俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

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俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

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今をときめく新星ロックバンド『DIAMONDダイアモンド』。
常識に囚われない自由なサウンドと、真っ直ぐで感情的な歌詞が特徴のバンドである。インディーズながらもその知名度は徐々に上がってきており、10代から20代の若者を中心に人気を博していた。
そのキャッチーで中毒性のある音楽ももちろん人気の理由ではあるが、何よりメンバーが揃いも揃って美形ばかりであることが、その人気に拍車をかけていると言えるだろう。

ベース担当、天才肌のリーダー・篠宮しのみや 透輝とうき
黒髪に眼鏡、そして黒ずくめのファッション。いかにもダウナー系といった風貌であるが、その実気さくで接しやすい人柄だ。気まぐれかつ破天荒な性分でメンバーやファンを振り回しがちな一面もあるが、精神的にもサウンド的にもバンドを引っ張ってくれる、頼もしいリーダーである。その演奏技術も評価が高く、ベーシストとしてのファンも多い。
そして物凄いイケメンである。

ギター担当、バンドの良心・玻璃間はりま クリス。
イギリスと日本のハーフだという彼は、まさしく王子様と呼ぶに相応しい容姿をしている。容姿端麗、品行方正、ギタープレイもお手の物のまさに完璧王子様。誰に対しても優しく穏やかな常識人で、その人柄でバンドの危機を何度も救ってきた。この人がいなかったらとっくに解散していたかも……とファンの間で囁かれるほど。
もちろん物凄いイケメンである。

ドラム担当、メンバー最年少・早乙女さおとめ ほたる
女の子のようだと言われるのは名前だけでなく、彼はその顔立ちもたいへん可愛らしい。きつめの女顔といったところだろうか。なかなか懐かない猫のような性格で、メンバーに対しても生意気な言動が目立つが、たまにMCで見せてくれるデレの破壊力は凄まじいのだとか……。その容姿から、女性ファンだけでなく男性ファンも多い。
例のごとく物凄いイケメンである。

この通り、メンバー軒並み揃って美形も美形。イケメンのバーゲンセールだ。

——ただし、俺以外は。


DIAMONDダイアモンド』のボーカル担当、神崎かんざき 瑪瑙めのう
歌くらいしか取り柄がなく、他にはこれといった特徴もない、まさに平凡を絵に描いたような男である。

なんでメンバーの中で俺だけ平凡なのかって、単純にそういう流れだったからだ。リーダーがバンドのメンバーを募っていき、幾度のメンバーチェンジも経て、最終的にこのメンバーに落ち着いた。そしたら俺以外の全員が美形だった。それだけだ。
リーダーの篠宮は決して見た目でメンバーを選んでいるわけじゃない。だからこそ、俺みたいな奴でもボーカルとしてバンドに招き入れてもらえた。
俺はこのバンドが好きだ。このメンバーで音楽活動できることが凄く嬉しいと、心から思っている。だけど……バンドの知名度が上がっていくにつれて、それを良く思わない人が増えてきた。

『DIAMONDってバンド、ボーカルだけ地味でなんか浮いてない? 悪目立ちっていうか』
『わかる。他のメンバーは全員イケメンだから、余計に惜しいんだよな。ボーカル変えたらいいのに』
『歌も大して上手くない。過去にもメンバー入れ替わったことあるから、こいつも秒読みかもね』

「……はぁ」

活動の一環でやっているSNSを見てみるが、俺に関しての意見はこんなものばかりだった。もちろん好意的なコメントもたくさんあるし、ファンの子達はいつもリプライで俺を元気づけてくれる。でも人間、どうしても嫌なことのほうが目につくもので。
俺が陰で色々言われているのは知っている。華がないだとか、ボーカルに相応しくないだとか、バンドやめたらいいのに、とか……。
別にそれ自体は構わない。俺が平凡なのは事実だし。でも、そういう事を言っている人達とファンの子達が喧嘩しているのを見てしまうと、どうしても気が滅入る。

「どうかした? 元気なさそうだけど……」

スマホの画面を見ながら溜め息をつく俺に声をかけてきたのは、ギター担当の玻璃間はりまクリス先輩だった。俺は慌ててスマホの画面をオフにし、先輩のほうを振り返る。
ここは大学構内。俺たちはミュージシャンとして活動する傍ら、現役大学生という顔も持っていた。クリス先輩は大学のふたつ上の先輩で、何を隠そう俺をバンドのボーカルにと推薦したのも彼だ。

