江戸の夕映え

大麦 ふみ

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一家皆殺しの押込強盗に遭遇した少女の話 ──『我衣』、『街談録』より

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 検視は、つやの治療にあたった医師たちが行うこととなった。市郎兵衛夫婦とその娘二人、市郎兵衛の母、弟源之丞の妻、下男がふたり、下女ふたりの十人もの遺体を調べるのには大変な時間を要した。
 
その間に、下川崎村を知行地とする旗本鈴木市左衛門、そこにいるはずの源之にむけて知らせが送られた。鈴木は自分の手には負えないため、勘定奉行に届出て、そこから関八州取締出役に報告がでて、ここがこの一件を扱うこととなった。八州という膨大な広さの所轄をおさめるには、八州廻りにさかれる人員は余りに少なく、じっさいのところ捜査にあたるのは、その地その地を縄張りとする地元の親分とみなされる者たちであった。

 下川崎村あたりを締めていた富五郎が、出役手代に協力して、「生存者」からの証言をとった。現場には、有益な手かがりをあたえる遺留品をみつけることはできなかった。また、質蔵のなかで、我が身大事の一心で、主家の滅亡を、ただ見過ごしていたばかりの、儀右衛門と伝蔵は、どれほど恐ろしい思いをしたかの弁明に終始した。この二人は、村の皆から相手にされなくなってしまっていた。

 いまや空っぽとなった市郎兵衛の屋敷の近所にも、冨五郎は聞き込みをした。事件の夜に、なにか聞いたり、見たものがないか。たがなにも得るものはなかった。昼間の疲れでぐっすりと寝入っていたというのだ。

 犯行現場にこれといった遺留品が残されておらず、早くも手詰まりに追い込まれたようになった冨五郎であったが、ふと、最後まで生きていた娘が今際の際に残した、「旦那」という言葉が気になった。

 市郎兵衛は、屋敷のものたちから、「市郎兵衛様」、あるいは「ご主人様」とよばれていたという。このあたりでは昔から、「旦那」と呼べば、熱心な真宗の信者である、名主の長兵衛を指すらしい。子守奉公のつやが、末期にわざわざ長兵衛を言挙げするほどの関係があったというものは誰もいない。

 なら、つやのいう「旦那」とは誰なのか、なぜその「旦那」の事を母に言い残したのか、冨五郎には見当がつかなかった。

 しかたない。冨五郎は、いろいろな伝手を頼って、このあたりの村々で人たちの耳目を引くような出来事に聞き出すこととした。注目した。真偽、大小かかわらず、事件のあとにおこったことならどんな些細なことも耳を傾けた。朝方にまで犯行に及び、それから逃げ出したのに、ども不審者を見ていないというのが気になっていたのだ。土地鑑のあるここらに住む者が、関与しているのは間違いないと見ていた。

 その網に、大きな金の話が引っかかってきた。近頃、田畑を買いつけたものがいるというのだ。隣村である𠮷羽村の桶屋、源右衛門が名主の口利きで、借金の返済に困っている小前から、買いたたくように三反ばかりとはいえ、土地を我が物にしたという。しかも、これでは満足せず、もっと大きな出物を捜しているという噂もあった。請人に名主みずからが名前をつらねたのも、八十両もの大金を預けての故だという。

 この話が人の口にのってひろがったのも、あの桶屋がなぜ、そんな大金を持っているのかという疑問のまえに、このあたりではあまり評判がよくない輩とみられていたからだった。

 本業の桶屋は、仕事のやり方が横柄で、小口のちょっとした修理を嫌がり、すきあらばふっかけてやろうというやり方は、村の桶屋としてはとおるものでなかった。それで口入屋もやるようになった。上得意の金持ちの家に出入りすることで、働き手を求めているという話にふれやかったのである。そこで、仲介料目当てに、口減らしでもいいからと薄給でもよしとする小前、水呑たちに、その奉公を斡旋していた。公に口にするものはいなかったが、秘密の賭場にでいりして、たちの悪い無宿ともまじわって、あらっぽい手口でもめごとに割って入るともいわれていた。なので、富くじに当たったという源右衛門の言葉を本当だと思う者はいなかった。なにかよからぬ事をしたに違いないと、嫉妬混じりの噂を村民たちは垂れ流しにしていた。

 こうして𠮷羽村まで拡げた聞き込みで、源右衛門とつやの思わぬつながりが浮かびあがってきた。つや、そして姉のなつの奉公の口入れをしたかのが、源右衛門だというのだ。そして、口入屋としての源右衛門は、商家の主として「旦那」と呼ばれることがあるのだった。本職の桶屋にくわえて、仕事をひろげてたくさんの働き手を欲しがっている市郎兵衛の居宅に、日頃からよく出入していたことも分かった。

 冨五郎は、八州廻りの手代にこの源右衛門のことを上申した。存分に怪しい。引っ張ってきて、尋問する値打ちはあるというのだ。だが、手代はまだ内偵を進めろと指令した。蔵に残って生き残った者たちには、見張り役の男がついていた。その間に十人もの者を殺害するには、あと何名かの仲間が絶対にいる。なら、その仲間もこの近くに潜んでいるはずで、源右衛門だけを引っ張れば、身の危険を感じて欠落、逃亡してしまうかもしれない。犯人共を一網打尽に捕らえるには、拷問で口を割らせる前に、仲間も押さえておこうというのだった。

 ならばということで、冨五郎は手代に、富くじのことを感応寺に聞き合わせしてくれるよう提案した。感応寺は公許をえて毎月、境内で富くじを差している。その当たりくじの持ち主は、名前とすみかを記帳することになっているので、勘定奉行から正式に申しいれれば、嘘は簡単に見抜ける仕組みになっていた。そうして出された寺への聞き合わせに、源右衛門の名前はなかった。

 冨五郎は調査に本腰を入れることとした。でかい山で解決すれば、手代、奉行の覚えはうるわしいものととなる。八州廻りも、奉行も手柄をほしがっているのは、自分とかわらないのだ。冨五郎は、日頃から便利な男たちを「飼って」いて、そのうちの一人を内偵につかった。脛に傷のある奴らの旧悪を曝露すると脅したうえで、うまくいけば銭をわけてやるというと、従わぬ者はいなかった。

 そうして、冨五郎が博突に入れ込んで、無宿者がでいりする賭場の常連となっていたこと、そこでどんな悪事もいとわぬ凶悪な無宿とつるんでいたこと、あろうことか源右衛門は悴とともに親子で賭場で興じていたことを嗅ぎつけてきた。そして、事件の当日、その三人がいつものように賭場に顔をだしたが、どうしたことか、早々にに引き上げていったことがわかった。

 手代は近在の陣屋に加勢を求めるとともに、冨五郎にも三人の捕縛の助っ人をかき集めるよう指令した。ここまでの証拠で、奉行、老中の裁許に差し障りはないと判断した。すで拷問の力を借りて、自白を引き出せば十分な段階となっていたのだった。
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