てすぐ黒猫君が言い直した。
「じゃあそいつにくれぐれも獣人の体を解体とかさせない様に法律を厳しく規制してくれ。その上で獣人に限りその身を年数を切ってエミールの名前で買わせろ。その上でエミールから獣人の人手をリースさせる」
「リース、ですか?」
「ああ。要は貧しい上に特に技術もない獣人の仕事をエミールが保証するって事だ。リースする奴がいようがいまいがエミールから彼らには一定の給料を払わせる。そう言えばエミールの事だから間違いなく仕事を見つけてくるだろ。そんでもってまずはウイスキーの街に数人貸してもらう。もうすぐあそこからバースへ荷運びが始まるからそうなりゃ結構な人手を雇ってもらえるだろう」
あ、黒猫君凄い!確かにそれなら需要はあるよね?
「でも個人台帳どうするの? 私たちそんなに時間ないよ?」
「それも俺たちが出発する前に何とかする。前回お前がポールたちに置いてきた指導書を一通りパットが書き写してくれてる。あれを使って数人仕込めば何とかなるだろ」
「ネロ様、それはどのような内容になりますか?」
「いや、詳しい事はあゆみに聞いてくれ、俺は門外漢だから」
あ、黒猫君が説明を拒否して私に丸投げした。イアンさん、しつこいもんね。
「ここを発つ前に文官雇って部署作ってくれって言っといただろ、あれはどうなった?」
「文官は既に5人程新しい者を雇う準備が出来ました。部署ですが部屋も準備出来てますし必要な手続きもほとんど完了していますが完全に新しい管轄になりますのでさて一体どのような名前にしたものかとお二人をお待ちしておりました」
「黒猫君、普通戸籍ってお役所で管理してるよね? あれってどんな省庁がする仕事だったんだろう?」
「さあな。俺だってこんな仕事やった事ねーし。役所じゃだめか?」
「え? それはちょっと変だけど」
「役所部ですか?」
「ええ?」
「いいんじゃないの?」
「ええええ?」
役所部。えー? やっぱり変だけど二人は納得してそれで決まっちゃったらしい。まあ、もういっか。
……あれ? 今の、一瞬なんか引っかかった気がした。なんだろう?
「それじゃあ早速明日の朝そいつら一部屋に集めてあゆみの講習を受けさせてくれ」
「え! 私が教えるの?」
突然振られて驚いて聞き返した。
「当り前だろ、お前以外誰が教えられるんだよ。ついでにそろばんを教えれば一石二鳥だろ」
「あ、ほんとだ、それは確かに……」
「それからマーティン、奴隷市場がしまっちまったんならあんた暇だろ?」
黒猫君の話の進むテンポが速すぎて私を含め皆反応が遅くなる。しかも黒猫君の明け透けな物言いにちょっとマーティンさんがムッとしてるし。そしてすぐに拗ねた様に言い返す。
「全然暇なんかじゃなかったぞ。毎日のように台帳はいつだ、市場は開けないのか、って文句言ってくる連中の相手してたからな」
「まあ、そんな不満はすぐに減るだろ。だがすぐに違う問題が出てくるはずだ。なんせ今まで奴隷同様の扱いをしてきた貧民街の奴らが真っ当な仕事に着こうっていうんだ、賃金は足元見られるだろうし代わりに職を失うやつは絶対文句を言ってくる」
ああ、そうかも。それじゃあ下手したら奴隷と変わらなくなっちゃいそう。
「だから、あんたらが中心になってちゃんと監視できるようにハローワーク作っちまえ」
「え? ハローワーク?」
「ああ、仕事を斡旋したり賃金交渉したり」
「そっちは労働組合じゃないかな」
「どっちでも構わねえ、とにかく貧民街の仕事を一括してあんたらがここで引き受ければトラブルも避けやすくなるだろ」
「おい、そんな事したら俺らが死ぬほど忙しくなっちまうだろーが!」
「働かざる者食うべからず。働け」
ゴーティさんは素直に頷いてくれてるけどマーティンさんが唸ってる。
「それにな、その方法ならあんたらが最初っからマージン取れんだぞ。来る求人の仕事内容を大体把握したら1割くらいはお前らの手間賃乗せちまえ。イアン、ちゃんと聞いてるか? これお前の所の行政持ちの部署だからな、あんたらもちゃんと本気で人をここに寄こして手伝ってやれよ」
「ひ、貧民街にですか?」
