人類サンプルと虐殺学園

田原摩耶

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第二章【祟り蛇と錆びた断頭台】

攻撃こそ最大の防御である

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 一まずはどうにかなったようだ。……予期せぬことはあったが、黒羽を見つけることができたのが何よりだった。
 けれど、このあとのことを考えると頭が痛くなる。
 この部屋の中に入り口以外の扉は見当たらない。
 完全にレーガン専用の部屋だったらしい。よく見ると、溶けかけた肉塊がチラホラと落ちていた。食べては吐き出したのかもしれない。
 一歩遅かったら黒羽も同じようなことになっていたと思うと生きた心地がしなかった。

「やっぱり、上に戻るしかないみたいのか……?」
「そーだな。……けど、このままノコノコ出ていったところで蜂の巣にされるのが見えてる」
「……なぁ、火威遅くないか?」
「…………」

 リューグも同じことを考えていたらしい。
 火威がいればまた壁を壊してもらって……と思ったのだが、本人はというと後で合流すると言ってまだ戻ってこないのだ。
 嫌な予感を覚えずにはいられなかった。先程の爆発に巻き込まれたのか、それとも……。

「……こうなったら、腹括るしか無いな。……上の状況にもよるけどあいつ、無闇やたらに乱射しなかったってことは撃ったらまずいものがあったってことだ。もしかしたら使えるかもしれねえな……一旦戻って正面突破するか」

 そう、まるで簡単に言ってのけるリューグ。
 そんなことできるのだろうかと不安になったときだ。

「その必要はない」

 聞こえてきた不遜な声に、全身が硬直する。
 咄嗟に振り返った瞬間、黒衣の男の脇に構えていた獄吏たち、その脇に抱えた銃が火を吹いた。それを読んでいたのか、俺達の間に巨大な影の集合体が障壁となって現れる。リューグだ。

「っ、普通さぁ……ここに自分からわざわざ突っ込んでくるとはアホじゃねッ? 自分の私物ぶっ壊されてヤケにでもなったのかよ、なぁッ!」
「袋の鼠を殺すのは当然のことだろう。……俺の庭にいるのなら尚更だ」

 二人の言葉は銃声により掻き消され、聞き取ることはできなかった。
 乱射される弾をまともに喰らい続ける障壁に亀裂が入る。
 リューグの横顔に微かな焦りが滲んでるのを見逃さなかった。
 嫌な予感はしていた。リューグに頼りっぱなしの現状、負担を軽減しないとと思うが、俺にできることなどたかが知れてる。
 そんな中、黒羽の姿が見当たらないことに気付いた。
 先程まで側にいたのに、まだ本調子ではないこの状況でもしも弾に当たったらと思うと血の気が引いた。
 辺りを見渡したときだ、視界の隅で何かが飛んでくる。
 それは、生首だ。

「っえ?!」

 ぎょっとして振り返ったとき、壁の側に立った黒羽さんはポイポイと壁に掛かっていた剥製を連中に向かって放り投げるのだ。
 なるほど、獄長のお気に入りらしいものを投げて発砲の手を緩ませようという魂胆か。
 俺はこそこそと移動し、黒羽の横から引き剥がした剥製を獄長目掛けて投げる。
 思いの外その重量感は腕にきた。
 獄長はコートから取り出した銃で躊躇いなくその頭を撃ち抜いた。
 乾いた音ともに木っ端微塵に吹き飛ぶ剥製。獄吏たちの弾が剥製に当たろうが、獄長は発砲の手を緩ませない。

「躊躇なしかよ……ッ」

 けれど、以前の無表情とは違う。
 赤く照らされたその顔は無表情ではない。今にも破裂しそうな程の怒りに顔を歪ませた獄長は、小さく唇を動かした。破裂音でその声は掻き消される。なんと言ったのかわからなかったが、その唇は確かに……「やれ」と、動いた。
 瞬間、獄吏たちの構えが変わる。止むどころか張り巡らされる弾幕に視覚はない。部屋のコレクションが吹き飛ぶのもお構いなしだ。本気で殺すつもりなのか。
 弾切れという概念がないのか、無尽蔵のそれからは大量の弾が吐き出され続け、それをまともに受け止め続けていた盾も蜂の巣状の弾痕が痛々しいくらい残っていて。

