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16(END)
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服を剥ぎ取られた状態のまま縛られ、一方的に蹴られ、殴られる。
意識飛びかけたところで腹を蹴り上げられれば嫌でも脳味噌までぶち抜かれそうになり、意識は覚醒した。全ての音が遠く聞こえる。問いかけに答えられなければ再び殴られるのを繰り返せば次第に痛みすらも感じなかった。
ここはどこなのか。
暗坂に警棒で殴られ、気絶して目を覚ました時にはもう知らない場所で見知った顔の連中に囲まれていた。
数日を共にした幹部補佐の連中、その中には暗坂や他の幹部の男もいた。
全員が全員俺を裏切り者という目で見下ろしていた。
「こいつが村の女を唆して逃げようとしてたのか」
「見た目によらねえな。暗坂、これお前の女じゃなかったのか?」
「違いますよ。勝手にすり寄ってきただけで……僕はそもそもこ、婚約者がいますので」
「薄情だな。けど元はと言えば予定外だったこいつを連れてきたのはお前だろうが! お前も鞭打たれて来いよ」
「はあ?! なんで俺が――おい、触んな!」
仲間割れか。幹部に殴られ、部下だった連中に羽交い締めにされた暗坂はこちらを睨みつける。
「クソッ、テメェのせいだぞ! 橘!!」
「……っ、ぐ……ッ!」
取り乱す暗坂の野郎は最後の最後に一発人の顔面を蹴り上げていきやがった。
痛みももう鈍くなっていたのが幸いだ。今まで見たことのない豹変っぷりに呆れるしかない。
けれどこの状況下。ざまあみろ、と言ってる場合でもなさそうだ。
その場に残ったのは成金風の幹部の男だ。
派手な仕立てのいいスーツからして暗坂よりも恰幅のは明らかだった。こいつに殴られるのは暗坂に蹴られるよりも骨が折れそうだ。そんなことをぼんやりと思っていると、幹部の男が近づいて来る。
そして目の前、俺の前に座り込んだ男は俺の前髪を掴んだ。無理やり上げさせられる顔面。じっと舐めるような視線がただ不快だった。
けれど、顔を動かす自由も効かない。ただ睨み返すことしかできなかった。
「いい目だ、裏切り者らしい『自分は悪くない』って据わった目」鼻歌混じり、男は笑う。
「覚えとけ、位が上がるに連れて裏切りの代償は重くなる。じゃねえと下に示しがつかねえからな」
「……っ、……」
「お前は確か区長か。……楽しみだなぁ? ずっと気になってたんだわ、お前のこと。どんな声で泣くか。いつまでそれが保つか」
変態野郎が、と口の中で吐き捨てる。
腹立つ横っ面を殴ってやりたかったのにリンチの最中で腕の骨がいかれたのだろう。熱を持ち腫れ上がったそこはもう俺の意思で動かすことはできない。
室内は死臭が充満していた。湿気、鉄と生ごみのような匂いは換気されたところで誤魔化せないだろう。
ここは総本山の地下か。窓も見当たらないそこは永良の部屋を思い出させる。
そんなときだった。
遠くから足音が微かに聞こえてきた。鼓膜はまだ機能しているらしい。それは先ほどの誰とも違う足音だ。そしてそれに続くように複数の足音も聞こえて来る。
これから自分がどうなるのか。それを考えなかったわけではない。
最悪のことは想定していた。
幹部の男はそのまま俺の頭を伏せさせ、同じように頭を下げる。見張りも、その場に残っていた全員が一斉に頭を下げた。
「お待ちしておりました、ナガラ様」
――こうなることは分かっていたはずだ。
ゆっくりと足音が近づいて来る。
眼球を動かす。そこには黒尽くめの男たちに混じって一人、白を纏った男が立っていた。
