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祭り三日目 土曜日(3)「襲撃」
しおりを挟むわあーッ!という声が聞こえた。
お祭り広場――いや、河川敷にいる人全員が、あの怪物を同時に目撃していた。
あの汽笛のようなボオオオーンという音がした。さっきの何十倍も大きな、耳を塞ぐ人がいるほど大きな音だった。
たぶん、オボロガミの鳴き声だ。
オボロガミは、明滅しながら雲を貫いてゆっくり降下してくる。
巨体の細部が見えてきた。
全体は青っぽくてゼリーみたいに半透明だ。その中を無数の光点や光る雲みたいなのが流れている。
カサの上のほうにツノのような触角?が生えていて、カサの下の六本の触手の先は、花びらみたいに裂けて開いたり閉じたりしてる。
胴体の下、触手の中心には、じょうごを逆さにしたようなものがついていて、これも呼吸するように開閉していた。口だろうか?
そして、その巨体のまわりを色とりどりに輝く奇妙な生物が、群になって取り巻いていた。たぶん眷属三千だ。
スマホやデジカメでそれを夢中になって撮影していた人たちも、どんどん近づいてくるオボロガミに不安になったのか、撮影をやめて自分の目で見上げている。
と、カサと触手の間から、無数の釣り餌みたいな――ミミズやイソメみたいなものが、ゾロリとはみ出してきた!
その一本一本の先に、強く発光する真っ赤な魚の目玉みたいなものがあって、ギロギロ動きながら地上のオレたちを見ていることに気づいたとき、みんな、悲鳴を上げて逃げ出したんだ――!
「マ、マイ!」
大ちゃんと美奈ちゃんが舞台のほうに駆け寄ろうとするが、逃げ出した前の席のひとたちに押されて進めない。
侍役の人は、マイちゃんを放り出してステージから飛び降りて真っ先に逃げ出した。
そのとき兼松さんがステージに駆けあがりマイちゃんのほうに走ってゆくのが見えた。
オレは、体を低くして逃げてくる人たちの間を駆け抜けてステージの上に飛び乗った!
ちょうど兼松さんががマイちゃんの縄をといたところだった。
「和尚さん!あれがオボロガミだ!」
兼松さんは呆然としてる。
「おばさんの言ったことは本当だったんだ!」
オレはマイちゃんの手首をつかんだ。
「マイちゃん!逃げるぞ!」
「う、うん!」
二人でステージから飛び降りて走った。
「マイ!」
「ケンちゃんそっちじゃない!こっちだ!」
大ちゃんたちの慌てたような声が聞こえてくる。
みんなのいる方向とは反対側へ走ったからだ。
川上のほうへ。
なんで川上方向に走ったのか自分でもわからない。
お父さんがいるからか。
ほんとうにとっさにそっち側に走ったんだ。
後ろから物の壊れるすごい音がした。
ふりむくと、触手の一本が地上まで垂れてきて、特設ステージに突っ込んで、めちゃくちゃに破壊している音だった。
兼松さんやスタッフが飛び散る鉄骨やコンパネから逃げ回っているのが見えた。
次にもう一本が先回りして地をはうように迫ってきた!
オレはマイちゃんと会場のところどころに立っている照明やスピーカーを乗せたのやぐらの陰に隠れるように走った。
触手はやぐらに衝突し、やぐらが土を跳ね上げながら倒れ、地面にぶつかってバラバラになった。
「あっ!」
マイちゃんが悲鳴を上げた。
やぐらの鉄パイプの一本につまずいて転んだんだ。
「マイちゃん!」
オレはあわててかけよって、マイちゃんの腕をつかんで起こした。
でも、そのときには四方から、出店ややぐらを壊しながら触手が集まってきた。
オレはマイちゃんと逃げるスキマを探したが……ない。すでに残り二つの触手が迫っていて、もう空を飛ぶか、地面に潜るかしないと逃げられない!
オレたちの上に空を覆うようにオボロガミが降下してくる。四百年ぶりのイケニエであるマイちゃんを取りに……!
ヤバい。本当にヤバい!
すべての触手が花びらみたいな口を開いて迫ってきた。
どの口でもオレとマイちゃんを一飲みにできるだろう。
怖い!怖くて怖くて足がすくんで動けない。
なにをどうしていいかわからない。
ただすがりついてくるマイちゃんをかばってオロオロするだけだ。
そのときだ。
突然触手の動きが止まった。
そしてオレたちのことを忘れたように向きを変えて巻き上がってゆく……。
いや、オボロガミそのものが、何かに驚いたように上昇し、ゴオオ……と、音を立てて回転し始めた!
すごい光景で、目撃している人みんな、あっけにとられて見上げている。
オレもマイちゃんも、一瞬逃げるのを忘れるほどだった。
またボオオオーンという鳴き声がして、オレたちは思わず耳をふさいだ。
と、そのときちょうどステージがあったあたりの堤防の上に、何故か、山伏が一人立っているのが見えた。
山伏は忍者のように手を組み合わせて(印を結ぶというらしい)何か大声でとなえている。
おばさんだ。
大声おばさんの塚本さんが、呪文(真言)の力でオボロガミを抑え込もうとしてるんだ!
そのとき、おばさんの声が聞こえた。いや、ずっと向うにいるはずなのに、オレの心の中にハッキリと響いた!
「いまだ!わたしがヤツをひきつけている間に逃げるんじゃ!」
おばさんは組んでいた手をほどいて、オボロガミに向かって、空中で何か斬るような動作を始めた。
えい!えい!という鋭い気合がオレのところまで聞こえてくる。
「マイちゃん!走れ!」
オレたちは、また川上に向かって走り出した。
と、背後で今度はカン高い、耳をつんざく笛みたいな音がした。
ふりむくと触手たちが、おばさんに向かって「吠えて」いるんだ。
でもおばさんはひるまない。
引き下がらない。
声を限りに真言を唱え、印を斬り続ける。
身体中で、死にもの狂いになって、あの大怪獣に、たった一人で立ち向かっている。
どうして?
なんで?
たぶん、マイちゃんとオレのためだ。
おばさんは、マイちゃんとオレのために、命がけで戦っているんだ――!
おばさんが印を斬るたびに、オボロガミはふるえ、身をよじり、眷属たちは渦を巻いて逃げまどう。
おばさんの法力が、あの大怪獣を苦しめている!
そのときオボロガミがまた鳴いた。
轟音。
その音に、一瞬おばさんがひるんだように見えた。
次の瞬間、触手の一本がムチのようにしなって、おばさんの頭上にふりおろされた!
おばさんは飛んでよけたけど、触手が激突した堤防は爆発したように土砂が吹き上がり、おばさんも吹き飛ばされて堤防の下に転げ落ちていったんだ……!
「おばさん!」
おれは思わず立ち止まって叫んだ。
おばさんが現れたのは、オレとマイちゃんを助けるためだ。オレとマイちゃんのために、あの大怪獣と真正面から戦ってくれた。天願上人のように勝てなくても、自分を危険にさらして、助けようとしてくれたんだ。
それは子供のオレにもわかる。
「チクショー!」
オレはカッとした。
それまで怖くて怖くて逃げ回るだけだったけど、オレの中に戦う力が湧いて来たんだ!
その時、閃いた。
オボロガミを撃退する方法を……!
「マイちゃん行こう!」
またオレたちは走り出した。
川上へ。
お父さんたちのいる打ち上げ会場へ。
オボロガミをやっつける、今できるたった一つの方法――うちの、秋月煙火の花火一万発で、あのバケモノを吹っ飛ばしてやる!(続く)
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