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第二章【祟り蛇と錆びた断頭台】
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ツイてねえ。つーか詰まんねえ。
せっかく久し振りに楽しいことあったと思ったらすぐこれだ。
目の前をポテポテ歩くネズミジジイ――鼠入の後をついていく。
後片付けがあるから付いてこいって言われたのはいいが、適当に撒いてサボってやろうと思ったのにすぐ後ろから付いてくる火威が邪魔で撒けねえし。
「はぁーーつまんねえ、飽きた、帰りてーー」
「コラッ! リューグお前はまたそんなことばかり言いおって……! 口を慎むということを知らんのか!」
「だってさぁ、もうほとんど死んでんじゃん。穴掘りだって俺の仕事じゃねえし? つーか、火威一人で十分じゃん?」
「ぼっ、僕を評価してくれるのは嬉しいけど……僕、今そんな元気残ってないんだよね……ご、ごめんね……?」
別に評価してねえし、と突っ込む気力もなかった。
ジジイがいう《手伝い》ってのは生存者の安全確保することがメインだったが、生存者どころか元気そうな連中も見かけねえ。無事な奴らは大抵すでに折の中で大人しくしてるだろうし、脱獄してる連中は獄吏に片っ端から始末されてるらしい。
勿論、獄吏たちの仕業だけでもないような破損した死体もいくつかあった。
獄吏の連中は捕獲のための鎖と、銃を携帯してる。頭だったり腹だったり、的確に急所にぶっとい風穴開けた連中は大方獄吏たちに消されたのだろうとわかった。
けど、獣に噛み付かれたみたいにごっそり抉られた死体や思い切り荒らされたのはどう見てもそれ以外の仕業だ。
……まあ大体予想はつくけどな。
赤い髪の食屍鬼。大方あの食い意地汚えやつの仕業だろう。……本当、雑すぎんだろ。跡形もなく肉片と化した死体を足で蹴りながら、前へと進む。
どこにいても鼻がひん曲がるようなほどまずそうな血の匂いばっかで、せっかく拵えてた人間の血の味も全部ごっちゃになって相殺されてしまいそうだ。
……はぁー、まじツイてねえ。
イナミ地下に行ったらぶっ殺されねえかな。だったら最悪だ、まだ約束も果たしてもらえてねーのに。
やっぱこいつら振り払ってでもさっさと地下ついていっときゃよかった。
「確かにお前の言う通りひどい有様だな……。せめて無事な生徒は避難誘導をと思ったが……」
「んなことしなくてもいいって、どうせ残りはほっときゃなんとかなるような連中しかいねーんだから」
「全くお前は……昔はまだ素直だったのにいつからそう捻くれてしまったというのか……」
「うるせージジイ」
「誰がジジイだ! いい加減その呼び方は辞め給え!」
ぷりぷりと短い尻尾を振りながら歩いていくジジイ。
このジジイもこのジジイだ、俺なんてほっときゃいいのにいちいち目に掛けてきやがって。
クソ兄貴に何言われてんのか知らねーけどうざってえことこの上ない。
アンタなんて全身の血引き抜いて干して食えばそれまでだぞって脅しても全然怖がんねえし、それどころか「教師に対してなんて言い方だ」とキレ返してくるし……本当面倒くせぇやつ。
とまあ、そんな感じで生存者確認しつつ出口へと繋がる通路の安全も確保しようって話になって、その辺はもう火威とジジイの分野になる。
俺は二人から距離をとって歩いてると、どこからともなく超音波が響く。他の二人には聞こえない、俺にだけ聞こえるこの声は……間違いない、あの子だ。
伊波たちと別れるときに一匹のコウモリをそっと忍ばせておいた。恐らくそのまま地下に連れて行かれてるはずだったが、その子が俺を呼んでる。
俺の魔力を削って作り出したその分身はまるで我が身のように見た事聞いた事を伝えてくれるようになってるのだが、こうして超音波を発するのはなにかあったときくらいだ。
何があったのか確認しようとするが、それ以上の関与は不可能だった。原因は恐らく距離、或いは何かしらの妨害を受けたか、消されたかのどちらかだ。
「……」
「……りゅ、リューグ君? どうかしたの?」
「ん……いや、なんでもねえ」
黒羽サンに殺されたか……いや、テミッドの仕業か?
どちらにせよあまりいい予感がしない。そこまで考えて、黒衣の男の陰が脳裏を過る。
……まさか、いや、まさかな。
自分で考えておいてなんだが、ゾッとする話だと思った。けど。
「なあなあ、ジジイさっきの人形野郎。あのまま死刑にでもなんのか?」
どうしても頭からあの男の顔が離れなくて、先を歩いていたジジイに声をかけてみればジジイは背中を向けたまま暫し押し黙る。
「ユアン殿のことは……私の口からは何も言えん」
「はあ? なんだそれ、つまんねえの」
「リューグ君、またそんなことばかり言って……」
「とにかく、あのお方のことは国に任せておけばいいのだ。また何かあれば通達が行くだろう」
「………………」
なーんか、誤魔化された感あるな。
いくら魔王のお膝元とはいえ一介の教師であるジジイも下手のこと言えねえんだろうが、俺が求めていたものとはだいぶ違った。
……はー、なんかやる気失せたわ。
「なあ、いい加減俺疲れたんだけど。そこで休んでていいか?」
適当な瓦礫を見つけ、それを椅子代わりに腰をかければ、さっさと歩いていたジジイがこっちりを振り返り、呆れたように目をぱちぱちさせた。
「本当にお前は自由というか……もしはぐれたらどうするんだ」
「大丈夫だって、どうせ戻ってきてくれるんだろ?」
「お、お前というやつは……!」
「リューグ君……でも、確かにリューグ君のわりに大分力浪費してたもんね……先生!僕が手伝いますよ!」
「……それは助かるんだが火威、お前も大分消耗してるように見えるのだが大丈夫かね……」
「あ、そ、そうだった……」
ナイス火威、お前にしてはナイスフォローだ。
ジジイもジジイで仮にもイナミを守ってやったという俺の功績を忘れていないらしい。
仕方ない、といった様子だが俺が休むことを認めてくれる。
「……また後で様子見に来るからな、絶対に一人で行動するなよ! 寧ろここから動くんじゃないぞ!」
「へーへー、了解でーす」
「ぐ……っ本当に分かってるのかお前は……」
「ま、まあまあ……」
ってなわけで、二人と別れた俺は二人がいなくなるのを確認してもう一度使い魔と連絡を取ろうと試みる。けれど、やはり反応はない。
やっぱ、消されたっぽいな。
愛着があるわけじゃねーしいちいち悲しむつもりはねえけど、癪に障らないわけではない。
……イナミ、無事だろうな。
今すぐにでもあの血をまた飲みたい。
……噎せ返るほど芳しく、甘く、とろみがあって口に入れた瞬間何も考えらんなくなるほどのあの血を味わいたい。
思ったよりも魔力の消耗が激しいことは気付いていた。普段からろくな食事取れてなかったから昔に比べて疲労していることに気付く。
……こうなることならもっと血もらっとくんだった。
思いながら、少し休もうかと目を閉じたとき。
空気が、淀む。
「…………あ?」
風の流れが変わる。微かな振動を伴い、何もなかったはずの空虚に黒い扉が現れた。否、それは扉と呼べるような人工物ではなく寧ろ空間を捻じ曲げて無理矢理こじ開けたようなそれからはただならぬものを皮膚で感じた。
これは、なんだ。
まず頭に浮かんだのは獄吏たちが俺を地下牢獄へと引っ張り連れ帰るときに作ったあの穴だ。
