俺も異世界のガチャから出た件で

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第九話 熱い男たち

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「いいかい? 今回のバトルの目的も、サトル君の『脳内映写』を宣伝することにある」
 バトル開始前の呼び出しを受け、観客席で円陣を組んだ悟たちを前に、ミッキーが目的を確認する。
「そう言えば、昨日“現場で使ってもらえばわかる”って言ってたけど、あたしサッパリなんだけど……。その能力を宣伝する理由ってヤツ?」
 ネココが首を傾げる。
「そうか、サッパリか。それは参ったねぇ……。あのね、ネココ君。『脳内映写』で映し出された映像を『形態投影』で写しても、『脳内映写』を知らない人には単なる霧の中に人を映し出した画像にしか見えない」
「実際、そうだから仕方ないじゃん」
「でもね、『脳内映写』というアビリティの存在が認知されれば、その霧の中の映像はアビリティによるもので、誰かの記憶を映像化したものだと理解してもらえる。つまりは、社畜病になった人がしていた作業の証拠画像に成り得るわけだ」
「ああ、それで……」
 ネココは何となく理解し、ポンッと手を叩いた。
 『形態投影』のようにメジャーなスキルとは違い、まだ知る人が少ない『脳内映写』は認知されなければ証拠として成り立ちにくい。というのが、ミッキーの考えるところだった。
「人の記憶というものは曖昧だから、本来はアレなんだが……。まぁ、そんなことを言っても混乱するだけだろうし、何より目的が遠ざかってしまうんでね。マ国の人が記憶のメカニズムを知る由もないのだから……ああ、これは独り言。気にしなくていい」
 そう言うとミッキーは悟とネココの背中を押した。
「ささ、バトルだよ。ユニフォームに着替えておいで」
 押し出されるようにして、悟たちは控室へと向かった。

 着替えてバトルフィールドに並ぶと、少し遅れて相手もやって来た。今回の対戦相手はスジイタチ野鍛冶事務所で、モヒカン頭の大男、おかっぱ頭のマッチョマン、蛇頭の亜人種の3人だった。向こうのユニフォームは社名の入った赤い短パンだけとなっている。
 スターリングシルバーは昨日に引き続き、悟、ネココ、モアの3人。コブがバトルの面子にならないのは、見るからに戦闘向きではないことと、持っている能力が関係していた。見たものを紙に写すスキルである『形態投影』は、戦いでは使い道がないし、アビリティも手が触れた人を浮かすだけの『身体浮遊』なので、ミッキーの判断で戦力外となっている。
「相手の能力はねぇ~……」
 昨日と同じように『能力解析』を相手に使うモアだったが、それを伝えるべき悟は上の空だった。モアが人差し指で悟の頬をツンツンと突く。
「ん?」
「なんか、暗いぞぉ~。さては、社畜病の話で気が重くなってるなぁ?」
「あぁ……そうかも」
 言われてみれば、辛気臭くなっていたように思う。
「それなら、勢いをつけないとだね。私のアビリティ『精神高揚』を使う時が来た!」
 モアは手を叩いて大きくジャンプした。おそらく、それが発動条件なのだろう。叩いた手からはキラキラしたものが舞い散り、それを吸い込んだ悟は急にテンションが上がっていく。
「な、何だこれは!?」
 自分でも信じられないくらいオーバーに、震える自分の手を見て叫んだ。隣にいるネココも興奮状態になり、しっぽを逆立てて息遣いが荒くなっている。向かい合っていた対戦相手は、「とってもハイだぜ」と騒ぎ立てていた。
「楽しいねぇ~、ニッシッシ」
 アビリティを発動したモアにも効果があったのか、楽しそうに自分の腿をバンバン叩いている。
「それで、相手の能力は!?」