「ああ、新政府の出張所だな。役所部の下でいいんじゃないか? まあ細かいことはあんたに任せるから決まったら報告してくれ。ちゃんと市場調査してこいつらへの依頼が足元見られ過ぎない様に見張ってろよ」
イアンさんが不承不承頷いてる。イアンさんはもしかすると貧民街の人と働く事にわだかまりがあるのかな。
でもそんな態度はまるっきり無視して黒猫君が今度はマーティンさん達を見る。
「マーティン、お前らも最初は安く見られても少しの間我慢しとけ。お前らの仕事が充分認められたらストライキでもして賃金交渉できるからな。数は力だ」
「ストライキってなんだ?」ってマーティンさんが聞き返して黒猫君が今度はストライキについて説明始めてるけど。
つくづく黒猫君てよく頭が回るよね。ウイスキーの街の時もずっと思ってたけど結局いつも黒猫君が主導でどんどん決まってっちゃう。私なんて横で座って聞いてるだけ。
むろん手放しにすごいなって思うし頼りにしてるしそんな所も好きなんだけど。
でも同時にちょっと悔しくなる。私だって秘書官なのにここにきてからまだほとんど喋ってない。
「……ってことだからあゆみそっちはよろしくな」
「え?」
「えってお前聞いてなかったんかよ」
「ごめん、今ちょっとぼーっとしてた」
謝る私に苦笑いを向けながら黒猫君が説明しなおしてくれた。
「だからな、こいつらに共済費はなるべく手を付けないで積み立てさせるからお前、こいつらの所に学校作ってやってくれ」
「え、えええ!? む、無理だよ、私そんなの──」
「……『無理』と『出来ない』は?」
「……言いません」
うわ、懐かしい。そうだ、言えないんだった。仕方ないから私も考えるだけ考えてみる。
「お前も知っての通り俺は学校途中でやめちまってるしサボってばっかいたから分かんねー。お前は大学までちゃんと行ってたんだからどんなことすればいいか見当つくんじゃないのか?」
考え込んでる私のすぐ横で付け足した黒猫君の顔には真っすぐな信頼が見て取れた。
そっか私こんなにちゃんと信頼されてたんだ。適材適所、だよね。だったらもう拗ねてる場合じゃなかった。黒猫君が黒猫君の出来る事やってるように私も自分に出来る事を出来る限りすればいいんだもんね。
「……それじゃあ簡単なそろばんと字を書く練習くらいなら教える為の手引書を用意できるから誰かにそれを使ってもらおう。イアンさん、新政府に帰ったらここで教えられる人を探してくれますか?」
そこにシモンさんがサッと手をあげた。
「あゆみさん、それならばエルフが請け負いましょう。後でお二人にお話ししたい事にも関わりますから」
「あ、じゃあよろしくお願いします」
これで私も明日はやることがいっぱいいっぱいだね。ふと気が付くと黒猫君がこっちを嬉しそうに見てる。イアンさんは少しほっとした顔してる。また誰かをここに派遣しなくて良くなったからかな。
とにかく私にも自分が人よりもうまく出来る、そんな役割がちゃんとある。それが凄く嬉しかった。
丁度良いからイアンさんに道々そろばんの話しをしながら歩いてたので気づけばあっという間に貧民街までたどり着いた私たちは以前黒猫君がマーティンさんたちと会った酒場に入った。黒猫君が言ってた通りやっぱり3人ともそこにいた。
すぐにこちらに気づいて気まずそうな顔をして手を振ってくれる。
寄っていくと3人そろってあまり景気の良くなさそうな顔でこちらを見た。
ゴーティさんだけが私たちの姿を見て立ち上がり、深々と礼をしてパッと席の横に立つ。
あーもしかしてやっぱり猫神様信仰がまだ続いてるんだ。
「なんだよ揃いも揃ってしけた面しやがって」
黒猫君の嫌味にも誰も反論する元気がないみたい。
「あんたらが来たって事は獣人連中と奴隷制度のこったろ?」
「ああ、なんか揉めてるって聞いたぞ?」
「まあ座れ」
そう言ってマーティンさんが自分たちの席の目の前を顎で示す。促されるままに黒猫君とイアンさんに挟まれて椅子に腰かけた。
私たちがそれぞれ席に着くとゴーティさんがやっと自分の席に座る。すぐに素焼きのカップでタイザーが運ばれてきた。黒猫君が「お前はやめとけよ」っていうけど、甘いタイザーは久しぶりだしちょっと舐めるくらいはいいよね?