……そこまで考えて、俺は立ち上がる。
何も考えていない。けれど、これが現れたってことは……。
現れたのもつかの間、すぐに縮小を始めるその異空間へと穴に俺は考えるよりも先に飛び込んだ。
――ジジイにめちゃくちゃ怒られそうだな。
んなことを考えながら落下していく意識。それも一瞬のことで、まばたきをした瞬間、臀部に鈍い痛みが走る。
「っ、てててて……クソッ……どこだよここ……」
受け身を取る暇もなかった。反応が遅れ、もろ衝撃が腰に走った。
立ち上がろうとした矢先。背後に気配を感じた。
首筋に押し当てられる金属の冷たい感覚。見ずともそれがなんなのかわかった。
短刀ではない、厚みのあるそれは、クナイだ。
「……おい、何故貴様が現れる」
不快感を隠そうともしないその低い声には聞き覚えがあった。なんとなく、そんな気はしていたがまさか本当に《ここ》に出るとは……願ったり叶ったりというやつかもしれないな。
出会い頭早々警戒してくる黒羽サンにやれやれと思わずには居られないが、まあ確かにいきなり俺が現れたらおかしいよな。俺だってそう思う。
けど絶対俺のせいじゃねえぞ、今回は。
「そりゃこっちのセリフだっての……いきなり穴開いたと思えば……最下層か?ここ」
「………黒羽、様………」
首を動かして振り返れば、黒羽サンの後ろにいたテミッドはこちらを睨みつけてくる。それを嗜めるように軽く肩に手を乗せ、引き下がらせた黒羽サンはクナイを手にしたまま声を絞り出した。
「……お前の言う通り、ここは地下監獄の最下層だ」
「んで、なんで俺がここにいるんだよ」
「……穴」
「穴? ああ……確かに変な穴があったけど……あれ、あんたらのせいだったのか」
ダムドだかなんだかっていう死神からもらったって鍵を開けて上層へとの道を繋げたつもりが運よく俺がいて……ってことなのだろうけど、だとしたらすげえラッキーじゃん。
「……つーかイナミは? 一緒じゃねえの?」
さっきから静かだと思いきやイナミが見当たらねえ。
地下に行きたいと思ったのはあいつがいるからだ、それ以外に理由なんてあるわけない。
さっさと腹を満たしたくて、黒羽サンに尋ねてみれば、ほんの一瞬その顔が強張った。
その苦渋の表情を見て一瞬で理解する。
「まさか」
「…………はぐれた」
「強力な結界が発動しているお陰で道がぐちゃぐちゃだ。伊波様がいる部屋に戻ろうとしても辿り着けない」俺相手にそんなことを言うのは苦痛で苦痛で仕方ないのだろう。けれど、わざわざ教えてくれるってのは多少信頼してくれてんのか……いやちげーな、この男はイナミを助けるためならなんだって利用するつもりなのだろう。
そして、そんな回りくどいいやらしーマネする野郎なんて一人しかいない。
頭の中、薄ぼんやりと浮かんでいたあの男の陰影がはっきりと明確になった。
「ッ、は……なるほど。……あの獄長様の仕業か、相変わらずやることやらしいなぁ?」
「……っやはり、そういうことか」
黒羽サンも黒羽サンで認めたくなかったのだろう。
だってそりゃ誰だってそうだ、あのとき死神まで出しゃばってきて皆の前で人形に変えられた男がなんでまだここにいる?
