G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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第4章 神

53話 顔も知らない 無数の悪意が忍び寄る

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 翻訳が間違っていなければ、いや間違っていて欲しかった。情報を交換する連中は、ただただ純粋に楽しんでいた。非日常を笑い、私達を追い詰める。楽しければ、それを共有できればそれ以外の全てがどうでもいい。そんな酷く歪んだ思考を持つ顔も知らない連中が、まるで化け物の様に見えた。歪んでいない状態を知らない。歪んでいて、それに気付かない。

 純粋な捻じれ、歪み。私達が地球に降りたあの日、私達を包囲した連中を見た時に感じた奇妙な感覚の正体、実体がそこにあった。

 だが、非難する権利が私達にあるのか。清雅から逃げる為になりふり構わず、犯罪行為さえ辞さない私達が。いや、そもそも私達も――旗艦も同じだった。

禍根かこんこそあったが、それでもかつてはかつて楽園とまで呼び称えられた故郷は遠い過去。人、物、果てはサービスに至る全てが荒れ果て、かつての面影を残さない。遠く離れていようが人の意志は変わらない、良い方から悪い方へ、秩序から無秩序へ流れてしまうのかと。

 異常なのはこの世界か、私達か――

「なんか、ヘンなんだよね」

 無言で眺める掲示板を覗き込んだナギがボソッと呟いた。あぁ、と私も何となく同意した。清雅側にとって一連の事件を表で騒がれる利点はない。騒がれたらその分だけ隠蔽工作にリソースを割かねばならなくなる。清雅への不信、疑念は敵対する私達の利になると考えていないのか?余程に自信があるのか、それとも他の意図が――

 こんな話とうに消されてる筈だよね?

 掲示板で誰かが指摘していた一文が脳裏を過った。なるほど。この連中を使って、私達を探し出すつもりか。

「まさか、これ使って?」

 ナギも察したようだ。予感は正しい。間違いなく清雅の仕業だ。奴等は私達の追跡にリソースを割きたくない。だから、敢えて物好きな連中を焚きつけ、代わりに探させている。致命的だ。この掲示板が存続する限り大っぴらに動くことが出来ない。追い付かれる。清雅ではなく、画面の向こうにいる連中に。

 彼等は何も考えていない。無論、正義でも大義もなければ悪意でさえない。ただただ純粋に楽しいからというそれだけの理由で追い詰める。敵が増えた。清雅だけでも無謀なのに、画面の向こう側に無数に存在する好奇の視線という敵が私達を追い詰める。

 この星にも旗艦こきょうにも安息の場がない、遠く離れていても何故か似通う地球と旗艦の在り様が重なる。状況を知れば知るほどに気持ちが沈んでしまった。

 気が付けば、無言でいる私を見たナギがいつの間にやら心配そうに私の顔を覗き込んでいた。大丈夫とだけ彼に伝え情報収集の続きを行おうとした矢先、玄関の扉が開く音がした。老婆が返って来たらしい。軋む床音がこの部屋に向かって来る。ややあって、開きっぱなしの扉の前を通り過ぎる老婆と目があった。彼女は私達を一瞥すると――

「なんぞ、また随分と仲が良いの。もう少し時間潰した方が良かったかの?」

 訳の分からない提案をした。何を言っているんだろう?と、ナギに聞いてみたが要領を得ない。何かおかしな部分でもあったかな?

 ※※※

「後な、お前達しばらく表には出ん方がいいぞ。ご近所さんの間でも話題になっとったわ」

 荷物を整理し終え、部屋に戻って来た老婆の報告は大変有益で、同時に有り難くなかった。予測はしていたが遥かに早い。何時まで此処に居られるか、何時逃げるべきか、そんな疑問が浮かんでは消える。

「もしかして、バレたの?」

「そうじゃないんじゃがの、昨日車が来た事は知られとった。息子が久しぶりに顔を見せに来たと言っといたが、さていつまで持つかのぅ」

 私の気持ちを代弁したナギの質問に対し、老婆は適当にはぐらかしたと教えてくれた。その行動に感謝を示したいが、しかし疑問と共に浮かんだ不安が私の心中を占拠し、感謝を伝えるタイミングを見失った。

 無言の間を察した2人も私の気持ちを察したのか、押し黙ってしまった事で室内の空気が一気に重くなった。情報交換用の掲示板で私達を追う存在と併せて考えれば、そう遠くない内にここに辿り着かれる事は想像にかたくない。

 何時か、ここから逃げなければならない日が来る、確実に。ナギも私も理解している。このまま居座り続ければ私達を助けてくれたこの老婆にも迷惑――いや、それ以上の負担を掛ける事になる。

「すまんの、助けになれんで。だがその日まではここに居てもええよ。何も気にせんでええ、どうせ老い先短い老人の事じゃしの。それからお嬢さん、私の携帯持っていきんさい。この世界で携帯を持ってないってなるとねぇ、反清雅組織っちゅう変人の集まりでもなければ死人位しかおらんのよ。ワシの心配ならせんでええよ。ボケた振りでもして契約し直してこればええ。どうせ古い端末なんぞタダ同然で支給されるしの。オマエさんは坊主に個人情報の初期化と再登録のやり方を教えて貰えばええ」

 老婆は私にそっと携帯を差し出した。きっと本心なのだろう。理由は理解出来ないけど、明け方に話してくれたナギへの懺悔ざんげだけではない何かがこの小さい身体を動かしている気がした。

 同時に、老婆の一言が私の闇を僅かに照らしてくれた。今日この日までナギ以外から好意を向けられた事はなかった。その好意に甘え、携帯端末を譲り受けた。

 これでまたほんの少し行動の選択肢が増える。次に考えるべきは、これで何をするか。有体に真相を流そうかと考えたが、恐らく即座に特定される。ナギも無言で首を横に振った。やはり位置情報は筒抜けか。と、なら今使っている端末は大丈夫なのか?と焦ったが――

「あー、昨日使ってた端末は置いてきた。これは、情報を盗む事が出来た時に使う予備の更に予備。電子決済も使っていないから大丈夫」

 問題なかった。そういえば、彼が自分の車を乗り捨てた時にも同じように携帯を投げ捨てていたな。清雅で働いていた時に得た知識と、清雅に反抗する為に行ってた準備は確かに申し分なく完璧に逃亡の手助けになっている。

 だから、実行に移す前にクビになっては元も子もないだろうという身も蓋も無い発言は控えた。彼が落ち込む姿が容易に想像できたからだ。ちょっと見てみたい気もするな。ふと、そう思ったのは彼への信頼の表れだろうか。
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