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こんな勇者は嫌だ

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 大抵のものには役割がある。
 例えば道具は全て何らかの目的を達成するために創造されたもので、その達成こそ役割であろう。

 こういう存在はフィクションの中でも多数存在する。
 例えば主人公は設定された目標達成のために行動し、その魅力で周囲の人間や読者を魅了していく。

 しかし主人公やその陣営以外であっても役割はある。

 例えば主人公と対になるライバル。
 あるいは踏み台にされるような三下の噛ませ犬。

 そんな敵陣営の中でも時折登場し、主人公を成長させるだけの存在がいる。

 それは『記憶操作』と言う風な能力を持った敵だ。
 ちょうど、今の私の様に。

 こういう敵は『過去のトラウマを想起させて精神的ダメージを与える』という戦法を主体としており、その攻撃力は物理一辺倒の主人公を大きく追い詰める。
 しかし主人公は強靭な精神力でトラウマを乗り越え、精神的に大きく成長する。

 そんな流れを生み出すための存在である。

 勿論物語的に見ればこういった存在の及ぼす大きさは計り知れない。
 こういった敵が出てくることで主人公は精神的に成長できるし、それだけにとどまらず、主人公以外の暗い過去を読者に見せることが出来る。小規模な過去編を始めるいい導入になるのだ。
 それによってキャラのバックボーンが周知されて現在の性格や言動を裏付けすることになり、印象最悪なキャラが一転してカッコよく見えるようにもなる。

 トラウマ想起という攻撃から始まる一連の流れで主人公の評判が落ちることはそうそうない。

 しかしそういう明るい話は主人公陣営に属するから言えること。
 今の私の様に、まさしくその『トラウマ想起』を主体武器とする存在にとって『強靭な精神力』なんてあやふやなもので己が勝利の方程式を崩壊させられるなど言語道断も良いところだ。なぜ悪役の勝利には理屈が必要なのに主人公勢には不要なのか。

 そんな自覚をした時点で、私は対策を練り始めた。
 トラウマ想起を破られた際の対策だ。

 まず自分の根本的な物理攻撃力を増強することで、単純な戦闘能力を獲得。
 次にトラウマ想起で与える精神ダメージを増幅する手法を確立。
 更に仲間からの援助を許さない様、最大で511人の人格へ同時にトラウマ想起を発動可能に。
 トラウマ想起以外の魔法も取得。
 ダメ押しで魔王様に頼んで単純戦闘に特化した部下を大量配置。

 これだけやれば勝利は間違いあるまい。




 そう思っていた時期が、私にもありました。

 第一の自己強化は体質的に筋肉が付きにくい上私自身に戦闘センスがないため断念。
 第二のダメージ増幅はトラウマの重篤さに依存するため主人公はともかくお付きの連中には不安定。
 第三の対象増加は私の脳のキャパシティ的に1人が限界。
 第四の魔法習得はトラウマ想起以外の才能が全くないため断念。
 第五の部下増員は既得権益がどうこうで却下された。

 ここまでやれば諦めの悪い私にも流石にわかる。

 私の人生は負けイベだ。

 運命づけられた決着、既定路線の敗北。
 それが魔王様というラスボス前に倒される私の末路。




 良いだろう。

 私の人生が負けイベであるというのなら、私は決して勝利できないというのなら、私の『役割』が主人公を成長させる踏み台だというのなら。

 演じようではないか。

 最高の悪役を、最高の踏み台を。
 最後まで誇り高く、高らかに笑いながら敗北しようではないか。

 来いよ、主人公。

 美しい敗北は汚い勝利に勝るとその眼に焼き付け、思い知らせてやる。




 ガタガタとドアがこじ開けられる音が聞こえる。
 やがてドアがその役割を演じられぬようになった時、私は低く、腹の底に響くような声を出す。

「騒々しいな」

 椅子に座る私から見えるのは、平凡な黒髪の男子とそれが率いる美女軍団。
 遠くからでもわかる『聖』のオーラに私は実感した。

 こいつが主人公そうだと。

 おそらく主人公と思われる男が声を上げる。

「お前が魔王軍幹部、『夢見の破壊者』ザインか」
「そんな二つ名を名乗った覚えはないが、確かに私はザインだ。で、私の部屋に無礼なノックをした君たちは誰だね? まさか私のファンってわけでもないだろう?」
「俺はケンドウ・シライ! 魔王を倒すべくエリトリテ王国に召喚された勇者だ!」

