ホテル月影へようこそ!

田原摩耶

文字の大きさ
22 / 32
三◯一号室『ヒナリ君』

備えあって憂いなし

しおりを挟む
 平福君にフロント任せてる間に空いた部屋の清掃に入る。
 汚れたシーツをカートに突っ込んで回収し、洗濯機にぶち込んだあと平福君と受付を交代する。

「この後は俺一人でも大丈夫だよ」って一応声掛けたら、「御美に用事があるからが帰って来るまでいる」と言い張るのだ。

「あ、そう? じゃあついでに買い出し行ってきて大丈夫?」
「……すぐ戻ってくるなら」

 あ、そこは弱気なんだ。

「おっけー。すぐ帰って来るね」
「待って」
「ん?」
「……アンタの連絡先」
「俺の?」
「別に、変な意味じゃないから。……なんか緊急であったとき、アンタと連絡取れないの普通に困るからってだけ。……別に、ここのグループあるなら僕はそれでいいけど」

 なるほど、俺の連絡先を聞きたいってことか。
 寧ろ俺に個人情報渡したくないんじゃないかな~って思ってただけに、平福君の方から言ってくるのは意外だった。
 と、そこまで考えてあることに気付く。
 ……そういや俺、ロビ君の連絡先知らないな。

「平福君、俺これ。勝手に追加してていいよ」

 そう携帯端末ごと渡せば、慌ててそれを受け取った平福君は「投げるな、馬鹿」と目尻を釣り上げる。
 それから間もなく「ん」と端末を返してくる平福君。

「平福君、グループ作っておいてよ」
「なんで僕が……っていうか、ないの」
「元々俺とロビ君だけだっからね。ってか、ロビ君もやってるの?」
「え」

 平福君はちっさいボトルに入ってた水を飲もうとし、落としそうになってた。

「うわ、危な」
「アンタ、御美と連絡先交換してなかったの」
「まあ……急用のときはここに電話かけてたし、大体起きた時顔合わせてたから」
「…………はあ」

 溜息を吐かれたし。
 どういう反応なんだ、それは。

「アンタと御美、仲良いのか悪いのか分かんないんだけど」
「うわ。ちょっとグサッときちゃったなあ、それ」
「……まあアイツもそんなに小まめに連絡見る方じゃないから納得だけど。一応グループ作って追加しておく。アンタもスタッフならちゃんとオーナーの連絡先くらい知っときなよ」

 なんだかんだいいつつグループ作ったのか。
『ホテル月影スタッフ専用グループに招待されました』という通知をタップし、参加を選ぶ。ちゃんとアイコン、表の手書き看板になってるし。しっかり写真取ってたのか、とか思いつつも俺は「はーい」とだけ応えることにした。

 まだ俺と平福君の二人だけのグループだ。
 ロビ君、最近忙しそうだな。もしかして今回も実家絡みなのだろうか。
 気になったけど、後から本人が帰ってきてから聞こう。
 平福君がここにいてくれる間、俺はやれることをすることにした。



 それにしても、平福君がいてくれて本当によかった。

 制服から私服へと着替え、俺はホテルの裏から外へと出る。
 今回は買い出しもあるが、下見のようなものだった。
 ビルとビルの合間を縫いって移動する。最寄りの二十四時間営業のアダルトショップへと向かい、俺は店内を物色する。

 前々からロビ君とは少しだけ話していたのだ、『コンセプトルーム』について。
 そのラブホごとの特色として、やはりプレイルームが一番だろう。SMに特化したホテルもあれば、コスチュームが豊富なホテルもある。
 俺も相手とのプレイによってホテルを変えるときもあったくらいだ。
 しかしホテル月影にはプレイルームはなく、全室ベッドと風呂付きという昔ながらのシンプルなヤリ部屋になってる。
 一部屋二部屋くらい少し改造してもいいのではないか――という話は出ていた。最初から特殊プレイ部屋を作るというわけではなく、『あったら興奮しそうなもの』を置くとか。はたまた玩具を有料レンタルもありではないかとか。 

