口〈ハコ〉

風見星治

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事件資料2:G大学教授ニエダロクロウの地質調査記録より抜粋-1

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 最終更新日:20XX年6月30日 11:25

 ソレを見つけたのはフィールドワークの最中、偶然という形だった。趣味と実益を兼ねアチコチ飛び回っていると時折こういったものを引き当ててしまうのは職業柄なのか、それとも運が良いのか悪いのか、はたまた変な因果でもあるのか。

 道に迷った学生達を探す最中に目に留まったその神社を一目見た時、異様さに目を奪われると同時、酷い不快感がまとわりつくような感覚に襲われた。ソレは、さながら見えない無数の手が私の身体中を掴み、社の中の中心、朝日が照らす中にあっても真っ暗で何も見えない、ぽっかりと空いた伽藍洞のお堂の中に引き摺り込もうとしている様な、そんな感覚だ。

 私は霊や神といった非科学的な現象を一切信じていない。無論、信仰を馬鹿にしている訳ではない。過去の人類が科学の代わりに神に縋った様に、私は科学を信仰しているだけだ。だから科学が全てを明らかにした今の時代において超常現象などというものは人心をかどわかすまやかしか、都合よく誰かを操るための方便、はっきり言えば詐欺の類だと思っているし思っていた。今までそんなインチキを散々目にしてきたから尚の事だ。が、それは今の今までだ。

 成程と、私は納得した。地元の人が口酸っぱくこの周囲には絶対に近寄るなと警告を出した理由が漸く分かった。しかしただ一点、神社の名前が違う事を除けば、だが。話に聞いた通り比較的新しい鳥居と注連縄が見えるのだが、一体ココは何処なのだろうか?それに生徒達も何処にいったんだ?確か私に率先してこの辺りの調査に向かったと思ったのだが。

 ともかく、私は考えを翻した。ココはマズい。今まで何十年も生きて来た私の危機感が最大限に警戒を発する。ココは危険だ。人が立ち入って良い場所ではない。私は奇妙な落書きが彫られた真新しい鳥居をいそいそと潜り、足早に車に戻るとアクセルを全開にしてこの場を離れた。

 30分後。周囲を鬱蒼と茂る深緑に覆われた場所からやや離れた市街地で私は一息ついた。異様、いや異常。あの場所は絶対に異常だ。お堂を中心に四方を鳥居に囲われるという奇妙な構造もそうだが、一番異常なのは注連縄。四方の鳥居に付けられた注連縄の1つが綺麗に中央で切断されていて、両端からブランブランと妖しく揺れていたのだ。

 民俗学は詳しくないからwiki頼みの俄か知識となってしまうが、注連縄とは神聖な区域とその外とを区分するためのしめだそうだ。要は結界。中と外を隔絶する、切り分ける為の結界。ソレが破られていた。恐らく、あの中には禄でもない何かが封じられていたが、年月か、それとも誰かが意図してか注連縄を切断したのか。

 結界で切り分けられた世界が曖昧となり、何者かが現世に浸食してきた。考えたくないがそうとしか思えない。私は数少ない民俗学の知人に連絡を入れ、委細を語った。酷く動揺していたのだが、それでも私の言葉を何とか理解してくれた彼は、正しい手順でアレを封じなおす手はずを整えてくれると各方面に依頼してくれた。上手くいってくれれば良いが。

 11:04追記:彼の名前を今思い出した。クヤマ君だ。我ながら歳はとりたくないものだ。そのクヤマ君の狼狽振りを見るに、やはり禄でもない物が封印されていたのかも知れない。そうそう、その彼だが次に会った時に酒を奢って貰う約束をしたので忘れないようココに記録しておこう。後で修正すればいいし、それにどうせ私以外に誰も見やしないんだ。

 11:25追記:生徒達が見つかった。どうやら一足先にアレを見てしまい、私よりも先に下山していたようだ。しかし、ソレにしたって酷く動揺しているが一体何があったのだろうか。誰に聞いても何一つ語ってくれないのが気になるが……杞憂だと思いたい。
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