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第一話:霊 瑞香
入らないでって言ったのに
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『僕の部屋には絶対入らないでね。子供の頃のものなんかもあるし、見られたら恥ずかしいものもあるから』
と言われていた。確かにその気持ちはわかる。
だれしも見られたくないものはあるのだ。瑞香も鍵付きの箱に入れて家の押入れに押し込めてある。夫婦だろうと家族だろうとなんであろうとプライバシーを守らないとならないことはわかる。しかし、そんなことを言っている場合ではない。助けを求める人がいるのだ。
近所の子供かもしれない。遊んでいるうちに入り込んでしまってもしかしたら寝ちゃってしまったのかもしれない。そのうちに鍵をかけられて閉じ込められたのかもしれない。それくらいしか考えられなかった。
あの掠れるような声では大人か子供かの区別はつかないけれど、きっとアクシデントで閉じ込められたに違いない。いつからそこにいるのか、かなり弱っているような声だった。ゆっくりのんびり司が帰ってくるのを待っている時間はないだろう。
深呼吸。
悪いとは思ったが、余計なものは見ないことにするから! と心の中で謝った。
ドアノブに手を伸ばしたところで、
「ねえ、瑞香、そこで何してるの?」
司がベランダに立っていた。こちらをじっと睨みつけている。
「そこで何してるの? もしかして入ろうとしてる? 入らないでって言ったよね。絶対やめてって言ったよね」
「違うの。これにはわけがあるの」
首を振ってドアのぶに伸ばした手をひっこめた。
司は靴を脱ぎ、ゆっくりと家の中に入ってくる。後ろ手にベランダの戸を閉め、器用にカーテンまで閉めた。
「何が違うっていうの? そこにいるのは入ろうとしたからだよね。それに、家の中めちゃくちゃだし。いったい君は僕のいない間に何をしてたの」
ゆっくり近づいてくる司の目は見れたものじゃない。冷たく感情のない表情はただただ怖かった。こんな司は初めて見る。恐怖だった。
一歩後ずさる。
「違うの。お庭の小屋にだれかいるの」
「庭の小屋?」
司の動きが止まる。眉間にすうっと線が入り、こめかみがぴくりと動いた。
「お庭を散歩していて、小屋の前を通ったら中から声が聞こえたの。まさかと思って呼びかけたら助けてって声がして。だから私鍵を探しに来たの。たぶん近所のこどもが間違えて入っちゃったんじゃないかな。それで、鍵を家中探したけど無くて、だからもしかしたらって思って。でもね、入ろうと思ったけどやめようとしたところに司が帰ってきたんだよ」
一息に話した。肩で大きく呼吸する。
「ふうん。そう。小屋行っちゃったんだ。そこには行かないでってあれだけ言ったのに。君は守らなかったね。しかも声が聞こえたって?」
おもむろにポケットに手を入れて司が取り出したのは、小さなポケットナイフだった。
なぜそんなものを出したのか不思議に思った瑞香だったが、ナイフに恐怖を感じ壁に背をつけ、一歩下がる。
司が顔の前でナイフを左右に振る。口元はうっすら笑っていた。
怖い。殺される。瑞香はそう直感し、逃げ道を探した。
しかし、後ろは既に壁だ。逃げるためには司を押し退けなければならない。
「小屋の中は入れないし開けられないよ。僕じゃなきゃ開けられないんだ。だって、鍵は僕が肌身離さず持っているから。それに、そうか、まだ生きてたんだ。それはびっくりだな、とうに死んでると思ったんだけど。そうか、新しい発見だね司」
自分自身に語りかけている司を目の前にし、瑞香の背筋に冷たい恐怖が這った。
顔つきが普通ではない。
「人を、殺したの?」
震える声を隠すように聞いた。
冗談だと信じたい。そんなことする人ではないと思いたい。小屋の中の人は間違えて入ってしまったんだと言ってほしかった。
「殺したつもりだよ」
まるでふつうに、なんの感情もなく答えた司の正体になぜもっと早く気がつかなかったんだろうとここに来て自分を責める。今までにだっていろいろおかしな面はあったじゃないか。
ナイフが光る。
己の肩が上下する。
身体が震える。
「君の番はもう少しあとだったのに、余計なことをするから予定が狂っちゃったじゃないか」
にたついた司の目は、瑞香の感じる恐怖を楽しんでいるように見えた。
「あの人は、小屋にいるのは、誰なの」
恐怖に体も声も震えている。でも、あの人が誰なのか知りたかった。助けるといって鍵を取りに来た。小屋の中の人は待っている。助けてくれると思って待っている。
まだ逃げるチャンスはあるのだ。話を伸ばせたら逃げられる隙ができるかもしれない。うまく逃げられたら警察に駆け込もう。
「これから自分が死ぬって時に見たこともない女の心配?」
「女の人なの? なんで? なんで殺したの。いつからいるの」
「まだ死んでないんでしょう? 君は声が聞こえると言ったじゃない。生きてるんでしょう? あの小屋の中でとうに朽ち果てたと思ってたけど、やはり女性の生命力は強いな。いつから? 二、三週間くらい前からじゃないかな。どうせ殺すんだ。だから詳しいことなんて覚えてないよ。睡眠薬入りの飲み物を飲んで君がすやすや夢の中にいる間にやったことさ」
「私に睡眠薬、飲ませたの?」
「気付かなかっただろう? これで最後なんだから教えてあげるよ。睡眠薬を飲ませたのは一回だけじゃないよ」
自分の知らぬ間に睡眠薬を飲まされていたなんて。それが現実に起こったのだ。
