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三◯一号室『ヒナリ君』
ヒナリ君は姫ではない
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ソウキのセックスがしつこいのは今に始まったことではない。
だらりと過ごして頃合い見て部屋を出るつもりがソウキに捕まり、そのまま雪崩込むように再度抱かれ、気付けば大分時間が経っていた。
しっかりと人を抱きまくらにして眠ってるソウキに枕を抱かせ、そのまま俺はこっそりと部屋を後にした。
ホテル月影、フロント。
スタッフルームを覗けば、平福君がいた。ぴんと背筋を伸ばし、小難しそうな参考書を片手にお客さんが来ないかを待ってたようだ。
「あれ、平福君一人?」
「うわっ!」
「あ、ごめん。驚かせちゃった?」
「べ、別に……驚いてないし」
思いっきりうわ!と言っていたけどなあ、と思ったが、まあそういうことにしておくか。
慌てて本を閉じた平福君は、「龍池なら清掃に行ってる」と相変わらずむすっとした顔で答えてくれた。
「ふーん」
「……あんた、出掛けるのか?」
「うん、ああそうだね。ちょっと外行ってくるよ。一人で大丈夫そう?」
「別に問題ない。……見ての通り閑古鳥も元気に鳴いてる」
「そっか」
「お一人様歓迎をもっと売り出せばいいのに。この辺りはビジネス街だからそっち需要のが多いだろ。龍池は商売が下手だな、がめつさが足りない」
ぶつくさ言いつつ、平福君は何やら取り出したタブレットにメモしてる。やっぱり向いてるなあ、と思いながらも安心する。
確かにロビ君はこのホテルを閉めたくないという気持ちはあるが、大儲けしようとは考えてないらしいし。
俺も経営については詳しくないので、その辺のことはこのまま平福君に任せておくか。
「じゃ、俺も一仕事しに行くかな~」
「は? アンタ、他に仕事してたのか?」
「あ、これ言葉の綾ね」
「……」
なんて目だ。ちょっとした可愛いジョークだというのに。
というわけで、平福君の冷たい眼差しを受けつつ俺は裏口からこっそりホテル月影を後にした。
スマホを取り出し、アプリを開く。
言葉の綾ではあるが、ホテルの経営のためでもあるので間違いではないはずだ。
これから、久し振りに連絡を取ったセフレGと近くの飲み屋で落ち合うことになってた。因みにこのやり取りはソウキとだらりとしてる間に託つけた。
あいつのせいでやや時間が押してしまったが、まあ別にいいだろう。相手も俺の性格は知ってるので。
というわけで、そのまますっかり夜の街へと変貌した街へと歩いていく。
待ち合わせ場所の飲み屋は大通りから一本奥の路地へと潜り込んだ場所にある。そこに立っていた見覚えのある後ろ姿を見つけ、俺はこっそりと近付いた。
「わっ」と声をかけながら肩を叩けば、セフレGは驚いた顔をしてこちらを見た。
「わ、なんだ亜虎か……びっくりした」
「ごめんごめん、遅くなっちゃって」
「お前にしてはまだ早い方だろ」
「そー? 褒めていいよ」
「ま、遅れる連絡してくれたのは偉いな」
そう頭を撫でてくれるセフレG。適当な話も程々に、腹が減った俺はそのままやつの腕を取って「んじゃさっさと行こ」と目の前の店に入った。
元々地元の先輩だったが、相手が就職してから自然消滅した相手だった。
が、こちらから連絡すれば案外あっさりと会ってくれることになった。曰く、忙しくて恋人を作る暇も抜く暇もなかったから助かったということらしい。
お互いさっさとヤリてーという気持ちを隠すこともなかった。酒も程々に速攻ホテル月影へと連れ込むことに成功した。
