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03※

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 兄弟喧嘩をしたことは初めてだった。

 俺は弟から嫌われたくなくて、弟がどんな我儘を言ってもそれを許してきた。
 だから、円滑だった。なにもかも。年齢の近い兄弟だというのに衝突することもなくうまく行っていた。
 その代わりに緩衝材になっていた何かが擦り切れていったのかもしれない、理性のストッパーとなるはずの部分が。

 そんなことを考えながら、じんじんと熱を持った頬を抑える。


 スマホを手に、空き部屋の扉を叩いた。
 返事は返ってこない。恐る恐る扉を開けば、中には末廣がいた。
 スマホを弄りながら、つまらなさそうな顔をしていた末廣は俺が扉の隙間から覗いていることに気付くと「よ」と笑う。いつもと変わらない顔で。

「なんだよいきなり、二人で会いたいなんてさ」
「末廣……何も聞いてないのか、あいつから」
「あいつ?」
「お、俺のこと……」
「ああ……『俺が平気で浮気する最低のクズ野郎だから別れろ』ってあいつに言い触らしたこと?」

 何でも無いように繰り返し、末廣は椅子から立ち上がる。
 そして一歩ずつこちらへとやってきたやつはそのまま手を伸ばし、俺の手を掴んだ。

「取り敢えず入れよ。んで、扉閉めて」
「……っ、あ、ああ」
「鍵もな」

 それは命令だった。
 掴まれた手首が熱くなる。言われるがまま俺は末廣の言う通りにした。
 扉が完全を閉め切られると外の声が一気に遠くなる。まるで世界に二人だけになったかのような感覚になり、呼吸が浅くなった。
 そして、俺が「閉めた」と小さく呟いたとき、目の前までやってきた末廣は俺の頭を撫でるように掴む。

「益子」
「……す、末廣」
「お前、そんなに俺達に別れてほしかったのか?」
「……っ、……」
「なあ、益子。言えよ」
「……あ、ああ、ごめ、俺……」
「『お前らには幸せになってほしい、邪魔なんてしない』とか言ってたくせにな。……本当、どうしようもないやつだよな。お前って」

「しかも、こういうときでもドキドキしてんだ」伸びてきた手に胸倉を掴まれ、そのまま制服の上から乱暴に胸を鷲掴みにされて息が止まりそうになる。

「クソ兄貴だな」
「ご、ごめ、末廣」
「最低なやつだ。あいつ、泣いてたぞ」
「……っ、ぉ、俺」
「あー、いいわ。もうなんも言わなくて。可愛い弟よりも自分のこと優先させたんだもんな、お前。それに、俺のこともどうでもいいってさ」
「す、すえ……」
「酷いことされたかったんだろ? お前」

 違う、と言いかけた矢先だった。囁きかけられる言葉に心臓が跳ね上がる。
 シャツの上から乳首を抓られた瞬間悲鳴が漏れ、逃げようとするが末廣の手は離れなかった。

「す、すえ、ひろ」
「酷いことされたくて、わざとこんなことするんだもんな。最低のクソ兄貴、あいつにも俺にも迷惑かけてんの分かってんのか? 益子」
「っひ、ぅ……っ!」
「なあ、俺お前のことまじで友達だと思ってたんだよ。おもしれーくらい真面目でさ、俺の話も真剣に聞いてくれるし、けど……結局お前もどうしようもねえやつだったんだ」

 違うと否定することもできなかった。
 末廣を傷付けたと分かっているのに、それ以上普段とは違う雰囲気の末廣に恐ろしいほど胸が高鳴る。
 そのまま俺の頭を鷲掴みにした末廣は俺の後頭部を下げさせた。そして、無理矢理膝をつかせるのだ。
 顔を上げればすぐ目の前には末廣の下半身があり、ベルトを緩めながら末廣は「取り敢えずまあ」と呟いた。

「しゃぶれよ、益子」
「……っ、ぇ……」
「早くしろ、そのために俺に会いに来たんだろうが」

 末廣に笑顔はなかった。髪に絡められる指、見下ろす目、普段はなるべく意識しないよう努めていたそこが目の前にある。
 末廣から嫌われて、信頼も失ってる。それなのに、夢のような状況が起きている。喜んで、胸が壊れそうなくらい脈打つのを覚えながらも俺は言われるがまま末廣の股間に手を伸ばす。想像では追いつかなかった末廣の体臭を嗅ぐように股間に顔を寄せ、くっきりと形を浮かばせた下着に鼻先を寄せる。ゆっくりずらすように恐る恐る下着の中から萎えた性器を取り出し、俺は目、舌、鼻、指それぞれで末廣の性器を味わう。