「何でもありません……。その、来週末のライブで披露する新曲、ちゃんと歌えるかなって」
「神崎はほんとに心配性だね。大丈夫だって! レコーディングも完璧だったし、ライブでもいつもの感じで歌えば、きっとうまくいくよ」

練習中の新曲の話をすると、先輩はフォローを入れつつ俺の背中を叩いて励ましてくれる。
クリス先輩はバンドを組む以前から大学では有名人だった。容姿端麗、成績優秀、品行方正の三拍子揃っていて、同級生にも先輩にも後輩にも分け隔てなく優しい。おまけにギターの腕前もかなりのもので、俺もライブでは歌を歌いながらギターを弾くことがあるが、ギターは全てクリス先輩からの手ほどきである。全てにおいて完璧と言って差し支えなく、ギターも上手いクリス先輩は、俺にとって憧れの存在だった。

「クリス~、今日みんなでカラオケ行くんだけど、クリスも来るよね?」
「ごめん! 今日はバンドの練習あるから。このまま神崎と一緒に行くことになってるんだ」

そんなクリス先輩がモテないわけがなく、大学でもライブハウスでも、彼は常に沢山の女の子に囲まれている。たった今も、側を通りがかった同級生と思われる女の子からのお誘いがあったが、先輩はサラリと断っていた。先輩曰く『みんなで』なんて言って誘われても、実際行ったら全然“みんな”じゃないパターンが多いらしい。俺にはよくわからないけど、人気者は大変なんだなぁと思う。

「……あの、先輩。今日は練習ないはずですけど……?」

バンド練習は明日のはずだ。先輩でもうっかり勘違いすることがあるんだなと思いつつ、控えめに指摘してみる。するとクリス先輩は周りに聞こえないよう少し声をひそめて俺に言った。

「ちょっと話したいことあって。この後、時間ある?」

先輩の声音は優しげだったけど、その表情は真剣そのものだった。何かただならぬ気配を察知する。今日はこのあと特に予定はなかったので、俺は先輩の言葉にこくりと頷いた。
話したいことって、なんだろう。でも同級生や友達ではなく俺に話したいってことは、きっとバンドのことだと思う。何においても完璧で弱みを見せることがないクリス先輩だけど、この人も一応人間だからな。悩むことがあってもおかしくない。俺で力になれることなら、出来る限り協力したい。

先輩は俺を大学構内の空き教室に連れて行った。なんでわざわざそんなところに、と俺は思ったが、先輩に「人目があるといけないから」と言われては従うほかなかった。

「ごめんね、こんなところで。構内のカフェとか近場の店だと、同じ大学の人に見つかる可能性あるかなって」
「あ、いいえ……全然です。それより、俺に話って何ですか?」

二人きりになるとクリス先輩は開口一番、申し訳なさそうに眉尻を下げて俺に謝ってきた。そんな表情すら様になっていて、たまらなくかっこいい。大学の女子やファンの女の子たちからの人気が高いのも大いに頷ける。中には熱狂的な人もいるから、いくら相手が俺だとしても一緒にいるところを見られるとまずいのかな。
それにしても、憧れの先輩と二人きりというのは何だか落ち着かない。バンド練習でいつも会ってはいるんだけど、そういう時は他のメンバーも一緒だからな……。
そんなことを考えながらそわそわと落ち着かない様子の俺をよそに、先輩は口を開いた。

「神崎さ……SNSで色々言われてるの、気にしてるだろ」

先輩の言葉にぎくりと顔が強張る。
なるべく表に出さないようにしていたつもりだったけど、先輩にはバレていたみたいだ。恥ずかしい。俺が悪い事ばかり言われているのも先輩はきっと知っているだろうから、余計に……。

「えっと、それは……」

言い訳しようとする俺を無言で制して、先輩は言葉を続けた。

「今のご時世、ネットでの反応は大事だから……気にするなっていうのは難しいと思うよ。でもね、うちのバンドは神崎の歌声がないと完成しないと思ってるし、だからこそ俺は君をボーカルに推薦したんだ」
「先輩……」
「今でもあの時の判断は間違ってなかったと思ってる。だから、自信もってほしい。外野には好きに言わせておけばいいよ。神崎の良さがわからないなんて残念な奴らだなって」

