心を手にのせて

水乃南歌

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1 ドキドキの待ち合わせ

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「さち~、一緒に帰ろ~!打ち上げしようよ~」
「ごめ~ん、用事があるから今日は無理~!」
「えー、残念。じゃあ今度ね」
「うん、ごめんね!」

慌てて階段を走り降りながら、すれ違い様に友達に叫ぶ。
あわわ、急がないと!
上履きを蹴るようにして脱いで靴箱に放り投げると、紐靴スニーカーを踏みながら履いて駆け出そうとして蹴つまずいた。

顔を上げると私の書が貼り出してある壁が目に入る。
私がこの学校に入学するきっかけになった、とても大切な書だ。漢字ばかりで書かれたパッとは読めない書だ。
あの時、急に神書第2章の冒頭を書きたくなって書いたわけだけど、それがとても美しく書けたんだよね。
もう『大満足!』って感じに書けたのだ。

うん、落ち着け、私。

『我より高き神よ、水の龍神かみ
万物を支配し干渉する神よ
どうか我の罪を裁き給え
そして全てを元に、全てを天に還し給え』




校庭の端のベンチに腰掛け、既に30分が経とうとしている。

遅いなあ。
先輩に呼び出された時には、もしかして?なんていうドキドキがあったりもしたのだけど、もうさすがに違うとわかっている。
だってねー、もしそうなら呼び出した場所に本人が先に待っているはずだもん。

私を呼び出した拝田先輩は、かなりのイケメンでお金持ちの王子様。
背が高くてパワーのある先輩はバレー部のエースだ。
そして私の所属している文芸部でも先輩は部長だ。不思議な美しい文章を綴り、それを出版してしまうほどの人気もある。
その上、明るくて活発な先輩は誰にでも平等に優しい。

だから人気もあって、みんなが夢を見る。
私もそんな人間の1人なわけで、特別な呼び出しにトキメイてしまったわけだ。
う~ん、でもさすがに遅くない?
私の聞き間違いだったのかなあ。

と、校舎のある道の方から砂の擦れる音がしてきた。

こん、よかった、いた」
荒い息継ぎをしているから、先輩が急いで来てくれたのがわかる。
「間に合わないかと思ったよ。ごめんな、呼び出しておいて遅くなってさ」

さっき諦めたはずなのに、困ったような顔で謝られるだけで得した気分になるから不思議だ。
もう騙されたりしないぞ、と心に言い聞かせないと期待したくなるのがツライ。

こんの話を聞いてたからさ」
「え?どんな?」
誰だ、先輩に何かチクったのは。恥ずかしいことだったら許さん。

「確か1年の時、体育祭の後疲れてベンチに座ってたらって言ってたからさ、絶対今日だと思って」
「はあ」
先輩が意味不明だよ。さすがの私もアホ顔になっちゃう。
省略しないで、はじめから細かい説明プリーズ。

まあ確かに今日は体育祭があって疲れている。
先輩に呼び出されてなくても、家に帰る前にここで友達と一緒にまったりしていたかもしれないけどね。

それにしても校門に行く手前に公園もどきがあるなんて、金持ち校は一味違うよね。
私がこの学校に入れたのは推薦があったからなんだ。
お母さんが書道の先生で、私も書き物が好き。
いろいろな芸術作品が集まる日本芸術展で入賞したところ、ここの理事長さんの目にとまったらしいのだ。
熱心に口説かれて(なんと授業料免除!)恐る恐る入学してみれば、私みたいな一般人にもとても居心地のいい学校だった。

「ああ、やっぱりそうだったね」
過去の出来事に思いを飛ばしていると、先輩が納得顔をしてこちらを見ていた。
何が?声を出そうと思ったけれど、声が出ない。
私の身体がキラキラと輝き出して、先輩が抱きしめようとしてくれたのに素通りしてしまった。

なんだか今の、ものすごく勿体無いんですけど!