「それで詳しく聞かせろ」
軽く喉を潤した黒猫君がテーブルに身を乗り出して3人に尋ねた。イアンさんが少し顔を顰めて黒猫君と3人を見てる。まあ、『貴人は歩かせるな』とか言ってた人だし黒猫君と彼らの距離が近いのが気になるのかな。
「あんたらがこの街を出た後なんだがな──」
それからマーティンさんが説明してくれた話を要約すると。キーロン陛下の勅令を聞いた貧民と獣人、そして一部の貴族たちが奴隷市の反対活動を始めたらしい。
まあその理由は全く違うのだけども。
まず貧民街の一部の皆さんはキールさんの演説で私と黒猫君がそれを施行するって聞いた途端、ご神託に逆らうなど罰当たりなー!って怒鳴り込んできてたらしい。
いや神託じゃないし。勅令だし。
そして貴族の皆様はキールさんが国王陛下になられてこの街が新しく国の中心になるっていうのに大っぴらに奴隷市場を開いているのは非常に体裁が宜しくないからだそうだ。
それをマーティンさん達が3人で手分けして宥めて回ってたらしいんだけど。
すると今度は買い手が市場に来なくなってしまった。お貴族様が反対してる物にわざわざ手を出さなくてももうすぐこの街には新たに個人台帳に名前を入れられる正式な人手が増えようとしているんだからそれを待とう、ってことらしい。
おかげで現在期待ばかりが高まって実際には働く口のない人間や獣人が貧民街に溢れてるのだそうだ。
だから道があんなに人だらけだったのか。
「そんなわけで市場は一旦閉じるしかなくなっちまった」
「チッ。そっちはもっとゆっくり変えてくつもりだったんだけどな。もう今更仕方ねーがそんなんで皆食ってけてるのかよ?」
黒猫君の言葉にマーティンさんがうーんって唸ってる。
「これは言いたくねえんだがな。共済費がこっちに周ってくるようになったおかげで食いもんはとりあえず以前より手に入りやすい」
「ええ、テンサイも正式に栽培が許されましたし、あゆみ様の起こされた奇跡のおかげで街に豊富な野菜が溢れましたから今は一時的に楽になっています。」
すぐにゴーティさんも横で頷きながら補足してくれる。
「ただこんなのが長続きするわきゃねーよな」
「まーそうだろうな」
黒猫君が相槌を打って考え込む。私はそれまで一言も喋っていないシモンさんにも聞いてみた。
「シモンさん、今の話にエルフの皆さんは出てきませんでしたけど、エルフはどうなんですか?」
「あゆみさんお帰りなさい。あなた方には後で別件でお話がありますがまずはこの件ですね。エルフは今まで通りです」
「今まで通りって……どういうことですか?」
私の質問にシモンさんがちょっと思案してから説明し始めた。
「我々はこの街には仮に留まっているだけですから今まで特に本格的な生活活動をしてきていません。エルフが食べる物や着る物は森から手に入れられますし仮住まいのこの場所でに我々は決して多くを望みません。それに以前も申しましたが我々はこの街を近いうちに出ていくつもりですからね」
それを聞いて私が慌てるのをマーティンさんが鼻で笑って説明してくれた。
「あゆみさん、気にしないでやっていいですぜ、こいつらエルフの近い内ってのは数年先のことですから」
「え!?」
「まったく気が長いったらありゃしない。こいつらの時間間隔で物事やろうなんてのは人間には無理ですぜ」
「わ、分かりました。でもとにかくじゃあエルフは問題ないんですね?」
「ええ。ただちょっと面倒な事にはなっていますが」
「面倒なことですか?」
「まあ私の問題は後にしましょう」
「そうしてくれ。一つ一つ片付けちまわねーと時間ねえ」
そうだった。
「とにかくだ、じゃあ今一番問題なのは職のない奴がだぶついてるって事だな」
「ああ。あんたらが個人台帳を作ってくれるって言ってたから皆待ってるぞ。あれがなくちゃまともな仕事には付けねーからな」
うわ、ここでも台帳仕事が間に合ってないよー!