クリス先輩の優しい言葉に、俺は思わず泣きそうになってしまった。
俺が気にして落ち込んでいたのに気付いていただけじゃなくて、こうやってフォローまでしてくれる。今日だって可愛い女の子からの誘いを断ってまで、俺のために時間を作ってこうして励ましてくれて……。みんなが先輩を好きになるのも納得できる。こういうところに惚れてしまうんだろうなって。

「あ、ありがとうございます……クリス先輩にそんな風に言ってもらえるなんて、俺……」
「俺なんかで良ければ、いくらでも言うよ。……ほら、我慢しないで、泣いてもいいんだよ。その為に人目がないところを選んだんだから、ね?」
「う、うぅ……ご、ごめんなさ……っ」

先輩に優しく頭を撫でられながらそう言われて、俺はついに涙を溢してしまった。
歌を歌うことも、音楽活動も、メンバーの皆も、ファンの人達のことも……みんなみんな大好きなのに、それでもたった一部の心無い言葉に傷付いてしまっているだなんて、言えなかった。なんで俺だけ平凡に生まれてしまったんだろうとか、俺がやめれば丸く収まるのかなとか、ネガティブなことも沢山考えてしまって。でもこんな小さいことを気にしていたらこれから先もっと大変になるから、皆の前では何ともない風を装っていた。でも、本当は辛かった。

ぼろぼろと涙を流して泣く俺を、クリス先輩はそっと抱きしめてくれた。俺はそんな先輩の優しさについ甘えてしまい、しばらくそのまま先輩の腕の中で泣かせてもらった。
ひとしきり泣いてから、今更ながら自分がみっともない姿を見せていることに気付き、俺は一気に我に返った。先輩が優しいからって、ずっとこのままはいけないだろう。ぐすっと鼻を啜ってから顔を上げると、先輩の美しいブルーの瞳と目が合った。

「かわいい……」
「え?」
「ああいや、こっちの話。どう? 少しはスッキリした?」
「は、はい……すみません、もう大丈夫です」

俺はそう言って先輩の腕を振りほどこうとするが、なぜか先輩はその腕を緩めてはくれなかった。

「あ、あの、クリス先輩……?」
「ねぇ……神崎ってさ、ゲイなんだよね?」

先輩からの唐突な問いに、俺は少し驚きつつも頷きを返した。
先輩の言う通り、俺はゲイだ。それはもう、女性は触るのも無理なくらいの生粋のゲイである。このことは大学なんかでは公に言っていないけど、バンドメンバーは全員知っている。だからクリス先輩も知っていて当然のことだった。
実のところ……バンドをやっていて、しかもボーカルなんて無駄に目立つポジションにいるものだから、こんな平凡な俺でも好きだと言ってくれる物好きなファンの女の子はいなくはない。それでも俺に浮いた話が一切ないのは、この性癖が理由のひとつだった。

「……ってことは、俺にもチャンスあったりとか、する?」

クリス先輩からは思いもよらぬ言葉が返ってきた。
何度も言うが、クリス先輩はかっこいい。ハーフだからだろうか、背も高いしちゃんと男らしいんだけど、どこか柔らかい雰囲気があって、近付きがたい感じがしないし……。俺がゲイだとかそういうことは関係なく、男女問わず誰の目から見ても魅力的だと思う。チャンスはあるのか、なんて、なぜ俺にそんな質問をするのかはよくわからないけど、先輩に言い寄られて断る人がいるなら見てみたいくらいだ。
もっとも、じゃあ俺はどうなのかと言われれば、バンドのメンバーに手を出すなんてことは言語道断なんだけども。

「いや、確かに俺はゲイですけど……さすがにバンドメンバーをそういう目で見たりはしませんよ。一応、ちゃんと弁えてるつもりですから」
「そうか……うん。神崎だったら、そうだよな……」

俺の答えを聞いた先輩はなんだか煮え切らない様子だった。そんな先輩に俺が首を傾げていると、彼は俺を抱きしめたままだった腕にぐっと力を入れて更に引き寄せる。突然のことに困惑して先輩の顔を見上げると、彼はそのまま俺の唇にキスをした。

「んっ……!?」

……って、キス!?
俺、クリス先輩にキスされてる!? う、嘘だろ!?

