41 / 128
I will guide you one person
16
しおりを挟む「おい仲吉。とにかく幸喜を追い掛けるぞ」
「は? 幸喜?」
「あいつが新聞持っていったんだよ。あいつ、絶対奈都に見せるつもりだ……っ!」
それならまだいい。
幸喜の性格からしてもっと最悪なことになることすらある。それだけは避けなければならない。
俺の剣幕からようやく事態が飲み込めたようだ。
「……まじで?」
「まじだよ。ほら、行くぞ」
「わ、わかった……」
このままじゃせっかく奈都を心配する仲吉の気遣いまで台無しになる。
なんとしてでも取り返さなければ。
そう決意した俺は、早速幸喜を捕まえるためにまず南波を起こし、それから奈都がいそうな場所を当たることにした。
それから俺たちは奈都を探すため、一度屋敷まで戻ってくる。
瞬間移動出来ればすぐなのだが、拘束する首輪が阻害するので走るしかない。出血がまだ治らない南波だったが、幸喜の仕業だと知るや否や全力疾走してくれたので助かった。
――幽霊屋敷、奈都の部屋の前。
未だどこか様子がおかしい仲吉の代わりに俺は奈都を尋ねることにする。
そっと扉を軽く叩けば、乾いた音が薄暗い廊下に響いた。
「……奈都、俺だ。入ってもいいか」
返事は返ってこない。
このままでは埒が開かない。念の為「入るぞ」と声をかけ、俺は目の前の扉を開いた。
その先には薄暗い闇が広がっていた。
簡易ベッドがひとつ。それとその側には一人用のテーブルがあり、置かれた花瓶には生花が生けられていた。
質素だが、混沌した幸喜たちの部屋やなにもない俺の部屋よりかはましだろう。
色のない部屋の中、やけにその花の色だけが鮮やかに浮かんで見えた。
部屋の中へと足を踏み入れ、奈都がいないか見渡したときだ。不意に廊下の外から物音が聞こえてきた。
「準一さん、奈都がいました」
そう声をかけてきたのは南波だ。
慌てて部屋を出た俺は、南波が指差す方へと向かう。
長い長い廊下の突き当たり。月明かりが射し込む窓の前、奈都はいた。
窓枠の外、月も見えない夜空をただ奈都は眺めていた。その目は相変わらず暗い。
「奈都、丁度よかった」
そう声をかければ、奈都はゆっくりとした動作でこちらを振り返る。
「どうしたんですか、皆さん揃って」
ぞろぞろとやってきた俺たちに少しだけ驚いたように目を丸くする奈都。
よかった、まだ幸喜に会っていないらしい
いつもと変わらない奈都に一先ずほっとする。
「いや、別にどうしたってわけじゃないんだけど」
問題はここからだ。
どう説明すべきか。そう口ごもったときだった。
「……どうしたわけじゃない?」
それはぞっとするほど冷たい声だった。
先ほどまで柔和だった奈都の表情が一瞬にして険しくなるのを見た瞬間、体が硬直する。
「準一さんにとってはどうしたってわけじゃないんですか、これは」
なにか不味いことでも言ってしまったのだろうか。
ずいっと詰め寄ってくる奈都は上着からとある紙切れを取り出し、それを俺の胸に叩き付ける。
慌てて受け取り、その紙切れに目を向けた俺は青ざめた。
「奈都、これ……」
「そうですよね、準一さんからしてみたら所詮他人事ですもんね。僕の大切な人が死んでもそれは準一さんにとって痛くも痒くもないですしね。そうですよね、それが普通の反応です。当然です分かってました。僕だけが一人勝手に舞い上がってたみたいですね、お見苦しい姿をお見せしてしまい申し訳ないです」
「無駄な手間を掛けさせてしまいすみませんでした、準一さん」あくまでも丁寧な口調で続ける奈都だが、その言葉には触れたら切れてしまいそうなくらいの棘が含まれていた。
刃物よりも鋭い言葉と感情の圧に気押され、こちらを睨む薄暗い瞳にただ俺は言葉を無くした。
一歩遅かった。
グシャグシャになった髪切りを握り締め、俺は奈都の背後に目を向ける。
奈都の背後、その影に佇む幸喜は俺と目をあわせるなりくすくす笑いながら手を振ってきた。
――本当、間が悪い。
「……悪い、奈都。今のは俺が悪かった、ごめん」
言葉に気をつけろ。態度も。表情も。
奈都をこれ以上傷付けないように意識すればするほど恐ろしく自分の言葉が薄っぺらくなる。
奈都に隠そうとしたのは事実だし、奈都に手渡った記事の内容も事実だ。
今なにを言ったところですべて墓穴だ。
「……悪かった、奈都」
「謝らなくていいですよ。準一さんはなにも悪くないんですから。分かってますよ、そのくらい。……分かってます」
「――奈都」
「悪いのは僕なんですから」
奈都の顔が歪む。その口から絞り出されるその言葉に、聞いてるこちらの胸が締め付けられるように息苦しくなった。
幸喜が奈都になにを吹き込んだかはわからなかった。
しかし、事実を膨張させあることないこと口にしたのは大体想像つく。
「……ごめんなさい、迷惑かけて」
「待て、奈都」
「……っ、触らないで下さい!」
そう俺たちの脇を抜けようとする奈都を慌てて呼び止めようとしたとき、伸ばした手を振り払われる。
乾いた音が響く。それ以上に張り裂けるようなその大きな声に俺は何も言えなかった。
「……すみません、一人にさせて下さい」
――じゃなきゃ、準一さんたちに八つ当たりをしてしまいそうで怖いんです。
奈都はそう泣きそうな声で呟いた。
そんなことを言われて無理に呼び止めることができるはずもない。
そのまま廊下の奥へと消えていく奈都をただ見送ることしかできなかった。
奈都が居なくなったのを確認し、ぐるりと辺りを見渡した幸喜はクスクスと笑いながらこちらを見上げる。
「……あーあ、泣いちゃった。カワイソ」
「幸喜、テメェ……」