ほろ酔いのセフレGを連れてフロントで休憩で受付させたとき、衝立越しに平福君の視線を感じたが俺が他人のフリをすれば何も言わずに鍵をくれた。
ロビ君ならば元々俺が常連客だと知ってるが、平福君は違う。
……後でなんか言われそうだなぁ。
なんて思いつつ、取り敢えず俺は鍵を受け取り、セフレGを連れてエレベーターへと乗り込んだ。
取り敢えずソウキの部屋と階層が違ったのでガチ合う心配は……まあやや低いだろう。
まだ部屋に辿り着いてもないのにどさくさに紛れて腰を抱いてくるセフレG。「気ぃ早すぎ」と適当にあしらいつつ、俺はその胸に凭れ掛かる。
それからはまあ、いつもの流れである。
あんまり期待してなかったが、余程溜まってたらしくキスしただけで興奮したセフレGにベッドに押し倒され、そのまま本日三度目のセックスに雪崩込んだ。
そこまでは順調だった。
「亜虎」
「ん?」
「次いつ会える?」
「いつでもいいよぉ、連絡くれたら合わせるし。俺、この辺に住んでるから」
つか、ここだけどね。
事後、イチャイチャと恋人みたいに体を重ね、戯れに相手の頬にキスをすれば「また連絡する」とセフレGは俺の頭を撫でてきた。
「あ、そうだ。これ」
それから思い出したように財布取り出したセフレG。そのまま紙幣をいくらか渡してくる。
「え、いいの?」と驚いたような顔をすれば、「あの頃より多少は稼げるようになったからな」とセフレGは俺の髪に指を絡めるのだ。
「それにお前また痩せただろ、これでちゃんとましな飯食えよ」
「餌代にしては高すぎるけど、ありがと。これで豪遊しちゃお」
「餌代つってんだろ」
「あは、冗談冗談」
余程人肌が恋しかったらしい、恋人みたいにイチャイチャすんのは別に好きではないが、ホ別で小遣いくれるからまあいいや。誰かさんみたいに付き合いたいとか言うわけでもないから気楽だし。
というわけで、休憩を終えて俺はセフレGを見送るために一旦今度は正面からホテルを出た。
家まで着いてきて欲しそうなセフレGを見送り、そこでようやく一人になった俺はスマホを取り出した。
登録してたマッチングアプリに来てた連絡に適当に返しながら、ついでにコンビニに寄ることにした。
ロビ君と平福君におやつでも買って帰るか。なんて思いながらお菓子の棚を物色してたときだった。
不意に、どこからともなく視線を感じた。
「……」
この感覚には見覚えがあった。店内の天井に取り付けられたミラーを確認すれば、フードを被った怪しい人影が一つ。
こちらをじっと見てることに気付いた。
もしかして、バレてねえと思ってんのかな。
思いながら、取り敢えず適当な菓子を選び、ついでに自分用にアイスを買う。それを精算し、俺は買い物袋片手にコンビニを出た。
それに続いて、先程のフードの男が着いてきてるのを確認する。
どうするかな、と思いながらホテルに戻らず、俺は適当な路地に潜った。そして、立ち止まって影に身を潜める。
足音が近づいてくる。そして、角からフードの男が顔を出したとき。
「何か用?」
声をかければ、男は驚いたように肩を跳ねさせた。意外と普通のリアクションだ。
少なくとも幽霊ではないのか、と思いながら距離を詰めれたとき。不意に、ふわりと嗅ぎ覚えのある香水の香りが鼻腔を掠める。
ん?と顔をあげたとき。
「……お前が、返事寄越さねえからだろ」
フードの下、ぼそりと洩れるその低い声。
まさか、とそのままフードを脱がせた俺は、やつの顔を見て息を飲んだ。
「相変わらず、鼻だけはいいんだな。……トラ」
目元にかかるほど伸びた黒髪の下、光を映さない真っ黒な目が二つじろりとこちらを見る。
