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最終話

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 低い声が落ちる。
「なにをしている?」
「あ、…… 、あ、はぁ、……ケイい」
「ケイって誰だ」
 怒った顔で仁王立ちする慶斗がいた。バイブを抜かれ、呆然とする自分がいる。
「はぁ、あ、あ、け、けいと……だよ」
「たくっ、なんだよ、いつもこうやってるのか? シャツのは俺のだよな?」
「んぁ……」
 つかんでいた皺くちゃのシャツも奪われ、匂いをかいでいる。
「なんだよ、ちくしょう! かわいいじゃねぇか」
「え、え、え……」
 ぶわりと持ち上げられて、隣の寝室にあるベッドに降ろされた。キングサイズのベッドは両端が凹んでいる。久しぶりに真ん中に沈められて、俺はあおむけのまま夫を見上げた。
「やっぱりヒートだったな。薬は飲んだのか?」
「はぁ…… あ、ん、飲んで、ないよ」
「……くそ」
 ひんやりと冷えたシーツが心地よい。
「……ごめっ、出張だと思ってたから」
「出張なんてない」
「えっ……」
「バイブ、買ったんだろう」
「う、うん……」
「ローションも注文しただろう」
「は、はい」
 二人の視線が床に転がっているバイブに注がれる。その先にはキャップの外れたチューブ型ローションもある。
「なぜ、俺を呼ばない」
「し、仕事だから……」
「言ってくれれば調整した。どうして番いなのに、なにも言わないんだ?」
「そ、それは、慶斗だろ。あれから手を出してこないじゃないか」
「なにを言ってるんだ。おまえを取られたくなくて、焦って傷つけてしまったからに決まっているだろ。救急車を呼んだんだ。おまえを一目見たとき冗談なのかと思ったぐらい好きで、歯止めが効かなくて、最低だろ。俺はな、おまえに一目惚れなんだよ。バイト先にいつも食べにくるし、よく目が合うし、気が合うなと思って声をかけても素っ気ないしいつも自信がなかったんだ。俺からアタックして、やっと告ってつき合うことになったけどおまえをめちゃくちゃにしてしまったんだぞ!」
「えっ」
「告白だって、玄関で全然ロマンチックじゃないだろ。おまえ、「えっ」とか「へっ」とかしか言ってなかったからな」
「えっ、ちょ、ちょっとまって……」
「いつも不安でしょうがなかったんだ。早く番いになりたくて、司法試験だって頑張ったんだ。結婚するなら、結果を出してみろって言われて、嫌いで家を出て行ったのに、初めて親父に頭を下げて笑われたよ。そこまで惚れてるなら、大事にしろって言われたんだ。もちろん大切にすると決めていたし、絶対にキズつけないて思っていたんだ。だからメールが来たとき、嬉しかった」
「う、うん……」
「急いで駆けつけたとき、おまえ、ガタガタ震えていただろう。泣いているおまえが、かわいくて興奮したんだ。最低だろ。初めてで、無我夢中で、優しくできなかった。ショックだった。おまえは意識をなくすし、気づいたらうなじなんて三つも咬み痕があるし、血が出てて、ひどい状態だった。うなじが真っ赤になって拭いても拭いても血がでてくる。手当てしようにも抵抗されるし、意識もないから慌てて救急車を呼んで、医者に滅茶苦茶怒られた」
「そうなの?」
「そうだ」
 慶斗は深くうなずいた。
 誰かに揺さぶられていた記憶はあったけど、まだ求めてくる恋人にふにゃふにゃとやめてくれとこぼしていた気がする。
「か、噛み跡はうれしくてケロベロスってつけてるよ」
「ばか」
「自分でつけたんだろ。とにかく、仕事戻らなくていいのかよ。も、戻りなよ」
「いい。ちゃんと休みも取って伝えてある。プロポーズだってダメ元だったんだ。休みの日だって、教えてくれないし、キスだってしてこない。嫌われたのかと思ったんだ。こんな、シャツ抱きしめていやらしいの見せつけられたら仕事なんてできねぇよ」
「え、あっ…… 、ちょっ 、ぶっ」
 早口でまくし立てるように喋る夫。どう返事をしていいのかわからず、あうあうとしてしまう自分。まったくもってすれ違っていることにおかしさがこみ上げて笑ってしまった。
「笑うなよ。好きなんだから。好きで好きで好きすぎて怖い。傷つけたくないし、隠されると不安が増す」
 きつく抱きしめられ、なつかしい甘いにおいがした。
「んっ、ごめん」
「スケジュール、俺だけ書いててバカみたいだ。今日なんの日か忘れただろう」
 うそだろう……と思ったら携帯端末を眼前に突きつけられた。結婚記念日という文字があった。明日だと勘違いしていた。
「……ご、ごめんなさい」
「寝かせないからな」
「……お、お手柔らかにお願いします」
「ばか」
 優しい口づけを交わす。
 どうやら俺たちは、意図的に運命から遠のいていたらしい。
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