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第3章 邂逅
88話 過去 ~ 武術大会 其の2
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――自由都市ヴォルカノ領内 ナイトギア闘技場
現地時刻が間もなく正午を迎えるというその僅か数分前、運営委員会からもたらされた情報は大会本戦出場者の間に雷光の如く広まった。予定外の敗者復活戦というイレギュラーだけならばまだしも、本戦出場を決めた謎の人物が100名を超える予選敗退者全員を僅か数分で薙ぎ倒したという情報が加わったのだ、真っ当な手段で勝ち上がった出場者達が興味を持つのは必然だ。
また、その情報が大会を心待ちにする観客達の耳に入るのも必然だった。名前も性別も姿さえ不明な何者かが参加国権限と評議長権限の二つを強引に行使するという極めて異例の形で執り行われた敗者復活戦を勝ち抜いたと聞けば興奮も一入だろう。
故に例年と同じく本戦の会場となるコロッセオの様な趣の円形状の建造物"ナイトギア闘技場"には入りきらない程の観客が押し寄せるが、今年に限れば異例の本戦出場を決めた謎の人物を一目見ようと押しかけた観客の波が客席から溢れだし通路にまで広がっている。
誰もが名を変え姿を変え開催国を変えながらも連綿と続いてきた大会に波乱が巻き起こる予感をはっきりと感じ取っており、この大会の後に控える連合最大のイベントなど完全に忘れ去られる程に熱狂しているのだ。
「えー。では先ほどお話しした通り、コチラの方が敗者復活枠から勝ち上がった本大会特別枠の方です」
超広大な闘技場の中央、戦士達が刃を交え、時には命を落とす血塗れの舞台の中央に備え付けられた壇上に立つ運営委員会の一人は簡素な説明の後、隣に立つ男を壇上に上げた。
闘技場の観客席は全三階層で構成され、最前列には特権階級と来賓用、その後ろ二列は観客席と大雑把に分けられる。当然後列に行くほどに安くなるという値段設定なのだが、押し掛けた観客が通路にまではみ出す様子を見れば、来賓席以外の区分けに意味など無いと言える程に混沌としている。
彼等のお目当ては只一人、評議長から推薦を受け敗者復活枠を劇的に勝ち上がった伊佐凪竜一を一目見る為だ。一方、360度をグルリと取り囲む好奇の視線とは明らかに違う視線を送る者もいる。本戦出場者達だ。
誰もがねめつける様な視線を送るのは、彼が異例尽くしの待遇を受けているからに他ならない。本来ならば予選の前には"予選出場者を決める為の予選"があるのだが、彼はそれを評議長の一存でパスされ、更に彼の為だけに久しく行われなかった敗者復活戦まで行われたのだ。
当然そんな待遇を与えられる人間がいるならば文句の一つでも出ようモノだが、誰も彼もがそんな好待遇を非難する様子は見せない。理解しているからだ。参加者の中には相当以上の手練れも混ざっていた筈なのに、目の前にいる男は木っ端の如く薙ぎ払い本戦への参加枠を勝ち取ったのだ。ライバルか、あるいは勝利を阻む大きな壁として警戒している。
「どいつもこいつもそう殺気立てるな」
誰もがたった1人に注視する中、唐突に冷静な男の声が闘技場に響いた。
「ゲッ。ひ、評議長!?」
「あの人は……」
「ご存知でしょう?」
「いや、名前は知らない」
「え、"名前は"って?し、知り合いじゃないの?」
「いや……まぁその、成り行きと言うか。今日知り合ったばかりでして」
「嘘でしょ?そんな不審な奴に本戦出場権を与えたのォ?相変わらず滅茶苦茶な人だ。勘弁してよ……えーと、あの人はブラッド=エデン。この星の最高意思決定機関"エクゼスレシア中央評議会"の頂点、評議長ですよ」
伊佐凪竜一の告白を聞いた運営委員会の男は大いに呆れ、やがて来賓席を見上げた。男の視線の先に立つのはブラッド=エデン。その名は確かにエクゼスレシア中央評議会の現評議長の名前と一致する。