恐怖と怒りと悲しみ、いくつもおかしな点があったのに見て見ぬふりをして誤魔化した己を疎ましく感じた。そんな気持ちが瑞香の身体を熱くする。
許せない。
と言われていた。確かにその気持ちはわかる。
だれしも見られたくないものはあるのだ。瑞香も鍵付きの箱に入れて家の押入れに押し込めてある。夫婦だろうと家族だろうとなんであろうとプライバシーを守らないとならないことはわかる。しかし、そんなことを言っている場合ではない。助けを求める人がいるのだ。
近所の子供かもしれない。遊んでいるうちに入り込んでしまってもしかしたら寝ちゃってしまったのかもしれない。そのうちに鍵をかけられて閉じ込められたのかもしれない。それくらいしか考えられなかった。
あの掠れるような声では大人か子供かの区別はつかないけれど、きっとアクシデントで閉じ込められたに違いない。いつからそこにいるのか、かなり弱っているような声だった。ゆっくりのんびり司が帰ってくるのを待っている時間はないだろう。
深呼吸。
悪いとは思ったが、余計なものは見ないことにするから! と心の中で謝った。
ドアノブに手を伸ばしたところで、
「ねえ、瑞香、そこで何してるの?」
司がベランダに立っていた。こちらをじっと睨みつけている。
「そこで何してるの? もしかして入ろうとしてる? 入らないでって言ったよね。絶対やめてって言ったよね」
「違うの。これにはわけがあるの」
首を振ってドアのぶに伸ばした手をひっこめた。
司は靴を脱ぎ、ゆっくりと家の中に入ってくる。後ろ手にベランダの戸を閉め、器用にカーテンまで閉めた。
「何が違うっていうの? そこにいるのは入ろうとしたからだよね。それに、家の中めちゃくちゃだし。いったい君は僕のいない間に何をしてたの」
ゆっくり近づいてくる司の目は見れたものじゃない。冷たく感情のない表情はただただ怖かった。こんな司は初めて見る。恐怖だった。
一歩後ずさる。
「違うの。お庭の小屋にだれかいるの」
「庭の小屋?」
司の動きが止まる。眉間にすうっと線が入り、こめかみがぴくりと動いた。
「お庭を散歩していて、小屋の前を通ったら中から声が聞こえたの。まさかと思って呼びかけたら助けてって声がして。だから私鍵を探しに来たの。たぶん近所のこどもが間違えて入っちゃったんじゃないかな。それで、鍵を家中探したけど無くて、だからもしかしたらって思って。でもね、入ろうと思ったけどやめようとしたところに司が帰ってきたんだよ」
一息に話した。肩で大きく呼吸する。
「ふうん。そう。小屋行っちゃったんだ。そこには行かないでってあれだけ言ったのに。君は守らなかったね。しかも声が聞こえたって?」
おもむろにポケットに手を入れて司が取り出したのは、小さなポケットナイフだった。
なぜそんなものを出したのか不思議に思った瑞香だったが、ナイフに恐怖を感じ壁に背をつけ、一歩下がる。
司が顔の前でナイフを左右に振る。口元はうっすら笑っていた。
怖い。殺される。瑞香はそう直感し、逃げ道を探した。
しかし、後ろは既に壁だ。逃げるためには司を押し退けなければならない。
「小屋の中は入れないし開けられないよ。僕じゃなきゃ開けられないんだ。だって、鍵は僕が肌身離さず持っているから。それに、そうか、まだ生きてたんだ。それはびっくりだな、とうに死んでると思ったんだけど。そうか、新しい発見だね司」
自分自身に語りかけている司を目の前にし、瑞香の背筋に冷たい恐怖が這った。
顔つきが普通ではない。
「人を、殺したの?」
震える声を隠すように聞いた。
冗談だと信じたい。そんなことする人ではないと思いたい。小屋の中の人は間違えて入ってしまったんだと言ってほしかった。
「殺したつもりだよ」
まるでふつうに、なんの感情もなく答えた司の正体になぜもっと早く気がつかなかったんだろうとここに来て自分を責める。今までにだっていろいろおかしな面はあったじゃないか。
ナイフが光る。
己の肩が上下する。
身体が震える。
「君の番はもう少しあとだったのに、余計なことをするから予定が狂っちゃったじゃないか」
にたついた司の目は、瑞香の感じる恐怖を楽しんでいるように見えた。
「あの人は、小屋にいるのは、誰なの」
恐怖に体も声も震えている。でも、あの人が誰なのか知りたかった。助けるといって鍵を取りに来た。小屋の中の人は待っている。助けてくれると思って待っている。
まだ逃げるチャンスはあるのだ。話を伸ばせたら逃げられる隙ができるかもしれない。うまく逃げられたら警察に駆け込もう。
「これから自分が死ぬって時に見たこともない女の心配?」
「女の人なの? なんで? なんで殺したの。いつからいるの」
「まだ死んでないんでしょう? 君は声が聞こえると言ったじゃない。生きてるんでしょう? あの小屋の中でとうに朽ち果てたと思ってたけど、やはり女性の生命力は強いな。いつから? 二、三週間くらい前からじゃないかな。どうせ殺すんだ。だから詳しいことなんて覚えてないよ。睡眠薬入りの飲み物を飲んで君がすやすや夢の中にいる間にやったことさ」
「私に睡眠薬、飲ませたの?」
「気付かなかっただろう? これで最後なんだから教えてあげるよ。睡眠薬を飲ませたのは一回だけじゃないよ」
自分の知らぬ間に睡眠薬を飲まされていたなんて。それが現実に起こったのだ。
恐怖と怒りと悲しみ、いくつもおかしな点があったのに見て見ぬふりをして誤魔化した己を疎ましく感じた。そんな気持ちが瑞香の身体を熱くする。
許せない。
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