「一緒に行けるかと考えていたんだけどな。……ダメみたいだ」
え?どこに行くの?
私、どうなっちゃうの?
途方に暮れたような、酷く悔しそうな先輩が私の正面に立つと視線を合わせるようにかがんだ。

「心配しなくてもこんは大丈夫だよ」
私は大丈夫?
なにが?
たくさん聞きたいことはあるけれど、声が出てこない。
そして、先輩が何か言っているけれど聞こえなくなってしまった。

言葉はわからなかったけれど切ないくらいに泣きそうな先輩の顔が色っぽくて、こんな状況にも関わらず見惚れてしまう。
私って面食いだよねえ。

どんどん薄くなる視界。
私、健康体だと思ってたけど貧血起こしちゃったのかな、みたいな。




「できればもう一度、俺を見つけ出して欲しい、シャシー」





☆☆☆☆☆


遥か昔、無知なる者が無知であるために偶然神なる力を手に入れた

無知なる神は無知であったがために、思うがままに夢を口にした
無知なる神の夢は叶ったが世界は混沌に陥った

無知なる神が世界の混沌は自分のせいだと気づいたが、無知なるためにそれを元に戻すすべを知らなかった

我より高き神よ、水の龍神かみ
万物を支配し干渉する神よ
どうか我の罪を裁き給え
そして全てを元に、全てを天に還し給え


☆☆☆☆☆


次に瞬きをすると、草原の中にいた。
いや、森、かな?
この一画だけが原っぱで、周りは木がいっぱいだ。
ここにじっとしていても始まらないし、と立ち上がる。

……違和感がある。

立ち上がったのに、視界が思うほど高くなってない。
手や足をみると小さなモミジみたいな手だ。かわいい。
じゃないよ!

あわわわわ、私、小さくなってる!
ど、どうしよう!
先輩は大丈夫だって言ってたけれど、なんだかわからない不安に包まれて、涙が出始めた。
ここ、どこ?
私、どうなってるの?

「あ、やっぱり現れた」
しばらく呆然としていたら、10歳くらいの男の子がやってきた。
「泣いてるの?大丈夫だよ。君は落とし子だから、手厚く保護してもらえるよ」

男の子が何か言っているけれど、理解できない。
英語とかフランス語みたいなあっち系の発音だけど、男の子の喋った言葉の中に知っている単語はなかった。
まあ仮に英語だったとしても、ごくごく普通の高校生レベルの英語しか理解できないわけだけど。

「っ!」
そんなことを考えていたからか、状況についていけなくて伸ばしてきた男の子の手を瞬間的に避けてしまった。
彼に悪気がないことはわかっているのに、悪ことをしてしまった。
ど、どうしよう。怒ってないかな。

「あれ?言葉がわからないかな?落とし子だよな?喋れないとか……もしかして聞こえないとかか?」
男の子は眉を寄せて何か喋ると考えこんだ。
その様子に怒っていないことがわかって、ちょっとだけ胸を撫で下ろした。

「俺の名前、ハイチ、わかる?ハイチ」
自分を指差して、何度も同じ言葉を繰り返している。
もしかして、名前かな?
『ハイチ?』
私は男の子を指差して、彼の言葉を繰り返してみる。
「そうそう!ハイチ!あ~よかった。なんとか通じて」
嬉しそうな顔をして、私の手を引っ張った。
「君は?」
指を私に向ける。
私の名前を聞かれているのかな?

コンシャは……』
私も名前を言おうとして、けれども自分の名前がわからないことに気がついた。
混乱のうちに何か意味のない言葉が口から飛び出ていた。

え?なんで?
さっきまで知ってたよ?
不安が頭を揺さぶったからか、次々とポロポロ涙が溢れてくる。

言葉が通じないのが辛い。自分のことがわからないのが辛い。
先輩が大丈夫って言ってたから、大丈夫だと思おうとしたけど……あれ?先輩って誰だっけ?