元クロス・スプレッドのエースでありながら、神算鬼謀と腹芸にも長けた化け物。つい十年程前まで行われていた紛争をクロス・スプレッドを率いて終結させた功績と、その抜きんでた能力を買われる形で新政権の頂点に座った男。
だがこれは実情とは少しばかり異なるようだ。この男は自ら評議長になったのではなく、方々からの圧力により仕方なく座ったと言う事である。その理由は至極単純、為政者達はこの男が失政を犯すと期待したからだ。
クロス・スプレッドというエクゼスレシア最強の部隊を率いていたという華々しい経歴と、この惑星最後の紛争を終結させた事実は民衆が傾倒するには十分だ。つまり、この男が民、引いて政権に与えるの影響力は尋常ではない。
為政者達にしてみれば目の上のたん瘤であり、邪魔だから早々に消えて欲しいが実力で消すのは無理だから、と言う訳らしい。この星の監視者から事のあらましを聞いた私は大層呆れたし、何ならこの星の監視者も呆れていた。
しかし為政者達は大きなミスをした。ブラッド=エデンと言う男は相当以上に切れ者で、各方面への根回しも抜かりない有能な政治家でもあったと言う事だ。
まさか自分達が推薦した人間が自分達を脅かす程に有能だとは思わなかった為政者達は、今日も今日とて胃と精神に多大なダメージを負いながらブラッド評議長の言いなりとなっているのがこの星の政の内情だ。何やってるんですかね、事実を知った私は大いに呆れた。
「先ずは本戦参加者達、見事な手前だった。戦場では時に見方と敵の区別が曖昧となり、常に仲間が傍にいるとも限らない。予選ではお前達の実力と判断能力の2つが試された訳だが、誰も彼もが優秀な様で実に結構だ」
観客席の最前列、来賓席の中央から舞台に向けて語り掛けるブラッドはそこで言葉を止め、1人の男を見つめる。
「本心を隠して切れていないぞ?納得いっていないようだな。俺が推薦した事も、異例ずくしでこの大会に参加した人間がいる事も」
ブラッドは挑発的な語り口と共に再び本戦参加者達へと視線を移す。
「顔に出ずとも、言葉に出さずともその心情はよく分かる。さて、今回の本戦だが諸君らも知る通り諸々の事情で時間を掛ける事が出来ない。よって特別ルールで戦って貰う」
その言葉と同時、観客席が湧きたち、それまで平静を装っていた本戦参加者達の顔は一気に強張った。緊張、苛立ち、怒り、興奮、様々だ。
「納得いかないか?ならば戦いの場でぶつければ良い。ルールは単純。勝ち抜き戦では無く予選と同じ乱戦方式、最後まで立っていた奴が勝ちだ。但し予選とは違い観衆の目があるから無様を晒せば後々まで響くぞ」
「ちょっと評議長!!」
「黙れ。そもそも運営委員会があーだこーだとゴネ続けて開催日を引き延ばしたのが原因だ。俺が直接関わらなければ何時までも開催できなかったのではないか?恨むなら無能な上司を恨め、以上。開始時間位はお前に任せる」
「えぇ……」
観衆と参加者の視線が舞台に集中する中、運営委員会の一人は縋る様に来賓席を見つめる。が、其処にいるブラッドは隣に座る来賓と和やかそうに談笑を始めていた。"こりゃ駄目だ"、運営委員会は諦めた様にそう呟く声は観衆の熱気交じりの声に掻き消され、隣に立つ伊佐凪竜一の耳にしか入らなかった。
「まぁ、生きてればいい事もあるよ」
「どうもありがとう。ってアンタ、俺の事気にしてる場合じゃないでしょ。予選と同じ形式なら間違いなく全員がアンタを狙うよ。確かにあんたべらぼうに強いけどさ、でもあそこに立つ人達も同じ。今度こそ死ぬよ?」
「大丈夫だよ。負けられない理由、あるから」
「はぁ。開始時間、引き延ばせて30分が限度ですから。少しでも休んでおいて下さいよ」
「ありがとう」
「コチラこそ」
運営委員会はそう伊佐凪竜一を慮ると、力無く手を振りながら壇上から降り、その足で他の参加者達の元へと向かった。
※※※
――ナイトギア闘技場 特権階級用来賓席
