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VS連続殺人鬼
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土砂降りの住宅街。全身の血を洗い流すように、そいつは宛もなくフラフラと歩いていた。
「……っお祖母ちゃん、お祖母ちゃん……」
うわ言のように繰り返す。その目は濁っており、生気すら感じられない。真っ白の肌に、黒い髪が張り付いていた。服だって水を含んでいて歩きにくいだろうに、そいつはそれでも足を止めなかった。
まるで立ち止まったら死んでしまう。そんな気配すら漂わせながら。
「お祖母ちゃん……ごめんなさい……っ」
頬を流れるそれは雨だけではないというのはわかった。涙を流しながら、そいつはただ朝方の寝静まった街を徘徊していた。
一月七日。
これは年明け、新年特有のめでたいムードに包まれた平凡な街を震撼させたとある連続殺人事件の話だ。
犯人は、八日に誕生日を控えていた十六歳の少年。
名前は、小路譲(しょうじゆずる)。
幼い頃に両親は他界し、それから祖母に引き取られて育てられてきた。
お世辞にも裕福な生活とは呼べなかったが、それでも、古い平屋で続ける祖母との生活は小路譲にとって幸せなものだったと俺は知っていた。
連続殺人の一人目の被害者となったのは、小路を育ててきた祖母だった。湿った布団の上、眠っていた老婆は小路譲に心臓を一突きされ、眠るように息を引き取った。
二人目は、その日家に訪れていた老婆の息子、小路譲にとって叔父に当たる男だった。たまたま自分の母親の様子を見に来たこの男は小路譲の凶行を目の当たりにした後顔を裂かれ、喉を裂かれ、心臓、腹と何突きもされていた。
その断末魔に気付いた叔父の嫁が小路譲と鉢合わせになり、三人目の犠牲者になる。それからは、目も当てられなかった。まだ幼かった叔父夫婦の娘を殺し、家を出た後フラフラと町中を彷徨う。何人もの血を被った小路譲はさながら幽鬼のようだった。
その日、大雨のお陰でそれ以上の犠牲者は出なかったが、最後に一人、小路譲は自殺した。公園の遊具の中、自分の首を掻ききった姿で小路譲は発見された。
まだこれはマシな方だ。晴れていた日はジョギングしていた男がたまたま血まみれの小路譲と鉢合わせになり、殺される。無差別に目撃者を殺していった小路譲は警官に取り押さえられ、舌を噛んで死んだ。
俺は、小路譲を救うため、否、被害者を出さないためにここ数日何度も何度も一月七日を繰り返してはやつが死ぬのを見てきた。何をしてもだめだった。
友達になっても、幼馴染になっても、小路譲の凶行を止められることは出来なかった。
もう何度目だろうか。あの婆さんが、おっさんが、嫁さんが、子供が刃の餌食になるのを見たのは。
前日までは楽しげに食卓を囲んで笑いあっていた。犯罪メーターも反応なかった。それなのに、一夜にして小路譲の犯罪メーターは異常値を叩き出すのだ。
一月八日。本来ならば小路譲は十七歳の誕生日を迎えるはずだった今日、既に小路譲は息絶えていた。
町中は小路譲の事件で賑わっていて、殺人現場となったそこにはたくさんのマスコミが押し掛けているだろう。その映像を確認する気すらなかった。
「班長殿、少し休んだ方がいいんじゃないっすか」
自室で小路譲のデータを睨んでると、記憶操作班は湯呑み片手に話しかけてくる。またこいつは勝手に人の部屋に入ってきやがって……。大変面白くないが、今の俺には相手にする元気もなかった。
「休んだところでどうにもならねーだろ」
「だとしても、まともに働かない頭で何考えてたって同じじゃないっすか。小路譲が死んだこの世界ではこれ以上死人は出ないでしょ、一応」
「……お前……ッ」
言っていいことと悪いことがあるだろ、と記憶操作班を睨み付けたとき、湯呑みを押し付けられる。