と、そこまで考えていたときだ。
パタパタとどこからともなく羽撃く音が聞こえてくる。紫色の艷やかな毛、俺の使い魔ちゃんは俺の姿を見るなり一目散に飛んでくる。そして、そっと持ち上げた手の甲に止まった。
「おかえり、よく頑張ったな」
頭をグリグリ撫でてやれば、大人しく羽を下ろしされるがままになるコウモリちゃん。触れた瞬間、こいつが体感してきたあらゆる記録がまるで実体験のように流れ込んでくる。
死んだのかと思っていたが、どうやら黒羽サンのいう結界とやらに巻き込まれてたらしい。
「……貴様の使い魔か」
「そ、俺の可愛いペットちゃんだよ」
そうキスして見せれば、二人は気色悪そうな顔をしてみせた。ったく、ペットを可愛がるっていう気持ちがねーのか?こいつらには。……なさそうだな。
「……なるほど、本当すげー地形デタラメになってんじゃん。けど、明らかに避けてる場所があんな。ここは……ふむふむ」
「おい、地図にできないのか」
「できねえことはねーけど……面倒臭えな」
「貴様……」
「わかった、わかったって。……ったく、貸し一だかんな。お宅のご主人様につけておくぞ」
「御託は良いからさっさとしろ」
「うわ、おっかねーの」
本当なんで俺がコイツラに協力してやんねーといけないんだろ。すげー面白くねーけど、これをネタにイナミからふんだくれるんなら全然いいや。俺って本当優しいよな。
制服の中突っ込んだままになってた手帳を取り出す。水槽に打ち込まれてたせいで水でふやけてて、どうしたもんかと思ってたら黒羽サンに手帳とペンを無言で押し付けられた。
……ったく、まじ愛想悪いよなー。どうぞくらいいってくれりゃいいのに。ま、イナミに対するみたいな対応されてもそれはそれでこえーだろうけど。
俺が分かる範囲内で適当にこの最下層の地形を書き出す。
「ほら、だいたいこの辺」
「そこに伊波様がいるのか?」
「わかんね」
「な……ッ」
「けど、何かしらあるんじゃねえの。壁ぶっ壊してみりゃ案外辿り着けたりして……って、ん?」
言いかけたときだ、手の甲からいつの間にか頭の上に移動していたコウモリちゃんがいきなりぶるぶると震えだした。何かに怯えてるらしい。
どうしたのかとそっと手を伸ばそうとした矢先だった。
地下全体が大きく揺れた。
ここにぶち込まれたときも何度か地震はあったが、それとは比にならない揺れだ。
「っ、この、揺れ……」
「巳亦の仕業か……ッ!! あいつ、ここを崩壊させるつもりか……?!」
巳亦、っていうと、あの男か。
いつもイナミの隣にいる蛇神さん。あの男は捕まっていたと聞いていたが、イナミは会えたのだろうか。
なんて考えてる暇もないくらいの揺れっぷりだ。地下全体が決壊する。流石の俺とはいえ、生き埋めだけはまじで勘弁してほしい。
「黒羽サン、さっきの扉開けろ! 俺たちもまじで巻き込まれるぞこれ!」
「……っテミッド!」
はあ?なんでここでテミッドだよ、と思いきや、黒羽サン
は鍵をテミッドのやつに投げて渡した。
「……あとは頼んだ」
「黒羽様!」
言うな否や俺の地図手に駆け抜けていく黒羽サン。すげー早い、とかんな関心してる場合じゃねえ。
「おーおーお熱いこと。なら俺らはさっさと地上に戻って……って、テミッド! おいこら! お前まで行ってどうすんだよ!」
「……」
待てよ!と呼び止めようとすれば思いっきり鍵を投げつけられる。あっぶねえ、あのクソ俺の顔面狙いやがっただろ。
「……おい、俺開け方わかんねーんですけど! おーい!」
黒羽サンどころかテミッドのやつまでその後を追いかけて行きやがった。
もしイナミがこの生き埋めに巻き込まれたとしても後で掘り返して蘇生させりゃいいじゃねえか。
言ってやりたいのに、あっという間に見えなくなる二人の姿に焦れったくなって、俺は鍵をポケットに押し込んだ。
「…………くっそ、あんの過保護どもが……!」
