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祭り三日目 土曜日(1)「祭り会場にて」
しおりを挟むそして劇上演の当日――花火の当日になった。
お父さんは、朝早くから会社の人たちと合流して、風川の川上にある打ち上げ会場で花火の仕込みをする。
打ち上げ会場は風川の上流側の運動場(空き地)の中にあるんだ。木ノ川という小さな川が合流する先なんだけど、花火って観覧席の対岸から打ち上げるのが普通だよね。でも花之江の場合、対岸に工場とかあって許可が下りないので、上流の広い空き地を使うんだって。
だからお客さんは、堤防で観ようとすると横向かなきゃいけないので、地面敷き詰めたブルーシートの上に上流側を向いて座って観るかたちになる。
オレもお父さんと朝一緒に行って、親方のゲンさんやスタッフみんなにあいさつした。
ゲンさんは藤原源一という名前で六十五歳。おじいちゃんの代から現場のリーダーやってるプロ中のプロだ。
オレは大好きなんだ。かわいがってくれるからね。
「ケンジ! マイちゃんとうまくやってるか!」
亮ちゃんが言った。
亮ちゃんは、会社の若手のリーダーで、なんでかオレがマイちゃんが好きで、マイちゃん目当てに花之江に来てると思ってる。たしかにマイちゃんはかわいいけど……ねえ。
亮ちゃんは、ホントのマイちゃんのこと知らないんだよね。
ま、調子を合わせてハイハイ言ってるよ。
そこに、ちひろちゃんが声をかけてきた。
「ケンちゃんが好きなのはワタシだよねー!」
ちひろちゃんは、うちのお母さん(ひかるっていうんだ)の妹だから、オレの叔母さんにあたる。会社では音楽花火の設計やプログラミング、新作花火の考案から、現場で打ち上げもやる根っからの花火女子だ。
お父さんが花火競技会で優勝した時も、ちひろちゃんがプログラミングを担当して大きな力になってくれたんだ。
でも、ギャグはしょうもないよね。
これも「ハイハイ」で対応だ。
ゲンさんや亮ちゃんたち会社の仲間と話してたら、ちょっとだけ残っていたモヤモヤも吹っ飛んだ。
で、オレはお父さんと別れて、打ち上げ会場を後にした。
オレは子供なので作業を開始した打ち上げ会場には入れない。火薬をあつかう資格が必要な大人の仕事だから。
お手伝いはするよ。会社帰った後の発射筒洗いとかね。大変なんだけど、ちょっとだけおこづかいがもらえる。ちょっとだけね。
打ち上げ会場はかなり広いから、十号(三十センチ)二十号(六十センチ)三十号(九十センチ)という大きな玉も上げられる。こういうのを「尺玉(しゃくだま)」って言うんだ。「尺」は昔の数の単位で、一尺三十センチぐらいだから、二十号で二尺、三十号で三尺だ。
で、今回の呼び物は三尺玉(九十センチ)を一発だけど上げること。
花火はその大きさで値段が違う。
スターマインに使うような三号(九センチ)四号(十二センチ)は五、六千円だけど、尺玉で八万円ぐらい、二尺だと七十万円ぐらいする。
三尺は、なんと百五十万円だよ。
予算があんまりないらしいから一発だけだけど、すごいよ。1メートルぐらいある玉が、上空六百メートルで大爆発するんだ。オレは――耳ふさいでしゃがむ。怖いから。花火屋の息子でもうムリ。
あとは二尺が五発、これもズンと来る。
一尺が十発ぐらい。あとは七号、八号その他いろいろスターマインだね。
打ち上げ会場から木ノ川にかかっている小さな橋を渡って、お祭り広場の特設ステージ前にいった。
今日はデジカメ係じゃなくて、オボロガミの劇を見るための場所取りだ。
美奈ちゃんたちは劇や花火見るための一日分のお弁当作りとマナちゃんの世話でにいそがしいし、大介おじさんは午前中仕事で学校に行った。ヨースケはまた逃亡して友だちと釣りに行っちゃったので、スポーツドリンクと日傘とうちわ持たされてオレがやることになったわけ。
みんな昼前には来るそうなので、それまでオレは一人で大ちゃん一家の席五人分とっておかなきゃいけない。
会場は、お祭り広場にステージ作ってパイプイス並べただけなので、立ち見ならお金を払ってなくても観れちゃうんだ。料金はこの「パイプイス代」みたい。