 夢みたいだった。ずっと、こうしたかった。想像の中の俺と末廣は恋人同士で、戸惑いながらも末廣は俺に「無理するなよ」って笑いかけながら俺が咥えてる最中優しく頭をなでてくれて、

「おい、ヘッタクソだなお前」
「っ、ぁ、う」
「ちろちろ先っぽばっかやられてもくすぐってえんだわ、取り敢えずさ、口全部使えよ」
「っ、ぅ゛、んぶ……っ!」
「……っ、は、ちっせー口。……ちょ、おい、歯ぁ当てんなよ。ちゃんと開けろ」

 準備する暇もなく、喉の奥までねじ込まれる性器にぎょっとする。萎えていたそこは芯を持ち始めていた。

 フェラ。末廣の味。匂いも味も口いっぱいに広がって、苦しいのに幸福感に包みこまれてしまう。

「ん、ぅ゛……っ、ぅ゛、お゛ご……っ!」
「は……っ、お前勃起まじか。はは、本当俺のこと好きすぎな」
「ふー……っ、ぅ゛」
「舌休めんなよ」
「っ、ふ、んん……っ!」

 嗚咽の度に異物感は強くなる。がつがつと喉の奥を突き上げられる度に器官が締まり、舌の上で末廣のものは更に大きくなるのだ。口を閉じることもできなくなるほど大きくなるそれに今度は苦しさの方が大きくなる。けれど、その苦しさすらも今の俺には贅沢なものだった。

「ぅ゛、おご……っ、ん、む゛ぅ゛……っ!」
「そーそー、そのままこっち見ろよ。……っ、は、うん。このアングルは悪くねえな」
「ふ、ぅ゛ぷ」

 末廣に褒められた。ほんの少しこちらを見る目が優しくなる末廣に喜ぶのも束の間、末廣が俺ではなく俺を通してあいつを見てるのだと気付いた瞬間血の気が引く。
 けれど、拒むことは許されなかった。

「ほら、ちゃんとしゃぶれよ」
「っごぷ、ぅ゛……っ!」
「やる気ねえなら俺が動くから」

 いいよな、と確認するよりも先に頭を思いっきり股間に押し付けられた瞬間、喉の奥までにゅると滑り込んでくるそれに目を見開く。呼吸する隙もなく、末廣は俺の頭をオナホかなにかのように動かして性器を喉に擦り付けるのだ。
 口の中、先走りと唾液がぐちゃぐちゃに絡み合い、閉じることを許されない唇の端に溜まったそれが溢れる。苦しくて、脳の奥まで性器で掻き回されるような錯覚に意識が遠くなる。

「ふっ、ぅ゛」

 そして、焼けるように熱くなる喉。舌の上のそれが痙攣する。びゅくびゅくと吐き出される精液が粘膜に絡み、思わず噎せそうになって俺は性器から口を離した。

「ぉ゛、げぽっ! ごほ……っ!」

 喉奥、口の中から精液を吐き出そうとする俺を見て末廣はそのまま吐き出そうとした精子を手で受け止め、そのまま俺の口を押さえつける。再び塞がれる口に目を見開いたとき、末廣は「舐めろよ」と笑った。

「俺のこと好きなんだろ、益子。じゃあ精子も零すなよ」
「……っ、……」
「返事は」

 カタカタと震える体を抑えることはできなかった。言われるがまま、汚れた末廣の掌、指、指の谷間に舌を這わせる。
 末廣が何を考えてるのかわからなかった。けど、末廣の性器がまた大きくなってるのを見てずっと胸がドキドキして止まらないのだ。おかしいと分かっていた、俺の好きな末廣はこんな男ではない。そう思いたいのに、喜んでる自分もいた。もうとっくに手遅れなのだ。

 ちゅぷ、と口を離せば、綺麗になった掌を見て末廣は「こっちも」とそのまま俺の唇に性器を押し付ける。ぷに、と濡れた亀頭をあてがわれ、俺はそれから目を逸らせないまま咥えた。

