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真欺君と叶え屋さん
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しおりを挟む深夜。下校と呼ぶには夜も更けた時間帯。
真っ暗な帰り道を少ない街灯の灯りを頼りに歩いていく。
人が眠りについた時間帯、人ならざるものの活動は活発になる――はずなのだが。不思議と帰路には異形たちの影はなかった。
いや、居るには居るのかもしれないがどいつもこいつも怯えたように影の奥に身を潜めている。
そのお陰で、今世は今もこうして気絶せずに済んでいるのだが。
隣を歩く今世を見上げれば、丁度こちらを見ていたらしいやつと目が合う。不安そうな目は逸らされることはなく、「真欺、体は大丈夫なのか?」と声をかけてくる今世に「貧血程度だな」とだけ返しておく。
「無理すんなよ。運ぶくらいできるから。……てか、今夜はうち泊まれよ。流石に心配だわ、お前をあの部屋に帰すの」
「……お前んちか」
「つーか、決定。普通に危ねえから」
そう強く腕を掴んでくる今世を振り払う力は俺にはない。
確かに自分でも己が万全の精神ではないというのは感じていた。熱や痺れは多少マシになったが、まだ夢を見ているような乖離感は色濃く残っていた。
今世に認識してもらい名前を呼ばれることが『自分が鮮花真欺という個人である』ということを思い出させてくれる程度には。
「いや、今日はこのまま帰る」
「は? なんでだよ。危ねえって」
「……気になることがあるんだ」
そしてそれは、今世の家に行くことになると下手すると取り返しのつかないことになる。そう俺の直感が叫んでいた。
俺が何を気にしているのか恐らく今世にも分かったのだろう。何かを言いかけた後、今世はいきなり苦しみ出すように唸るのだ。
「う~~……っ、お前ってやつは本当に……」
「どうした。便所か?」
「違う。それもちょっとあるけど」
あるのかよ。
「……じゃあ、俺がお前んち泊まる」
「…………お前、俺んちで寝れるのか?」
「わかんねえけど、でも俺がいたらまた変な夢見てたらお前のこと起こせるかもしんねーし」
勇ましい言葉とは裏腹に、その声が僅かに震えていることに気づいた。
無理する必要はない。そう今世の気遣いを断ることはできた。
けれど先程のようにまた叶え屋が接触してきたときのことを考えると単身でいるのは危険なのだろう。
悩んだ末、俺は今世の提案を受け入れることにした。
「じゃあ、うちに来るか」
今世は俺が素直に聞くと思ってなかったようだ。目を丸くした後、それから今更緊張した面持ちで頷く。
そしてそのまま今世を連れて天国荘へと帰った。
天国荘前、うとうととしていた守護スライムに「ただいま」と一応声をかけてその口の中に今世とともに足を踏み入れる。
天国荘はこの街同様静まり返っていた。不気味なほどに、まるで忽然と人の住んでる気配すらもなくなったように。
まるでまだ夢の中にいるような気分だ。けれど、今世に掴まれた手から流れ込んでくる熱が現実であると俺に思い出させてくれる。
まるでスノードームに閉じ込められたようなひんやりとした空気の中、俺は階段を上がって自分の部屋の扉を開いた。
部屋の中には誰もいない。無人であることは当たり前なのに、普段ならあるはずの招かざるものたちの気配すらも感じなくてなんとなく不思議だった。
「……なんか、静かだな」
「どこかに隠れているんだろ。……それより、床しか寝るところないぞ」
「ああ、いいよ別に」
「……そうか」
そんな会話を交えつつ、風呂に入ってる間に今世が冷蔵庫にあった有り合わせのもので用意してくれた夜食をつついて小腹を埋める。
そんなことをしてる内に更に夜は更けていき、俺は寝床に着く前にそのまま今世と一緒に床に転がって眠りにつくこととなった。
――夢を見た。
腹の上に何かが乗っている。
子猫ぐらいの大きさの真っ黒な何かが俺の鼓動に合わせて小さく背中を揺らしていた。目すらも見当たらない。どこが顔かもわからない。それでもじっとこちらを見つめているのだけは感じた。
その影はそろりと俺の上から降りていく。
隣で腹を出して眠っている今世の顔を踏み、そのまま部屋の奥まで移動した黒い塊は名残惜しそうにこちらを振り返った――ような気がした。
「……行くのか」
体を起こし、声をかける。
その黒い塊の体は影に混ざり合い、そのまま輪郭を失いかけていた。
情けをかけてはならない。
振り返ってはならない。
引き止めてはならない。
――そう、それが俺が今まで生きてきた中で学んだ適切な異形たちとの距離だった。
異形たちが餌にするのは生きている人間だ。強い感情を糧に姿形を変えていく。
それは恐怖であったり、快楽であったり様々だ。
今この場で弱った影の異形に自分を食わせることはできる。けれど、こいつを幸福にさせたところでまたあの男がくることになっては本末転倒だ。
「……また」
開いた口から溢れた声は影の異形にも届いていたらしい。こちらをじっと見つめたまま、それでも尚溶けていくその異形を見つめ返す。
「こういうときは『またね』と言うらしい」
「……また、ね」
ざらついた、今にも消え入りそうな声が響く。それはしっかりと俺の耳に届いていた。
「またね、真欺」
ありがとう、と異形が口にしたとほぼ同時にその姿はどろりと液体のように溶け――そして消え失せた。
目を覚ます。体を起こせば、カーテンの奥からは朝日が差し込んでいた。
昨晩から全身に広がっていた微熱も、気怠さも全てが嘘だったかのように軽い。
首筋の刺されたような痛みすらも、痕跡も残っていない。
「……ちゃんと言えたじゃないか」
隣では口を開けて爆睡してる今世がいた。
胸を抑える。
悲しい、わけではない。本来ならば交わることのない相手だ。それなのに一部が切り落とされた感覚はずっと胸の奥に広がっていた。
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