有り得ない、絶対に有り得ない。全てにおいて完璧で、大学でもバンドでも超人気者で、みんなの憧れの的であるクリス先輩が、よりにもよって俺にキスをするだなんてあるわけがない。頭ではそう思うのに、唇に感じる柔らかい感触は確かに本物で……俺は頭がパニックになりそうだった。

「んんっ……せ、先輩!?」
「急にごめん。でも、どうしてもしたくなって……。あのさ、俺、こういうわけだから」

ど、どういうわけですか!?
とは聞くまでもなかったかもしれないが、どうしても聞かずにはいられなかった。今起こったことがあまりにも信じられなくて。
そんな俺のことを先輩は真っ直ぐ真剣な目で見つめながら、もっと信じられないことを口にした。

瑪瑙めのうのことが好きだ。だからこれからは、俺のことそういう目で見てほしい」

クリス先輩からの突然の告白に、俺は頭の中が真っ白になってしまった——



✦✦✦



あれから一日経ったが、俺の頭の中はいまだ現実をうまく認識できていないようだった。
まさかクリス先輩が、よりにもよって俺なんかに告白するだなんて。確かにバンドのメンバーとしてとても良くしてもらっているし、大学の後輩としてもひときわ可愛がってもらっていると自負はしている。でもまさか、みんなの人気者で女の子からもモテまくっていて、ファンクラブまで存在するあのクリス先輩が、なぁ……。
それこそ相手なんか選びたい放題だろうに、なんで俺みたいな平凡なゲイを好きだと言うのか。世の中は摩訶不思議極まれりである。

クリス先輩からは「返事はいつでもいいよ」と言われたけど……正直いつまで経っても結論が出そうになかった。
クリス先輩のことはもちろん好きだ。心から尊敬しているし、俺にとっても憧れの先輩で、そんな先輩に好きだと言われて嬉しくないわけはない。でも、恋愛的にはどうなのかと言われると……今まで考えたこともなかったので、正直わからなかった。とりあえず今はまだ『考え中』ってことにしているけれど、この調子では返事ができるのがいつになるかわかったものではない。

それはそうと、今日はバンドの定期練習の日だ。
来週末にはライブも控えているし、そのライブでは新曲を披露する予定もある。今はクリス先輩のことで頭がいっぱいではあるけど、それはそれとして、気を引き締めて臨まねばならない。

「おはようございまーす……あれ、まだ篠宮さんだけですか?」

所定の時間にスタジオに入ると、バンドリーダー兼ベーシストの篠宮しのみや透輝とうきだけがそこにいた。既に愛用のベースをアンプに繋いで、片手間でチューニングしている。

「おお、お疲れ。クリスと蛍は遅れるって、さっき連絡がきた」
「えっ……あ、ほんとだ」

篠宮さんに言われてからスマホでメッセージアプリを確認すると、つい先程に二人から『10分ほど遅れる』と連絡が来ていた。大学の講義が長引いたか、電車が遅延したか、もしくは来る途中で女の子に捕まったか……おそらくそのどれかだろう。俺がそう言うと、篠宮さんはからからと笑いながら俺に労いの言葉をかけてくれた。

「はは、大学生は大変だなぁ。瑪瑙も大変だろうに、ちゃんと時間通りに来れて偉いぞ」
「お、俺は今日講義なくて、バイトだけだったので……。篠宮さんも、お仕事お疲れ様です」

俺たちは現役大学生であるが、篠宮さんはメンバー最年長、つまりメンバーの中で唯一の社会人だった。今日も仕事終わりにすぐこちらへ来たらしく、服装はスーツ姿のままである。篠宮さんもクリス先輩に負けず劣らずの超絶イケメンだから、この何の変哲もないスーツ姿ですらめちゃくちゃ様になっていて、一日仕事した後だというのに全然くたびれた感じがしない。彼のプライベートのことはあまりよく知らないけど、会社でもさぞかしモテるんだろうなぁ。実際、バンドメンバーの中ではトップクラスの女性人気を誇っているし。

「うーん、準備終わっちゃたな。俺、そこで弾いてるから。邪魔だったら動くから言って」
「あ、はい……」

いや本当に、いつ見てもかっこいいな。俺は自分が使う機材のセッティングをしながら、スタジオの隅でベースを弾いている篠宮さんの姿を失礼だと思いながらもちらちらと見てしまう。
大人っぽくて、色気もあって、でも気さくで話しやすい。篠宮さんは第一印象で見た目がちょっと怖い雰囲気だったから、最初は近寄りがたい感じがあったけど……話してみたら凄く良い人で、今では俺も完全に懐いてしまっていた。