霞がかった視界の中、あいつは天使のように目に映った。汚れ一つない白の詰襟シャツはいつの日か画像で見た先代教祖と同じ服装だった。
目を奪われる、とはこのことなのだろう。
痛みも忘れ、俺はただ目の前の男――スウイ会三代目教祖、ナガラ様を見上げるのだ。
あいつは微笑んでいた。
お前とはもう住む世界が違う。そう言うかのように、教室でよく浮かべていた薄っぺらい笑みを携えたまま。
「こいつが例の?」
その声はあいつのものとは思えないほど冷たく、重たく腹の底に響いた。
笑みを貼り付けたまま側に仕えていた男に声をかける。
「ええ、暗坂の所有車を強奪して村の女を誘拐しようとしていました」
「その女は?」
「『自分は関係ない。逃げるつもりなんてなかった』の一点張りです」
「連れて来い」
人好きするような柔らかい声音。それでいて人を突き刺すような鋭さを持ち合わせたその声はどんな凶器よりも鋭利だった。
脳の奥がチカチカと光る。呼吸が浅くなる。暴行を加えられていたときよりもずっと。
止めなければ、そう思うのに声が出ない。それでも、ダメだ。止めなければ。
「あいつは関係ない、俺が勝手にやったことだ……っ!」
口内が傷つき、口の中に溜まっていた血反吐が喉に絡もうがどうでも良かった。ひび割れた喉から声を絞り出せば、近くにいた幹部の男に殴られる。
折れた歯が口の中を傷つけ更に鉄の味が広がる。甘い血が舌の上に溜まる。咳き込むように吐き出す。
「貴様、ナガラ様になんて口の利き方してんだ!!」
「……っ、罰するなら、俺だけにしろ……俺が勝手にしたことだ……」
「……」
「頼む、俺が悪い……っ、俺が悪かったから……」
縛られたまま芋虫のように体を動かし、必死に地面に額を擦り付ける。
土下座と呼ぶにはあまりにも不恰好で、腰を持ち上げることもできずそれでも謝意を見せることしかできない俺をただナガラは俺を見ていた。
「あいつには、手を出さないでくれ」
頼む、と続けるよりも先に興味が失せたようにナガラは幹部の男に視線を向ける。
「暗坂は?」
「あいつなら既に別室に連れて行ってます」
「そうか、逃げ出さないようにしろ。あいつは色仕掛けに弱すぎるからな」
「畏まりました」
「ああそれと、女が生活していたあの民家の連中も集めておけ。一人も取り逃すなよ」
「――っ、永良」
やめろ、と顔を上げた瞬間。視界に映ったのはあいつの靴の裏だった。息をする暇もなかった。そのまま頭を踏みつけられた瞬間、脳味噌を直接潰されるような衝撃に一瞬世界の色が飛ぶ。
「気安く名前を呼ぶな」
「……っ、……」
頭蓋骨を締め付ける痛み。鈍痛。吐き気。割れそうなほどの重みと落ちて来る言葉にただ目の前が暗くなっていく。
「おい、何ぼけっとしてる? 手が空いてるならお前らも村に迎え。今頃逃げる準備をしてるだろうからな、ゲートも見張っておけ」
「……っ、畏まりました」
ナガラに命じられた黒服は慌てて部屋を出て行く。
行くな。やめろ。あいつらは、あの民家にいたやつらはなんも関係ないだろう。
そう叫びたいのに声を上げることもできない。
『連帯責任』の四文字が俺の脳裏に浮かんでは脳に刻まれる。深く、何重も。
あいつに頭を踏みつけられたまま俺は見送ることしかできない。こいつの足を振り払うことすらもできなかった。
「ナガラ様」と成金幹部は腰を低くしたままナガラに声をかける。
「就任早々お手を煩わせて申し訳ございません。ここは自分にお任せください。こいつの処罰は自分が――」
「いや、俺がやる」
「ですが……」
「今日という日に問題を起こす輩を排出してはならない。そうだろう?」
「……ええ、仰る通りでございます」
大の大人たちが自分よりも一回り二回りも若い男に深くひれ伏す。滑稽で異様な空間なのに、誰もがそれを疑わない。