「クソ……ッ、あいつらの魔力どうなってんだ……! 化物かよ……!」
「どうしよう……このままじゃ……っ」
「……ジリ貧だな」
「……っ、火威……」

 リューグがそう、その名前を口にしたときだった。盾に大きな亀裂が走った。
 そこの亀裂を更に広げるかのように弾を撃ち込む獄吏たちに、リューグが舌打ちをする。
 その額に冷や汗が滲んでるのを見て、俺は咄嗟に落ちていた瓦礫を掴み、掌で切り裂いた。赤い血が流れるのを見て、黒羽が「伊波様!」と青褪める。
 ……どうやらまだリューグの血は俺の体内に残ってるようだ、幸い痛みはなかったが、思いの外大量の血が溢れた。

「伊波様、何を……」

 多分、現状リューグに残された体力は少ない。このままでは追い込まれておしまいだ。ならば、と俺は血で濡れた掌をリューグに差し出した。
「リューグ」と、名前を呼んだとき、俺の手首を掴んだ。そして躊躇なく掌の傷口、そこから溢れ出す血に舌を這わせる。血で顔が汚れるのもお構いなしにリューグは俺の掌に舌を這わせた。

「っ、な、何を……」
「っ、黒羽さん……後で説教は聞くんで」

 ショックのあまりにぷるぷると震える黒羽だが、状況画状況なだけに汲み取ったらしい。言葉を飲み込み「了解した」とだけ告げる。
 そして、指の先まで滴る血まで舐め取るリューグ。
 間に合うだろうか、と障壁に目を向けるが、回復する兆しはない。
 まだ足りないのだろうか、もっと、出さないと。
 犬のように舌を這わせるリューグの頭部を見詰めながら焦れたときだ。やつの口が離れた。

「……お前にしては、やるじゃん」

 なんて、真っ赤に染まった唇を歪め、リューグは冷ややかに笑った。瞬間、リューグの影が浮かび上がる。
 影かと思っていたが黒い物体は大量の蝙蝠だった。悲鳴に近い甲高い鳴き声とともに、蝙蝠たちは一斉に部屋の中を飛び回る。
 毒牙を持った蝙蝠に噛まれた獄吏たちの銃口は逸れる。懐から細身の剣を取り出した獄長は自分に近付くそれらを切り捨て、「小癪な」と吐き捨てた。一瞬のことだ、バラバラになった蝙蝠たちは黒い霧となりそのまま消える。

「有象無象が……ッ足止めにもならん!」
「……別に最初からなるとは思ってねえよ」

 銃声と羽撃き音、混沌とした喧騒の中、リューグは俺の肩を叩き、「奥にいけ」と耳打ちした。
 羽撃き音、噛まれ、砂のように消えていく獄吏たちに混ざって飛び回っていた蝙蝠が奥の階段へと消えていくのを俺は見た。どういう意図があるのかわからないが、それでも従わずにはいられない。俺は黒羽さんを抱き抱え、そっとベッドの裏側へと移動する。それと同時に、周囲を覆っていた障壁は一層濃さを増した。先程までの亀裂も全て修復している。

「防戦一方とは……逃げ隠れることしか出来ない卑怯者めが」
「そういうアンタは、随分と楽しそうだな。人形遊びじゃストレス解消にはなんねーもんな。……寧ろ、感謝してくれよ」
「よく回る口だな。……舌に魔力回さず少しは溜め込んだ方がいいのではないか? そのままだと、すぐに底付きるぞ」
「……そりゃ、ご心配どーも」

 気付けばあれだけたくさんいた蝙蝠たちもかなり数が減っており、数匹の蝙蝠が天井付近を飛び回っていた。獄吏の数も気づけば減っている。床に落ちた獄吏の死体を踏んだ獄長。瞬間、獄吏の体は砂のように崩れ落ち、獄長に吸い込まれた。……そう、俺の目には映った。
 やつの全身に纏う空気が一層冷たく、重厚なものとなる。

 どす黒いプレッシャーに気圧されそうになったとき、黒羽に「やつを見るな」と耳打ちされた。

「っ、黒羽さん……」
「やつは奇妙な術や召喚を好んで使うが、やつが最も得意とするのは……剣術だ」

 鈍色に輝く刀身から滲むドス黒い瘴気。まるで見えない鎖に全身を雁字搦めにされてるかのような息苦しさを覚えた。

「出てこい、リューグ。貴様も分かってるんだろう?このままでは押し負けると」
「……ッ」
「剣を出せ。どうせ足掻くなら俺の心の臓を壊すくらいの意地を見せてみろ」

「罠だ」と黒羽が声を上げる。
 露骨な獄長の挑発に、珍しくリューグは口を閉じていた。まさか、と嫌な汗が滲んだとき、リューグは短剣を取り出した。

「リューグっ、駄目だ」
「……なに? 俺が雑魚だっていうわけ? ……あいつより弱いって?」
「そ……じゃなくて! ……今は、危険だ……」
「悪いなー、売られた喧嘩は買う主義なんでな」