「……二人が来るまで暇になっちゃいましたね」
「うん、まあ適当に過ごしとけ。新曲の歌詞は大丈夫そうか?」
「あ、はい……。覚えたつもりです、けど、ちゃんと歌うのは今日が初めてなので……緊張してます」
「今日は練習なんだから、そう固くなるなよ。瑪瑙なら絶対に大丈夫だ。何たって俺が見込んだ男だからな」

篠宮さんはそう言って、大きな手で俺の頭をぽんぽんと撫でてくれる。
天才肌の篠宮さんにここまで言ってもらえるなんて、俺は恵まれていると思う。だけど俺には、どうしてもわからないことがあった。そして今は二人きりだから、普段みんなの前では聞けないようなことも、こっそり聞いてしまえると思って。

「あの……篠宮さん。いい機会だから、聞くんですけど」
「何だ?」
「本当に俺がボーカルでよかったんですか? なんで俺なんかを、バンドに入れてくれたんですか?」

このバンドを結成したのは篠宮さんで、俺が加入するまではボーカルは何度も入れ替わったらしい。勿論それには色んな事情があったんだろうけど……なんで俺なんかを篠宮さんが気に入ってくれたのか、実はいまだにわからなかったりする。
確かに俺は歌うのが好きだし、今はそれなりに努力もしているつもりだけど、それでも篠宮さんが求めるレベルに達することができているのかというとあまり自信がない。だって篠宮さんのベースは、プロも顔負けなくらいに上手いから。実力派揃いのメンバーの中でも特に彼のベースプレイは頭一つ抜けていて、このバンドのサウンドに彼は欠かせない存在だと誰もが口を揃えて言うほどだった。そんな彼の技術に見合うほどの歌が、果たして俺に歌えているのかどうか。
このバンドに加入してから常に気にしていたことを思い切って尋ねてみると、篠宮さんはベースを触っていた手をぴたりと止めてから俺の質問に答えた。

「それは単純に、俺がお前の歌声に惚れ込んだからだな」
「え……」
「初めてお前の歌を聴いた時、それまで感じたことがないほどの衝撃を受けた。これほどまでに情熱的でひたむきな歌があるのかと。……歌には一切の誤魔化しがきかない。その人間の全てがそこに現れる。だからこそ、純粋で真っ直ぐなお前じゃないと、うちのボーカルは務まらないと思ってる」

そう言って俺に笑いかけてくれた篠宮さんがとても眩しく感じた。
本当にどこまでかっこいいんだ、この人は。昔から歌を褒めてもらえることはたまにあったけど、ここまで言ってもらえたのは初めてかもしれない。普段は気のいい兄貴分だけど、その実音楽にはどこまでもストイックな篠宮さんに褒めてもらえると、喜びもひとおしで……。
正直なところ、俺自身は自分の歌にそれほど自信があるわけじゃない。だけどこの人の期待に応えられるように、よりいっそう頑張ろうと心に誓った。

「ありがとうございます……俺、頑張ります」
「……うん」

俺が微笑んでお礼を言うと、篠宮さんは少しの間の後にそっけない返事を返してくれた。どうしてか口元を押さえて俺から顔を逸らしてしまっている。……もしかして俺、嬉しさのあまり変な顔していたかな。それとも何か失礼な事を言ってしまっただろうか。

瑪瑙めのう
「は、はい!」

俺が不安になっておろおろしていると、篠宮さんはこちらに向き直って俺の名前を呼んだ。俺は慌てて返事をする。どうしたんだろう。なんだか少し顔が赤いように見えるのは、俺の気のせいだろうか?

「実は、理由はもう一つあるんだけどな……」

そう言うなり篠宮さんは俺の顎に手をやると、クイと俺の顔を上に向かせた。彼の整いすぎなくらいに整った顔面が近くにきて少しドキドキしていると、篠宮さんはおもむろに自分の薄く形のいい唇を、俺のそれにぐっと重ねた。

「……っ!?」

突然のことに俺は何も反応ができなかった。
篠宮さんが俺にキスをしている。何故?どうしてだ? ……駄目だ、何一つ思考が回らない。自分の口元から彼の唇が離れたあとも、しばらく何も考えられなかったくらいに。
今の状況が一切飲み込めなかった。何かの冗談ではないか?と思えた方がまだ良かった気がする。なんで俺なんかに、篠宮さんが?
その場で固まったまま、ぽかんと口を開けて間抜けた顔をしている俺に向かって、篠宮さんはひとつ問いかけた。

「一目惚れって信じるか?」



✦✦✦



結局、あの直後に遅れていた二人がスタジオに入ってきてそのままバンド練習へと移ったので、篠宮さんへの返事はろくにできず仕舞いだった。

そして二時間後。バンド練習が終わって各々解散する中、俺はひとり大きな溜め息を吐いていた。
練習している間は歌に集中していたから、一瞬だけ忘れることができたけど……告白、されちゃったんだよなぁ。たぶん。
ただでさえクリス先輩の告白で頭が混乱していたというのに、立て続けに篠宮さんからもキスされてしまった。さすがに、バンド仲間のノリ……ってわけじゃないと思う。俺はゲイだからあれだけど、多分普通の人はノリだけで男にキスできるものではない……よな。
本当にどうすればいいんだろう。今日は練習に没頭することで何とか乗り切ったけど、次に二人と顔を合わせた時、平静を装える気が全くしなかった。

「神崎先輩」

不意に背後から声をかけられてはっと我に返る。もうとっくに解散しているというのに、俺はスタジオの前で立ち尽くしたままぼうっとしてしまっていた。俺は慌てて通行人の邪魔にならない場所に移動しつつ、声のしたほうを振り返る。といっても、誰なのかはわかっていた。俺のことを「先輩」と呼ぶのは一人しかいないからだ。

「……ほたる。どうしたんだ? 帰ったんじゃなかった?」

後ろを見るとそこには予想通り、バンドのドラム担当で俺の後輩でもある早乙女さおとめほたるがいた。
蛍は高校時代からの後輩で、ひとつ年下の19歳である。バンドメンバーの中では最年少なこともあって、俺含めメンバーからは可愛がられている。といっても蛍はどちらかというとドライなほうで、あまり人懐こい性格でもなかったが、付き合いが長いからか俺にはよく懐いてくれていた。

「そうなんですけど、あの……もし大丈夫だったらでいいんですけど、今日先輩の家に泊めてもらえませんか?」
「え、それは勿論いいけど……何かあったの?」

蛍を俺の家に泊めるのは別に初めてではない。大学に入ってからはたまにあったし、俺の誘いで蛍がバンドに加入してからは更に頻度が増えていた。俺は一人暮らしだし全然構わないんだけど、何か家に帰れない事情でもあるんだろうか?

「いや、大したことじゃないんですけど、明日1限から講義が入ってて。先輩の家の方が大学に近いから、もし良かったら、って……」
「ああ、そういうこと。いいよ、おいでおいで!」

蛍の言葉を聞いて、俺は安心して申し出を快諾した。
俺と違って蛍は実家暮らしだ。蛍の家から大学まではそれなりに距離があるから、明日が1限からとなると寝起きの悪い蛍にはしんどいだろう。
俺の家は大学からほど近い場所にある。蛍と二人で大学の最寄り駅まで戻ると、近くのコンビニで適当に夕食を調達してから俺の家へと向かった。あ、もちろんお酒は買ってない。蛍、まだ未成年だからな。

「お邪魔します」
「どーぞ。……今更だけど、急に泊まりになって大丈夫だった? いや俺は全然いいんだけど、親御さんとかさ」
「大丈夫です。さっき連絡したけど、神崎先輩のとこ泊めてもらうって言ったら安心してましたよ」

そんな会話をしながら蛍を自宅に招き入れた。蛍が俺の家に来るのは珍しいことではないから、もはや勝手知ったる……という感じではあると思うが、彼は毎回律儀に挨拶をしてから玄関を上がってくれる。蛍はちょっと愛想はない方かもしれないけど、礼儀正しい良い子なんだよな。おまけに顔はそこらへんの女子よりもよっぽど可愛いし……可愛いって言うと本人は機嫌悪くするから口に出しては言わないけど、でもやっぱり可愛い。男性ファンが多いのにも頷けてしまう。彼がもし女の子の格好をしていたら、間違いなく美少女にしか見えないだろうってくらいにめちゃくちゃ可愛いから。

頭の片隅でそんなことを考えつつ二人で夕食を済まして、交代でシャワーを浴びた。蛍は急に泊まることになったから着替えも何も持参していないけれど、ノープロブレム、まったく問題なかった。なぜなら既に俺の家に置いてあるから。