誰もがナガラに逆らうことができなかった。
「こいつの処遇は俺が決める。広間に幹部を集めろ。家族を裏切ることの重さを改めて周知する必要がある」
「……は」
そうナガラは残っていた幹部たちも、自分の護衛である黒服たちも部屋から追い出した。
何が目的なのか。これから何が行われるのか。
考えたくもない。
人払いがされた部屋の中。
俺とナガラの二人だけがそこに残されていた。
俺の頭を蹴ったナガラはそのまま地面を踏み締め、俺の側へと座り込む。
やつの頭上、天井の四隅に仕掛けられた監視カメラだけが俺たちを見ていた。黒いそのレンズは銃口のようにすら見える。
「大抵、男は殺すと相場は決まっている。歯向かってくるからね。生かす価値がない」
「……」
「けれど、使い道があれば別だね」
電球の安っぽい灯りに照らされた永良の髪が輝いて見えた。青白い皮膚がより白く見えるのは光の問題か。
「ガキはお偉いさん相手に需要がある。けど、お前の年齢だと限られるが……そうだな。お前の場合は金出しても欲しがる連中もいるかもしれない。お前みたいな男が泣いてるのを見たいと言うお得意様もいるくらいだし、なにより暗坂を惚れ込ませるくらいだ」
「……」
「男に犯されるのは慣れているだろ?」
んなわけあるか、馬鹿が。
目眩と吐き気、脳から溢れる興奮物質が混ざり合って悪夢を見ているようだった。
遠のいていく意識の中、あいつの白く骨ばった指先が頬に触れる。ぶたれるのか、吐かされるのか。身構えるのも一瞬、逃げることもできない俺の頬をそっと永良は撫でた。
俺はこうして向かい合っても、その声を聞いても、まだ目の前の男があいつだと信じられなかった。
頬の傷に触れるその指先が震えてることに気づくまで。
「……っ、……」
ながら、と声を出そうとしても出なかった。呼吸をする度に肉体が痛み、血が混ざる。
なあ、永良。なんだ、立派な教祖様になれているじゃないか。
あんなに震えていたくせに、恐れていたくせに、クソみてえな組織のトップに相応しい貫禄だ。
お前が馬鹿にしていた連中の頭に相応しいほどの傲慢さ。冷徹さ。
目を伏せ、永良は顔を歪める。俺にだけ聞こえる声量で。
……ああ、本当に。
「――本当、馬鹿なやつ」
お前はきっと、役者にだってなれるだろうな。
END
裏切り者には罰を。
幸せ、喜び、苦しみも悲しみも全てを分け合えば人類が皆平等に幸福へとなりうるだろう。
「……」
向けられる憎悪も、至る所から聞こえて来る悲鳴罵声泣き声も全て血肉に変える。
次の幸福のための糧にする。明日への歩みへの一歩のために。
宝物も全て分け合う。愛してる人間も共有する。
秘密も、隠したいものも、全て。
個というものは薄い皮膚の膜で覆っただけで、元々我々は一つの大きな生命体だった。
だから元あるべき姿に戻るため肉体を交えて愛し合う。同じ空気を吸って、共感を得て、幸福を覚える。それは正しい姿なのだと。
「……」
だとしたら、俺たちは一体なんなのだろうな。
人が去った後。白濁の海の中に落ちた隣春に歩み寄る。気絶したその体は以前の見る影もない。肋、腕、足の骨もいってるようだ。
「……な、がら」
装束が汚れようがどうでもよかった。あいつの体を抱き抱え、見つめた。
まだ意識があることに驚いた。見えるか見えてないかわからないほど腫れ上がった目で俺を捉えて、名前を呼ぶ。
「お前は死なせない」
「……」
「裏切り者には死よりも重い罰を与える、そう言ったはずだよ」
なんで、俺の忠告を聞かなかった。
なんで、血の繋がった他人を優先した。
なんで、あの時俺を殺さなかった。
こうなると分かっていて、血の繋がりを選んだお前が。
