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あなたがテンプレしか読まない理由

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「よぉ~し、兄ちゃんは小説を書くぞ!」

 居間で一冊の小説を読み終えた兄は言った。それを見て弟が駆け寄ってくる。

「どんな小説を書くの?」
「ん~……そうだな。兄ちゃんにしか書けないヤツだ。世に溢れるテンプレ作品とは違う、オリジナリティに富んだものだ」
「ねぇねぇ、どうしてテンプレ作品は世に溢れてるの?」
「そりゃ、お前、需要があると思われてるからだろ」
「それじゃ、兄ちゃんは需要ってのが、無いものを書くんだね。わぁ~、楽しみだなぁ~」

 兄は頭を掻きながら、一から説明しようと心に決める。

「弟よ、テンプレ作品はヒット作を受けて、二匹目のドジョウを狙って作られるから増えるんだ。でもって、ヒット作で面白かった要素が二番煎じにもあれば、それを期待してる人には確かに需要がある。だがな、そのうち飽きられる……と思う。テンプレじゃなくても、需要があるものだってあるんだぞ。何より、世に溢れてるものを更に増やすことに、兄ちゃんは魅力を感じないんだ。わかるか?」
「うん、わかった。兄ちゃんは、ドジョウが嫌いだってことだね。僕はウナギの方がいいなぁ~」

 弟は蒲焼でも想像してるのか、口からよだれを流している。

「まぁ、みんながドジョウを狙っても、兄ちゃんは狙わないって話だ。テンプレ作品を書かないってのは」
「ねぇねぇ、そもそもテンプレって何? 天ぷらの仲間?」
「残念だけど、食べ物じゃないんだぞ。テンプレとはテンプレートの略で、雛形を意味する言葉だ。テンプレ作品になるとテンプレ要素……、つまり、よくある展開や設定が詰め込まれているから、既視感を覚えることもある。既視感というのは……」

 どうせ知らないだろうからと、説明しようとしたが弟は何処かに行ってしまった。話に飽きたんだろうと思っていると、アニメのDVD-BOXを複数抱えて戻ってきた。

「兄ちゃんが買ったDVD持ってきたよ。この中に、テンプレってある?」
「ん~、そうだなぁ……。これなんかは、よくある学園が舞台の異能力バトルで、超がつくテンプレ作品だ。似たような作品が腐るほどある」
「似てるとテンプレなの?」
「平たく言うとそうだ」
「それじゃ、これ全部テンプレだよ、兄ちゃん」

 弟はDVD-BOXを次々に指差して、“テンプレ”を連呼している。硬派なサスペンスアニメも、日常系アニメも、アイドルものアニメも、一昔前のロボットものですら、弟はテンプレと評した。

「弟よ、何か勘違いをしてないか?」
「ううん、僕、ちゃんとわかってるよ。似てるとテンプレなんだよね? だって、みんなカッコいい人や可愛い子が出てるもん! これがテンプレ要素なんでしょ?」
「そ、それは……。見た目が悪いよりは、良い方が観ていて気持ちがいいだろ?」
「うん。でも、そういう人が出てるのばかりだから、み~んなテンプレ。これ、ぜ~んぶ仲間」
「おいおい……」

 弟の発言に呆れるところもあったが、言われてみれば見た目の良い人物が出るのは、多くの作品に共通している。男性をターゲットにしたものなら美女が、女性をターゲットにしたものなら美男が出る。それは古今東西、変わらない。
 小説にしたって、“美しい”という言葉を使わなくても、様々な表現を用いて“美しい”ことを読者に伝えている。見た目の良いキャラが出るのは、多くの作品に共通する要素であり、究極のテンプレ要素とも言えた。

「弟よ、それじゃ兄ちゃんに、ブ男やブサイクしか出ない話を書けというのかい?」
「う~んとね、あとね……」
「まだ、何かあるのか?」
「どの作品も、人がいっぱい出てくるから、それもテンプレ要素だよね?」
「一人しかいないって、どんな特殊世界だよ……。この世の中は人が溢れてるだろ? 違う世界の話にしたって、人が出るからには親や先祖がいるもんだ。一人っていうのは、リアリティがない。兄ちゃんはな、リアリティのある話を書きたいんだ」