 という事は、彼の後ろにいるのはいわゆる『勇者パーティ』という奴で、私流の言い方をするなら『主人公勢』という訳か。
 下馬評は『勇者ハーレム』だったが、割と的を射ている。勇者とそれ以外の実力差は結構開いているのだから。

「そうか。では君たちは私の敵という訳だ」

 座っていた椅子から立ち上がって右手を彼らに向ける。

「魔法防御態勢! 少しも漏らすな!」
「はい!」

 多数の美女、美少女が魔法障壁を張っていく。
 なるほど勇者のお付きに選ばれるだけはあって、その堅牢さは突如現れた要塞を思わせる。
 この壁を魔法で破るには相当な火力が必要だろう。

 だが無意味だ。

「あっ・・・」
「リア!」

 赤い髪の少女が崩れ落ちる。

 既に彼女は私の支配下だ。
 私の『トラウマ想起』は物理的な影響力を一切持たず、一切受けない。

 故に物理的な魔法を対象にした防壁は無意味。

「さて」

 私はリア、と呼ばれた少女の精神を掌握し、想起させるトラウマを厳選する。

 私の魔法にとって記憶は3種類に分けられる。
 意識記憶、無意識記憶、封印記憶だ。

 意識記憶は自由に思い出せる記憶。無意識記憶は思い出すのに難儀する、あるいは思い出せない記憶。封印記憶は精神保護の為に自由に思い出せるが、思い出さないようにしている記憶。

 私が探すのは封印記憶。それも最奥にあるその個人が抱く原初の恐怖。

 リアキスラ・テクタイト。
 第32代テクタイト家当主。女でありながらその圧倒的な武と求心の才覚で全ての家臣をまとめ上げ、実兄を殺した女傑。
 彼女が即位してからテクタイト家は安泰。しかし内政よりの家系だったために武勲が足りず侮られることもあり、その武勲の補強のため勇者パーティに参加。
 以降、勇者と互角の打ち合いを続けるうちに初めて出会った同格の男である勇者に惚れる。そこからは彼女の中で魔王討伐遠征が愛の逃避行の様にすげ変わっていた。

 とまあ、ここまでが彼女の大雑把な経歴である。

 そして厳選したトラウマは。

「まあこれで良いか」

 右手を下ろすと同時に、リアキステラが目を覚ます。

「きゃああああああああああああああ!!」

 次の瞬間、彼女は蹲って絶叫し。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぶたないでぶたないでぶたないで」

 そう繰り返すだけの物体になった。

 私が使ったトラウマは『両親』。
 彼女の両親は非常に厳格な存在だった。テクタイト家の気質がそもそも厳格らしく、おそらく彼女の両親も彼女と同じ様に育てられたのだろう。

 その教育法とは『産んだ子供全員での殺し合い染みた競争』。

 彼女の両親は彼女を含むすべての子供に厳格な教育を施した。
 スパルタ? 否、もはやそれは拷問に等しい。

 小さなミス一つの為に生爪を剥がれる。

 物心ついた瞬間からずっとそんな生活。

 そうして培われた力を元に殺し合いをさせるのだ。
 物理的に殺してもいいし、政治的に殺してもいい。
 その結果生き残った一人こそがそのまま当主の椅子に座る。

 リアキスラはその殺し合いを生き残ったわけだが、彼女の中には両親に対する深い深い恐怖がある。
 彼女自身に自覚はないが、大きなミスをしたときは夢に両親が出てきて拷問されたこともあるようだ。

 そのトラウマを徹底的に穿り返す。

精神すら幼子に戻ったリアキスラにもはやまともな戦いは出来まい。
 『もしミスをしたらどうしよう』という失敗への強すぎる恐怖が彼女の全身を竦ませる。

 しかし運命は徹底的に私を嫌っているらしい。

「おい! リアッ! クソッ!」

 勇者が悪態をついて、リアキスラを強く抱き締め、その唇を奪う。
 たったそれだけでリアキスラはトラウマを克服して、精神的に復帰したらしい。

「ゴメン、もう大丈夫!」

 勇者とリアキスラ以外の女性連中が二人に冷たい視線を送っているが、私には関係ない。

「なんたるズルだ」

 私は思わずつぶやいた。

「ズルだと? 正々堂々戦わず、精神を揺さぶる魔法を使うお前の方がよっぽどズルだろう!」

 正直口に出すつもりはなかった。
 なにせこれは、とどのつまり『自らの不能を相手の所為にしている』のだ。
 美しい悪役のセリフではない。

 しかし私は止まらなかった。
 否、止まれなかった。

「ズルだよ。私一人をよってたかってリンチにする君たちの方がよっぽどズルだ。私が生涯を掛けて研鑽した、唯一素質のあった魔法。それをキス一つで突破されてはズルだと言いたくもなる。なあ、勇者よ」

