あなたが合コンで失敗する理由

A-T

文字の大きさ
1 / 1

あなたが合コンで失敗する理由

しおりを挟む
「じゃあ、一次会はこの辺で。え~……全部で24,200円だったから1人4,000円。足りない分は俺が払うから」

 居酒屋での合コンが終わり、社内SEをしている幹事が割り勘で請求する。合コンの面子は、男性陣が社内SE、歯科医、不動産屋。女性陣は同じ会社の受付OL、営業OL、経理OLだった。

「それって、割り勘?」
「そうだよ」

 女性陣の分は奢りだと思っていた受付OLは愕然とした。よもや、お金を払うことになろうとは、ゆめゆめ考えもしなかったので財布の中身は少ない。週末に予定外の4,000円はデカく、当然のように請求してきた社内SEの笑顔に腹が立った。

「はい、どうぞ」

 怒る受付OLをよそに、営業OLは4,000円を幹事に手渡した。歯科医は5,000円を渡し、1,000円のお釣りをもらう。不動産屋は小銭と札の組み合わせで4,000円を用意していた。

「ちょ……」

 “ちょっと、割り勘は無いんじゃないの”と言いかけた受付OLの脇を経理OLが小突く。彼女も不満そうな顔をしているが、用意した4,000円を幹事に差し出した。仕方ないので、受付OLも4,000円を取り出して渡す。
 さっきまで楽しくトークしていたのに、4,000円も取られると不愉快になる。今日は割と当たりかもと、さっきまで思っていた自分さえも嫌になる受付OLだった。

「ここでいったん解散ね。二次会行く人は、店を出たところで待ってて。俺、会計を済ませてくるから」

 集めたお金を持って、社内SEはレジへと向かった。それを見て、歯科医と不動産屋が席を立つ。

「外で待ってようか。もう時間過ぎてるし」

 歯科医は時計を見て言う。時間制限のある店なので長居はできない。個室を出ていく歯科医と不動産屋の後に女性陣も続く。
 レジ待ちの社内SEの横を抜け、玄関ドアを開けて店を出る。

「それじゃ、私はこれで」

 それだけ言うと受付OLはツカツカと駅に向かって歩き出した。

「あの、私も……」

 経理OLが受付OLの後を追うので、残った営業OLに男性陣の視線が集まる。

「私? 二次会、行きますよ」

 そんな彼女の言葉を鼻で笑いながら、受付OLは大股で駅へと急いだ。

「待ってよぉ~」

 と言って、経理OLが駆けてくる。彼女の声に受付OLは立ち止まり、すぅーっと息を吸うと、言いたいことをぶちまけた。

「私、合コンで割り勘されたの初めて! 何が“足りない分は俺が払うから”よ、たった200円じゃないの!」
「ねぇ~!」

 経理OLも同調する。

「もうセコいったらありゃしない、あの男ども」
「ホント、ホント。割り勘はないよねぇ~」
「仮に私たちが好みじゃなかったとしても、奢ってくれたら“次”があったのに……。もう、完全に次はないわ」
「ないよねぇ~。でも、払わないと色々と……」
「まぁ、それはわかるんだけどさぁ……。私も、お金のことだけで言ってんじゃないのよ。奢ってくれれば、次は“ご飯代は相手が出してくれると思うから、行かない?”って誘いやすいのよ、こっちも」
「それはあるよねぇ~」
「なのに、あいつら……。マジ、使えない。あの子、よく二次会に行く気になったわね」
「ホント、ホント~」

 二人は愚痴りながら駅へと向かった。



 一年後、二次会に行った営業OLが歯科医と結婚したというメールを、受付OLだった彼女は経理OLから受け取った。

「あの歯科医と? もの好きよね、割り勘野郎となんて。歯科医も数が増えて、大変だって言うし……。ハズレ引いたんじゃないのぉ~?」

 二人の結婚を鼻で笑う彼女は、元受付OLとなっていた。あの後、会社が受付は派遣で済ますという方針に転換し、別の部署へと追いやられたのが不満で退職。転職活動をするも満足できる会社が見つからず、派遣会社に登録してモデルルームの受付などをしていた。
 その仕事も嫌になって辞め、今日からは“合コン塾のアシスタント”として働くことになっている。仕事内容に興味があるのではなく、そこに集まる独り身の男性に興味があるのだ。もしかしたら、自分が望むような男性が現れて……と期待し、彼女は合コン塾が借りているビルへとやって来ていた。

「お待たせしました」

 スーツ姿の老紳士が応接室に入ってくるので、立ち上がって頭を下げる。

「あの、今日からアシスタントとして働かせて頂くことになりました……」
「はい、聴いてますよ。よろしくお願いしますね。今日はね、初日なので当塾の講義を見てもらいますから。あと書類関係ね」
「わかりました」
「まずは、人気No.1講師の教室に行きますか」