せっかく久し振りに楽しいことあったと思ったらすぐこれだ。
目の前をポテポテ歩くネズミジジイ――鼠入の後をついていく。
後片付けがあるから付いてこいって言われたのはいいが、適当に撒いてサボってやろうと思ったのにすぐ後ろから付いてくる火威が邪魔で撒けねえし。
「はぁーーつまんねえ、飽きた、帰りてーー」
「コラッ! リューグお前はまたそんなことばかり言いおって……! 口を慎むということを知らんのか!」
「だってさぁ、もうほとんど死んでんじゃん。穴掘りだって俺の仕事じゃねえし? つーか、火威一人で十分じゃん?」
「ぼっ、僕を評価してくれるのは嬉しいけど……僕、今そんな元気残ってないんだよね……ご、ごめんね……?」
別に評価してねえし、と突っ込む気力もなかった。
ジジイがいう《手伝い》ってのは生存者の安全確保することがメインだったが、生存者どころか元気そうな連中も見かけねえ。無事な奴らは大抵すでに折の中で大人しくしてるだろうし、脱獄してる連中は獄吏に片っ端から始末されてるらしい。
勿論、獄吏たちの仕業だけでもないような破損した死体もいくつかあった。
獄吏の連中は捕獲のための鎖と、銃を携帯してる。頭だったり腹だったり、的確に急所にぶっとい風穴開けた連中は大方獄吏たちに消されたのだろうとわかった。
けど、獣に噛み付かれたみたいにごっそり抉られた死体や思い切り荒らされたのはどう見てもそれ以外の仕業だ。
……まあ大体予想はつくけどな。
赤い髪の食屍鬼。大方あの食い意地汚えやつの仕業だろう。……本当、雑すぎんだろ。跡形もなく肉片と化した死体を足で蹴りながら、前へと進む。
どこにいても鼻がひん曲がるようなほどまずそうな血の匂いばっかで、せっかく拵えてた人間の血の味も全部ごっちゃになって相殺されてしまいそうだ。
……はぁー、まじツイてねえ。
イナミ地下に行ったらぶっ殺されねえかな。だったら最悪だ、まだ約束も果たしてもらえてねーのに。
やっぱこいつら振り払ってでもさっさと地下ついていっときゃよかった。
「確かにお前の言う通りひどい有様だな……。せめて無事な生徒は避難誘導をと思ったが……」
「んなことしなくてもいいって、どうせ残りはほっときゃなんとかなるような連中しかいねーんだから」
「全くお前は……昔はまだ素直だったのにいつからそう捻くれてしまったというのか……」
「うるせージジイ」
「誰がジジイだ! いい加減その呼び方は辞め給え!」
ぷりぷりと短い尻尾を振りながら歩いていくジジイ。
このジジイもこのジジイだ、俺なんてほっときゃいいのにいちいち目に掛けてきやがって。
クソ兄貴に何言われてんのか知らねーけどうざってえことこの上ない。
アンタなんて全身の血引き抜いて干して食えばそれまでだぞって脅しても全然怖がんねえし、それどころか「教師に対してなんて言い方だ」とキレ返してくるし……本当面倒くせぇやつ。
とまあ、そんな感じで生存者確認しつつ出口へと繋がる通路の安全も確保しようって話になって、その辺はもう火威とジジイの分野になる。
俺は二人から距離をとって歩いてると、どこからともなく超音波が響く。他の二人には聞こえない、俺にだけ聞こえるこの声は……間違いない、あの子だ。
伊波たちと別れるときに一匹のコウモリをそっと忍ばせておいた。恐らくそのまま地下に連れて行かれてるはずだったが、その子が俺を呼んでる。
俺の魔力を削って作り出したその分身はまるで我が身のように見た事聞いた事を伝えてくれるようになってるのだが、こうして超音波を発するのはなにかあったときくらいだ。
何があったのか確認しようとするが、それ以上の関与は不可能だった。原因は恐らく距離、或いは何かしらの妨害を受けたか、消されたかのどちらかだ。
「……」
「……りゅ、リューグ君? どうかしたの?」
「ん……いや、なんでもねえ」
黒羽サンに殺されたか……いや、テミッドの仕業か?