「……ヒナリ君」
ヒナリ君――千音寺姫也。
姫とは名ばかりで、じっとりとした空気を全身に纏ったピアス男は、俺を見下ろすのだった。
あの頃よりも増えた左右のピアスに、真っ黒なウルフヘアー。ハイライトのない目には俺の顔しか映っていない。
ソウキから事前にヒナリ君については聞いていたけど、まじか。こいつまたストーカーしてたか。
「うわ、すげー久しぶりじゃん。……何してんの?」
「分かってんだろ、トラ」
「さあ? なんだろうね」
「……」
そこで無言かよ。
と、思わずツッコミかけたとき。伸びてきた手に抱き締められる。
しまった、久しぶりすぎて対応に遅れてしまった。
「ひ……ヒナリ君~?」
「綾瀬のやつとはもう付き合うなって言っただろ」
「……そーだっけ?」
「てか君、また俺のストーカーしてんだ」とやんわり、なるべく刺激しないように引き剥がそうとしたが、がっちりと掴まれた手首を抱き寄せられる。
「ヒナリ君」
「トラ、……さっきの男、誰? 綾瀬じゃなかっただろ。……男探してんだったら、俺……」
「あー待った。待って、買い忘れ思い出したからじゃね」
面倒臭い流れを察知し、そのまま屈んでヒナリ君の腕から抜け出す。そのまま脱兎の如く来た道を引き返し、取り敢えず俺はコンビニに飛び込んだ。
「ふう……」
「買い忘れってなんだ? ……家まで運ぶけど」
こいつ、ついてきやがった。
ぴたりと後ろにくっついてくるヒナリ君に心臓が止まりそうになる。
てか、ドサクサに紛れて家までついてこようとしてんじゃねーよ。
「ひ、ヒナリ君? 気持ちだけ貰っておくね」
「で、さっきの男はなんだよ」
「ヒナリ君の知らない人」
「お前は知らない奴とホテルに入……るな」
しかも自分で言って自分で納得してるし。
明るいところで見ると、最後に会ったときよりも絶妙にいい男に成長してるのが腹立つ。
……が、俺はこの男が死ぬほど面倒臭いやつだということは知ってる。
が、俺もある程度大人になったわけだ。今ならこいつを飼い慣らせるかもしれない。……いや、飼いたくないな。
「ヒナリ君、わかった、わかったからちょっと待っててくんね? すぐ買い物終わらせるから」
「……やだ、一緒がいい。トラ、すぐ逃げるだろ」
「逃げないって」
「そう言って、お前俺ブロックしたじゃん」
ぎり、と手首を掴む手に指が食い込む。こいつ、根に持ってやがる。
もう二度と会わないつもりで切ったのも事実な分、「分かったよ」と俺の方から折れるしかなかった。
「せめて、少し離れて……」
「は? なんで?」
「いや、重いんだって……ヒナリ君、自分がどんだけ大きくなったか自覚してる?」
「……トラが筋トレサボるからだろ」
いいながら、ぎゅう、と更に腰に腕を回してくるヒナリ君。
深夜のコンビニとは言えど店員も客もいる。なんだあいつらという目を受けつつ、俺は『ああもう』と半ばヤケクソになりながらさっさとこいつを離すために別に欲しくもねえガムを買うことにした。
そしてヒナリ君を潰されつつもコンビニから逃げるように出た俺は、そのままヒナリ君を引き剥がす。
「ヒナリ君、会わないうちに前よりも甘えん坊になってない?」
「……トラが優しいから」
「…………」
可愛いことを言いやがって、とつい揺らぎかけたが、俺はこいつの性格を知っている。
甘くて可愛げがあるのは最初だけだと。一度つけ上がらせたら最後、束縛脅迫モラハラ挙句の果てに「トラはこういうのが好きだったろ」って普通に殴ってくるDV野郎だ。
そういう気分のプレイならありだが、俺は気持ちいいことと甘やかしてくれる相手が好きなのであって、痛いことが好きなわけでも甘やかすことが好きなわけでもない。