 言われるがまま、応接室を出て教室へと向かう。コンコンとドアをノックして老紳士が入っていくので、元受付OLも“失礼します”と小声で言って入る。
 前もって見学に来ることを伝えているからか、講師の男は熱弁を振るい続けた。

「いいですか? 合コンでの割り勘はマストです! 女性陣に奢るなんてとんでもない。男の方が多く払うのもナンセンス! 男女平等? フェミニズム? 男の甲斐性? そんなものは、どうでもいい。いいですか? 割り勘は、女をふるいに掛ける最高のシステムなんです!」

 そう言い切る男は、合コンで幹事を務めた社内SEだった。思わぬ再会に元受付OLは呆然とする。

「俺もね、色んな合コンに出てきましたよ。その都度、職種を変えてね。ある時は医者、ある時は弁護士、ある時は公務員。まぁ、社内SEなんていう時もあったかな。職種によって相手の態度も変わったもんですよ。その度に思いました。女が強くなった? 男が弱くなった? それは違う。魅力的な女が少なくなっただけだと。男なんて生き物はね、こいつはと決めた女がいれば、どこまでも強くなれるんですよ。そう、それだけの価値のある女が少なくなった。違いますか?」

 教室内では頷く男が多数いる。その中には、あの時の不動産屋もいた。

「皆さんは、そんな価値ある女性と巡り会わなくちゃいけない。つまらない女ばかりが目立つ現代社会で、目立たなくなってしまった運命の人を探さなくてはいけない。俺のように、職業を偽るやり方では本質を見抜いたとしても、それでは結ばれる時に問題になる。だから、割り勘なんです!」

 元受付OLは、あの時の割り勘は彼らがケチだからではなく、ふるいに掛けられていたのだと気づいた。何だか騙された気分になり、反論してやりたくなったが、仕事の初日にそれはと思い留まる。

「割り勘、たったこれだけのことで、男をATMにしたいクソ女は消え失せる。割り勘、たったこれだけのことで、クソ女につぎ込む出費をおさえられ、次の合コンに使える資金を確保できる。割り勘、たったこれだけのことで、職業を偽らなくても奴らの本性が垣間見える!」

 社内SEこと合コン塾の講師は、ホワイトボードに“割り勘”とデカデカと書いて、その文字をバンッと力強く叩いた。

「いいですか? 女性ライターが書く“女子に嫌われない為の合コンのセオリー”なんてものを真に受けてはいけません。あれは女が楽に生きれるよう、男を洗脳しようとしている駄文。“嫌われる”という不安を煽って利益を得ようとするのは、危険じゃないものを危ないと言って、無駄に高い健康食品を買わせるようなものです! そして……」

 講師はホワイトボードに“次=幻想”と書いた。

「合コンの相手がタイプじゃなくても、奢れば“次”に繋がるかもしれない。だって、奢った相手が“ご飯代は相手が出してくれると思うから、行かない?”って、他の子を誘いやすくなるからって言ってた……というのは忘れましょう! いいですか? そんな理由で来るのは、タダ飯を食いたいだけの守銭奴だ! 次は自分で見つけるもの! 女が紹介する女は不良在庫だ!」

 自分に向けられた言葉のような気がして、元受付OLは胸にグサリと来るものがあった。軽くショックを受けてよろめくと、老紳士が心配げに顔を覗き込んでくる。

「大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが」
「あの、すみません。お手洗いに……」
「ああ、どうぞどうぞ」

 元受付OLは心の整理をする為に、教室を出てトイレへと向かう。女子トイレに入ると、見覚えのある顔がそこにもあった。

「あら、お久しぶりですね」

 笑顔を向けてきたのは、歯科医と結婚した営業OLだった。

「えっ? どうして、こんなところに……」
「このビルに、お得意様がいるんですよ。合コン塾と同じフロアに、ね」

 ニコッと笑う彼女に、元受付OLはハッとした。

「それじゃ、もしかして……あの合コンの時……」
「知ってましたよ。幹事が合コン塾の講師だということも、今の旦那が通っているということも」
「知ってて二次会に?」
「当たり前じゃないですか。今の旦那、すごい資産家なんですよ。おいしい物件だったのに、あなた達ときたら……」

 フフッと笑う営業OLには、今まで見たことが無い妖しさがあった。

「あなたも良い物件を見つけたら、割り勘でも許すことね。それじゃ」

 肩を軽くポンッと叩いて、営業OLはトイレから出て行った。
 一人残された元受付OLは、あの日の合コンで自分が置かれていた状況を知り、情報ヒエラルキーの底辺にいたのだと肩を落とす。

「私は一人で生きていくんだ……」

 元受付OLは個室に入って便座に座ると、手で顔を覆い隠した。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

残業で疲れたあなたのために

にのみや朱乃
大衆娯楽
(性的描写あり) 残業で会社に残っていた佐藤に、同じように残っていた田中が声をかける。 それは二人の秘密の合図だった。 誰にも話せない夜が始まる。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

処理中です...