どちらにせよあまりいい予感がしない。そこまで考えて、黒衣の男の陰が脳裏を過る。
……まさか、いや、まさかな。
自分で考えておいてなんだが、ゾッとする話だと思った。けど。
「なあなあ、ジジイさっきの人形野郎。あのまま死刑にでもなんのか?」
どうしても頭からあの男の顔が離れなくて、先を歩いていたジジイに声をかけてみればジジイは背中を向けたまま暫し押し黙る。
「ユアン殿のことは……私の口からは何も言えん」
「はあ? なんだそれ、つまんねえの」
「リューグ君、またそんなことばかり言って……」
「とにかく、あのお方のことは国に任せておけばいいのだ。また何かあれば通達が行くだろう」
「………………」
なーんか、誤魔化された感あるな。
いくら魔王のお膝元とはいえ一介の教師であるジジイも下手のこと言えねえんだろうが、俺が求めていたものとはだいぶ違った。
……はー、なんかやる気失せたわ。
「なあ、いい加減俺疲れたんだけど。そこで休んでていいか?」
適当な瓦礫を見つけ、それを椅子代わりに腰をかければ、さっさと歩いていたジジイがこっちりを振り返り、呆れたように目をぱちぱちさせた。
「本当にお前は自由というか……もしはぐれたらどうするんだ」
「大丈夫だって、どうせ戻ってきてくれるんだろ?」
「お、お前というやつは……!」
「リューグ君……でも、確かにリューグ君のわりに大分力浪費してたもんね……先生!僕が手伝いますよ!」
「……それは助かるんだが火威、お前も大分消耗してるように見えるのだが大丈夫かね……」
「あ、そ、そうだった……」
ナイス火威、お前にしてはナイスフォローだ。
ジジイもジジイで仮にもイナミを守ってやったという俺の功績を忘れていないらしい。
仕方ない、といった様子だが俺が休むことを認めてくれる。
「……また後で様子見に来るからな、絶対に一人で行動するなよ! 寧ろここから動くんじゃないぞ!」
「へーへー、了解でーす」
「ぐ……っ本当に分かってるのかお前は……」
「ま、まあまあ……」
ってなわけで、二人と別れた俺は二人がいなくなるのを確認してもう一度使い魔と連絡を取ろうと試みる。けれど、やはり反応はない。
やっぱ、消されたっぽいな。
愛着があるわけじゃねーしいちいち悲しむつもりはねえけど、癪に障らないわけではない。
……イナミ、無事だろうな。
今すぐにでもあの血をまた飲みたい。
……噎せ返るほど芳しく、甘く、とろみがあって口に入れた瞬間何も考えらんなくなるほどのあの血を味わいたい。
思ったよりも魔力の消耗が激しいことは気付いていた。普段からろくな食事取れてなかったから昔に比べて疲労していることに気付く。
……こうなることならもっと血もらっとくんだった。
思いながら、少し休もうかと目を閉じたとき。
空気が、淀む。
「…………あ?」
風の流れが変わる。微かな振動を伴い、何もなかったはずの空虚に黒い扉が現れた。否、それは扉と呼べるような人工物ではなく寧ろ空間を捻じ曲げて無理矢理こじ開けたようなそれからはただならぬものを皮膚で感じた。
これは、なんだ。
まず頭に浮かんだのは獄吏たちが俺を地下牢獄へと引っ張り連れ帰るときに作ったあの穴だ。