「そんなに見詰めんなよ、準一」
「なに言ったんだよ、あいつに」
「なにも、『準一たちがこれを持ってた』って言っただけだよ?」
それだけであそこまで取り乱すものなのか。あの憎悪に満ちた瞳を思い出すだけでも胸が締め付けられるように気分が悪くなる。
「本当かよ」と問い詰めれば、幸喜は「ああ、あと」と思い出したように口を開いた。
「お前の彼女は散々苦しんで死んじゃったのにお前だけ即死ってずるいよな、って」
頭に血が昇るのが自分でもわかった。
全身の血が煮え滾り、気付いたときには体が勝手に動いていた。
幸喜の胸ぐらに手を伸ばせば、今度は呆気なくやつは捕まった。
鼻先がぶつかりそうなくらいやつを掴み上げれば、幸喜は喉を鳴らして笑う。そして俺の首に繋がったリードへと指を絡めようとした、そのときだった。
「おい! 落ち着けって、準一!」
背後から伸びてきた手に腕を掴まれ、そのまま幸喜から引き離すように羽交い締めにされる。
――仲吉だ。
「離せよ、仲吉」
捕まる俺にくすくす笑う幸喜が頭にきて、そのまま蹴り入れようとすれば今度は幸喜はあっさりと躱す。
「準一って本当変わってるよな? なんで準一がムキになるわけ? 奈都ならともかく。つか俺、準一のために言ってやったってのに」
「何が俺のためだよ、お前のしてることは人を馬鹿にしてるようなもんだろうが! 人を馬鹿にすんのも大概にしろ!」
「うーわ、ブチギレじゃん。悲しいなあ。藤也のことは大好きなくせに」
「はあ……っ?!」
あまりにも脈絡のない幸喜の言葉に思わず大きな声が出てしまう。
そこで自分がやつのペースに引き込まれそうになっているのに気付き、喉元まで出てきた罵倒を飲み込んだ。
冷静になれ。落ち着け。こいつの思い通りになるな。
「そーいうさ、差別っていうの? よくないよ。俺悲しくなっちゃうし。……藤也も俺と一緒なんだから」
「今あいつは関係ないだろ」
そう怒鳴れば、僅かに眉を下げた幸喜は笑い「どうだろうね」と呟く。
「お、おい……準一、お前どうしたんだよ。さっきから」
仲吉の腕を振り払い、一発だけでもいいから幸喜をぶん殴ってやろうと思ったときだった。
再び手首を掴まれ、引き留められる。
「どうって、分かんねえのかよ」
「だから、なにが」
「幸喜のやつが、奈都に……っ」
「幸喜? 幸喜がいんのか?」
「いるだろ、目の前に!」
とぼけてんのかと掴みかかりそうになるのを必死に堪え声を荒げれば、俺が指差した方向に目を向ける仲吉。
しかし、理解できないといった表情は変わるどころかますます戸惑いの色を濃くする。そして、仲吉は困惑した目で俺を見た。
「……なんも見えないんだけど」
その一言につられるように幸喜へと目を向ければ、既にそこに人影――やつの気配すらなくなっていた。
――あの野郎。
舌打ちが漏れる。行き場のない怒りを堪えることが出来ず、近くの壁を蹴り上げた。
「ひっ」と傍で南波が小さな悲鳴を上げるのを聞きながら俺は窓の外を睨みつけた。
僅かに開いた窓の外、生ぬるい風が吹き込むとともにざらざらと葉音が響く。
一先ずこれからどうするかを考えなければならない。
奈都……あいつをこのまま放っていくわけにはいかない。
けれど、奈都からの依頼である志垣真綾の安否を調べるということは果たした。
結果がどうであれ、やることはやった。
頭では理解していたが、どうしても去り際の奈都の泣きそうな顔を思い出してしまい胸がつっかえる。
こんなのって、どうなんだ。このまま知らんぷりなんて出来るわけがないだろう。だとしたらどうする。幽霊になった志垣真綾を探し出すか?そして奈都と会わせて願いを叶えさせるか?
そんなことも考えてみたが、まずこの山の外にいるであろう死者の彼女を探し出すことが困難だろう。
それに、もし探し出したとしても彼女が奈都に会いたがるかどうかもわからない。……最悪、俺たちみたいこの世に留まっているかすらも怪しい。
つまり、俺たちに出来ることはない。
……ただ一つを除いて。
50
あなたにおすすめの小説
ビッチです!誤解しないでください!
モカ
BL
男好きのビッチと噂される主人公 西宮晃
「ほら、あいつだろ?あの例のやつ」
「あれな、頼めば誰とでも寝るってやつだろ?あんな平凡なやつによく勃つよな笑」
「大丈夫か?あんな噂気にするな」
「晃ほど清純な男はいないというのに」
「お前に嫉妬してあんな下らない噂を流すなんてな」
噂じゃなくて事実ですけど!!!??
俺がくそビッチという噂(真実)に怒るイケメン達、なぜか噂を流して俺を貶めてると勘違いされてる転校生……
魔性の男で申し訳ない笑
めちゃくちゃスロー更新になりますが、完結させたいと思っているので、気長にお待ちいただけると嬉しいです!
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい
椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。
その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。
婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!!
婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。
攻めズ
ノーマルなクール王子
ドMぶりっ子
ドS従者
×
Sムーブに悩むツッコミぼっち受け
作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる