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第3章 邂逅

87話 過去 ~ エクゼスレシア編 其の4

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「分かりました、参加します。それで信用して貰えるならば」

 その返答以外に選択肢はない。伊佐凪竜一が参加を承諾すると男は面白くなってきたとばかりに口の端を歪めた。

「良し、では善は急げだ。オイ、推薦状書くから運営委員会に届けろ」

「まーた無茶言ってるよこの人」

「しかし評議長、もう最後の予選は終わってますよ?今から強引に参加させろって、開催国権限でも絶対他から文句でますって」

「いいから行け」

 やはり、というよりも当然の如く部下達は反論した。大会への飛び入り参加は凄まじく強引で、本来ならば有り得ない措置であるようだ。が、ソレを知りながらも平然と実行に移す評議長なる男の強引な態度に年齢性別がバラバラの部下達は一様に同じ反応を返した。

 散々に呆れ、またそれを憚らず口に出しながらも、不思議な事に誰も彼もが澱みなく評議長の指示通りの行動を取る。推薦状を受け取った男は隣の老年に目配せをすると、その人物はヤレヤレと言わんばかりに渋い表情を浮かべながらも周囲の仲間達へと更に目配せを行い、やがて彼等全員で円陣を組み、数人掛かりで一際大きな転移方陣を作り出し、伊佐凪竜一達に陣の中央に移動するよう促した。

 武術大会に参加させる為には当然ながら開催都市に向かう必要があり、あの転移用の魔法陣で移動させようというのだ。旗艦アマテラスで散々に経験した転移は科学技術の賜物であり、魔術により人間が独力で長距離を移動する技術を目にしたことなど一度としてなかった伊佐凪竜一は大いに戸惑ったが、先んじて転移法人の中心へと移動したツクヨミとフォルトゥナ姫に促されるままその中へと進み、そして消えた。

 もう今頃はヴォルカノに到着している頃だろう。しかし、だ。"コイツを参加させろ、評議長より"、としか書かれていない推薦状など初めて目にするが、本当に大丈夫なのだろうか。確かにこの男ならばその程度を強引に押し切れるだけの影響力を持ってはいるが……

 ※※※

「ベランシカ。アクィラ総帥かカルナに連絡、情報共有を依頼しろ。先だって旗艦アマテラスに向かった2人ならば既に行動に移している筈だ。収集した情報を可能な限りコチラにも回す様に伝えろ。ついでにあの少女に関する情報もだ」

 この星の監視者から送られてきた映像には、転移方陣が放つ輝きの向こうに姿を消す一行を見送った評議長が傍に立つ漆黒のローブを纏った女に耳打ちする光景が映し出された。

「承知しました」

「それが済んだら治安維持が可能な最低限の人員を残し、残った全員でこの周囲に不審な痕跡が無いか調べさせろ」

「転移の痕跡ですか?」

「あるいはもっとデカい乗り物とかだな」

「あぁ……何があったか素直に話してくれる訳ないですもんねぇ」

 女の溜息交じりの言葉に評議長はほんの僅か口の端を歪めた。話が早くて助かる、そう言いたげだ。

「新人スサノヲの育成と戦闘補佐を目的とした次世代型オートマタの試験運用なんて戯言を素直に信じるとしても、何故あんな年端も行かない少女と行動を共にしているのか分からん。旗艦か地球とか言う準同盟惑星か、いずれにせよ何かが起きたのは間違いないが、スサノヲとあの少女の存在がどうしても繋がらん。の動向も胡散臭いしな」

「奴等……確かにそうですね。半年前の未曽有の事態を知りながら強行する位ですからね」

「だからこそだ。あのオートマタが特兵研製ならば何かが見つかる可能性は低いだろうが、それでも虱潰しに調査させろ。俺はヴォルカノに向かう。旗艦アマテラスと地球を救った英雄がどれ程のものかこの目で見たい」

「其処は信じているんですね」

「あの男、少なくとも俺の質問には嘘をつかなかった。助言を素直に聞く馬鹿正直な性格なのか、嘘をつきとおせぬと諦めたのか。いずれにせよ、まぁ強さだけは信用してもいいだろうな」

 伊佐凪竜一を信じると言い切った男の言動が琴線に触れたのか、ローブの女は評議長を見上げながら表出しそうになる感情を抑えるようにクスクスと小さく笑った。

「成程、では私は一旦"ガイア特別区域"の評議長室へ向かいます」

「任せたぞ……いや、ついでにリリスを叩き起こしてヴォルカノに来いと伝えろ」

「あの方も?承知しました」

 評議長の指示を受け取った女はそう言うと単独で転移方陣を展開、その中へと姿を消した。

「さて。どうなるかな」

 一通り指示を出し終えた評議長はそう呟くと、最後まで残った部下達が展開していた転移方陣からヴォルカノへと向かった。

 ※※※

 ――自由都市ヴォルカノ領内 エクゼスレシア武術大会運営委員会会議室

 伊佐凪竜一が評議長の提案を受諾した僅か10分後。総勢数10名のメンバーで構成される運営委員会は混乱していた。何せ正体不明の男を飛び入りで参加させろというお達しが届いたのだ。しかもその指示を飛ばした相手が不倶戴天の相手である様で、どうにかこうにか拒否できないかと喧々囂々に議論を交わしている。