……そこまで考えて、俺は立ち上がる。
何も考えていない。けれど、これが現れたってことは……。
現れたのもつかの間、すぐに縮小を始めるその異空間へと穴に俺は考えるよりも先に飛び込んだ。
――ジジイにめちゃくちゃ怒られそうだな。
んなことを考えながら落下していく意識。それも一瞬のことで、まばたきをした瞬間、臀部に鈍い痛みが走る。
「っ、てててて……クソッ……どこだよここ……」
受け身を取る暇もなかった。反応が遅れ、もろ衝撃が腰に走った。
立ち上がろうとした矢先。背後に気配を感じた。
首筋に押し当てられる金属の冷たい感覚。見ずともそれがなんなのかわかった。
短刀ではない、厚みのあるそれは、クナイだ。
「……おい、何故貴様が現れる」
不快感を隠そうともしないその低い声には聞き覚えがあった。なんとなく、そんな気はしていたがまさか本当に《ここ》に出るとは……願ったり叶ったりというやつかもしれないな。
出会い頭早々警戒してくる黒羽サンにやれやれと思わずには居られないが、まあ確かにいきなり俺が現れたらおかしいよな。俺だってそう思う。
けど絶対俺のせいじゃねえぞ、今回は。
「そりゃこっちのセリフだっての……いきなり穴開いたと思えば……最下層か?ここ」
「………黒羽、様………」
首を動かして振り返れば、黒羽サンの後ろにいたテミッドはこちらを睨みつけてくる。それを嗜めるように軽く肩に手を乗せ、引き下がらせた黒羽サンはクナイを手にしたまま声を絞り出した。
「……お前の言う通り、ここは地下監獄の最下層だ」
「んで、なんで俺がここにいるんだよ」
「……穴」
「穴? ああ……確かに変な穴があったけど……あれ、あんたらのせいだったのか」
ダムドだかなんだかっていう死神からもらったって鍵を開けて上層へとの道を繋げたつもりが運よく俺がいて……ってことなのだろうけど、だとしたらすげえラッキーじゃん。
「……つーかイナミは? 一緒じゃねえの?」
さっきから静かだと思いきやイナミが見当たらねえ。
地下に行きたいと思ったのはあいつがいるからだ、それ以外に理由なんてあるわけない。
さっさと腹を満たしたくて、黒羽サンに尋ねてみれば、ほんの一瞬その顔が強張った。
その苦渋の表情を見て一瞬で理解する。
「まさか」
「…………はぐれた」
「強力な結界が発動しているお陰で道がぐちゃぐちゃだ。伊波様がいる部屋に戻ろうとしても辿り着けない」俺相手にそんなことを言うのは苦痛で苦痛で仕方ないのだろう。けれど、わざわざ教えてくれるってのは多少信頼してくれてんのか……いやちげーな、この男はイナミを助けるためならなんだって利用するつもりなのだろう。
そして、そんな回りくどいいやらしーマネする野郎なんて一人しかいない。
頭の中、薄ぼんやりと浮かんでいたあの男の陰影がはっきりと明確になった。
「ッ、は……なるほど。……あの獄長様の仕業か、相変わらずやることやらしいなぁ?」
「……っやはり、そういうことか」
黒羽サンも黒羽サンで認めたくなかったのだろう。
だってそりゃ誰だってそうだ、あのとき死神まで出しゃばってきて皆の前で人形に変えられた男がなんでまだここにいる?