「蛍、最近けっこう俺んち泊まってくからさ。もう着替えとか歯ブラシとか、うちに常備しちゃってるよね」

俺が笑いながらそう言うと、蛍は表情こそ変えなかったがどこか満更でもない様子で、洗面所にふたつ並んだ歯ブラシをじっと見つめていた。それから俺に向かって一言。

「なんかこういうの、同棲してるみたいですね」
「えっ」

蛍の言葉に俺は不覚にもドキッとしてしまう。
確かにシチュエーションだけ見るとそう見えなくもないかもしれない……いやいや、蛍は可愛いけど男だ。そんでもって後輩だ。ていうか俺はゲイだから、仮に女の子だったとしてもそういう気は起きないんだけども……。

「あ、あはは。ちょっと言えてるかも? うちにも蛍の私物とか、結構置いてるしなぁ……」

俺は誤魔化すように笑いながら、蛍を置いて先に洗面所を後にした。
ちょっと危なかった。蛍は無自覚なのか、たまにこういう思わせぶりな言動をすることがある。俺はゲイだから大丈夫だけど……いや蛍は男だから一応大丈夫じゃないのか。それでも未成年の後輩、しかもバンドメンバーに変な気を起こすほど俺は飢えちゃいない。でも他の友達にもこういうことを言っているのだとしたら、少し気を付けた方がいいぞ……と思わないでもない。
……いや、杞憂だな。蛍は顔立ちこそ可愛らしいが、世間の評価でいえば余裕で美形の部類に入る。蛍は自分からそういう話をしたがらないが、ライブでも大学でもモテまくっているのを俺は知っている。その気がない相手に対しては上手くあしらっているようだから、俺ごときが心配するまでもないだろう。

部屋で蛍を待ちつつふとスマホを見てみると、いつの間にかメッセージアプリに通知が来ていた。スタジオに入る前くらいからマナーモードにしていたので、今の今まで全然気付かなかった。
アプリを開いて内容を確認すると、メッセージは篠宮さんからだった。バンドのグループチャットではなく、俺宛に個別で。

『今日は急にあんなことして悪かった。でも冗談じゃないから。』
『ゆっくりでいいから、俺とのこと真剣に考えてくれないか』

「……」

俺はそのメッセージに何も気の利いた言葉を返すことができず、結局既読だけつけてそのままアプリを閉じた。
……そうだった。蛍と一緒にいて少しだけ忘れていたけど、俺は今日、篠宮さんからキスされて……このメッセージを見る限り、やっぱり告白されたんだよなぁ。いいや、それだけじゃない。クリス先輩からの告白の件もそのままだ。二人とも返事は急かさないでいてくれるみたいだけど、流石にずっとこのままじゃいけないだろう。でも、俺の中では一向に答えが出てこなくて。

俺はゲイだから男と付き合うこと自体は抵抗がない。でも俺にとって二人は大切なバンドメンバーだから、今までそういう目で見たことはなかった。
クリス先輩も篠宮さんも、一人の男性として見たとしても有り余るくらい魅力的だとは思う。もっとも、二人とも俺なんかには勿体なさすぎるけど。
そんな彼らのもしどちらか片方と付き合ったとして、俺はちゃんと“恋愛”ができるんだろうか? そういう目で見ることができるんだろうか? ていうかどちらか片方って、そもそもどっち?
どちらか片方を選ぶということは、同時にもう片方を振るということにもなる。それでバンドの雰囲気が悪くなったら嫌だし、だからと言ってよく考えもせず両方断るというのも、彼らの気持ちに対してどうなんだろうと思うし……。

「先輩、どうしたんですか? 難しい顔して」
「あ……いや、何でもない」

気付けばスマホを片手に顰め面になっていた俺を、洗面所から戻ってきた蛍が訝しげに見ていた。俺はスマホをテーブルに置くと、とりあえず蛍に向かって笑顔を作ってみせる。それでもすぐに思考は二人からの告白のことでいっぱいになって、すぐにまた先程と同じような顔になってしまった。
そういえば俺はゲイだけど、クリス先輩や篠宮さんはどうなんだろう。俺がカミングアウトした時は、二人ともそういうことは言っていなかったけど。ていうか二人ともファンの女の子たちからモテモテだから、俺は知らないけど何人かには手を出しているんじゃないか?なんて思ってたくらいだし。恋愛はバンド活動に影響がない程度に好きにやれ、っていうルールだから、ほどほどにとはいえ二人ともそれなりに色々あるんじゃないのか。いや、知らないけど……。
でも男が好きなわけじゃないなら、俺に告白するはずないもんなぁ。ううん、わからない。よりにもよってなんで俺なんだ……。

