俺も異世界のガチャから出た件で

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第十二話 石化の法則

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 バトルの開始時間になり、悟たちはバトルフィールドに並び立つ。今回の対戦相手はタチヒダ繊維組合で、猫耳で猫しっぽの女性、背中にコウモリのような羽根がある男性、金髪のロン毛男性という面子だった。
 猫耳女性は赤毛のショートカットで目は釣り気味、胸は平らだが背は悟より高かった。社名の書かれた赤いビキニを身に着けている。
 コウモリ羽根の男性は黒い尻尾が生え、頭には山羊のものに近い角があった。髪は黒くて肌は浅黒い。身長はミッキーと同じくらいあり、見事なビール腹をしている。服装はタンクトップに短パンとなっている。
 金髪のロン毛男性の背丈は悟と同じくらいで、上半身裸なのに白いジャケットを羽織り、ネクタイを締めていた。下はスラックスを履いている。
「あなた、しっぽだけ生えてるのね」
 猫耳女性はネココのしっぽを見て嘲笑する。
「悪い?」
「悪いわよ、半端者は目障りだわ」
 種族的な問題なのか、ネココと猫耳女性は睨みあって引こうとしなかった。
「アサレア、半端者って?」
「この女のような人間との混血よ。でなきゃ、しっぽだけなんてありえない。他の種族と交わるなんて、みっともないことをしてくれたわね。あんたの親は……」
 金髪のロン毛の問いに、猫耳女性のアサレアが答える。ネココは相手を睨んだまま、何も言わずに拳を握った。
「よく見れば、そっちも黒いしっぽだけじゃない?」
 アサレアの関心はモアに移る。モアもしっぽが生えているが、目の前にいるコウモリ羽根の男性のように羽根や角は無い。
「まぁ~ね~」
 モアが軽く流すので、アサレアはあからさまに面白くない顔をした。
「試合前に揉めるんじゃないぞ」
 注意を促しながら、審判のヴァルラムが回復役と転移係を引き連れてやってくる。審判団はいつもの面子だ。
 ヴァルラムが昨日と同じバトルの説明をすると、審判団は引き上げていき、角笛が吹かれるのを待つこととなった。
「モア、『能力解析』」
「あっ、忘れてた……」
 悟に指摘されてから『能力解析』に入るが、能力を伝える前に笛の合図が鳴り響く。
 開始早々に相手チームは揃って後ろに下がると、アサレアが地面に両手をつけて叫んだ。
「『石舞足踏』!」
 砂地だった地面が一瞬にして石のパネルに変わる。パネルは幅50cmくらいの正方形で、その表面には丸、三角、四角の模様が描かれていた。
「何よ、これ? 砂地だと走りにくいから変えたってわけ?」
「フフフ……半端者にはわからないわ」
「さっきから、ムカつくのよ!」
 アサレアに向かって走りだしたネココだったが、その途中でピタリと動きが止まったかと思うと、足元から徐々に石化していった。
「な、何!?」
 悟は踏んだパネルが原因かと思い、ネココの腕を引っ張って自分の方へと寄せる。ネココを抱く格好となったが、石化し始めていた足は元に戻っていった。
「あ、ありがと……」
「いや、たまたま上手くいっただけだ」
 悟はネココが踏んだパネルを見た。そのパネルには四角い模様が描かれている。
「サトルっち、彼女のアビリティ『石舞足踏』は、地面を特殊なパネルに換えるんだけど、その踏み方によっては踏んだ者を石に変えるみたい」
 モアの『能力解析』を聴き、四角い模様が描かれたパネルがトリガーかと思ったが、アサレアが四角い模様のパネルを踏んでも石化しなかった。彼女だけではなく、コウモリ羽根の男も、金髪のロン毛も同様だった。
「どういうことだ?」
「そうやって見てなさい。不思議に思ってるうちに、バトルは終わるんだから」
 アサレアと金髪のロン毛が一歩、また一歩と自軍の旗に近づいていく。コウモリ羽根の男は飛ばずに、歩いて後ろに下がっていく。
「あの女!」
 また、アサレアに襲いかかろうとするネココを悟が引き留める。
「迂闊に動いて、また石になったら大変だろ」
「でも……」
「何か、秘密があるはずだ」
