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勘違い型突っ走り男
02
しおりを挟む体を包み込むふかふかの布団。
清潔感漂う薬品の匂い。どちらも今はもう慣れたそれで、恐らく病院か保健室かのどちらかだろう。思いながら俺はゆっくりと瞼を持ち上げた。
「おはよう、高座」
「ひっ」
「え……ちょ、『ひっ』てなに、『ひっ』て」
目を覚ましてすぐ。
こちらを覗き込んでくる見慣れたルームメイトのドアップに思わず息を飲めば、ルームメイトもとい山下は「人の顔見て『ひっ』はないよ、結構顔には自信あるのに」と傷付いたような顔をしながら退く。
自分で言うことではない。
「……んだよ、山下か。ビックリした」
「僕もビックリしたよ。まさか高座が鹿波以外に殴られて入院だなんて」
「入院……?」
「検査入院」
ゆっくりと起き上がる俺にニコリと笑う山下は「とは言っても、異常なしの超健康体だから明日には帰れるんじゃないかな」と相変わらずのんびりとした口調で続ける。
「あーくそ、また病院食かよ」
「かっこつけて不良同士の喧嘩に突っ込むからでしょーが、自業自得だって」
文句垂れる俺に、そう山下はせせら笑う。どうやらもう伝わっているようだ。ああ、恥ずかしい。
気を失う直前のことを思い出し沈む俺とは対照的に「でもいいなあ、入院。リアルナースに囲まれるなんて」とか言い出す山下は恍惚と頬を赤く染める。
「ああ、僕も尿採って貰いたい!注射が下手な新米ナースに注射の仕方を直接体に叩き込んでやりたい!寧ろ全身隈無く拭くフリしてセクハラしてくる熟女ナースに逆レイプされたい!!荒療治されたい!!!」
「お前なら入院出来ると思うよ、精神科」
相変わらず本日も絶好調な山下にそう突っ込めば、山下はにやりと唇の両端を持ち上げる。
「言うねえ高座、全員性別を男に変えたら『看護師ハーレムたまらん!』とか言うくせに」
「中学生以上に興味ねえよ」
自慢気な顔をするから何事かと思いきや、また暴走した脳内をひけらかす山下に俺は顔を引きつらせる。
周りに人がいないだけましなのだろうがうっかり病院側に聞かれたりでもしたらと思うと生きた心地がしない。
そんな俺の心配を知ってか知らずか、考え込む山下。
「じゃあ近所のお兄さんとお医者さんごっこを始めるけど次第にエスカレートして性的悪戯されるショタ」
「ぐっ」
「こっ……このショタコン!」
反応する俺に大袈裟に顔を蒼白させた山下は変質者を見るような目で見下げてくる。
人聞きが悪い。二次元三次元見境ないお前よりましだ。
「まあ、ってことだから今日一日安静にしときなよ」
そして一頻り妄想を吐き出し落ち着いたようだ。相変わらずの凄まじい切り替え方に驚きつつ、俺は「ああ」とだけ頷き返す。山下は「今日のオカズは新米ナース凌辱調教シリーズで決定だね」とか要らない報告を残し立ち去った。
山下が去って数分後。やることもないからもう一眠りするかと思ったときだった。
不意にガラリと音を立て扉が開く。
また山下が忘れ物でもしたのだろうか。思いながら扉に目を向けた俺は、そのまま目を丸くした。
「鹿波」
買い物袋を腕にぶら下げた見知ったそいつは、仏頂面のまま病室へと入ってくる。
そして、俺の視線が気になったようだ。
「……んだよ、来ちゃわりぃかよ」そう面白くなさそうに吐き捨てる鹿波はベッドの俺を睨んでくる。
相変わらず目付きが悪い。
そのまま客ようの椅子に腰をかける鹿波に、俺は「別にまだなんも言ってねーだろ」と慌ててフォローすれば鹿波に「まだってなんだよ」と突っ込まれる。不覚。
気を失ってから、鹿波がどうなったか多少気になったがどうやら目立った怪我はないようだ。
相変わらず拗ねたような顔をした鹿波に内心ビクビクしていると、不意に鹿波が買い物袋を押し付けてくる。
「……これ」
どうやらお見舞い品のようだ。
それを受け取った俺は「なにこれ」と鹿波に聞き返す。
「う……っうるせーんだよ!文句言うな!」
「言ってねーよ」
なにを勘違いしたのか、そう気恥ずかしそうに顔を赤くした鹿波。
いつもに増して様子が可笑しい。
沸点が低いのはいつも通りだが、なんというか挙動不審という言葉が当てはまりそうなくらいの動揺っぷりだ。
「でかい声出すな」
「あっ……わり」
あまつさえ、怒鳴る鹿波をやんわりと宥めれば鹿波は申し訳なさそうな顔をして大人しくなる。
いつもなら「知るか!文句あるなら鼓膜破ってなんも聞こえねーようにしてやるよ!」とか言いながら爆竹片手に追い掛けてくるのになんだこのおしとやかな鹿波は。素直過ぎる。可笑しい。
思いながらも、障らぬ神に祟り無しをモットーに生きている俺はそんな鹿波に敢えて目を瞑り見舞い品に手を付けることにした。
どんな魑魅魍魎が出てくるかと思いながら買い物袋に手を突っ込めば、そこには赤くて丸い果実が一つ。それを手に取った俺は「林檎?」と目を丸くした。普通だ。
「くれんの?」