「発表します! ババン! そこの蛇頭のスキルは、相手の体温を測定するだけの『温度探知』だよ、イエーイ。アビリティは昨日の対戦相手と同じ『重力制御』だって、ヤバいね! しかも、進化してるっぽいし」
 テンションが高くなったせいか、モアの喋りは早口になって聴き取りづらかった。使っている言葉にも、問題があるだろうが……。
「少し落ち着け、説明を始めるぞ」
 審判のヴァルラムが回復役と転移係を引き連れてやってくる。こちらの面子は昨日と同じだった。
 何度もしているであろうバトルの説明を終えると、審判団は引き上げていき、角笛が吹かれるのを待つこととなった。
「笛が吹かれる前に、他の奴の能力を!」
「OK、OK! え~っと、モヒカンとマッチョは同じの能力で……」
 言いかけたところで角笛が吹かれ、バトルが開始されてしまう。
「『重力制御』で重くされる前に!」
 昨日の反省を踏まえ、ネココは蛇頭の亜人種を目がけ、ジャンプキックを繰り出した。悟も彼女に続く。
「ふんぬっ!」
 ネココの蹴りが届く手前で、蛇頭は両手を広げて唸り声を上げた。ネココは『重力制御』で重くなることを想定していたが、今の体勢なら相手の頭上に足が落下すると踏んで笑みを浮かべる。
 しかし、重くなるどころか体は軽くなり、しゃがんだ蛇頭の上を飛び越え、敵の陣地へと飛んで行く。悟も同じ目に遭っていた。
「『重力制御』で重くするとは限らないんだぜ! そのまま飛んでいきな」
 蛇頭が細い舌を出し入れしながら言う。ネココと悟は彼が言う通り、重力を軽くされたお陰で、敵陣地深くまでジャンプする結果となった。その飛び過ぎの状態にネココが戸惑う。
「おかしいって、昨日と能力範囲が違うじゃん!」
「進化して範囲が広がったんだろ」
 昨日の相手は自分の周囲1.5mほどが効果範囲だったが、蛇頭のそれは5m近くにも及ぶ。モアが最初に指摘した通り、進化によって能力が強化されていたのだ。
「こうなれば、相手の旗を取るまで!」
 そう言って考えを切り替えようとした悟の前にモヒカンの大男が立ちはだかり、ネココはマッチョにマークされる。
「お前の相手は俺だ! 喰らえ!」
 モヒカンが拳を前に突き出すと、ゴルフボール大の火の玉が発生し、悟に向かって直進した。悟は火の球を手で払いのけたが、手の甲を軽く火傷する。
「サトルっち、そいつらのスキルは火の玉を放つ『火炎球撃』だよ。火の玉は気持ちの熱さに比例して大きくなるから、あまり刺激しない方がいい……おわっ!?」
 モアはバトル開始と同時に後ろに下がって『能力解析』していたが、蛇頭が旗を狙って突進して来たので慌てて妨害に出る。蛇頭の前に出るも、重力を重くしたり軽くしたりされ、思うように動けなかった。
「おうふっ……まいったねぇ……アハハ!」
 笑って誤魔化している間にも、蛇頭は重力を軽くした時だけ、少しずつ旗に近づいていった。
「旗を取られたら負けるんだから! しっかりしてよ、モア!」
 マッチョの『火炎球撃』を避けながら、ネココがモアを叱咤する。モアはヤケになって蛇頭に向かって足元の砂を蹴り上げた。ちょうど、重力を軽くしたときだったので、砂埃が舞い上がって蛇頭の目に入る。
「目がぁ~、目がぁ~!」
 蛇頭は目を押さえて、しゃがみ込んだ。
「その調子よ、モア」
「よそ見をしている場合かっ!」
 悟を攻撃していたモヒカンがネココ目がけて『火炎球撃』を放つ。マッチョの『火炎球撃』とタイミングを合わせたので、二つの火の玉が同時にネココを襲う。
「なんのっ!」
 ネココはギリギリのところで二つの火の玉を避けたが、無理な体勢を取ったことで倒れ込む。砂地に倒れたネココに、モヒカンとマッチョの火の玉が続けて飛ぶ。
「ヤバ……」
 避けられずに当たることを覚悟したネココだったが、火の玉が当たったのは悟だった。悟はネココを庇うように立ち、上半身で火の玉を受け止めていた。火の玉はぶつかって落ち、時間経過と共に消滅していったが、ユニフォームに移った火は消えなかった。
