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鬼さんこちら、手の鳴る方へ。
暗所恐怖症
しおりを挟む誰もいない?そんなはずがない。もしかして場所を間違えたのだろうか。
見落とした可能性を考え、もう少し様子を見るために一歩教室内へと踏み出した時だ。背後でゆらりと何かが動いた。
咄嗟に頭を下げれば、びゅんと空を切るモップの柄。そのまま距離を取り、背後を振り返ればそこには満身創痍の生徒が数人。俺が避けたとわかれば、やつらは大きく舌打ちをする。
「くそ、ひょろいくせにっ!」
「ごめんねぇ、俺、気が利かない性格だからさ」
再度ブォンと振り回される柄を掴み、そのまま相手の手から無理やり引きはがす。
「しまった」と顔を青くする彼らには見覚えがあった。この前、ちーちゃんの親衛隊に雇われては裏切ろうとした不良連中だ。痛々しい傷はおそらく、俺がつけたもの。いちいち覚えてないからわかんないけど。
「つーか…なに、鬼ごっこ?残念だけど、俺、今回不参加だからさぁ」
君らと遊んでる暇ないんだよね。そう、笑いながらモップを軽く床に叩きつけたとき。
ガラリと大きな音を立て教室の扉が締められる。明かりという明かりが遮断された教室の中、一気に暗くなる室内に俺は固まった。
そして、気づく。
――ああ、もしかして俺、嵌められた?
急に消えた人影に、バクバクと心臓が騒ぎ出した。嫌な汗が吹き出す。
「なに、これ。ねえ、まさかこんなので俺の目暗ましになると思ってんの?…考えることがいちいち雑魚いんだよ」
声を絞り出す。四方からクスクスと笑い声が聞こえ、ムカついて持っていたモップを振り回すが壁か机かなにかにぶつかるばかりで。
ガタンと音を立て近くの机が転がる。だけど、どこに転がったかもわからない。
「こんな、そこまでしないと俺に勝ち目ないって思ったの?そんなんだからよえーんだよ、糞がっ」
明かり、早く、明かりを。手探りで壁を探す。
足元が見えず、自分がどこにいるのかもわからない。
足元から崩れ落ちるような不安感。
暗闇。笑い声。複数の足音。見えない。
……見えない。
込み上げてくる不快感に頭痛がする。見えないというのは自分たちにも不利だということは考えなかったのだろうか。いや、もしかしたら、目的は目暗ましだけじゃなくて。
おぼつく足取りのまま、壁らしきものに手をついた時だった。暗闇の中、どこからか伸びてきた手に髪を掴まれそのまま壁に顔を押し付けられた。
「っ、く」
一瞬の出来事だった。頭を押さえつける男の手の感触に、思考が、息が止まった。
「は…、っ」
嫌だ。硬直した全身は動きを忘れたかのように固まって、震える。
ダメだとわかっていても、体が動かない。条件反射というのは実に厄介だ。
「こいつ、部屋暗くしたらまじで大人しくなったぞ」
すぐ耳元で上がる大きな声。それに反応するかのように起きる嘲笑。
まるで、誰かから聞いた情報を試したかのような口ぶりを気にする余裕なんてなくて。
「この前はよくも人をこけにしてくれたなあ、会計さんよぉ」
後ろ手に両腕を拘束され、耳元で囁かられる。絡みつくようにねっとりとした低い男の声はただただ不快で。
それ以上に、ただ『あの時』のことを連想させるような状況に陥っただけで竦んで動けなくなる自分が一番腹が立った。
「無視かよ。つまんねぇ」
「ばーか、ビビってんだろ」
「こんだけでビビるとか何歳のガキだよ。だっせぇ」
調子に乗ってゲラゲラと笑い声を漏らす周囲に殺意が芽生える。しかし、それ以上に俺の中では恐怖が勝っていた。
「おい、いつまで黙ってんだよ。なんか言えよ」
掴まれた腕を引っ張られ、壁に顔をこすり付けるようにのけぞった上半身を押し付けられる。耳元で何騒がれようと連中の声が頭に入ってこない。
口も、動かない。全身を響く鼓動が支配する。
とにかく、早く、電気を。灯りを。そう自分に言い聞かせるが、無数の人間が身を潜める暗闇の中を目を拵えて見渡すこと自体が恐怖で。
「まじで、反応ねぇし」
背後から拍子抜けしたような声がして、すぐにそれは安堵したものに変わった。
不意に、背後から抱きすくめるように伸びてきた手が開いたシャツの襟の中に入り込んでくる。
「っ、ひ」
インナー越し、まさぐるような手付きで体に触れてくる無骨な男の手に息が詰まりそうになった。
嫌だ。嫌だ。触るな。気持ち悪い。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
込み上げてくる吐き気に耐えれず、咄嗟に腕を振り払おうとする。が、すぐにどこからか伸びてきた手に捉えられ、ネクタイかなにか紐状のそれで乱暴に縛りあげられた。
「急に暴れだしたな、こいつ」
「この前やり損ねた分、会計さんが相手してくれるんだろ?」
誘うような甘い声。しかし、この状況ではただただ不気味で。
この前というのはちーちゃんの親衛隊たちを助けたときのことを言っているのだろうか。なんで俺が、ということよりも連中が何をするつもりなのか安易に想像することができ、身震いする。
腰を撫でられ、ゆっくりと輪郭をなぞるように下りる手は腿をなぞる。下腹部に手が近づく度に心臓は破裂しそうなほど跳ね上がり、汗が吹き出した。
「だ、れか……っ」
気がついたとき、無意識に俺は助けを求めていた。その誰かが誰かもわからないまま、縋るように。
「あ?なんだって?」
掠れた声で呟く俺に一人の生徒がそう聞き返した時だった。
ガラッと、そのまま壁をぶっ壊すほど勢いで教室の扉が開いた。廊下の光が差し込み、明るくなった教室内。
何事かと目を丸くし、開いた扉に目を向ければ、そこには。
「キョウ、みーっけた!」
無邪気に笑うヒズミがいた。
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