綺麗な思い出で終わらせてくれなかったお前が、俺は。
「……楽になれると思うなよ」
意識飛びかけたところで腹を蹴り上げられれば嫌でも脳味噌までぶち抜かれそうになり、意識は覚醒した。全ての音が遠く聞こえる。問いかけに答えられなければ再び殴られるのを繰り返せば次第に痛みすらも感じなかった。
ここはどこなのか。
暗坂に警棒で殴られ、気絶して目を覚ました時にはもう知らない場所で見知った顔の連中に囲まれていた。
数日を共にした幹部補佐の連中、その中には暗坂や他の幹部の男もいた。
全員が全員俺を裏切り者という目で見下ろしていた。
「こいつが村の女を唆して逃げようとしてたのか」
「見た目によらねえな。暗坂、これお前の女じゃなかったのか?」
「違いますよ。勝手にすり寄ってきただけで……僕はそもそもこ、婚約者がいますので」
「薄情だな。けど元はと言えば予定外だったこいつを連れてきたのはお前だろうが! お前も鞭打たれて来いよ」
「はあ?! なんで俺が――おい、触んな!」
仲間割れか。幹部に殴られ、部下だった連中に羽交い締めにされた暗坂はこちらを睨みつける。
「クソッ、テメェのせいだぞ! 橘!!」
「……っ、ぐ……ッ!」
取り乱す暗坂の野郎は最後の最後に一発人の顔面を蹴り上げていきやがった。
痛みももう鈍くなっていたのが幸いだ。今まで見たことのない豹変っぷりに呆れるしかない。
けれどこの状況下。ざまあみろ、と言ってる場合でもなさそうだ。
その場に残ったのは成金風の幹部の男だ。
派手な仕立てのいいスーツからして暗坂よりも恰幅のは明らかだった。こいつに殴られるのは暗坂に蹴られるよりも骨が折れそうだ。そんなことをぼんやりと思っていると、幹部の男が近づいて来る。
そして目の前、俺の前に座り込んだ男は俺の前髪を掴んだ。無理やり上げさせられる顔面。じっと舐めるような視線がただ不快だった。
けれど、顔を動かす自由も効かない。ただ睨み返すことしかできなかった。
「いい目だ、裏切り者らしい『自分は悪くない』って据わった目」鼻歌混じり、男は笑う。
「覚えとけ、位が上がるに連れて裏切りの代償は重くなる。じゃねえと下に示しがつかねえからな」
「……っ、……」
「お前は確か区長か。……楽しみだなぁ? ずっと気になってたんだわ、お前のこと。どんな声で泣くか。いつまでそれが保つか」
変態野郎が、と口の中で吐き捨てる。
腹立つ横っ面を殴ってやりたかったのにリンチの最中で腕の骨がいかれたのだろう。熱を持ち腫れ上がったそこはもう俺の意思で動かすことはできない。
室内は死臭が充満していた。湿気、鉄と生ごみのような匂いは換気されたところで誤魔化せないだろう。
ここは総本山の地下か。窓も見当たらないそこは永良の部屋を思い出させる。
そんなときだった。
遠くから足音が微かに聞こえてきた。鼓膜はまだ機能しているらしい。それは先ほどの誰とも違う足音だ。そしてそれに続くように複数の足音も聞こえて来る。
これから自分がどうなるのか。それを考えなかったわけではない。
最悪のことは想定していた。
幹部の男はそのまま俺の頭を伏せさせ、同じように頭を下げる。見張りも、その場に残っていた全員が一斉に頭を下げた。
「お待ちしておりました、ナガラ様」
――こうなることは分かっていたはずだ。
ゆっくりと足音が近づいて来る。
眼球を動かす。そこには黒尽くめの男たちに混じって一人、白を纏った男が立っていた。
霞がかった視界の中、あいつは天使のように目に映った。汚れ一つない白の詰襟シャツはいつの日か画像で見た先代教祖と同じ服装だった。
目を奪われる、とはこのことなのだろう。
痛みも忘れ、俺はただ目の前の男――スウイ会三代目教祖、ナガラ様を見上げるのだ。