 悟は火を叩いて何とか消したが、その手は更なる火傷を負う。
「何で、あたしを庇ったわけ?」
「そうしたかったからだ」
 悟は火傷の痛みに耐えながら、軽く笑って見せた。
「仲間を庇うとは、熱い! 熱いぞ、その展開!」
 モヒカンは勝手に興奮して鼻息を荒くする。
「オリヤンの言う通り、俺も熱いハートをビンビン感じたぜ」
 マッチョが鼻を擦りながら身震いする。
「今なら、やれる! いつもより、いける! 俺たちの『火炎球撃』が輝くときだ! 行くぜ、兄弟!」
 モヒカンとマッチョは声を合わせて言うと、同時に『火炎球撃』を繰り出してきた。その火の玉の大きさは、ゴルフボール大からバレーボール大に変わっている。彼らの気持ちの熱さに変化したのだ。
 バレーボール大の火の玉に狙われた悟は、避けるとネココに当たるので、殴って打ち返した。玉は砂地に落ち、シュウゥ……と音を立てる。
 打ち返した悟の手は腫れ上がり、見るからに痛々しい状態となっていた。
「大きくなった玉を打ち返すとは、何という熱いハートの持ち主! ますますヒートアップ! そして、火の玉もサイズアップ!」
 モヒカンたちが叫んでいる間に、悟は蛇頭に左手を伸ばして、『感覚共有』の発動を念じていた。指先から放たれた白い光が悟と蛇頭を結ぶと、蛇頭は急に手を押さえて痛がり始めた。
「ぬおぉ~っ! オイラの手が焼けるように熱い!」
 蛇頭は仰向けの状態で足をバタバタさせる。急に痛がり始めた仲間に、モヒカンたちが顔を見合わせ、互いに「アイツにぶつけてないよな?」と訊いて首を横に振った。
「あの蛇頭は今、俺と感覚を共有している。俺が感じている痛みが伝わってるのさ!」
 普段の悟なら対戦相手に能力の説明などしないが、『精神高揚』のせいで饒舌になっていた。
「ということは、同じ痛みを感じてるのに痛がらない、お前の方が我慢強いってことだな! なんて熱いヤツ!」
 モヒカンの結論を聴き、悟は言わなければよかったと後悔した。これで、彼らの『火炎球撃』が更に強力になったのが確実だからだ。
「モア、俺の『感覚共有』が効いてる間に、その蛇頭を!」
「合点承知ぃ~」
 モアは痛がる蛇頭に砂を被せて埋めていく。体が砂に覆われたところで、ドンッと上に乗っかってボコる。これなら能力で重くすれば押し潰され、軽くして起き上がっても砂埃を吸ってゲホゲホするから、隙が出来るだろうというのが彼女の狙いだった。
「なぁ、お二人さん。俺は今日、人の痛みを知ることの大切さに気付いたんだ。それを是非、二人とも共有したい!」
 悟は『感覚共有』する相手をモヒカンに変更する。白い光で繋がれると、モヒカンは自分の手を見て喚いた。
「俺の、俺の手がジンジンするぞぉ~!」
「よくもオリヤンを! 彼を痛めつける奴は、俺の熱いハートが許さない!」
 マッチョの手から放たれた火の玉は、バスケットボール大にまで拡大していた。さすがに、片手で叩くのは無理だと判断し、悟は両手で受け止めることを選んだ。
 火の玉は悟の手に当たると、ジュワッと音を立てた後に地面に落ちた。悟の手には大きな水ぶくれができる。
「うおぉ~っ! 手がぁ~っ、手がぁ~っ!」
 攻撃された悟よりも、感覚を共有しているモヒカンのオリヤンが痛がった。
「だ、大丈夫かオリヤン!?」
「何を心配してるんだ? 彼を痛めつけたのは、お前だぞ」
 悟はマッチョをビシッと指差した。
「何を馬鹿なことを!?」
「彼と繋がっている白い光は、感覚を共有するスキルによるものだ。つまり、俺を攻撃すれば彼にもダメージが行く!」
 マッチョは自分の頭を掻きむしって悩む。
「奴を倒したい、でもオリヤンを傷つけたくない。俺は、どうすればいい!?」
 オリヤンは痛みに耐えながらマッチョに歩み寄り、ポンッと優しく肩を叩いた。
「俺のことは気にするなベンヤミン。俺は痛みの強さに、ベンヤミンの熱いハートを感じている。痛みを通して、ベンヤミンの心が伝わってくる。だから、もっと熱いハートを俺にぶつけてくれ! 二人の勝利の為に奴を倒してくれ!」
「オリヤン……」
 至近距離で見つめ合う男二人を見て、ネココは一つの疑いを持つ。
「二人、デキてんの?」
 見つめ合っていた男二人は、ポッと頬を赤らめる。
「やっぱり、二人は……」
 頬を赤らめる二人に、ネココはアレコレ妄想を膨らませてしまう。
 次の瞬間、急に大地が揺れたかと思うと、ドンッと大きな音を立てて、抱き合ってキスをするオリヤンとベンヤミンの砂の像が出現する。
「しまった……」
 ネココが頭を抱え、それを見ていたモアが大笑いする。
「ニッシッシ、ネココの『妄想具現』が発動したぁ~」
 それは妄想したものを砂の像として具現化させるアビリティだった。オリヤンとベンヤミンは、突然現れた自分たちがキスする像に困惑し、恥ずかしさから砂の像を壊しにかかった。
「な、何だこれは……」
「何という辱め……」
 砂の像を踏んで壊しながら、二人はボソボソと文句を言った。
「ノルマを忘れるところだった」
 ネココの『妄想具現』を見た悟は、『脳内映写』を使うという目的を思い出し、目を閉じて彼らのどちらかと呼吸を合わせようと試みる。
 おかっぱのベンヤミンと呼吸が合って目を開けると、悟を中心に光の輪が広がっていき、ベンヤミンの頭上に霧が発生する。
「ベンヤミンの頭の上に霧が!?」
「何だって!?」
 驚く男二人が見つめる中で映し出されたのは、遠くからオリヤンを見つめるベンヤミンの姿だった。
 あるときは木の陰から見つめ、オリヤンが行く先に糞が落ちていれば、踏まないように葉っぱでくるんで捨て去る。またある時はオリヤンを怒った人間に対し、背後から迫って浣腸をして逃げ去っていた。
「これはベンヤミンの記憶を映像化したものだ」
 悟が映像の説明をすると、オリヤンは涙を流した。
「ベンヤミン、いつも見ていてくれたのか……」
「いつも傍にいたよ、オリヤン」
 男たちは固い握手すると、キリッとした顔で悟を見た。
「俺たちは、いつも一緒だった。攻撃するときも、二人一緒だ!」
「オリヤンの言う通りだ!」
 感覚を共有しているオリヤンにもダメージが行くことを忘れ、二人は悟に向けてバランスボール並みの大きさの火の玉を放った。あまりの大きさに悟も唖然とし、せめて片方とは相打ちにと『感覚共有』に全神経を注ぐ。
 しかし、直撃するかに思われた火の玉は、悟の前に現れた2m近い石の壁によって弾き返される。跳ね返った火の玉は、オリヤンとベンヤミンの頭に当たり、二人は仰け反るようにして倒れた。
「この壁……」
 突如として現れた石の壁を触り、ふと振り返るとネココが悟に手をかざしていた。その壁は彼女のスキル『好意防壁』によるものだった。対象者への好感度に比例した強度の壁を築ける能力だが、ネココが壁らしい壁を出したのは初めてになる。
「凄いよ、サトルっち! ネココがまともな壁を出したよ! ネココの好感度が高いんだね、サトルっちは!」
 蛇頭の亜人種に座ったまま、モアは手を叩いて喜ぶ。
「べ、別に好きとかって訳じゃないんだから。さっき、庇ってもらったお返しというか、何というか……そういうのだからね」
 ぶっきらぼうに言うと、ネココは倒れてる男二人の傍を突っ切って、相手陣地の旗を取りに行った。
「勝者、スターリングシルバー!」
 ネココが旗を手にすると、審判の判定と共に角笛が吹かれた。
 バトル終了と同時に、回復役が悟に駆け寄り、能力による治療を開始する。あれだけ痛々しかった火傷も、一瞬にして元の状態へと戻った。
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