 私の目に宿る、強い強い『嫉妬』。
 それは勇者たちを一歩、後退させた。

「『そこ』の居心地はどうだ? 何もかもが跪く貴様の御身分は、一体どんな気分だ? 才能と言う絶対権力で凡人を轢殺するのは爽快か? 正義のためと確信して振るう暴力の味はどうだ?」

 言うつもりのなかった才能への嫉妬まで溢れていく。
 勇者と言う、何をしても許される地位への嫉妬が溢れていく。

「ああ、違うな。こんなことを言う必要はない」

 右手を自分の顔に当てて、魔法を使う。

 嫉妬と言うトラウマを、奥の奥の奥底へ封印する。
 私の魔法は引き出すだけではないのだ。押し込むことで精神を強引に冷たくできる。

「ともかく、私の魔法からの復活が出来る貴様さえいなくなれば、勇者パーティご一行はここで全滅だ」

 右手を勇者に向けて魔法を発動する。

「ケンドウ!」

 崩れ落ちた勇者に女たち全員が絶叫する。

「奥へ・・・奥へ・・・」

 勇者の精神を手中に収め、すべてを観測する。
 そのトラウマの封印記憶を探していく。

 現実の方では、どうやらリアキスラが私の魔法をお仲間に解説して特攻をするつもりらしい。
 それが実現するまで10秒とかかるまい。

 しかし10秒あれば私にとって十分すぎる。

 すべての記憶を閲覧して、一番深刻なダメージが出せそうな記憶を選択。
 それを完了するのに1秒もかからないのだから。

「さあ勇者、お前のトラウマを・・・」

 すべての記憶を閲覧しきった時。
 私は、愕然とした。

「なっ、お、お前・・・」

 思わず数歩後ずさりして、倒れている勇者に絶叫する。

「貴様・・・それでも勇者か! それでも主人公か! それでも、英雄を気取るつもりかッ!」

 私の絶叫に意味が分からぬとリアキスラが突貫してくる。
 彼女が袖から取り出した8本の剣が私の全身に突き刺さる。

 眉間、頸動脈、心臓、魔石。
 おおよそ外部から貫ける急所の全てを貫かれて、私は崩れ落ちた。

「酸いも・・・甘いも・・・味わわず・・・ただ、甘露のような、貴様に、貴様、なんぞにッ」

 勇者のトラウマ。

 それは、『なかった』。

 この勇者、生まれてこのかた親に甘やかされ、働きもせず、ただ脛を齧るだけの生き物となって。
 そんな状態の原因を他者にあるのだと押し付け続けて。
 自ら何一つ行動せず。
 漫然と生きている内に勇者として召喚され、何一つ苦労することなくここまで来た。

 勇者としての力を振るえば全て解決する。
 自分にとって、最も都合の良い様に。

 勿論多少の苦戦はあったらしい。
 しかしそれは傍から見ても既定路線であることが丸わかりの、三文芝居の様な苦境だった。

 そうして何もかも思い通りにして、幼子の様な精神のままここへ来た。

 格闘の才能がなく、魔法の才能は限定的なうえに発展性もなく、既得権益を侵すほどの勇気もなく、負け役という運命を覆すだけの能力もない私の。

 その絶望、その諦観を。

「ふう、どうやらアンタの魔法じゃ俺の精神力に勝てなかったようだな」

 こんな・・・薄っぺらい、クソの様な男に。

「ま、卑怯な魔法を使ってたんだ。自業自得だろう」

 勇者は腰にある剣で私の首を刎ね、私の力を吸収した。

 その間際、キスの云々で言い争う連中を見て私は渾身の力で吐き捨てた。

Fuckin’ Jesus神のクソ野郎
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