「じゃあ台帳に登録さえすりゃあ雇い手は充分いるんだな」
あれ、黒猫君の問いかけにマーティンさんとゴーティさんが黙り込んじゃった。言いにくそうにマーティンさんが応えてくれる。
「いや、人間は問題なさそうなんだがな。獣人がどうにもならねぇ」
「え?」
「やっぱ誰も雇いたがらねーんだよ。まあ船着場当たりの荷運びがやっとだな。正直言っちまえば奴隷なら需要は結構あった」
「どういうことですか?」
「あゆみさんには言いづらいんだがな。使い捨てが効く肉体労働やまあその性的な目的で買う人間が結構いたんだ」
……うーん。それはあんまり嬉しくない。それで仕事があるとはあまり言って欲しくない。
「じゃあまず人間の個人台帳から作っちまおう。イアンのおっちゃ……イアン、発つ前に頼んでた法律関係に強い奴は捕まったか?」
「はい、既に働いてもらっています」
黒猫君の言葉に一瞬睨んだイアンさんの顔つきを見てすぐ黒猫君が言い直した。
「じゃあそいつにくれぐれも獣人の体を解体とかさせない様に法律を厳しく規制してくれ。その上で獣人に限りその身を年数を切ってエミールの名前で買わせろ。その上でエミールから獣人の人手をリースさせる」
「リース、ですか?」
「ああ。要は貧しい上に特に技術もない獣人の仕事をエミールが保証するって事だ。リースする奴がいようがいまいがエミールから彼らには一定の給料を払わせる。そう言えばエミールの事だから間違いなく仕事を見つけてくるだろ。そんでもってまずはウイスキーの街に数人貸してもらう。もうすぐあそこからバースへ荷運びが始まるからそうなりゃ結構な人手を雇ってもらえるだろう」
あ、黒猫君凄い!確かにそれなら需要はあるよね?
「でも個人台帳どうするの? 私たちそんなに時間ないよ?」
「それも俺たちが出発する前に何とかする。前回お前がポールたちに置いてきた指導書を一通りパットが書き写してくれてる。あれを使って数人仕込めば何とかなるだろ」
「ネロ様、それはどのような内容になりますか?」
「いや、詳しい事はあゆみに聞いてくれ、俺は門外漢だから」
あ、黒猫君が説明を拒否して私に丸投げした。イアンさん、しつこいもんね。
「ここを発つ前に文官雇って部署作ってくれって言っといただろ、あれはどうなった?」
「文官は既に5人程新しい者を雇う準備が出来ました。部署ですが部屋も準備出来てますし必要な手続きもほとんど完了していますが完全に新しい管轄になりますのでさて一体どのような名前にしたものかとお二人をお待ちしておりました」
「黒猫君、普通戸籍ってお役所で管理してるよね? あれってどんな省庁がする仕事だったんだろう?」
「さあな。俺だってこんな仕事やった事ねーし。役所じゃだめか?」
「え? それはちょっと変だけど」
「役所部ですか?」
「ええ?」
「いいんじゃないの?」
「ええええ?」
役所部。えー? やっぱり変だけど二人は納得してそれで決まっちゃったらしい。まあ、もういっか。
……あれ? 今の、一瞬なんか引っかかった気がした。なんだろう?