 悟は少しずつ旗に近づいていく二人を注意深く見てみた。二人は目の前にあるパネルを踏むのではなく、模様を見て踏むパネルを選んでいるようだった。丸い模様、三角の模様、四角い模様、そのすべてを踏んでいる。
「このままじゃ旗が……」
 ネココが自軍の旗を見る。旗を守るために後ろに下がろうとしていたモアは、旗の数歩手前の位置で動けずにいた。そんな彼女の横をアサレアと金髪のロン毛が歩いていく。
「このまま終わりっていうのも、味気ないわね」
 アサレアは振り返ると、ネココを人差し指で指した。
「半端者が二度と人前に出られないように、恥をかかせてあげるわ」
 指先から伸びた光がネココのユニフォームを照らすと、彼女が着ているタンクトップの糸がほつれ、アサレアの方へと吸い寄せられていった。それは毛糸のセーターを解く作業に似ていた。
 瞬く間に糸が抜かれて、タンクトップの布面積が少なくなっていく。その下には何も付けていないので、ネココの大きなバストが少しずつ露わになっていった。
「これが、あたしの『繊維操作』よ。衣類を糸単位で操れるから、素っ裸になるのは時間の問題。アハハハ!」
「あたしが素っ裸に……」
 アサレアの言葉に、ネココは脱がされた自分を妄想してしまう。
 次の瞬間、急に大地が揺れたかと思うと、ドンッと大きな音を立てて、一糸まとわぬネココの砂の像が出現する。
「しまった……」
 自分の恥ずかしい像を潰したいが、迂闊に動けないのでグッと堪える。逆に、あまりにも艶めかしい像に、金髪のロン毛は鼻の下を伸ばして駆け寄っていた。
「す、スゲー……なんてエロい像なんだ……あっ!?」
 ネココの全裸像を間近で見ようとした金髪のロン毛だったが、四角いパネルを踏んだ瞬間に石化が始まって動けなくなる。
「ヴァスィル! 何やってんのよ、もう!」
 石化し始めたロン毛のヴァスィルをアサレアが引っ張ると、石化し始めた彼の体が元に戻っていった。どうやらパネルから足を外すと効果が消えるらしい。
「ごめんよ、アサレア。つい順番のことを……」
 何かを言おうとしたヴァスィルの口をアサレアが引っ張って伸ばす。
「それ以上、言うんじゃないわよ」
 二人のやり取りを見ていて、悟は“順番”という言葉が引っ掛かった。思えば、ネココもヴァスィルも石化したのは四角いパネルを踏んだ時で、他のパネルで石化したことはない。
 それに順番が関係しているのだとしたら、順番通りに丸や三角を踏んだ後に四角を踏むことで石化が発動するのだろう。だから、彼らは四角いパネルを踏んでも平気だったのだ。
 悟は試しに丸いパネルを踏んだが、何も変化はなかった。三角のパネルも踏んだが、結果は同じだった。その二つを交互に踏んでも平気なことを確認する。
「取り敢えず、四角いのを避ければ石化しないようだ」
「わかった」
 悟の分析を受けてネココは丸や三角のパネルを踏み、自分の全裸像に近づくと思い切り蹴散らした。
「あぁっ! 全裸像が……」
 無残に飛び散った砂を見てヴァスィルが嘆く。
「砂の像じゃなくて、本物を見せて…………あっ!?」
 『繊維操作』を使おうとしたアサレアだったが、砂の像の近くにいたネココが自分に近づいてるのに気づいてハッとする。
「まさか、順番に気づいたって言うの!?」
「知らないわよ、そんなの!」
 三角のパネルを踏んだネココがアサレアに回し蹴りをする。アサレアは間一髪のところでしゃがみ、今度はネココの脛を蹴りに行く。それをネココは後ろに跳んでかわす。
 ネココが着地したのは丸いパネルだった。
「チッ、悪運だけはいいようね」
 アサレアはネココが踏んだパネルを見て舌打ちした。それを見て悟はひとつのことに気付いた。三角の後に丸いパネルで運がいいとしたら、四角だったらダメだったということになる。つまり、順番としては三角の後に四角で石化が発動するのではないか。
 さっき、ネココは三角のパネルを踏む前に丸いパネルを踏んでいるので、丸、三角、四角の順番で踏むと石化するのが『石舞足踏』なのだろう。
「丸、三角、四角の順で踏まなければいい」
 悟がネココとモアに呼びかけると、アサレアはしっぽを逆立てて激昂した。
「ヴァスィルが余計なことを言うから、勘づかれたじゃないの!」
「僕のせい?」
「そうよ!」