中にはあっちの世界の緑茶と呼ばれる飲み物が入っていた。……俺の好きなものだった。
「……悪い」
「いーっすよ別に。つか、俺じゃなくて目比クンと松浦川クンからの差し入れっすから」
出ちゃんと弥生ちゃん……。
そう言えば、小路譲の件が起きてからまともに顔を合わせてない気がする。二人は元気にしてるだろうか。
「班長殿らしくないっすよ、引き篭もってただペラい紙とにらめっこしてるなんて」
「ペラくはねーだろ……軽く数センチはあるぞこれ」
「行き詰まったとにかく違う行動っすよ、シミュレーションの基本っす。よくも悪くも何かが見えてくるはずっすから」
「そのために、俺達はやり直すことができる力があるんですから」細められた記憶操作班の目が、ゆっくりと開かれる。その言葉に、不本意だが、俺は少し自分が情けなくなった。
確かに、と思ってしまったことに。同時に、そんな当たり前のことすら見えなくなってしまっていた自分に。
時間を遡ること。世界に干渉すること。それを許されるのが、俺達には未来の改良化を義務付けられているからだ。
機関の掲げる未来の改良、即ち犯罪者による犠牲者を出さないことだ。
人が人として心を持って生きる限りそんな日が来るとは到底思えないが、それでも目に見える被害者を減らさなければならない。
それが何人の血を見ようとも、数多の人の思いを踏みにじろうと、多数の屍の上に作り上げたものだとしても、だ。
「……俺、一ヶ月ほど休暇申請してくる」
「……へ?」
「つーことだから、出ちゃんと弥生ちゃん、治癒班長にいじめられねーよう見張っといてな」
それだけを言い残し、俺は部屋を出て本部へと向かう。
ダメ元でもいいからなんでもやってみろ。死んでも立ち止まるな。それをモットーにして生きてきた。……ような気がする。
きっとなるようになる。そう自分に言い聞かせる。でなければ、そうでなければ、あいつに示しが付かない。
最後に話した時の小路譲の顔を思い出しながら、俺は通路を駆け抜けていった。
「……っお祖母ちゃん、お祖母ちゃん……」
うわ言のように繰り返す。その目は濁っており、生気すら感じられない。真っ白の肌に、黒い髪が張り付いていた。服だって水を含んでいて歩きにくいだろうに、そいつはそれでも足を止めなかった。
まるで立ち止まったら死んでしまう。そんな気配すら漂わせながら。
「お祖母ちゃん……ごめんなさい……っ」
頬を流れるそれは雨だけではないというのはわかった。涙を流しながら、そいつはただ朝方の寝静まった街を徘徊していた。
一月七日。
これは年明け、新年特有のめでたいムードに包まれた平凡な街を震撼させたとある連続殺人事件の話だ。
犯人は、八日に誕生日を控えていた十六歳の少年。
名前は、小路譲(しょうじゆずる)。
幼い頃に両親は他界し、それから祖母に引き取られて育てられてきた。
お世辞にも裕福な生活とは呼べなかったが、それでも、古い平屋で続ける祖母との生活は小路譲にとって幸せなものだったと俺は知っていた。
連続殺人の一人目の被害者となったのは、小路を育ててきた祖母だった。湿った布団の上、眠っていた老婆は小路譲に心臓を一突きされ、眠るように息を引き取った。
二人目は、その日家に訪れていた老婆の息子、小路譲にとって叔父に当たる男だった。たまたま自分の母親の様子を見に来たこの男は小路譲の凶行を目の当たりにした後顔を裂かれ、喉を裂かれ、心臓、腹と何突きもされていた。
その断末魔に気付いた叔父の嫁が小路譲と鉢合わせになり、三人目の犠牲者になる。それからは、目も当てられなかった。まだ幼かった叔父夫婦の娘を殺し、家を出た後フラフラと町中を彷徨う。何人もの血を被った小路譲はさながら幽鬼のようだった。
その日、大雨のお陰でそれ以上の犠牲者は出なかったが、最後に一人、小路譲は自殺した。公園の遊具の中、自分の首を掻ききった姿で小路譲は発見された。
