麻布十番の妖遊戯

酒処のん平

文字の大きさ
上 下
15 / 56
第一話:霊 瑞香

殺され方

しおりを挟む
「なるほど。それが知りたくてこんなところで待ってたというのか。おかしいものだなあ。おまえはここでいったい何十年待っていたんだ。よし、わかった。そんなに知りたいなら教えてやろう。まだ忘れちゃいない。ようく覚えてる。お前は小屋の中のものに気づかなければまだ生きていられたんだ」

 そうだ、あの小屋の中には人がいた。私はそれを助けようとしただけだ。それなのになんで。

「あの人は、あの小屋の中にいた人はどうしたの」
「これはこれは。まだそんな呑気なことを言ってるのか。君は殺される前にもその女のことを気にかけていた。君にはまったく関係のない女なのに。そこまでお人好しだとは。そんなに言うなら君の知りたいことを全部話してやるよ。まあ待ちなさい。順を追って教えてやるから」
 瑞香を嘲笑い、馬鹿にして続ける。

 忘れ物に気づき家に戻って見ると、お前は何かを探していた。何を探しているのか気になって見ていたら、鍵、鍵、小屋の鍵と声に出していたのでようやくあの小屋の鍵を探しているってことがわかった。しかし、その鍵はいくら探しても見つからない。
 だって、俺が持っているんだから。
 なのに一生懸命探していて、見ていておもしろかった。おまえがどういう行動に出るか、隠れて見ていた。でもだ、俺の部屋に入ってもらっては困る。中には見られたくないものがたくさんあるからね。お前にも見られたくないものの一つくらいあるだろう? そうだろ? しかし、おまえは入ろうとした。一線を越えたんだよ。だったら俺がやることは一つしかない。

 おまえはいるはずのない俺を見たとき、目が恐怖に震えていた。だからか、俺がナイフを手にちらつかせてみせても逃げることなくその場にいた。恐怖で動けないんだとすぐにわかったよ。すごく怯えた顔をしていた。

 じわじわといたぶろうと、手始めに畑の野菜の下に埋まっているもののことを話したら、おまえは体を大きく震わせ、耐えられずに吐き散らかした。
 吐き散らかした吐瀉物が口の周りについていた。
 俺がお前の首に手を回した時もただ震えるだけだった。

「だから、簡単だったよ。『この前の』みたいに騒がなかったから。すうっと力を込めていった。あそこまで騒がないのも初めてだったから、俺の方が驚いたよ」
 
 その後、体を、頭、右腕、左腕、胴体、と順に八つにバラしてこの畑に埋めた。
 ここに右腕、ここに右足、ここに胴体と、埋めた場所を踏みつけて歩く司は人を虐めて困らせて楽しんでいる。

「そして、そこに頭」

 指をさしているところは、瑞香が今立っているところだった。


 「ああ、そうそう。こんなことを聞きたいんじゃなかったね。聞きたい話は小屋にいた女のことだったか」

 小屋の中の女だけど、お前に助けてくれと言ったときにはすでに両の脚を切り落とされていたんだ。
「誰が切り落としたと思う?」
 見開いた目は血走っていた。

 傷口はそのままにしておいたら出血多量で死んでしまう。それじゃあ面白くない。だから止血した。

 しばらく放置しておとなしくなって半分死にかけるのを待った。そして力が抜けきって準備が整ったとき、殺すために畑に引きずって行った。
 最後の力を振り絞って喚いて騒いでうるさかったから舌を切り落とし、絶望の縁に追い込んだ。
 それから、生きたままの状態で腕を切り落とした。激しく痙攣して震えていたよ。

 そこで、以前殺した女が埋まっているところを掘り起こし、ほぼ骨になった頭を見せてやった。これは瑞香、おまえだと言ってやったよ。おまえも今からこうなるんだぞってな。騙すのなんて簡単だった。そしたら発狂して声にならねえ声を体が張り裂けんばかりにあげるから、気がすむまであげさせてやった。そのうちに過呼吸になり失神した。

「お前の頭の横にもう一つ頭が埋まってる。それが小屋の中にいた女の頭だ」

 司は瑞香の怖がる様子をまだかまだかと待ち構えていた。

「おやおや、これは案外ひどい話だね」
 木の葉が月の光を吸収し、葉の影として吐き出した暗闇に潜んでいた昭子が顔をおもいきりしかめて誰にともなく言う。
  その声は太郎と侍にしか聞こえない。

「ほほう、首を切り落とされたというのであれば、この俺と同じってもんだなあ」
「なあに関心した声出してんだい。首を落とされてるって言ってもあんたとじゃあまったく状況が異なるってもんだろう」

 自分と同じ状況下にあると、侍が嬉しそうに目を細めたのを見てすかさず昭子がばっさりとその解釈を切り落とす。

「侍さんは切り捨てだったろ。でも、瑞香さんの場合は覚悟ができてなかった。無論、殺されたのが先だから覚悟も何もあったもんじゃないけど」
 太郎が昭子の影に重なった。侍の影が首を振るように左右に揺れている。
 畑の横にある木々が揺れていると錯覚するようにうまく影の内に潜んでいる三人は、勝手に木の影と同化して畑を自由に動いていた。

「この男が死体の埋まっているところに野菜やなんかの種を撒いて育てて、出来上がった野菜を次の獲物に食わしていたってんだから、本当にどうしようもない話さ」
 昭子の影がすうっと細く起き上がるように伸びた。
「でも、よくそんなところで育ったな。普通死体を埋めたところに種なんか撒いてもそうそううまくできやあしないだろうに」

 侍の影も昭子に続くように起き上がる。

しおりを挟む

処理中です...