「先輩、また難しい顔してる。何か悩み事ですか?」

案の定、蛍に再び指摘されてしまう。駄目だな、この二日であまりにもキャパオーバーな出来事が起きすぎて、蛍の前なのに全然取り繕えない。
……いや、いっそ蛍に相談してみたらどうか。蛍だったら少なくとも俺よりは恋愛経験あるだろうし、バンド内の人間関係もよくわかっているし。何より馬鹿にしたり下手に他言などはしない奴だと、そう疑いなく思えるくらい俺は彼を信用している。

「あ、あのさ……ちょっと相談があるんだけど……」
「先輩が相談って珍しいですね。何ですか?」

俺がおずおずと話を切り出すと、蛍は珍しいと言いつつも聞く姿勢になってくれた。俺は意を決して蛍にこの二日で起こった事を話し出す。

「実は……嘘だろって思うかもしんないんだけど、俺、昨日大学でクリス先輩に告白されて。どうしようって悩んでたら、今日篠宮さんにも告白されちゃって」
「は……?」
「……本当だよ? それで、どう返事すればいいかなって……。俺のせいでバンドがギスギスするのはやだし、でも二人の気持ちを無下にもできないし……。蛍だったら俺より経験豊富だろうから、なんか丸く収まるような言い方とか、思い付いたりするかなって……」

とりあえず蛍に事情を一通り説明する。キスされたことは流石に……なんとなく、言わないでおいたけど。
俺は途中からは話すのに一生懸命になってしまって、話を聞いている蛍がまったく相槌を打たなくなったことに気付かなかった。もともと蛍は口数が多くはない方なので、せいぜい俺の話にドン引きしているか、嘘だと疑っているかのどちらかだと思っていた。
だから次に蛍が発した言葉に、俺は自分の耳を疑った。

「…………のに……」
「え?」
「俺のほうが先に好きになったのに!!」

……へ?

「俺がっ……高校の時からずっと先輩のこと好きだったのに!! 告白って、は? ぽっと出の奴らが何? ちょっと顔が良くて楽器が上手くて周りからチヤホヤされてるからって、俺の先輩まで掻っ攫おうとするなんて!!」

普段の大人しさが嘘のように取り乱す蛍を前に、俺は開いた口が塞がらなかった。
蛍がこんなに大きな声を出すのを初めて見たかもしれない。……いや、そんなことよりも。高校の時から……え? ずっと……何?
蛍が言ったことを頭で理解するよりも先に、俺はなんとなく嫌な予感を感じ取っていた。俺もしかして、一番あってはいけない展開を引いちゃったんじゃないのか。いやでも、そんなまさか。

「先輩無防備だから、どうせキスとかもされたんだろ!? ずるい、ずるい……!」

蛍はらしくもなくギャン泣きしながら強引に俺の唇を奪った。びっくりして反射的に顔を背けようとしたけど、蛍の腕が俺の身体をがっちりと拘束していて振りほどけない。蛍のやつ、見かけによらず力強すぎじゃないか!? そして二人にキスされたのも何故かバレている。なんでだ。
結局終始されるがままになってしまった俺は、追い打ちのごとく次に続いた蛍の言葉を聞いて、危うく気が遠くなりかけた。

「先輩のこと、ずっと好きだったんです。だから俺を選んで?」

——ああ、神様。
俺はどうすればいいんでしょうか……?



end.
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俺の親友がモテ過ぎて困る

くるむ
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☆完結済みです☆ 番外編として短い話を追加しました。 男子校なのに、当たり前のように毎日誰かに「好きだ」とか「付き合ってくれ」とか言われている俺の親友、結城陽翔(ゆうきはるひ) 中学の時も全く同じ状況で、女子からも男子からも追い掛け回されていたらしい。 一時は断るのも面倒くさくて、誰とも付き合っていなければそのままOKしていたらしいのだけど、それはそれでまた面倒くさくて仕方がなかったのだそうだ(ソリャソウダロ) ……と言う訳で、何を考えたのか陽翔の奴、俺に恋人のフリをしてくれと言う。 て、お前何考えてんの? 何しようとしてんの? ……てなわけで、俺は今日もこいつに振り回されています……。 美形策士×純情平凡♪

実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…

彩ノ華
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あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜?? ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。 みんなから嫌われるはずの悪役。  そ・れ・な・の・に… どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?! もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣) そんなオレの物語が今始まる___。 ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️

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