 怒りながらもアサレアはネココと攻撃し合っていた。互いに俊敏なので攻撃がなかなか当たらない上に、踏むパネルのことを気にしなくてはいけないので、思うように戦えないところがあった。
「この面倒なパネル、とっとと消しなさいよ! もう秘密はバレたじゃん」
「嫌よ、あんたがヘマするまで消さないわ!」
 攻撃を繰り出しながら、ネココとアサレアは言い合った。
「僕も、このパネルは面倒で嫌なんだよなぁ……」
 ぶつぶつ言いながら旗に向かうヴァスィルを悟が追う。
「く、来るなよ! ていっ!」
 ヴァスィルが手首をスナップさせると、悟に向かって薔薇に似た一輪の花が飛んでいった。花は投げた瞬間に花びらが風圧で散り、枝の部分だけが悟の元に届く。
 悟は避けるまでもなく、足元に刺さった花の枝を取ってみた。棘はついているものの、ぶつかっても大してダメージを受けなそうだ。
「彼のスキルは『生花投刺』っていう花を召喚して飛ばす能力だよぉ~。アビリティは術者に対して向かい風を起こす『逆風演出』だから、超大したことないからぁ~」
 自軍の旗の前まで移動したモアが『能力解析』して叫ぶ。
「大したことない言うな! 塵も積もれば山となる、僕の花攻撃だって数撃ちゃ何となる!」
 ヴァスィルは立て続けに『生花投刺』を繰り出したが、花の枝が悟の体に当たっては落ちるの繰り返しだった。
「基本、勢いがないから、数を撃っても無駄だな」
 悟は踏むパネルを確認しながら、ヴァスィルに近づいていく。
「勢い? それなら、風を起こして!」
 ヴァスィルは悟に背を向けると、自分の上半身をペチペチと叩いて目を見開いた。それが『逆風演出』の発動条件らしい。ヴァスィルの目の前で風が起こり、彼に対する向かい風となる。ヴァスィルが少しでも右を向けば、風の発生ポイントも右に移動し、常に真正面から風を受ける状態となる。
 強烈な風を受けて、彼のジャケットはバタバタとはためき、ネクタイは首を絞めるように後ろに流れる。その風に押し負けそうになりながらも、ヴァスィルは後ろにいるであろう悟に、『生花投刺』で出した花を飛ばし続けた。花の枝はさっきとは比較にならないほどの勢いで飛んでいく。
「どうだい? 勢いを増した僕の『生花投刺』は」
「なかなか、凄いんじゃないのか」
 後ろにいると思っていた悟が横から現れて、ヴァスィルは目を丸くする。
「いつの間に!?」
「俺に背を向けた時に、こうくるんじゃないと思って移動しておいた。残念だったな」
 淡々と言いながら、悟はヴァスィルを持ち上げて、トントントンと3度パネルの上に置いた。
「な、何を?」
「石化の確認実験さ」
 悟はヴァスィルに、丸、三角、四角の順番でパネルを踏ませていた。四角いパネルの上に置かれたヴァスィルは足元から石化していく。
「うわぁ~! 石になる! 助けて、アサレア!」
 仲間に助けを求めるも、アサレアはネココとやり合ってる最中だ。コウモリ羽根の男は旗を守っている。誰も彼を助けてはくれない。
「ノルマを達成するなら今だな」
 悟は動けなくなったヴァスィルと、旗の守りに徹しているコウモリ羽根の男、ネココと交戦しているアサレアを見て、『脳内映写』の好機と判断した。
 目を閉じて耳を澄まし、目の前で喚き叫ぶヴァスィルの息遣いを感じる。次第に呼吸が合っていき、目を開けると、悟を中心に光の輪が広がっていた。ヴァスィルの頭上には霧が発生し、そこに薄らと何かが見え始める。
 映し出されたのは、アサレアがユニフォームに着替えている映像だった。ちょうど、上着を脱いだところで、アサレアの控えめな乳房が見て取れた。
「な、何なのよ!? これは…………うっ!」
 映像に動揺したアサレアは呆然と立ち尽くし、ネココの膝蹴りをみぞおちに食らって倒れ込む。いろんなパネルを一気に触ったので、石化は発動していない。
「これは『脳内映写』という記憶を映像化する能力だ。コイツの記憶にあるってことは、覗いてたんだろうな」
 悟は腰まで石化が進んだヴァスィルの足をコンコンと叩いた。
「ヴァスィル~!」
 起き上がったアサレアはヴァスィルに向かって猛ダッシュしたが、その途中でネココから背中を蹴られて転倒する。
「あんたの相手は、あたしだっての」
 そう言われたところで、アサレアの視線はヴァスィルに向けられたままだった。怒りで顔を歪めるアサレアに、ヴァスィルは恐れをなして口をパクパクさせていた。何か言いたくても怖くて声にならないのかもしれない。