 弟は黙り込んでしまった。てっきり、リアリティのことを訊いてくると思っていたが、またもや弟は走って何処かに行ってしまった。
 もう少し優しい言い方があったのではないかと反省していると、弟は一冊のノートを持って戻ってきた。

「兄ちゃん、テンプレじゃないのを見つけたよ!」
「テンプレじゃないって?」
「うん、カッコいい人や可愛い子が出てこないし、出てくる人も“僕”しかいないよ」
「どれどれ……」

 それは兄の中学生時代の日記だった。
 兄はルックス的に恵まれていない上に、いわゆる“ぼっち”なので登場人物は“僕”しかいない。それは自分の内面だけを延々と綴った日記だった。

「どう? 兄ちゃん。それってテンプレじゃないよね? リアリティってのもあるよね?」
「確かにあるけど、読んでも辛いだけだ……」

 兄は当時を思い出して頭を抱えた。

「兄ちゃん、どうしたの? 頭が痛いの?」
「いや、大丈夫だ。なるほど、これは確かにリアリティがあって、テンプレじゃないかもしれない。でも、間違っても面白くはない……」

 自分しか書けない究極のリアリティは日記にある。だが、そんなものは自分ですら求めていない。

「兄ちゃん、兄ちゃん」
「どうした、弟よ」
「よく考えたんだけどね、どれも読んだり見たりすれば内容がわかるから、それもテンプレ要素じゃない?」
「お前、読んでも意味不明なものなんて……」

 弟は隠し持っていた一冊のノートを差し出した。それは兄が小学生の時に書いた“小説もどき”だった。

「これ、何を書いてるのかサッパリわかんないから、どれにも似てないよ」

 確かに、内容以前に言葉の使い方がおかしくて、何を書いているのかサッパリだった。そもそも、字が汚くて読めたもんじゃない。

「昔からテンプレじゃないものを書いてたんだね。やっぱり、兄ちゃんは凄いや!」
「あはは……。そうだな、もう書いてたんだな。よぉ~し、じゃあ次はテンプレを書こうか」

 弟のテンプレ指摘に打ちのめされた兄は、このままでは何も書けなくなると思い、考えを改めることにした。

「あれ? 兄ちゃん、ドジョウは嫌いなんじゃなかったの?」
「急に恋しくなったんだ、二匹目のドジョウが……。お前だって、急に何かが食べたくなるときってあるだろ?」
「うん」
「それと同じだよ。テンプレも見方を変えれば、そう悪いもんじゃないもんな。怪談の皿屋敷伝説って全国にあるんだけど、あれって下働きの女中が幽霊になって復讐を果たすのが、多くの庶民の共感を得たから広まったらしいぞ。お上に刃向えない庶民にとって、あの展開がスカッするんだとか……。つまり、兄ちゃんが何を言いたいのかというとだな、人の憂さ晴らしになるのは良いことだって話だ。その時代ごとに特有の憂さがあるから、その憂さを晴らしやすい展開ってのがあって、それがテンプレになるのだとしたら悪くない。いつの日か、それがひとつのジャンルになることだって……」

 ふと、気づくと弟は台所へと移動し、母親と何やら話していた。

「母ちゃん、兄ちゃんがドジョウが急に食べたくなったって」
「あら、そう。あの子、ドジョウなんて食べなかったのにね。ちょうど、今日の夕飯は柳川鍋にしようと思ってたのよ。子供の分は要らないかと思ってたけど、あの子の分も用意しなくちゃね」
「でもね、一匹目は要らないよ。兄ちゃんは二匹目が欲しいんだから」
「あらあら、変な子ねぇ……」

 兄はテンプレ云々の前に、この弟にでもわかる話を考えようと決意した。
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