「それじゃあ早速明日の朝そいつら一部屋に集めてあゆみの講習を受けさせてくれ」
「え! 私が教えるの?」
突然振られて驚いて聞き返した。
「当り前だろ、お前以外誰が教えられるんだよ。ついでにそろばんを教えれば一石二鳥だろ」
「あ、ほんとだ、それは確かに……」
「それからマーティン、奴隷市場がしまっちまったんならあんた暇だろ?」
黒猫君の話の進むテンポが速すぎて私を含め皆反応が遅くなる。しかも黒猫君の明け透けな物言いにちょっとマーティンさんがムッとしてるし。そしてすぐに拗ねた様に言い返す。
「全然暇なんかじゃなかったぞ。毎日のように台帳はいつだ、市場は開けないのか、って文句言ってくる連中の相手してたからな」
「まあ、そんな不満はすぐに減るだろ。だがすぐに違う問題が出てくるはずだ。なんせ今まで奴隷同様の扱いをしてきた貧民街の奴らが真っ当な仕事に着こうっていうんだ、賃金は足元見られるだろうし代わりに職を失うやつは絶対文句を言ってくる」
ああ、そうかも。それじゃあ下手したら奴隷と変わらなくなっちゃいそう。
「だから、あんたらが中心になってちゃんと監視できるようにハローワーク作っちまえ」
「え? ハローワーク?」
「ああ、仕事を斡旋したり賃金交渉したり」
「そっちは労働組合じゃないかな」
「どっちでも構わねえ、とにかく貧民街の仕事を一括してあんたらがここで引き受ければトラブルも避けやすくなるだろ」
「おい、そんな事したら俺らが死ぬほど忙しくなっちまうだろーが!」
「働かざる者食うべからず。働け」
ゴーティさんは素直に頷いてくれてるけどマーティンさんが唸ってる。
「それにな、その方法ならあんたらが最初っからマージン取れんだぞ。来る求人の仕事内容を大体把握したら1割くらいはお前らの手間賃乗せちまえ。イアン、ちゃんと聞いてるか? これお前の所の行政持ちの部署だからな、あんたらもちゃんと本気で人をここに寄こして手伝ってやれよ」
「ひ、貧民街にですか?」
「ああ、新政府の出張所だな。役所部の下でいいんじゃないか? まあ細かいことはあんたに任せるから決まったら報告してくれ。ちゃんと市場調査してこいつらへの依頼が足元見られ過ぎない様に見張ってろよ」
イアンさんが不承不承頷いてる。イアンさんはもしかすると貧民街の人と働く事にわだかまりがあるのかな。
でもそんな態度はまるっきり無視して黒猫君が今度はマーティンさん達を見る。
「マーティン、お前らも最初は安く見られても少しの間我慢しとけ。お前らの仕事が充分認められたらストライキでもして賃金交渉できるからな。数は力だ」
「ストライキってなんだ?」ってマーティンさんが聞き返して黒猫君が今度はストライキについて説明始めてるけど。
つくづく黒猫君てよく頭が回るよね。ウイスキーの街の時もずっと思ってたけど結局いつも黒猫君が主導でどんどん決まってっちゃう。私なんて横で座って聞いてるだけ。
むろん手放しにすごいなって思うし頼りにしてるしそんな所も好きなんだけど。
でも同時にちょっと悔しくなる。私だって秘書官なのにここにきてからまだほとんど喋ってない。
「……ってことだからあゆみそっちはよろしくな」
「え?」
「えってお前聞いてなかったんかよ」
「ごめん、今ちょっとぼーっとしてた」
謝る私に苦笑いを向けながら黒猫君が説明しなおしてくれた。
「だからな、こいつらに共済費はなるべく手を付けないで積み立てさせるからお前、こいつらの所に学校作ってやってくれ」
「え、えええ!? む、無理だよ、私そんなの──」
「……『無理』と『出来ない』は?」
「……言いません」
うわ、懐かしい。そうだ、言えないんだった。仕方ないから私も考えるだけ考えてみる。
「お前も知っての通り俺は学校途中でやめちまってるしサボってばっかいたから分かんねー。お前は大学までちゃんと行ってたんだからどんなことすればいいか見当つくんじゃないのか?」
考え込んでる私のすぐ横で付け足した黒猫君の顔には真っすぐな信頼が見て取れた。
そっか私こんなにちゃんと信頼されてたんだ。適材適所、だよね。だったらもう拗ねてる場合じゃなかった。黒猫君が黒猫君の出来る事やってるように私も自分に出来る事を出来る限りすればいいんだもんね。
「……それじゃあ簡単なそろばんと字を書く練習くらいなら教える為の手引書を用意できるから誰かにそれを使ってもらおう。イアンさん、新政府に帰ったらここで教えられる人を探してくれますか?」
そこにシモンさんがサッと手をあげた。
「あゆみさん、それならばエルフが請け負いましょう。後でお二人にお話ししたい事にも関わりますから」
「あ、じゃあよろしくお願いします」
これで私も明日はやることがいっぱいいっぱいだね。ふと気が付くと黒猫君がこっちを嬉しそうに見てる。イアンさんは少しほっとした顔してる。また誰かをここに派遣しなくて良くなったからかな。
とにかく私にも自分が人よりもうまく出来る、そんな役割がちゃんとある。それが凄く嬉しかった。
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