まるで本戦出場者を煽るかの様な演説を終えたブラッドは来賓席に戻り、そして一人の女の横に座った。其処には白いローブを纏った30から40代程の女性であり、ブラッドとは対照的なまでの穏やかさが表情に表れる。身に纏うローブの意匠はブラッドと同じ意匠が施されており、またその周囲には屈強な護衛を連れ添っている人物は本大会を観覧する為に訪れた異星の来賓客だ。
「待たせたな」
「いいんですか?口と顔にこそ出していませんけど、でも相当根に持っていますよ。そこまでしてあの男の実力を測りたいと?」
「まぁそんなところだ」
2人はそう言うと仲良く伊佐凪竜一を見る。が、壇上に座り休憩する評議長は中央舞台を睨みつけながらも口の端を歪めている。心など読めなくてもその心情は察するに十分、自分の望む方向に物事が進んでいて上機嫌なのだ。
「スサノヲですか?」
「ご名答」
「それ位は服装を見れば分かりますけど……ですが、だとするならばどんな理由でこんな場所に?」
「実戦経験と新型オートマタの試験運用と言っていたな」
「まさか信じていないですよね?」
「当然だ。それに理由はまだある。実は客人がもう1人居る。歳の頃、10代半ばの少女だ」
「少女?」
その言葉に妙齢の女性が困惑した表情を浮かべる。
「あぁ、少女だ。しかも相応に物知りだ。何せここまで伸びに伸びた大会の開催日を知っていたからな」
「そう。確かにその年頃の少女が知るにはちょっと不自然……まさか、ね」
壮年の女性は何かの結論に辿り着いたのか、困惑した様子でブラッドを見つめる。
「あくまでも可能性だ。だが仮に俺達の予想通りだとして、どうしてスサノヲの一人……いやあの男と行動をしているのだ?今の状況が分かっていない訳ではあるまい。露見すれば半年前の件なぞ吹っ飛ぶ位の大事になるぞ」
「そうね、大問題というレベルでは済まないでしょうね……やはり出席を決めておいてよかったわ」
「俺もだよ」
「ところでその少女は何処にいるのかしら?」
「今、護衛を数人付けて好きに行動させている。何者であるにせよ、この催しは詰まらんだろうしな」
「そう……でも、どうやって此処まで転移したの?これまでの話からすると旗艦側から何の連絡も無かったのよね?」
「さてな。奴等と会ったのはテンペスト領のトライブだったが、周囲を調査しても転移の痕跡すら発見できなかったそうだ。が、面白い報告がある。街の小高い丘の上に店を構える星読み(=占い師)が、奴らが現れる一時間ほど前に空から流れ落ちる赤い流星を見たそうで、不吉だ不吉だと周囲に喧伝していたそうだ」
「流星?でも……いや、赤い?まさか、そんな機能を持っている機動兵器なんて一つしかありませんよね?」
「特兵研が開発していなければな」
「そう、やはり何かあるのね。ならばまずは彼の方からね。アナタが気に掛けるという男の腕前、私もこの目で見てみたいわ」
2人はそう言うと視線を中央の舞台へと移す。其処には舞台を片付ける委員会の姿、そして真っ当な手段で予選を勝ち上がった出場者達と彼らが睨み付ける伊佐凪竜一という男の姿。多くの視線、関心がたった一人の人間に集まる中、波乱に満ちた大会の本戦がついに始まる。
現地時刻が間もなく正午を迎えるというその僅か数分前、運営委員会からもたらされた情報は大会本戦出場者の間に雷光の如く広まった。予定外の敗者復活戦というイレギュラーだけならばまだしも、本戦出場を決めた謎の人物が100名を超える予選敗退者全員を僅か数分で薙ぎ倒したという情報が加わったのだ、真っ当な手段で勝ち上がった出場者達が興味を持つのは必然だ。
また、その情報が大会を心待ちにする観客達の耳に入るのも必然だった。名前も性別も姿さえ不明な何者かが参加国権限と評議長権限の二つを強引に行使するという極めて異例の形で執り行われた敗者復活戦を勝ち抜いたと聞けば興奮も一入だろう。
故に例年と同じく本戦の会場となるコロッセオの様な趣の円形状の建造物"ナイトギア闘技場"には入りきらない程の観客が押し寄せるが、今年に限れば異例の本戦出場を決めた謎の人物を一目見ようと押しかけた観客の波が客席から溢れだし通路にまで広がっている。