つまり、この男とは何から何まで相性が最悪だった。
のに、何故かヒナリ君はまだ俺のことを好きらしい。いや、本当なんでだよ。
「ヒナリ君、先に言っておくけど、やり直すつもりは俺ないから」
「……なんで?」
「なんでって、ずっと言ってたろ。俺と君は合わないんだって、俺は甘やかしてくれる人が好きだし……」
「綾瀬は甘やかしてくれるのか?」
出た。ヒナリ君の何故かやたらとソウキを敵視するやつ。
「ソウキは……あいつはそういうんじゃないから」
「じゃあ、あいつと同じでいいから」
「は?」
「……恋人、いないんだろ? ならお試しで俺とも付き合えよ」
「えーと……人の話聞いてた? ヒナリ君」
「……トラに捨てられて、俺も考えた。自分の悪いところ、頑張って直そうと思った。……努力とかも、だせーって思ってたけどお前のためなら全然するし、なあ、トラ。……ブロック解除して」
あ、ブロック解除でいいんだ。
まあブロック解除なら通知オフにして届いても無視すりゃいいだけだし、と考えてハッとした。
いや、いやいやいや、こうやって相手の懐に潜り込んでくるのがこいつのやり方だ。甘やかしてはならない。
「ヒナリ君、かっこいいんだからさっさと新しい恋人作りなよ。俺に構ってないんで……」
「何人か試した。けど、駄目だった。……トラじゃないと気持ちよくない」
「あ、そう? そりゃどーも」
やっぱシモの話かよ。だろうと思ったが。
気がつけばあっという間にコンビニの裏の壁の方へと押しやられていて、なんだか追い込まれてる気がしてきた。
さっさとここは逃げなければ、と思った矢先だった。
「……亜虎さん?」
聞き覚えのある、低くくぐもった声。
はっと顔をあげれば、明るい歩道の上。そこにはエコバッグを手にしたロビ君がいるではないか。
「ろ……」
「ああ? 誰だテメェ、見せもんじゃねえんだよ、失せろ」
びくん、と俺が声を上げる前に、青筋を浮かべたヒナリ君があろうことかロビ君を威嚇し出した。犬か。
だらりと過ごして頃合い見て部屋を出るつもりがソウキに捕まり、そのまま雪崩込むように再度抱かれ、気付けば大分時間が経っていた。
しっかりと人を抱きまくらにして眠ってるソウキに枕を抱かせ、そのまま俺はこっそりと部屋を後にした。
ホテル月影、フロント。
スタッフルームを覗けば、平福君がいた。ぴんと背筋を伸ばし、小難しそうな参考書を片手にお客さんが来ないかを待ってたようだ。
「あれ、平福君一人?」
「うわっ!」
「あ、ごめん。驚かせちゃった?」
「べ、別に……驚いてないし」
思いっきりうわ!と言っていたけどなあ、と思ったが、まあそういうことにしておくか。
慌てて本を閉じた平福君は、「龍池なら清掃に行ってる」と相変わらずむすっとした顔で答えてくれた。
「ふーん」
「……あんた、出掛けるのか?」
「うん、ああそうだね。ちょっと外行ってくるよ。一人で大丈夫そう?」
「別に問題ない。……見ての通り閑古鳥も元気に鳴いてる」
「そっか」
「お一人様歓迎をもっと売り出せばいいのに。この辺りはビジネス街だからそっち需要のが多いだろ。龍池は商売が下手だな、がめつさが足りない」
ぶつくさ言いつつ、平福君は何やら取り出したタブレットにメモしてる。やっぱり向いてるなあ、と思いながらも安心する。
確かにロビ君はこのホテルを閉めたくないという気持ちはあるが、大儲けしようとは考えてないらしいし。
俺も経営については詳しくないので、その辺のことはこのまま平福君に任せておくか。
「じゃ、俺も一仕事しに行くかな~」
「は? アンタ、他に仕事してたのか?」
「あ、これ言葉の綾ね」
「……」