「やらねーなら最初から渡さねえよ」
それを手に鹿波に尋ねれば、そっぽ向く鹿波はそう「そんくらい考えろよ馬鹿」と吐き捨てる。
相変わらずの口の悪さだ。
どういう風の吹き回しかわからなかったが、恥じらいながらも勇気を出して林檎を渡してくる鹿波のデレ(脳内変換)を無下にするほど俺も鬼でもない。
「まあ、くれるっていうならありがたくもらってやるよ」
「うっぜ、やっぱ返せよ」
「んだよ、お前から渡したんだろ。返さねえから」
「俺が渡したんだから返せよっ」
よっぽど俺に馬鹿にされたのがムカついたようだ。
ムキになる鹿波はそうぷりぷり怒りながらベッドに手をかけ、そのまま俺の持つ買い物袋を取り返そうとする。大きくベッドのパイプが軋んだ。
あまりにも鹿波が反応するのが面白くて、わざと買い物袋を遠ざけた俺は「いッて……っ」と呻きながら片腕で腹を押さえる。
「あ、わり……っ」
すると、どうしたことだろうか。どうやら鹿波は自分がベッドを揺らしたせいで痛がり出したと勘違いしたようだ。
慌ててベッドから手を離した鹿波は「大丈夫か?」と心配そうに尋ねてくる。
様子が可笑しいと思ったが、まさか俺に大丈夫かなんて鹿波が言うとは思いもしなかった。
「って、ははっ!なにまじでビビって……」
怒っていたかと思えば今度は真剣に心配してくる鹿波が可笑しくて、俺はそう鹿波に笑いかいかけてようとすれば蒼白してこちらを覗き込んでくる鹿波と目が合う。
初めて見た鹿波の不安そうな顔に、内心に冷や汗が滲んだ。
なんでこいつこんなにまじになってるんだ、こえーよ。
「ちょっ、いや、フリだからな?フリ。なにまじになってんだよ」
「……フリ?」
「お前が妙にしおらしいから引っ掛けてやったんだよ。ほら、いっつもプリプリしてるくせになにそんなしょんぼりしてんだよ。似合わねーって、まじ気味悪いからやめろよ」
どうやら俺も俺で動揺しているようだ。どういう風な反応すればいいのかわからなくて、焦った俺は敢えていつも通りで対応すればあら不思議。
俺の言っている意味がわからずきょとんとしていた鹿波の顔はみるみるうちに赤くなり、不愉快そうにしかめられる。
「……ッ」
「お?おー?やるか?病院だぞここ、ほら殴りたいんなら好きなだけ殴れよ」
確かにいつもの調子の鹿波に戻って欲しかったが、どうやら効果覿面過ぎたようだ。
流石に怒らせ過ぎたか。そりゃあもう今にも殴りかかって来そうなくらいの殺気を全身から滲み出させる鹿波に内心ビクビクしつつ、尚も俺は挑発する。
うわー絶対殴られる。なんて思ったときだった。
「……っ馬鹿馬鹿しい」
低く吐き捨てた鹿波はふいっと俺から顔を逸らし、そのまま足早に病室を出ていった。
そう、なにもせずに。
俺をベッドから引き摺り落とし窓から投げ捨てるわけでも、ベッドに蹴りを入れて引っくり返すわけでもなく、ただ普通に病室を出ていった。
バタンと煩い音を立てて閉められる扉はあまりの勢いに軽くバウンドしていて、鹿波の足音が遠ざかると同時に鼓動がバクバクと騒がしく響く。
嘘だろ。鹿波が殴らないとかなんの前兆だよ。
微妙に開いたままの扉を見つめたまま固まっていると不意に扉が小さく開いた。
「あー、普通にしとけば林檎剥いて『あーん』イチャラブ看病ルートからのお医者さんと患者の『先生!両手が骨折して抜けません!手伝ってください!』ごっこいけたのになんでそっちのルート選んじゃうかなあ」
「お前まだいたのかよ」
そろりと扉から顔を出す山下は「いや、でも寧ろここは敢えて擦れ違った方が正規ルートになるかもしれないな」とかぶつぶつ言いながら病室に入ってくる。
そして人の言動を選択肢化するなルートを作るなこのエロゲ脳。
「高座!今すぐ追い掛けて抱き締めてくるんだ!きっと屋上か中庭にいるはず!」
「鹿波はギャルゲーのヒロインじゃないんだぞ」
どういう自信があってそんなことを言うのか。普通に考えてバッドエンドな選択肢を押し付けてくる山下にそう突っ込めば山下は「やだなあ、冗談だってば」とヘラヘラ笑う。
いやあの目は絶対まじだった。
「で?いかないの?」
「もう帰っただろ」
「流石フラグクラッシャー」
「死亡フラグをクラッシュしただけだっての」
皮肉めいたことを口にする山下にそう言い返せば、山下は肩を揺らし笑う。
「でもちゃんと謝っておいてよ、一応鹿波は僕の友達なんだからさ」
こいつはあれか、クラスメートに一人はいるやたらお節介な友人キャラか。
ほっとけと怒鳴り付けたいところだったが俺も伊達に山下と共同生活を送っていない。
「どうせお前あれだろ、鹿波が臍曲げたら自分に八つ当たられるから謝れとかそういうあれだろ」
軽い冗談のつもりでそう指摘してみれば、山下は笑顔のまま「ドキッ」と口で言った。
……まあ、こういうやつだろうとは思っていたが分かりやすいにも程がある。
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