口〈ハコ〉

風見星治

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補足資料:G県警生活安全部生活安全総務課 キヨタジロウ警部補の日記-1

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 更新日:20XX年7月12日 14:25

「結界というものをご存じですか?」

 行方不明となった同僚の足取りを追う為に協力者と共に素性を隠しながら家々を回っていたのだが、最後の家をお邪魔するその瞬間、不意に家主の爺さんから質問をぶつけられた。質問一辺倒だったその意趣返しだろうか。いや違うか。しかし何にせよ、老人の質問は訳が分からなかった。それっぽく変装しているが、俺は刑事だからそんな訳わからない事を聞かれても返答に困る訳で。

 ――カッコイイですね、何ですソレは?

「いえ、日本に限れば別に珍しいものではありません。例えば注連縄なんかがそうですね」

 老人の返答に俺ははぁ、と溜息を漏らした。話が長くなりそうな予感が頭を過るが、茹だるような暑さに辟易する俺を他所に老人は勝手に話を進める。

「でも、もっと身近にもあるんですよ。ご存じですか?」

 ――家、とか?

「名前ですよ。一番身近な結界は名前なんです。名前を付ける、名前を書き込む事。そうする事で自己とそれ以外を切り分ける、いわば境界を作る訳です。あるいは物に名前を書き込むことで自己の現身、あるいは同一であるとする。これも、言ってみれば結界の一種だそうです。この辺は昔からの言い伝えを聞いた何とかという学者さんが言っておられたので詳しくは知らないのですがね」

 何とも要領を得ない。と言うか一体何が言いたいのか。困惑する俺を他所に話は尚も進む。その話、俺よりも協力者の方が興味あると思うんだが……肝心の当人は既に家を出た後。こりゃあ参ったね。

「ここらの人間は名前にまつわる奇妙な風習があるんですよ。不幸から身を隠す為、あるいは見つからないようにする為。そして知られないようにする為にね。知る、あるいは知られるという行為は他者と己との境界を無くしてしまう行為で、だからとても危険な事なのだと、そう教わったものです」

 ソイツは何とも怖い話だ。なら、名前を知ってしまったらどうすればいいんだい?そう問いかければ、老人はフムと相槌を打つと得意満面の笑顔と共に様々な情報を語ってくれた。が、正直なところ捜査の役には全く立たないだろうな。

 でも名前、名前か。そういえば……俺は部下のメモ帳をめくり、ソレを見た。こんな漢字は見たことが無いから多分図形だろうか。そうだとしても何とも奇妙な図形だが。だが一方で漢字の様な気がしなくもなく、ソコに老人の話を加えると名前の様な気もしてきた。

 しかし、だとするとなんて読むんだ?カタカナのコの字を三分割する様に入った縦線の間に漢字の「手」が一つずつ入った、漢字の様な模様の様なヤツ。もしかしたらこの老人の話と関係あるのか?

 色々と、あぁでもないこうでもないと頭を捻るが、やはり現場一辺倒の俺にこの手の問題は難しすぎる。何せ少なくとも常用には存在しない漢字だ。うーむ、と頭を捻るが漢字だとしてもしっくりくる読みが思いつかない。人か物の名前かと思ったのだが、絶妙に違うような気もしてきた。何せこんな訳わからない漢字だしな。

 ――申し訳ありません。ソレってこんなヤツですか?

 にっちもさっちもいかなくなった俺はダメ元でその模様を老人に見せた。のだけど……直後、老人の表情が一変した。模様を書いた手帳を叩き落とし、激高すると意味不明な言葉を喚き散らし始めた。正しく罵詈雑言。それまでの朗らかな雰囲気は何処へやら、余りの剣幕で捲し立てるその老人を前にそれ以上の何を聞くことも出来なくなった俺は一目散に退散した。

 ――先生、コイツぁ何なんですかね?

 足早に車へと戻った俺は、助手席の扉を乱雑に閉めた民俗学の先生に尋ねてみるも、彼は額から溢れる汗を拭きながら首を横に振るばかり、漸く落ち着いたかと思えば"恐らく何か儀式的な意味があるのでは"と、何とも頼りない返答。あぁスイマセンね。俺が数少ない協力者を怒らせちまったからでしたね。

 しっかし、先生でも分からないならもうお手上げだな。が、やはり予感は当たっていたようだ。ここ最近の行方不明事件には奇妙な模様とこの村が関係している。そうでなけりゃあほんの数分前まで何らも怪しい様子のなかったあの老人が急に、あそこまで怒る筈がない。が、じゃあ一体コレが行方不明とどう関係あるのか?と、問われると何も分からない。

 あるいは考えすぎか?あぁ、そうだよな。考えすぎだよ。そう考えると何処か不安感も吹っ飛んだ。まぁ、全部明日に回せばいいさ。今日できなかったら明日だ明日。
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