「ん、んんぅ、む……っ、ぅ……」
「益子、お前髪切れよ」
「っ、は、ぅ、末廣……」

 必死に性器に舌を這わせる俺を一瞥し、末廣はスマホを弄り出す。
 その瞬間もっとこっちを見てほしい、なんて欲が膨らむ。末廣が言わんとしてることはわかった。末廣が俺に何を求めて何を見ているかも、分かってしまった。いや、あのときから最初から俺は分かっていたはずだ。
 末廣に振り向いてもらうためにはこれしかないと。

「わ、わかった……ん、お前の、言う通りにする……すえ――……梓(あずさ)」

 震える声でそう絞り出した瞬間、スマホを見ていた末廣の目がこちらを向いた。そして、スマホをポケットにしまった末廣はそのまま俺の頭を掴み、引き離した。

「ぁ、ん、う゛……っ」

 怒ってるのかと思った瞬間、机に押さえつけられる。背後に立つ末廣に乱暴に下を脱がされそうになり、「末廣」と思わず悲鳴が漏れたとき。

「さっきのでいい、――天音(あまね)」

 心臓がドクンと脈打つ。さっきまでの高揚感とは違う、天から地へと叩き落されるような感覚。
 甘く優しいその声は俺ではなく弟を呼んだ。そのことに一瞬意識を奪われたとき、ゆっくりと降ろされる下着に目の前が赤くなっていく。
 下半身を撫でられ、ひくりと腰が揺れる。下着の間に差し込まれた末廣の指はそのまま下着をずらした。

 恐らくここで、このまま、末廣は俺を犯すつもりなのだろう――弟の代わりに。
 ああ、確かにそれは酷いことだ。けれど、泣きたい気持ちもあったのにそれ以上に割れ目を這う末廣の指に、項にかかる吐息の熱さに、普段俺の前では出さないような優しい声に感情が綯い交ぜになって、自分でも分からないほど堪らない気持ちになる。
 弟への罪悪感すらも上塗りにするほどの熱に、俺はただ末廣の親友からただの都合の良い人間に成り下がったのだ。






 末廣と弟はまだ付き合っている。
 俺は弟とあれからろくに顔を合わせていない。
 弟は何度か話しかけてこようとしていたが、俺の方が弟を避けている状態だ。
 弟からしてみれば俺はただ余計な忠告してきた口うるさい兄だが、俺からしてみれば弟に合わせる顔がないからだ。

 俺は、弟も末廣も裏切って自分の欲を選んだのだ。
 だからこれは、“罰”なのである。


「ぁ、梓……っ、は、外して、これ……っ」
「何言ってんだよ、言ったろ。一日ハメとけって。……じゃねーと俺の挿れるときまた泣くだろ」
「ぅ、……っ、ん、で、でも……っぉ、俺……っ、梓のがい……」
「は、何発情してんだよ。お前本当我慢できねえよな、……ま、我慢できるんならこんなことなってねーか」

 二人で会うときは毎回あの使われてない空き部屋で会っていた。
 末廣から渡されたプラグが詰まった腹部を手のひらで押さえられれば腹の中、異物により前立腺を潰される感覚に目の前が真っ白になる。

「ぁ、……っ、す、すえ」
「梓」
「ぁ、梓……っ、んむ、ぅ」

 以前よりも広がった視野の向こう、末廣の顔がよりハッキリと見えることにまだ慣れることはできなかった。
 それでもキスするときのタイミングだったり、末廣はキスするとき目を瞑らないこととかそんな一面はわかってきた。

「ん、ぅ、梓……っ」
「やっぱ、短い方がいいよ。お前」
「っん、梓……あずさ、ぁ」
「今度はもっと明るくしろよ、なあ……」

 俺の髪に指を絡め、末廣は囁く。
 末廣は俺を弟――天音の代わりに抱いている。まだ幼さの残る弟の代わりに俺に弟のフリをさせて抱くのだ。
 そうなることを、俺は望んで末廣との関係を続けている。俺は末廣の指に自分の指を絡めながら「分かった、梓」とその胸に体を寄せた。

 俺の夢見ていた末廣はもうどこにもいない。
 末廣が好いてくれていた親友としての俺も、とうに消えてなくなっていた。
 だったらこうして抱き合ってる俺達はなんなのだろうか、なんて何度目かの疑問を覚えたが、揉まれる尻に何も考えられなくなる。

 なんだっていい、末廣にとっての特別になれるのなら、もう。



 おしまい
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