あいつは微笑んでいた。
お前とはもう住む世界が違う。そう言うかのように、教室でよく浮かべていた薄っぺらい笑みを携えたまま。
「こいつが例の?」
その声はあいつのものとは思えないほど冷たく、重たく腹の底に響いた。
笑みを貼り付けたまま側に仕えていた男に声をかける。
「ええ、暗坂の所有車を強奪して村の女を誘拐しようとしていました」
「その女は?」
「『自分は関係ない。逃げるつもりなんてなかった』の一点張りです」
「連れて来い」
人好きするような柔らかい声音。それでいて人を突き刺すような鋭さを持ち合わせたその声はどんな凶器よりも鋭利だった。
脳の奥がチカチカと光る。呼吸が浅くなる。暴行を加えられていたときよりもずっと。
止めなければ、そう思うのに声が出ない。それでも、ダメだ。止めなければ。
「あいつは関係ない、俺が勝手にやったことだ……っ!」
口内が傷つき、口の中に溜まっていた血反吐が喉に絡もうがどうでも良かった。ひび割れた喉から声を絞り出せば、近くにいた幹部の男に殴られる。
折れた歯が口の中を傷つけ更に鉄の味が広がる。甘い血が舌の上に溜まる。咳き込むように吐き出す。
「貴様、ナガラ様になんて口の利き方してんだ!!」
「……っ、罰するなら、俺だけにしろ……俺が勝手にしたことだ……」
「……」
「頼む、俺が悪い……っ、俺が悪かったから……」
縛られたまま芋虫のように体を動かし、必死に地面に額を擦り付ける。
土下座と呼ぶにはあまりにも不恰好で、腰を持ち上げることもできずそれでも謝意を見せることしかできない俺をただナガラは俺を見ていた。
「あいつには、手を出さないでくれ」
頼む、と続けるよりも先に興味が失せたようにナガラは幹部の男に視線を向ける。
「暗坂は?」
「あいつなら既に別室に連れて行ってます」
「そうか、逃げ出さないようにしろ。あいつは色仕掛けに弱すぎるからな」
「畏まりました」
「ああそれと、女が生活していたあの民家の連中も集めておけ。一人も取り逃すなよ」
「――っ、永良」
やめろ、と顔を上げた瞬間。視界に映ったのはあいつの靴の裏だった。息をする暇もなかった。そのまま頭を踏みつけられた瞬間、脳味噌を直接潰されるような衝撃に一瞬世界の色が飛ぶ。
「気安く名前を呼ぶな」
「……っ、……」
頭蓋骨を締め付ける痛み。鈍痛。吐き気。割れそうなほどの重みと落ちて来る言葉にただ目の前が暗くなっていく。
「おい、何ぼけっとしてる? 手が空いてるならお前らも村に迎え。今頃逃げる準備をしてるだろうからな、ゲートも見張っておけ」
「……っ、畏まりました」
ナガラに命じられた黒服は慌てて部屋を出て行く。
行くな。やめろ。あいつらは、あの民家にいたやつらはなんも関係ないだろう。
そう叫びたいのに声を上げることもできない。
『連帯責任』の四文字が俺の脳裏に浮かんでは脳に刻まれる。深く、何重も。
あいつに頭を踏みつけられたまま俺は見送ることしかできない。こいつの足を振り払うことすらもできなかった。
「ナガラ様」と成金幹部は腰を低くしたままナガラに声をかける。
「就任早々お手を煩わせて申し訳ございません。ここは自分にお任せください。こいつの処罰は自分が――」
「いや、俺がやる」
「ですが……」
「今日という日に問題を起こす輩を排出してはならない。そうだろう?」
「……ええ、仰る通りでございます」
大の大人たちが自分よりも一回り二回りも若い男に深くひれ伏す。滑稽で異様な空間なのに、誰もがそれを疑わない。
誰もがナガラに逆らうことができなかった。
「こいつの処遇は俺が決める。広間に幹部を集めろ。家族を裏切ることの重さを改めて周知する必要がある」
「……は」