 バカリューグ、人のことをバカバカ言ってる割にお前だって単細胞じゃないか。
 呆れ果てる俺を無視して、リューグは自ら障壁の向こうに出る。障壁は俺たちの方を守ったままだ。流石に出たばかりのところを速攻で狙ってくるような真似はしなかったが、それでも、だからこそやつの余裕が伺えて嫌だった。

「く、黒羽さん……どうしよう……」
「気持ちは分かるが……自殺行為に等しい……しかし運良く致命傷を追わせることが出来れば」

 運どうこうの話になってるくるのか。
 辺りを見渡す、こうなったら俺が囮になって……とも考えたが、囮の役目を果たす暇もなく斬り捨てられるのが見えている。

「随分と心許ない得物だな。それでは、剣身に当てるよりも先にうっかり腕を切り落としてしまいそうだ」
「……」

 得策はあるのか。リューグは短剣の扱いに慣れているようだが、それでも、やはりこちらの分が悪いように思えるのはその圧か。
 リューグも、何を考えてるんだ。今まで見てきたところ、リューグは正面から堂々などといった正攻法が得意ではないように見えた。
 対する獄長は黒羽の言う通り、憮然とした態度のままその剣を構える。赤く染まった視界の中、最初に切り込んだのはリューグだった。背を低くし、相手の懐に潜り込んだリューグは短剣を左手に持ち替え、胴体めがけてそれを走らせた。獄長はそれをなんなく刀身で受け止め、弾き返す。金属同士がぶつかり合い、甲高い金属音が響いた。
 攻め込むリューグだが、一振りの威力が違う。
 攻撃を受け流し、守りに入っていた獄長だったが、それを苦にしてる様子もない。それどころかまるで、つまらなさそうに笑い、受け止めた剣を弾いた。その反動によりリューグの胴体ががら空きになるのを狙ったかのように、獄長は剣を振るう。
 瞬間、耳を劈くような音が金属音が部屋に響いた。

「……っ、見た目に依らず、激しいこと」
「喋る余裕はあるようで安心した。……弱者を一方的に嬲り殺すのはつまらんからな」

 間一髪、肩に向かって振り下ろされるそれを短剣で受け止めるリューグに獄長は笑う。
 張り詰めた空気の中、繰り広げられる剣闘を見てることしかできなかった。
 何か、リューグが獄長の相手をしている間にできないだろうか。二人を見てると、肝が冷える。自分が戦ってるわけではないのに、力んでしまう。焼けるほどの熱量に圧倒されそうになる。

「……火威」

 そう、恐る恐るその名前を呼んだ矢先だった。

「……よ、呼んだ?」

 あまりにも焦っていたようだ。俺はとうとう火威の幻聴まで聞くようになったらしい。ここに火威の姿はないというのに……大分俺も精神的にやられてるようだ。

「……そ、それにしても、この戦い、圧倒的にリューグ君が不利だね……けれど狭さを利用すればあの獄長の動きを封じ込めることもできるかもしれない」

 幻聴にしてはよく精巧な幻聴というか、めっちゃよく喋る幻聴だな……。そう思いながらちらりと声のする方を見れば、なんてことだ。俺は目を疑った。ふよふよと黒羽の周囲を飛び回っていた火の玉は「……だ、だけど、やっぱり力量的にも獄長が圧倒的に上だね、リューグ君には悪いけど」とうんうんと頷くように揺れる。

「………………………………いや、待て待て待て」
「……ど、どうしたの、曜君」
「っ、火威なんでここにいるんだ?!」
「えっ?! ご、ごめん僕お邪魔しちゃってた?!」

 あわあわと焦ったように揺れる火の玉は間違いなく火威だ。ライターの火ほどの小さな火の玉だが、火威の声はしっかり届いてきていて。

「い、伊波様……なんだこいつは」
「えーと、説明するとややこしいんだけど……簡単に言うと、リューグの友達」
「あ、えと、初めまして、僕は火威って言うんだけど……」

 と、そんな場違いなやりとりをしてる矢先にリューグの呻き声が聞こえてくる。獄長の剣を防ぎきれず、肩を負傷したらしい。溢れる赤い血に、裂かれる制服に、血の気が引く。

「火威……っ、リューグが……!」
「……そのようだね、助けたいのは山々なんだけど……残念ながらさっきの爆発で力全部使っちゃってさ……い、今こんな成りでしか動けないんだよね……ご、ごめんね……役立たずで……」

 火威が戻ってくることが出来れば、もしかしたら逆転することもできるかもしれない。そう期待していただけに目の前が真っ暗になる。火威も頼れないとなると……、とそこまで考えて、俺はふと閃いた。
 火威は、火や火薬を餌にすることで力を得ることができるといっていた。
 ならば、と辺りに目を向ける。床に転がる獄吏たちの抜け殻と、そして、放り出された銃。
 俺の済んでいた人間界の常識が通用するならば、あれで、少しでも火種を作ることはできるのではないか。

「っ、黒羽さん、あの銃って……どういう仕組みになってるのかわかる?」
「魔銃の類は、持ち主の魔力を弾へと変換して使う魔道具だ。銃自体は魔力なき者が持ったところで弾切れ扱いになるが……それがどうした?」
「弾切れの状態で発砲したら、どうなるのかな」
「……無論、暴発し、逆に使用者がダメージを受けることになるだろうな……って、伊波様、何を考えてる」

 ……ファンタジーじみた世界でも、その辺の理論は現実世界と同じようだ。乾いた唇を舐める。万が一のことを考えると血の気が引いたが、このまま獄長に殺されるのならば、同じことだ。
 ……一か八か、やるしかない。
 幸い、まだリューグの血の効能は続いている。
 空の拳銃発砲して腔発狙う。それは、一か八かの賭けだった。
 下手すれば失敗して殺される。成功すれば、突破口になるかもしれない。そんな分の悪い賭けだ。
 瓦礫が散乱する足下、獄吏の魔銃で一番近いものに目をつける。
 数メートル先、障壁の抜ければなんとか取れそうな魔銃がある。
 しかし、銃を取り、発砲するまでのその間に気付かれれば終わりだ。
 そんなことして黒羽と火威に言われるかもわからない。二人に止められる前に行動する必要もある。
 考える。汗を拭い、辺りを見渡す。
 獄長は目前の相手を甚振ることに夢中になっている。
 獄長の剣を受け流し、僅かに出来た隙きを狙って急所に刃を突き立てようとするものの相手が悪すぎる。獄長はいとともせず、それを正面から受け止め、瞬間空気が震動する。ビリビリと震える皮膚。
 ……今ならば、いける。
 そう、直感する。考えてる暇もなかった。下手に躊躇すればそれこそ恐怖で飲まれそうになってしまう。
 俺は考えるよりも先に黒羽を横に置いた。
 そして、爪先に力を入れて駆け出す。

「ッな、伊波様?!」
「伊波君、危ない!」

 黒羽と火威の声が聞こえた。それらを無視して俺は銃を目掛けて走っていく。獄長たちの様子を気にする余裕もなく、瓦礫を避けるように俺は魔銃を手にした。
 見た目よりもずっと重く、冷たい感触はずしりと俺の掌に伝わる。腕の痛みを気にする暇もない。
 撃ち方などろくに分からないが、とにかく撃たなければ始まらなかった。焦る思考の中、俺は留め具らしき部分を外す。
 そして引き金を外せば……或いは。
 見様見真似で銃の引き金らしき部分を探り当てる。
 硬い。硬いけど、ビクともしないわけでもなさそうだ。
 俺が銃を構えた瞬間、獄長がこちらを見た。目が、あった。俺は視線を反らし、そして奥歯を噛み締める。

「伊波君、あぶな……っ」

 危ない、と。飛んできた火の玉もとい火威が声をあげたときだった。
 ぐ、と引き金が動いた。瞬間、音が消える。
 黒羽と火威の声も、耳障りな金属音も、全部。
 音だけではない、次に消えたのは視界の色だ。
 薄暗かった部屋に真っ白な光が広がる。塗り潰される。どこが上でどこが下なのかすらもわからない。そして、感覚。痛みがなくなった。銃の重みもなくなって、自分が立っているのか吹っ飛んだのかすらもわからない。
 ただ、焼けるように熱くなる首輪が辛うじて俺という意識を繋ぎ止めていたような、そんな気がする。

「伊波様……ッ!!」

 ……けれど、その声だけは確かに聞こえた。
 次の瞬間、実体を失ったかのように霧散していた体の感覚が蘇る。誰かに強く抱き締められたからだ。ふわりと薫るお香のような懐かしい匂いに、聴覚が戻ってきたのだとわかった。
 真っ白な部屋の中に色が戻る。
 影にも似たその色は、何者にも関与されない、漆黒。

「貴方は……何という無茶を……ッ!!」

 聞こえてきたその声は焦燥しきっていた。
 恐る恐る顔を上げれば、そこには青褪めた顔をした黒羽が俺を抱き抱えていた。
 ……もふもふしていた黒羽ではない、人の形をした黒羽が、そこに。
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