突然、胸の奥のところがキュッと寒くなった。
この不安は何だろう。
大事なことが、ほろほろと溢れていく感覚がする。

頭に霞がかかるほど呆然としていたら、私の顔を心配そうに覗きこむハイチと目が合った。
私がちゃんとしないせいで親切な子供に心配をさせてしまっている。
いくらパニくっていても、これじゃダメだよね。だって彼は私よりも小さな子供だ。

『せめて自分を心配してくれている、彼の言っていることくらい理解できたらよかったのになぁ』
頭が痛くなるくらい泣いた私がそんなことをボソリと呟いたら、一瞬身体が熱くなって光った気がした。
脳内に《はじめの加護を》と響いて、けれどそれは直ぐに消えてしまった。

「な、泣くなよ。大丈夫だからさ。え~と、コンシャ?コンシャシーかな?」
ハイチが慰めて、励ましてくれていることがわかる。
あれ?私、光ったよね?気がつかれなかった?
普通、人間がピカッて光ったらびっくりしない?

「ひとまず、俺ん家行こう?コンシャシー。暗くなるからさ」
ふむ、ハイチが空を指差してるところをみると、暗くなる前に森を出たいってことかな?
私は頷いて、ハイチについていくことにした。
だってここにずっといるの嫌なんだもん。
何もない、ただの森だもん。

手を繋いでテクテクテクテク、道中いろいろ話しながら歩いた。
お互い言ってることはほとんどわからないけれど、ハイチに私の名前がコンシャシーだと思われていることがわかった。
本当の名前もわからないし、まあいいかな。

「コンシャシーは何歳なのかな?俺は10歳なんだ」
繋いでいた手を離し、ハイチが10本指を出して自分を指差す。
歳かな?
『私は17歳だよ』
最初に1を出して次に7を出す。

「へえ7歳なんだ、にしては小さいな」
頭を撫で撫でされた。なんでだ。
実際の年齢よりも見た目が小さいから、同情されたのかな。

ついでだし、数の数え方とか教えてもらおうかな~。
『1はなんて言うの?』
指を1本出して聞く。
「1の言い方を知りたいのか?」
ハイチが呟くと、指を1本立てて
「いち」
と言ってくれた。
なんかわからないけど、ちゃんと会話になってる!
嬉しいな!
よし、頑張っちゃうぞ。

「いぢ」
「違う違う、いち」
「い、っち?」
「おう、さっきよりいいんじゃね?じゃあこれは、に」
ハイチが指の数を増やす。
「に」
2は簡単だ。日本語の発音に似ている。

順番に数を数えてもらって気がついた。
私、7歳だって思われている。
『違うよ、私17歳』
えっと今覚えたばかりの言葉だと
「17」
自分を指差す。

ハイチが爆笑している。
「発音が違うよ。7だろ?17じゃないよ」
『違うよ。本当に17歳なの』

でもわかった。
私の見た目のせいで、全く伝わってないわ。
そりゃあそうだ。
逆の立場だったら、私でもそう思う。うん、諦めよう。

そしてもうひとつ。
いくら時間が経っても夢から覚める気配がない。
しかも頬を抓れば痛みを感じるし、歩いたら疲れもするし、お腹も減ってきた感覚がある。
ということは、このまま何も起きなければ、私はこれから「コンシャシー、7歳」としてここで生きていかなければいけないってことだ。

なるほど。

ハイチに連れてこられた小さなレンガ造りの建物の前で、私は決心をした。

自分が何者かもわからない状況だけど、私が私として違う場所で生きていたことはわかっている。
そして、そこに私が死んだら悲しむ家族がいたことも覚えている。

いつか必ず、あの幸せな場所に帰るために生きていこう。

ここで、精一杯。







水の龍神を詠んだ故、この世界とえにしを結ぶことになった娘よ。
かつてこの世界を救った地球ほしの者に今一度託したい。この世界を救う手立てを見つけて欲しいのだ。
そのために、我、コンシャシーの加護を今佐知子に与えよう。

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