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姉崇拝

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 ザブラさんを探して学院を探索していたら開けた場所に出ます。どうやら中庭のようです。そこに見知った顔がいますね。グラティアさんは一人、木の下で休んでいました。

「あら、偶然ですわね。ごきげんようサラさん」

 ザ・お嬢様という口調です。こちらの生活が長い貴族の方は転生前と話し方が変わってしまうのでしょうか。

「ごきげんようグラティアさん。その話し方は日本にいたころからなのですか?セリアさんとだいぶ違いますよね」

「ここに来てからですわ。せっかくこの口調で話すことができるので頑張ってみましたの」

 それはまた随分と面白い努力をなさりますね。



「一つお聞きしたいことがあるのですが、ザブラさんがどこにいるかご存じありませんか」

「ああ、ザブラでしたら……出てきなさいザブラ」

 グラティアさんの一声でザブラさんがどこからともなく現れました。一瞬の出来事のため全くわかりません。

「何か用かな、姉さん」

「サラさんがあなたとお話をしたいそうですわ」

 彼女にとってこれが日常なのでしょう。大したリアクションもなくそこに現れたザブラさんに用件を伝えます。

「僕でよければ全然かまいませんよ」

 ザブラさんも優しそうな笑顔でこちらをこちらに向けます。

「わたくし少し用事でここを離れますがくれぐれも失礼のないようになさい」

「もちろんだよ」

 こうしてグラティアさんが少し席を外している間にザブラさんとのお話の機会をいただきました。



「コード83415、私のサポートをお願いします」

 初手解除コードは定石です。

「できる限りさせていただきますが、最優先は姉となりますことをご了承ください」

 やっぱりですか。今回はアルリス様から頂いた解除コードが何一つ役に立ってません。



 仕方ないですね。現状把握のため疑問点をぶつけていきましょう。

「単刀直入に聞きます。なぜあなた達はそこまでグラティアさんにご熱心なのですか」

「なぜ?それは僕の姉さんが僕の姉さんだからですよ」

「はい?」

 何を言っているのですか?と言いたげな言葉に全く変わらない笑顔。笑顔なのに怖いです。

「姉さんはいつでも明るく優しく皆のことを思って行動できるこの世界に舞い降りた女神です」

 おかしいですね。私の上司の女神様は一度も私の元に舞い降りませんよ?そちらは随分と長い時間舞い降りているようでうらやましいです。

「姉さんは僕が本当に困っていたときに手を差し伸べてくれたんです。本来であればそれだけで姉さんは素敵なのにあらゆる人を助け、人を惹きつけていったのですよ。ああ、姉さんどうしてあなたはそこまで美しい生き方ができるのですか」

 もはや崇拝の域に達していますよ。

「えっと、あなたは自分の天界の仕事をこなせていますか」

「姉さんを守ることですよね。もちろんです。いつでも姉の影に身を潜めて姉をサポートしています」

 どうやら先程突然出てきたのは相手の影に入ることができるスキルを使用していたからのようです。

「本当にそれだけが仕事なのですか?一人だけひいきするような仕事をアルリス様は命じるでしょうか?」



「……もう一つあります。セリアさんの……サポートです」

「やっぱりそれですか。近づけないのは補正のせいですか」

「その通りです。彼女に近づいてしまうと僕の姉さんへの思いが汚されてしまう可能性があるので……」

 このやり取りにデジャヴを感じます。

「リンプスさんと全く同じです理由ですよ」

 不意に出した名前に反応するザブラさん。

「あの男からも話を聞いたのですね」

 ザブラさんのニュアンスが不快なものを含んでいるようにしか聞こえません。わざとですかね。

「言い方に少し棘がありますね。あまり仲良くないのですか?」

「そんなことはないのですが、あいつは僕の姉さんを誘惑して、あまつさえ結婚までもくろんでいる性悪男ってだけです」

 もはや私の中でザブラさんの優しいイメージは悪い意味で払拭されました。



「ちなみにレデンさんはどうですか?」

「レデン兄は自分の気持ちに気づいてないっぽいですから、ほっといても進展しなさそうなので特に悪い印象はないですね。あ、でもときどき幼馴染特有の距離感で姉さんと話しているのを見せつけられるとむかむかします」

 レデン兄という言い方には多少の親しみを感じます。グラティアさんの幼馴染ということはザブラさんも同じ幼馴染ですからいろいろ交流もあったのでしょう。





 そろそろ気になっていたけど踏み込めなかったところに触れなければいけませんね。

「送り込まれたとはいえザブラさんは弟ですよね。姉と結ばれることは」

「あ゛?姉さんと僕の間にそんな人間が決めた謎ルールは関係ないんですよ」

 近いです。急に距離を詰めてこないでください。怖い、ただ怖いです。

「ザブラさんのことは大体わかりました。とりあえずはしっかりとグラティアさんをサポートしてあげてください」



 あらかじめ用意していた無難な言葉で切り抜けましょう。ザブラさんは対処の仕方を間違ええると厄介なことになりそうです。従順なイメージだったから優しいと思ったのに完全な詐欺です。

「サラさんがわかってくれてよかったです。あ、そうだ」

「なんですか?」

「くれぐれも僕が姉さんに好意を寄せていることは秘密にしてください」

 ザブラさんが急にしおらしくなりました。

「?」

「なるほど、今の関係を壊したくないとか自信がないとかいろいろな感情がそうさせるのですね」

「サ、サラさん……あなた意外と鋭いですね」

 ザブラさんは少しだけ照れたような気持ちを知られて悔しいような微妙な表情をされています。



「まあ、こと恋愛感情に関しては随分と利用してきましたから」

 ザブラさんが私を見る目が少し鋭くなったような気がします。

「そんな怖い顔しないでくださいよ。私は今、あなた達をどうこうしようとする気はありませんよ」



 というかできれば調査だけで終わりにしたいですし。ティーチ先生以外には、私がここで調査に来たことは秘密にしています。抜き打ちテストっぽくやりたいと最初は反応を見るために他の天界の方々には私が来た目的を教えないようにとティーチ先生にお願いしたのです。結果的にはその行動は正解だったみたいです。



 一人の異世界転生者に溺愛している現状、すべてが怪しく感じます。しかし、レデンさんもリンプスさんもザブラさんも誰一人として私がここに来た目的を聞いてきませんね。これが不自然でなりません。ティーチ先生が実は教えてしまっていたのか又はグラティアさんがなにか裏でやっている?わからないことだらけです。セリアさんは……まあ何もやってなさそうですね。なぜか彼女を疑うことを思考から外してしまいます。



「用件は済みまして?」

 久々に思考の海へとダイブしていた私はグラティアさんの一声で意識が外へと戻ってこれました。どうやら彼女も用事を済ませてきたようです。

「うん、終わったよ姉さん」

 こちらも従順なザブラさんに戻っています。

「よかったわ。でしたらこれからわたくし達はお食事に行くのですけどサラさんもいかがかしら?」

「すみませんが先程食べてしまったので、またの機会に」

「そうですか。では、サラさんまた後程」

「はい、またー」

 グラティアさんとザブラさんを見送り私はちょっとずつ見えてきた現状に頭を悩ませるのでした。

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