なんて目だ。ちょっとした可愛いジョークだというのに。
というわけで、平福君の冷たい眼差しを受けつつ俺は裏口からこっそりホテル月影を後にした。
スマホを取り出し、アプリを開く。
言葉の綾ではあるが、ホテルの経営のためでもあるので間違いではないはずだ。
これから、久し振りに連絡を取ったセフレGと近くの飲み屋で落ち合うことになってた。因みにこのやり取りはソウキとだらりとしてる間に託つけた。
あいつのせいでやや時間が押してしまったが、まあ別にいいだろう。相手も俺の性格は知ってるので。
というわけで、そのまますっかり夜の街へと変貌した街へと歩いていく。
待ち合わせ場所の飲み屋は大通りから一本奥の路地へと潜り込んだ場所にある。そこに立っていた見覚えのある後ろ姿を見つけ、俺はこっそりと近付いた。
「わっ」と声をかけながら肩を叩けば、セフレGは驚いた顔をしてこちらを見た。
「わ、なんだ亜虎か……びっくりした」
「ごめんごめん、遅くなっちゃって」
「お前にしてはまだ早い方だろ」
「そー? 褒めていいよ」
「ま、遅れる連絡してくれたのは偉いな」
そう頭を撫でてくれるセフレG。適当な話も程々に、腹が減った俺はそのままやつの腕を取って「んじゃさっさと行こ」と目の前の店に入った。
元々地元の先輩だったが、相手が就職してから自然消滅した相手だった。
が、こちらから連絡すれば案外あっさりと会ってくれることになった。曰く、忙しくて恋人を作る暇も抜く暇もなかったから助かったということらしい。
お互いさっさとヤリてーという気持ちを隠すこともなかった。酒も程々に速攻ホテル月影へと連れ込むことに成功した。
ほろ酔いのセフレGを連れてフロントで休憩で受付させたとき、衝立越しに平福君の視線を感じたが俺が他人のフリをすれば何も言わずに鍵をくれた。
ロビ君ならば元々俺が常連客だと知ってるが、平福君は違う。
……後でなんか言われそうだなぁ。
なんて思いつつ、取り敢えず俺は鍵を受け取り、セフレGを連れてエレベーターへと乗り込んだ。
取り敢えずソウキの部屋と階層が違ったのでガチ合う心配は……まあやや低いだろう。
まだ部屋に辿り着いてもないのにどさくさに紛れて腰を抱いてくるセフレG。「気ぃ早すぎ」と適当にあしらいつつ、俺はその胸に凭れ掛かる。
それからはまあ、いつもの流れである。
あんまり期待してなかったが、余程溜まってたらしくキスしただけで興奮したセフレGにベッドに押し倒され、そのまま本日三度目のセックスに雪崩込んだ。
そこまでは順調だった。
「亜虎」
「ん?」
「次いつ会える?」
「いつでもいいよぉ、連絡くれたら合わせるし。俺、この辺に住んでるから」
つか、ここだけどね。
事後、イチャイチャと恋人みたいに体を重ね、戯れに相手の頬にキスをすれば「また連絡する」とセフレGは俺の頭を撫でてきた。
「あ、そうだ。これ」
それから思い出したように財布取り出したセフレG。そのまま紙幣をいくらか渡してくる。
「え、いいの?」と驚いたような顔をすれば、「あの頃より多少は稼げるようになったからな」とセフレGは俺の髪に指を絡めるのだ。
「それにお前また痩せただろ、これでちゃんとましな飯食えよ」
「餌代にしては高すぎるけど、ありがと。これで豪遊しちゃお」
「餌代つってんだろ」
「あは、冗談冗談」
余程人肌が恋しかったらしい、恋人みたいにイチャイチャすんのは別に好きではないが、ホ別で小遣いくれるからまあいいや。誰かさんみたいに付き合いたいとか言うわけでもないから気楽だし。
というわけで、休憩を終えて俺はセフレGを見送るために一旦今度は正面からホテルを出た。