 SMコーナー前。ショーケースに並ぶ拘束具を眺める。
 そうそうこういういかにも~なやつ。普段は相手が勝手に用意してくるから自分で選ぶこととかなかったが、割と見るのは楽しいかもしれない。
 えぐめのお試し用バイブを振動させて遊びつつ、ふと閃いた。

「…………」

 今回は下見だけのつもりだったが、悪くないかもしれない。たまには。
 静音でぐりんぐりんと頭を暴れさせるバイブを片手に俺は適当なものを買い物カゴに突っ込み、媚薬コーナーを立ち入り、ついでに切れかけてたホテル月影御用達お徳用のコンドームを箱買いする。
「ありがとうございました」という気の抜けた店員の声を聞き流しながら、俺はそのまま店を出て地上へと出た。
 昨晩もらったお小遣いはほぼ消えたが、次にやつが来たときの準備はこれで十分だろう。
 制限中の平福君へのお礼に水を買い、そのまま俺はホテルへと戻ることにした。




「ただいまー。平福君、留守番ありがとね」
「遅い。すぐ帰って来るって言ったくせにどこをチンタラ歩いてたんだよ」
「いやーごめんごめん、日差しが暖かったからさ」
「老人かっ!」

 老人ってそうなの?と思いつつ、俺はお土産の水をあげる。それを受け取った平福君は「いやもう持ってるし」と文句言いつつもテーブルに置く。素直なのか素直じゃないのか分からないな。

「というか、スーパーそんなに遠くないよね。どこをほっつき歩いて……」

 たんだよ、とこちらを睨む平福君。そのまま持っていた買い物袋をさっと隠した。が、どうやら中を見てしまったようだ。
 ぎょっとした平福君の顔が、みるみるうちに怒りやらなんやらで赤くなっていくではないか。

「……っ、アンタ、本当にどこ行ってたんだよ……っ! 人を一人にしておいて……!」
「んー、下見?」
「し、下見って……」
「まあまあ平福君、将来的にはこのホテルにも役に立つだろうからさ」
「ただアンタの変態趣味道具買いに行っただけだろ……っ!」
「人聞き悪いなあ」

 否定はしないが。
 これ以上平福君の好感度を下げてしまえば今後のコミュニケーションに支障が出てしまいそうだ。取り敢えずフォローしておくか。

「平福君も興味あるの? こういうの」

 そう買ってきたオナホを取り出せば、平福君はガタガタと椅子から立ち上がり一メートルくらい飛び退く。下駄なのに器用だなあ。

「せ、セクハラで訴えるぞアンタ……っ!」
「やだな~男同士の腹割ったコミュニケーションじゃん」
「デリカシーってもんがないのか、アンタは!」

 一目見てこれがセクハラになり得るものだと気付く辺り、平福君も男の子なんだなあと思いつつ俺は渋々オナホを袋にしまう。

 そんなときだった、チリンチリンとホテルの玄関扉が開く音がした。
 お客さんが来たのだろうか、と視線をそちらに向ければ、よく知った顔がそこにはあった。
 重めの黒髪に黒マスク。遠目に見ただけでも分かるたくさんのピアス。

「ロビ君」

 そうフロントから顔を出せば、ロビ君はぺこりと頭を下げてフロントまでやってきた。

「亜虎さん、おはようございます。……平福君も、俺がいない間フロントありがとうございました」
「今日も閑古鳥が鳴いてたからね、読書には丁度いいくらいだ」

 そう開いていた参考書を閉じる平福君。さっきまでキャンキャンと吠えていたのにえらいスイッチの切り替えようである。
 ……という俺の目に気付いたらしい、「うるさい」と睨まれる。何も言ってないのに。