そうナガラは残っていた幹部たちも、自分の護衛である黒服たちも部屋から追い出した。
何が目的なのか。これから何が行われるのか。
考えたくもない。
人払いがされた部屋の中。
俺とナガラの二人だけがそこに残されていた。
俺の頭を蹴ったナガラはそのまま地面を踏み締め、俺の側へと座り込む。
やつの頭上、天井の四隅に仕掛けられた監視カメラだけが俺たちを見ていた。黒いそのレンズは銃口のようにすら見える。
「大抵、男は殺すと相場は決まっている。歯向かってくるからね。生かす価値がない」
「……」
「けれど、使い道があれば別だね」
電球の安っぽい灯りに照らされた永良の髪が輝いて見えた。青白い皮膚がより白く見えるのは光の問題か。
「ガキはお偉いさん相手に需要がある。けど、お前の年齢だと限られるが……そうだな。お前の場合は金出しても欲しがる連中もいるかもしれない。お前みたいな男が泣いてるのを見たいと言うお得意様もいるくらいだし、なにより暗坂を惚れ込ませるくらいだ」
「……」
「男に犯されるのは慣れているだろ?」
んなわけあるか、馬鹿が。
目眩と吐き気、脳から溢れる興奮物質が混ざり合って悪夢を見ているようだった。
遠のいていく意識の中、あいつの白く骨ばった指先が頬に触れる。ぶたれるのか、吐かされるのか。身構えるのも一瞬、逃げることもできない俺の頬をそっと永良は撫でた。
俺はこうして向かい合っても、その声を聞いても、まだ目の前の男があいつだと信じられなかった。
頬の傷に触れるその指先が震えてることに気づくまで。
「……っ、……」
ながら、と声を出そうとしても出なかった。呼吸をする度に肉体が痛み、血が混ざる。
なあ、永良。なんだ、立派な教祖様になれているじゃないか。
あんなに震えていたくせに、恐れていたくせに、クソみてえな組織のトップに相応しい貫禄だ。
お前が馬鹿にしていた連中の頭に相応しいほどの傲慢さ。冷徹さ。
目を伏せ、永良は顔を歪める。俺にだけ聞こえる声量で。
……ああ、本当に。
「――本当、馬鹿なやつ」
お前はきっと、役者にだってなれるだろうな。
END
裏切り者には罰を。
幸せ、喜び、苦しみも悲しみも全てを分け合えば人類が皆平等に幸福へとなりうるだろう。
「……」
向けられる憎悪も、至る所から聞こえて来る悲鳴罵声泣き声も全て血肉に変える。
次の幸福のための糧にする。明日への歩みへの一歩のために。
宝物も全て分け合う。愛してる人間も共有する。
秘密も、隠したいものも、全て。
個というものは薄い皮膚の膜で覆っただけで、元々我々は一つの大きな生命体だった。
だから元あるべき姿に戻るため肉体を交えて愛し合う。同じ空気を吸って、共感を得て、幸福を覚える。それは正しい姿なのだと。
「……」
だとしたら、俺たちは一体なんなのだろうな。
人が去った後。白濁の海の中に落ちた隣春に歩み寄る。気絶したその体は以前の見る影もない。肋、腕、足の骨もいってるようだ。
「……な、がら」
装束が汚れようがどうでもよかった。あいつの体を抱き抱え、見つめた。
まだ意識があることに驚いた。見えるか見えてないかわからないほど腫れ上がった目で俺を捉えて、名前を呼ぶ。
「お前は死なせない」
「……」
「裏切り者には死よりも重い罰を与える、そう言ったはずだよ」
なんで、俺の忠告を聞かなかった。
なんで、血の繋がった他人を優先した。
なんで、あの時俺を殺さなかった。
こうなると分かっていて、血の繋がりを選んだお前が。
綺麗な思い出で終わらせてくれなかったお前が、俺は。
「……楽になれると思うなよ」
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情緒ぶっ壊れるのにクセになる〜‼️