家まで着いてきて欲しそうなセフレGを見送り、そこでようやく一人になった俺はスマホを取り出した。
登録してたマッチングアプリに来てた連絡に適当に返しながら、ついでにコンビニに寄ることにした。
ロビ君と平福君におやつでも買って帰るか。なんて思いながらお菓子の棚を物色してたときだった。
不意に、どこからともなく視線を感じた。
「……」
この感覚には見覚えがあった。店内の天井に取り付けられたミラーを確認すれば、フードを被った怪しい人影が一つ。
こちらをじっと見てることに気付いた。
もしかして、バレてねえと思ってんのかな。
思いながら、取り敢えず適当な菓子を選び、ついでに自分用にアイスを買う。それを精算し、俺は買い物袋片手にコンビニを出た。
それに続いて、先程のフードの男が着いてきてるのを確認する。
どうするかな、と思いながらホテルに戻らず、俺は適当な路地に潜った。そして、立ち止まって影に身を潜める。
足音が近づいてくる。そして、角からフードの男が顔を出したとき。
「何か用?」
声をかければ、男は驚いたように肩を跳ねさせた。意外と普通のリアクションだ。
少なくとも幽霊ではないのか、と思いながら距離を詰めれたとき。不意に、ふわりと嗅ぎ覚えのある香水の香りが鼻腔を掠める。
ん?と顔をあげたとき。
「……お前が、返事寄越さねえからだろ」
フードの下、ぼそりと洩れるその低い声。
まさか、とそのままフードを脱がせた俺は、やつの顔を見て息を飲んだ。
「相変わらず、鼻だけはいいんだな。……トラ」
目元にかかるほど伸びた黒髪の下、光を映さない真っ黒な目が二つじろりとこちらを見る。
「……ヒナリ君」
ヒナリ君――千音寺姫也。
姫とは名ばかりで、じっとりとした空気を全身に纏ったピアス男は、俺を見下ろすのだった。
あの頃よりも増えた左右のピアスに、真っ黒なウルフヘアー。ハイライトのない目には俺の顔しか映っていない。
ソウキから事前にヒナリ君については聞いていたけど、まじか。こいつまたストーカーしてたか。
「うわ、すげー久しぶりじゃん。……何してんの?」
「分かってんだろ、トラ」
「さあ? なんだろうね」
「……」
そこで無言かよ。
と、思わずツッコミかけたとき。伸びてきた手に抱き締められる。
しまった、久しぶりすぎて対応に遅れてしまった。
「ひ……ヒナリ君~?」
「綾瀬のやつとはもう付き合うなって言っただろ」
「……そーだっけ?」
「てか君、また俺のストーカーしてんだ」とやんわり、なるべく刺激しないように引き剥がそうとしたが、がっちりと掴まれた手首を抱き寄せられる。
「ヒナリ君」
「トラ、……さっきの男、誰? 綾瀬じゃなかっただろ。……男探してんだったら、俺……」
「あー待った。待って、買い忘れ思い出したからじゃね」
面倒臭い流れを察知し、そのまま屈んでヒナリ君の腕から抜け出す。そのまま脱兎の如く来た道を引き返し、取り敢えず俺はコンビニに飛び込んだ。
「ふう……」
「買い忘れってなんだ? ……家まで運ぶけど」
こいつ、ついてきやがった。
ぴたりと後ろにくっついてくるヒナリ君に心臓が止まりそうになる。
てか、ドサクサに紛れて家までついてこようとしてんじゃねーよ。
「ひ、ヒナリ君? 気持ちだけ貰っておくね」
「で、さっきの男はなんだよ」
「ヒナリ君の知らない人」
「お前は知らない奴とホテルに入……るな」
しかも自分で言って自分で納得してるし。
明るいところで見ると、最後に会ったときよりも絶妙にいい男に成長してるのが腹立つ。
……が、俺はこの男が死ぬほど面倒臭いやつだということは知ってる。
が、俺もある程度大人になったわけだ。今ならこいつを飼い慣らせるかもしれない。……いや、飼いたくないな。
「ヒナリ君、わかった、わかったからちょっと待っててくんね? すぐ買い物終わらせるから」
「……やだ、一緒がいい。トラ、すぐ逃げるだろ」
「逃げないって」
「そう言って、お前俺ブロックしたじゃん」
ぎり、と手首を掴む手に指が食い込む。こいつ、根に持ってやがる。
もう二度と会わないつもりで切ったのも事実な分、「分かったよ」と俺の方から折れるしかなかった。
「せめて、少し離れて……」
「は? なんで?」
「いや、重いんだって……ヒナリ君、自分がどんだけ大きくなったか自覚してる?」
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深夜のコンビニとは言えど店員も客もいる。なんだあいつらという目を受けつつ、俺は『ああもう』と半ばヤケクソになりながらさっさとこいつを離すために別に欲しくもねえガムを買うことにした。
そしてヒナリ君を潰されつつもコンビニから逃げるように出た俺は、そのままヒナリ君を引き剥がす。
「ヒナリ君、会わないうちに前よりも甘えん坊になってない?」
「……トラが優しいから」
「…………」
可愛いことを言いやがって、とつい揺らぎかけたが、俺はこいつの性格を知っている。
甘くて可愛げがあるのは最初だけだと。一度つけ上がらせたら最後、束縛脅迫モラハラ挙句の果てに「トラはこういうのが好きだったろ」って普通に殴ってくるDV野郎だ。
そういう気分のプレイならありだが、俺は気持ちいいことと甘やかしてくれる相手が好きなのであって、痛いことが好きなわけでも甘やかすことが好きなわけでもない。
つまり、この男とは何から何まで相性が最悪だった。
のに、何故かヒナリ君はまだ俺のことを好きらしい。いや、本当なんでだよ。
「ヒナリ君、先に言っておくけど、やり直すつもりは俺ないから」
「……なんで?」
「なんでって、ずっと言ってたろ。俺と君は合わないんだって、俺は甘やかしてくれる人が好きだし……」
「綾瀬は甘やかしてくれるのか?」
出た。ヒナリ君の何故かやたらとソウキを敵視するやつ。
「ソウキは……あいつはそういうんじゃないから」
「じゃあ、あいつと同じでいいから」
「は?」
「……恋人、いないんだろ? ならお試しで俺とも付き合えよ」
「えーと……人の話聞いてた? ヒナリ君」
「……トラに捨てられて、俺も考えた。自分の悪いところ、頑張って直そうと思った。……努力とかも、だせーって思ってたけどお前のためなら全然するし、なあ、トラ。……ブロック解除して」
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いや、いやいやいや、こうやって相手の懐に潜り込んでくるのがこいつのやり方だ。甘やかしてはならない。
「ヒナリ君、かっこいいんだからさっさと新しい恋人作りなよ。俺に構ってないんで……」
「何人か試した。けど、駄目だった。……トラじゃないと気持ちよくない」
「あ、そう? そりゃどーも」
やっぱシモの話かよ。だろうと思ったが。
気がつけばあっという間にコンビニの裏の壁の方へと押しやられていて、なんだか追い込まれてる気がしてきた。
さっさとここは逃げなければ、と思った矢先だった。
「……亜虎さん?」
聞き覚えのある、低くくぐもった声。
はっと顔をあげれば、明るい歩道の上。そこにはエコバッグを手にしたロビ君がいるではないか。
「ろ……」
「ああ? 誰だテメェ、見せもんじゃねえんだよ、失せろ」
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