「ええい! 仲間割れとはみっともない!」
 それまで沈黙を守っていたコウモリ羽根の男が怒鳴る。
「ジャイルズ……」
 コウモリ羽根の男ジャイルズの存在を忘れていたかのように、アサレアとヴァスィルは彼の方を見た。
「黙って聴いていれば、相手を裸にするだの、自分の裸が見られてどうだの……。下品だと思わないのか!?」
「そこなの?」
 モアが突っ込むが、ジャイルズの語りは止まらない。
「この戦いには優雅さの欠片もない。パネルを気にして変な歩き方をして、花を投げてはフィールドを散らかし、下品な像を作っては壊し……。嗚呼、何と嘆かわしい」
「うるさいわよ、デブ。そもそも、あんたが太って飛べなくなったのが悪いんでしょ! 昔みたいに飛べたら、飛行ユニットがいない相手に『石舞足踏』使って、自由に動けなくしたところで、飛べるあんたがパネルを気にせずに旗を取って終わりだったのに」
「そうだよ、ジャイルズが太ったからだよ」
 仲間に責められてジャイルズは眉間にシワを寄せる。
「太って何が悪い。太ったからこそ出せる歌声があると、いつも言ってるだろうに! よぉ~し、言ってもわからないなら、俺の美声を聴かせてやろう」
「ちょ、ちょっと待って!」
「それはマズい!」
 慌てふためくアサレアとヴァスィルを無視して、ジャイルズは大きく息を吸い込むと、腹の底から声を張り上げた。
「ボエェ~~~♪」
 悟は地鳴りかと思ったが、それはジャイルズの歌声だった。会場中が振動し、場所によってはひびが入る。
「だ、誰か、彼の『地獄歌唱』を止めて……」
 アサレアが耳を塞いだまま倒れ込む。彼女が気を失ったことで、『石舞足踏』の効力がなくなり、パネルが消え去って砂地に戻る。ヴァスィルの石化も止まり、彼の体も戻っていく。
「ボエェ~~~♪」
 仲間が倒れてもなお、ジャイルズは歌い続ける。その声は不自然に大きくなっていく。
「『拡声調整』のスキルまで使うなんて……」
 今度はヴァスィルが嘆き、耳を塞いだ状態で膝をつく。
「どうして奴は平気なんだ?」
 歌声という騒音に耐えながら、悟はモアに問いかけた。
「彼の『地獄歌唱』は酷い歌声でダメージを与えるアビリティだけど、本人には酷い歌声ほど良く聴こえてるみたい……。だから、『拡声調整』のスキルで声を大きくしも平気……」
 そこまで言うと、モアも耳を塞いだまま倒れた。辺りをよく見ると、ネココも耳を塞いで倒れている。立っているのは悟とジャイルズだけとなっていた。
 悟が立っていられるのは、持ち前の我慢強さと騒音慣れ、何よりネココたちに比べて可聴域が狭いことにある。
「自分の歌の酷さを知るといい……」
 悟はジャイルズに左手を伸ばして、『感覚共有』の発動を念じていた。指先から放たれた白い光が悟とジャイルズを結ぶ。
「うぉ~~っ! なんて酷い歌声だ! 耳が、耳がよじれるぅ~!」
 『感覚共有』によって悟が感じていたものが伝わると、ジャイルズは歌うのをやめて耳を塞いだ。すると、彼を苦しめていた歌声はピタリとやみ、ジャイルズは不思議そうに辺りを見回した。
「誰の歌声だったんだ?」
 疑問に思ってキョロキョロするジャイルズを悟が指差す。お前の歌声だと言わんばかりに。
「勝者、スターリングシルバー!」
 審判の判定と共に角笛が吹かれるが、両陣営とも旗は取られていないし、転送されてもいなかった。
 悟が勝因を気にして審判団を見ると、審判のヴァルラムは持っている杖を上げて説明した。
「正常な進行を妨げる行為があった場合、その者がいる会社を反則負けとみなすというルールに従い、スターリングシルバーの勝利とする」
 観客席からドッと歓声が起こる。
「俺たちが反則負け? いつ進行を妨げたと?」
「お前の歌だよ。観客にも迷惑かけやがって……。まともに観戦できないんじゃ、やる意味がないだろうが!」
 ヴァルラムに怒鳴られてジャイルズが萎縮する。『感覚共有』を使われていなければ反論しただろうが、自分の歌の酷さを知ってしまったが故に認めざるを得なかった。
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