ま、塚本のおばさんにやり込められた市の人が「市の財産としてアピールする」みたいなこと言ってたから、鑑賞料金で稼ごうとは思ってないんだろうね。
もうけっこう場所取りの人が来てて、できるだけ前って言われてたけど客席の真ん中ぐらいの席になった。
オレ同様出演者の家族なんだろうけど、映画館とかなら真ん中ぐらいにみんな座りたがるからこれでもいいんじゃなかな。
でも、小学生が朝から日傘さしてさ、うちわでバタバタやりながら場所取りだって。なんかバカみたい。蚊もくるし。
びっくりしたのは朝から花火の場所取りしてる人もいること。
花火、夜の七時からなんですが。ご苦労さんだなあ。
蚊に食われながら携帯ゲームやって時間をつぶしてたら、なんかいいにおいが漂ってきた。昼近いので、屋台が営業を始めたんだね。
食いたいけど席を離れるわけにはいかない。この頃からどんどん人が増え始めたからだ。離れたら取られちゃうかもしれない。
オレが出店の屋台にたかっている人たちをヨダレたらしてみていると、ようやく大ちゃんたちがやって来た。
「いやー、ケンちゃんスマンなあ」
さほどスマなくもなさそうに大ちゃんは言った。
ヨ―スケは平気な顔で「ルアーでブラックバス釣った」とか自慢してくる。まあ、お兄さんとしては怒るわけにもいかない。怒りたいんだけど。本当は。
マイちゃんは、文化センターで出演者だけの最終リハーサルがあるので一緒には来ない。
解放されたオレは、お昼食う前に屋台を見て歩いてヨダレの原因だったイカ焼きを買った。
出店のぞいてる浴衣姿の女の子たち、立ったまま焼きそばとか食べてる人、よさこいの練習してる人、太鼓たたいてる人、わあわあ騒いでる中学生のお兄さんお姉さん……みんな本当に楽しそうで、オレもうれしくなってきた。
お祭りっていいな。
オレは大好きだ。
席に戻って、大ちゃんたちと一緒にイカ食いながらお昼にした。
ステージでは、郷土芸能祭ということで花之江のお神楽が始まった。
実はオレは陸上のほかに、学校の伝統文化を伝える活動で、お神楽をやってる。鶏舞というんだ。
最初はいやいややってたんだけど、お神楽の先生にスジがいいってほめられて、一生懸命やるようになった。
たぶん陸上よりオレに合ってるな。(陸上はお母さんのススメで始めたんだけど、国体で活躍したお母さんの才能を、オレは受け継がなかったみたい。ハハハ)
お神楽は、神さまに捧げる踊りとかの芸能のことで、宝部のものはおおむね「山伏」が伝えたものが基本になっているんだ。
山伏は、山で修行しているひとで、修験者ともいう。昔、東北にはこの山伏がたくさんいたんだって。
オレの住んでる真城の近くにある鉢伏山や、花之江の千早根山が山伏が修行する山として有名だ。
いまでも修行してる人たちはいるし、子供向けの修行体験ツアーみたいなのもある。オレは行ったことないけど、同級生で行ったやつがいて、滝に打たれたりして大変らしいよ。
ともかく、この手の伝統芸能には興味あるんだ。
お神楽の後、おばちゃんの盆踊りみたいなの、中学生の踊り、高校生の和太鼓、獅子舞や鹿踊りがあって、またお神楽になった。最後の出し物だ。
「鬼除の舞」という演目で、かっこいい山伏が四匹の鬼を退治するもの。たぶん劇の内容に合わせたんだろうね。
その鬼が面白くて、ガオガオ言いながら客席にお菓子の小袋を投げるんだ。
小さな子たちが大喜びでそれをうばいあうので、見てるほうも楽しくなってくる。オレのほうにも飛んできたのでキャッチしてマナちゃんにやった。ヨースケにはやらない。絶対。
そして、山伏が鬼をみんな退治して刀を鞘に納めた時、ハプニングが起こった。
お神楽だから山伏も鬼もお面をつけてる。
その山伏役の人のお面がパキーンという音とともに、真っ二つに割れたんだ……!
「あっ!」
「割れた!」
客席の人たちも、舞台の上の人たちも皆びっくりしてる。
山伏役のおじさんはしょうがなくて、割れたお面を拾って、頭を下げて退場した。
木のお面が突然割れるなんてあるのかな。
そして――きのうのことを思い出して、ゾッとしたんだ……。(つづく)
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