まだこれはマシな方だ。晴れていた日はジョギングしていた男がたまたま血まみれの小路譲と鉢合わせになり、殺される。無差別に目撃者を殺していった小路譲は警官に取り押さえられ、舌を噛んで死んだ。
俺は、小路譲を救うため、否、被害者を出さないためにここ数日何度も何度も一月七日を繰り返してはやつが死ぬのを見てきた。何をしてもだめだった。
友達になっても、幼馴染になっても、小路譲の凶行を止められることは出来なかった。
もう何度目だろうか。あの婆さんが、おっさんが、嫁さんが、子供が刃の餌食になるのを見たのは。
前日までは楽しげに食卓を囲んで笑いあっていた。犯罪メーターも反応なかった。それなのに、一夜にして小路譲の犯罪メーターは異常値を叩き出すのだ。
一月八日。本来ならば小路譲は十七歳の誕生日を迎えるはずだった今日、既に小路譲は息絶えていた。
町中は小路譲の事件で賑わっていて、殺人現場となったそこにはたくさんのマスコミが押し掛けているだろう。その映像を確認する気すらなかった。
「班長殿、少し休んだ方がいいんじゃないっすか」
自室で小路譲のデータを睨んでると、記憶操作班は湯呑み片手に話しかけてくる。またこいつは勝手に人の部屋に入ってきやがって……。大変面白くないが、今の俺には相手にする元気もなかった。
「休んだところでどうにもならねーだろ」
「だとしても、まともに働かない頭で何考えてたって同じじゃないっすか。小路譲が死んだこの世界ではこれ以上死人は出ないでしょ、一応」
「……お前……ッ」
言っていいことと悪いことがあるだろ、と記憶操作班を睨み付けたとき、湯呑みを押し付けられる。
中にはあっちの世界の緑茶と呼ばれる飲み物が入っていた。……俺の好きなものだった。
「……悪い」
「いーっすよ別に。つか、俺じゃなくて目比クンと松浦川クンからの差し入れっすから」
出ちゃんと弥生ちゃん……。
そう言えば、小路譲の件が起きてからまともに顔を合わせてない気がする。二人は元気にしてるだろうか。
「班長殿らしくないっすよ、引き篭もってただペラい紙とにらめっこしてるなんて」
「ペラくはねーだろ……軽く数センチはあるぞこれ」
「行き詰まったとにかく違う行動っすよ、シミュレーションの基本っす。よくも悪くも何かが見えてくるはずっすから」
「そのために、俺達はやり直すことができる力があるんですから」細められた記憶操作班の目が、ゆっくりと開かれる。その言葉に、不本意だが、俺は少し自分が情けなくなった。
確かに、と思ってしまったことに。同時に、そんな当たり前のことすら見えなくなってしまっていた自分に。
時間を遡ること。世界に干渉すること。それを許されるのが、俺達には未来の改良化を義務付けられているからだ。
機関の掲げる未来の改良、即ち犯罪者による犠牲者を出さないことだ。
人が人として心を持って生きる限りそんな日が来るとは到底思えないが、それでも目に見える被害者を減らさなければならない。
それが何人の血を見ようとも、数多の人の思いを踏みにじろうと、多数の屍の上に作り上げたものだとしても、だ。
「……俺、一ヶ月ほど休暇申請してくる」
「……へ?」
「つーことだから、出ちゃんと弥生ちゃん、治癒班長にいじめられねーよう見張っといてな」
それだけを言い残し、俺は部屋を出て本部へと向かう。
ダメ元でもいいからなんでもやってみろ。死んでも立ち止まるな。それをモットーにして生きてきた。……ような気がする。
きっとなるようになる。そう自分に言い聞かせる。でなければ、そうでなければ、あいつに示しが付かない。
最後に話した時の小路譲の顔を思い出しながら、俺は通路を駆け抜けていった。
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