恣意的なぼくら。

田原摩耶

文字の大きさ
52 / 152
2.シャーデンフロイデ

現状維持による損失について


 僕にとって穏やかでなんてことのない日常は数日続いた。
 何もかも夢だったように元通りになっていく。

 慈門君とも揉めることもない。
 顔合わせれば以前のように話せるようになったし、手を繋ぐくらいはできるようになった。

 けれど、

「……折」

 静まり返った図書室に慈門君の声がやけに大きく響いた。
 他の生徒も、一緒だった当番の子も帰らせた後のこと。残ってるカウンター周りを片付けながら慈門君と話している内に、背後に立った慈門君に抱きしめられる。
 明確に空気が変わるのを感じた。
 甘ったるい、そんな空気。そんな空気に腹の奥が重たくなる。

 僕はこの空気が好きではない。
 慈門君の人が変わる予兆だと認識しているからだ。

「……慈門君、もう少し待ってね。ここ片付けたらすぐに帰ろう」
「いいよ、このままで」
「……っ、慈門君」
「なあ、まだ嫌だ?」

 俺のこと、と慈門君は掠れた声で尋ねてくる。
 背中に感じる重みと慈門君の熱、吐息に目眩を覚えた。
 それでもまだ僕のことを伺ってるのだろう。カウンターについた手に自分の手を重ね、慈門君はそろ、と指を絡めるのだ。

 あれから僕らは手を繋ぐ以上のことはしていない。
 キスも、そう言う流れになってもしなかった。
 僕が避けているわけではなく、慈門君も遠慮していたからだ。

 だからこれは慈門君にとって勇気の行動だったのかもしれない。
 だとしても、僕は。

「……ここ、図書室だよ。……お願いだから場所、考えて」
「……」
「慈門君?」
「……はぁ……」

 深い溜息とともに慈門君は僕から手を離した。
 思わず振り返れば、「なんてな」と慈門君は何事もなかったように僕の肩を叩いた。

「……ごめん。怒るなよ、折」
「……」
「悪かったって、まじで。……しねーから、もう」

 僕の顔を見て、浮かべていたその笑顔もみるみる内に引き攣っていく。それから「ごめん」と重々しく吐き出した。

「……慈門君、僕は……」
「俺、なんか手伝えることある? なさそうなら先外で待っとくわ」
「大丈夫だよ、僕一人で」
「ん、了解。んじゃ待ってるな」

 慈門君、と呼び止めるよりも先に慈門君は図書室を後にする。
 最後にはいつもの慈門君に戻っていたが、どう考えても傷付いているのは明白だった。

「……」

 一人になったカウンター内、まだ慈門君の熱が背中に残っているようだった。
 それがじっとりと重たく伸し掛かってくるのだ。

 溜息を吐きたいのはこちらだ。
 こんなつもりではなかった。けれど、最後の慈門君の態度がやけに引っかかっていた。
 僕の話も聞きたくないと言うかのように図書室を出て行った慈門君。

 ……怒っているのは君じゃないのか。
 そしてそれを隠されているのが分かるからこそ余計、胸の奥が重たくなる。

 キスくらいさせておけばよかったのか。
 けど、こんな場所で。
 ……いや、ダメだ。ここで折れては前と同じだ。

 慈門君だって分かってて身を引いたはずだ。
 なら僕もそれに応えないと。

 一先ず僕は片付けを済ませ、図書室の外で待っているであろう慈門君の元へと向かった。



 縺れは最初からあった。
 傍目に解けたように見えても、元の糸が解れていれば根本的な解決にはならない。

 ――僕はそれを知っていたはずだ。

 それでも、一時の平和のために見て見ぬフリをしてきた。逃げてきた。
 向き合うフリをして保身を選んだ。
 きっと、それが過ちだったのだろう。

感想 47

あなたにおすすめの小説

人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます

七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。 歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。 世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。 気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

【BL】無償の愛と愛を知らない僕。

ありま氷炎
BL
何かしないと、人は僕を愛してくれない。 それが嫌で、僕は家を飛び出した。 僕を拾ってくれた人は、何も言わず家に置いてくれた。 両親が迎えにきて、仕方なく家に帰った。 それから十数年後、僕は彼と再会した。

【完結】もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《根暗の根本君》である地味男である<根本 源(ねもと げん)>には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染<空野 翔(そらの かける)>がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m