 美しく巨大なシャンデリアが照らす光が浮かび上がらせるのは、石造りの大きな会議室の中で平穏無事に進行すると思われていた大会を掻き乱す提案に頭を抱える面々の苦悶に満ちた表情。机の上には今大会の参加者の名簿に加え、例の推薦状までを含む紙製の資料が乱雑に散らばっている。

「いや、今までもそうやって無茶を言ってきたが、しかし今回ばかりは受け入れる訳にはいかん!!」

 当然の怒号が会議室を震わせた。運営委員会の1人、深い皺を顔に刻む白髪の老人は評議長のメッセンジャーである男の提案を毅然とした態度で拒否した。

「そうですよ。それにもう予選は終わったんですよ?今更どうするんです?」

 続くように静かで落ち着いた声が聞こえる。しゃがれた声の老婆の言い分は最もであり、反論の余地は無いだろう。

「敗者復活と言う形でどうでしょう?」

「前例が無いわけでは無いが……やはり幾ら何でも急すぎる。ヤツに諦めろと伝えろ」

「では評議長が推薦した伊佐凪竜一なる男を倒した人間に本戦参加を認めるというルールを追加すればどうです?」

 一進一退、運営員会は予選がルールに則り終了したと言う事実を理由に評議長の提案を突っぱねるが、評議長からの伝言を伝えに来た男の提案を聞くやざわつきはじめた。

 彼とてただの使い走りではない。用件を伝えるだけならば有象無象でもできるが、彼に求められるのは評議長の意を汲む事、即ちこの面々を説得懐柔して伊佐凪竜一を武術大会の場に引き上げる事。故にあらゆる方策を尽くす。

「ちょっと待て。それ程の人間なのか?」

「少なくとも評議長が信頼を置く程度には、ですよ」

 堂々と言い切った男の態度を見た委員会の面々の顔色が僅かに変わった。どうやら金勘定を始めたようだ。国民が熱狂する選択肢は何方か、それは即ちどちらがより多く金を落してくれるか、という質問と同義だ。

 大会の開催国は持ち回りとなり、時にはこうした例外的なルールが適用されるケースもあるそうだ。ソレは偏に金の為、国民が苦境を忘れ大会に熱中してくれればそれで良いし、金を落してくれるならば尚良しと言う訳だ。

 そして彼等の心中に存在する天秤……利益と評議長への不満の間で揺らいでいた天秤は利益に傾いた。伊佐凪竜一なる男の正体は不明だが、評議長が信頼する程の強さならば大会を盛り上げる役目をこなすだろうし、仮に情けなく敗北すれば"強引に参加させておいてこのザマか"と、正々堂々と非難できる。不利益は何も無い。豪華な椅子に座る面々の顔に張り付いたニヤケ面は、各々の醜悪な心中を如実に物語っている。

「分かった。では提案通り敗者復活という形で行おう」

「ルールは予選と同じく、複数人による乱戦方式。(※時に見方と敵の区別が曖昧となり仲間が傍にいるとは限らない戦場を想定し、その状況の中でより適切な行動を取る者が優れた者であるという価値観を反映した選抜方法)但し時間が無いから敗者枠全員による一回きりの戦いだ。その伊佐凪竜一なる男が最後まで残っていれば本戦への参加を認めよう。コレで良いか?」

「はい、評議長もお喜びになるでしょう」

 男は満面の笑みで提案を承諾した。男は与えられた役目を見事に果たした。後は伊佐凪竜一の腕次第とでも言いたげだ。

「フン。アイツを喜ばせるつもりはさらさら無いがな。だがしかし、その男がどうなっても知らんぞ?」

「えぇ。もしココで倒れるようならばそこまでの男だったと言う事でしょう」

 だから、そう言い捨てた男の冷淡な一言は本心からだろう。己の役目を果たした男は満面の笑みを浮かべた。

「ならば参加者に周知を行う。お前達にも手伝って貰うぞ?」

「りょーかい」

 運営委員会は渋々、仕方ない評議長の提案を受け入れた。が、その思惑の中心は金だけだ。儲かればそれで良し、民意など端から気に掛けない醜い思考が大半を占める。世界とは得てしてこういう人間が回すモノだと、私はその事実を良く知っている。

 こうして運悪くこの星へと漂着した伊佐凪竜一は、幸運にも自らに向けられた疑惑の目を払拭する機会を得た。が、その裏で蠢く皮算用には気付かない。タダの見世物、評議長を責める道具として利用される事などあずかり知らないまま予選は始まる。

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第3章の用語辞典に一部情報を追加しました。
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