と、そこまで考えていたときだ。
パタパタとどこからともなく羽撃く音が聞こえてくる。紫色の艷やかな毛、俺の使い魔ちゃんは俺の姿を見るなり一目散に飛んでくる。そして、そっと持ち上げた手の甲に止まった。
「おかえり、よく頑張ったな」
頭をグリグリ撫でてやれば、大人しく羽を下ろしされるがままになるコウモリちゃん。触れた瞬間、こいつが体感してきたあらゆる記録がまるで実体験のように流れ込んでくる。
死んだのかと思っていたが、どうやら黒羽サンのいう結界とやらに巻き込まれてたらしい。
「……貴様の使い魔か」
「そ、俺の可愛いペットちゃんだよ」
そうキスして見せれば、二人は気色悪そうな顔をしてみせた。ったく、ペットを可愛がるっていう気持ちがねーのか?こいつらには。……なさそうだな。
「……なるほど、本当すげー地形デタラメになってんじゃん。けど、明らかに避けてる場所があんな。ここは……ふむふむ」
「おい、地図にできないのか」
「できねえことはねーけど……面倒臭えな」
「貴様……」
「わかった、わかったって。……ったく、貸し一だかんな。お宅のご主人様につけておくぞ」
「御託は良いからさっさとしろ」
「うわ、おっかねーの」
本当なんで俺がコイツラに協力してやんねーといけないんだろ。すげー面白くねーけど、これをネタにイナミからふんだくれるんなら全然いいや。俺って本当優しいよな。
制服の中突っ込んだままになってた手帳を取り出す。水槽に打ち込まれてたせいで水でふやけてて、どうしたもんかと思ってたら黒羽サンに手帳とペンを無言で押し付けられた。
……ったく、まじ愛想悪いよなー。どうぞくらいいってくれりゃいいのに。ま、イナミに対するみたいな対応されてもそれはそれでこえーだろうけど。
俺が分かる範囲内で適当にこの最下層の地形を書き出す。
「ほら、だいたいこの辺」
「そこに伊波様がいるのか?」
「わかんね」
「な……ッ」
「けど、何かしらあるんじゃねえの。壁ぶっ壊してみりゃ案外辿り着けたりして……って、ん?」
言いかけたときだ、手の甲からいつの間にか頭の上に移動していたコウモリちゃんがいきなりぶるぶると震えだした。何かに怯えてるらしい。
どうしたのかとそっと手を伸ばそうとした矢先だった。
地下全体が大きく揺れた。
ここにぶち込まれたときも何度か地震はあったが、それとは比にならない揺れだ。
「っ、この、揺れ……」
「巳亦の仕業か……ッ!! あいつ、ここを崩壊させるつもりか……?!」
巳亦、っていうと、あの男か。
いつもイナミの隣にいる蛇神さん。あの男は捕まっていたと聞いていたが、イナミは会えたのだろうか。
なんて考えてる暇もないくらいの揺れっぷりだ。地下全体が決壊する。流石の俺とはいえ、生き埋めだけはまじで勘弁してほしい。
「黒羽サン、さっきの扉開けろ! 俺たちもまじで巻き込まれるぞこれ!」
「……っテミッド!」
はあ?なんでここでテミッドだよ、と思いきや、黒羽サン
は鍵をテミッドのやつに投げて渡した。
「……あとは頼んだ」
「黒羽様!」
言うな否や俺の地図手に駆け抜けていく黒羽サン。すげー早い、とかんな関心してる場合じゃねえ。
「おーおーお熱いこと。なら俺らはさっさと地上に戻って……って、テミッド! おいこら! お前まで行ってどうすんだよ!」
「……」
待てよ!と呼び止めようとすれば思いっきり鍵を投げつけられる。あっぶねえ、あのクソ俺の顔面狙いやがっただろ。
「……おい、俺開け方わかんねーんですけど! おーい!」
黒羽サンどころかテミッドのやつまでその後を追いかけて行きやがった。
もしイナミがこの生き埋めに巻き込まれたとしても後で掘り返して蘇生させりゃいいじゃねえか。
言ってやりたいのに、あっという間に見えなくなる二人の姿に焦れったくなって、俺は鍵をポケットに押し込んだ。
「…………くっそ、あんの過保護どもが……!」
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幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに...
「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」
「はっ...ぁ??」
好きな奴って俺じゃないの___!?
ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子
ーーーーーー
主人公 いじめられっ子
小鳥遊洸人
タカナシ ヒロト
小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。
姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。
高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、
脳破壊。
千透星への恋心を自覚する。
幼馴染 いじめっ子
神宮寺 千透星
ジングウジ チトセ
小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。
美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている)
転校生の須藤千尋が初恋である
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
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