「ロビ君、お疲れだねえ。ご飯食べた? なんか作ろうか?」
「……いや、外で食べてきたので大丈夫です」
「そっか、このまま俺平福君と交代するから今日は休んだら?」
「お気遣いどうも。……けど、大丈夫です。一旦着替えてきます」

 そう言うだけ言って、フラフラと再びロビ君はフロントの奥へと消える。
 俺と平福君は暫くその背中を眺め、そして顔を見合わせた。

「……あの顔、なんかあったな」
「やっぱりそうなの? 幼馴染の勘ってやつ?」
「幼馴染じゃなくても分かる。……どうせ、おじさんたちにどやされたんだろうな」
「…………」

 ロビ君の家族仲のことは聞いていたが、そればかりは俺が代わりに引き受けるということはできない。
 ……もっと、少しでもロビ君の負担を減らさないとな。

「平福君、俺もちょっと荷物置いてくるね」
「さっさとしまってこい、二度と僕の前でそれを出すなよ」

 そこまでかぁ、と思いつつ俺は平福君と別れ、そのまま自室へと戻る。

 そして戦利品を袋ごとベッドへと放り投げ、そのままスマホを取り出した。
 ブロックしたままになっていたヒナリ君のページを開き、俺は少しだけ考える。
 それからブロックを解除し、俺はヒナリ君にメッセージを入れた。

「えー、今朝はごめん。今夜空いてる? ……っと……」

 うわ、既読つくの早。てか電話かかってきたし。
 一旦電話は切る。『今一応仕事中だか
ら』とだけ返せば、『空いてる』とだけ返ってきた。
 俺はそのメッセージに大してここのホテルの場所と時間を送った、『ここで会いたい』とかそんな感じのメッセージを添えて。

 気分は今のところ60%、成功する確率もそんなに高くはないしギャンブルではあるが、上手く行けば面倒事の芽を一つ摘むことはできる。
 返事は返って来ないが既読はついてる。お前俺のこと好きなら返事くらいしろと思ったが、別に俺も返事しねえから一緒か。まあいいや。

「……どうなることやら」

 放り出した袋から溢れていたそれを手に取り、俺は一人呟いた。それからベッドから起き上がる。
 ヒナリ君との待ち合わせの時間は仕事の後だ。風呂に入る余裕もあるように時間を用意した。
 それまでにどれだけ準備して仕込めるかが大事だ。

 俺はそのままケツポケットにスマホを突っ込み、自室を出た。
 残りの時間も真面目に勤労に費やすことにしよう。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ビッチです!誤解しないでください!

モカ
BL
男好きのビッチと噂される主人公 西宮晃 「ほら、あいつだろ?あの例のやつ」 「あれな、頼めば誰とでも寝るってやつだろ?あんな平凡なやつによく勃つよな笑」 「大丈夫か?あんな噂気にするな」 「晃ほど清純な男はいないというのに」 「お前に嫉妬してあんな下らない噂を流すなんてな」 噂じゃなくて事実ですけど!!!?? 俺がくそビッチという噂(真実)に怒るイケメン達、なぜか噂を流して俺を貶めてると勘違いされてる転校生…… 魔性の男で申し訳ない笑 めちゃくちゃスロー更新になりますが、完結させたいと思っているので、気長にお待ちいただけると嬉しいです!

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件

ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。 せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。 クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom × (自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。 『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。 (全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます) https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390 サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。 同人誌版と同じ表紙に差し替えました。 表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!

年越しチン玉蕎麦!!

ミクリ21
BL
チン玉……もちろん、ナニのことです。

お兄ちゃん大好きな弟の日常

ミクリ21
BL
僕の朝は早い。 お兄ちゃんを愛するために、早起きは絶対だ。 睡眠時間?ナニソレ美味しいの?

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

趣味で乳首開発をしたらなぜか同僚(男)が近づいてきました

ねこみ
BL
タイトルそのまんまです。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...