誰もが名を変え姿を変え開催国を変えながらも連綿と続いてきた大会に波乱が巻き起こる予感をはっきりと感じ取っており、この大会の後に控える連合最大のイベントなど完全に忘れ去られる程に熱狂しているのだ。
「えー。では先ほどお話しした通り、コチラの方が敗者復活枠から勝ち上がった本大会特別枠の方です」
超広大な闘技場の中央、戦士達が刃を交え、時には命を落とす血塗れの舞台の中央に備え付けられた壇上に立つ運営委員会の一人は簡素な説明の後、隣に立つ男を壇上に上げた。
闘技場の観客席は全三階層で構成され、最前列には特権階級と来賓用、その後ろ二列は観客席と大雑把に分けられる。当然後列に行くほどに安くなるという値段設定なのだが、押し掛けた観客が通路にまではみ出す様子を見れば、来賓席以外の区分けに意味など無いと言える程に混沌としている。
彼等のお目当ては只一人、評議長から推薦を受け敗者復活枠を劇的に勝ち上がった伊佐凪竜一を一目見る為だ。一方、360度をグルリと取り囲む好奇の視線とは明らかに違う視線を送る者もいる。本戦出場者達だ。
誰もがねめつける様な視線を送るのは、彼が異例尽くしの待遇を受けているからに他ならない。本来ならば予選の前には"予選出場者を決める為の予選"があるのだが、彼はそれを評議長の一存でパスされ、更に彼の為だけに久しく行われなかった敗者復活戦まで行われたのだ。
当然そんな待遇を与えられる人間がいるならば文句の一つでも出ようモノだが、誰も彼もがそんな好待遇を非難する様子は見せない。理解しているからだ。参加者の中には相当以上の手練れも混ざっていた筈なのに、目の前にいる男は木っ端の如く薙ぎ払い本戦への参加枠を勝ち取ったのだ。ライバルか、あるいは勝利を阻む大きな壁として警戒している。
「どいつもこいつもそう殺気立てるな」
誰もがたった1人に注視する中、唐突に冷静な男の声が闘技場に響いた。
「ゲッ。ひ、評議長!?」
「あの人は……」
「ご存知でしょう?」
「いや、名前は知らない」
「え、"名前は"って?し、知り合いじゃないの?」
「いや……まぁその、成り行きと言うか。今日知り合ったばかりでして」
「嘘でしょ?そんな不審な奴に本戦出場権を与えたのォ?相変わらず滅茶苦茶な人だ。勘弁してよ……えーと、あの人はブラッド=エデン。この星の最高意思決定機関"エクゼスレシア中央評議会"の頂点、評議長ですよ」
伊佐凪竜一の告白を聞いた運営委員会の男は大いに呆れ、やがて来賓席を見上げた。男の視線の先に立つのはブラッド=エデン。その名は確かにエクゼスレシア中央評議会の現評議長の名前と一致する。
元クロス・スプレッドのエースでありながら、神算鬼謀と腹芸にも長けた化け物。つい十年程前まで行われていた紛争をクロス・スプレッドを率いて終結させた功績と、その抜きんでた能力を買われる形で新政権の頂点に座った男。
だがこれは実情とは少しばかり異なるようだ。この男は自ら評議長になったのではなく、方々からの圧力により仕方なく座ったと言う事である。その理由は至極単純、為政者達はこの男が失政を犯すと期待したからだ。
クロス・スプレッドというエクゼスレシア最強の部隊を率いていたという華々しい経歴と、この惑星最後の紛争を終結させた事実は民衆が傾倒するには十分だ。つまり、この男が民、引いて政権に与えるの影響力は尋常ではない。
為政者達にしてみれば目の上のたん瘤であり、邪魔だから早々に消えて欲しいが実力で消すのは無理だから、と言う訳らしい。この星の監視者から事のあらましを聞いた私は大層呆れたし、何ならこの星の監視者も呆れていた。
しかし為政者達は大きなミスをした。ブラッド=エデンと言う男は相当以上に切れ者で、各方面への根回しも抜かりない有能な政治家でもあったと言う事だ。
まさか自分達が推薦した人間が自分達を脅かす程に有能だとは思わなかった為政者達は、今日も今日とて胃と精神に多大なダメージを負いながらブラッド評議長の言いなりとなっているのがこの星の政の内情だ。何やってるんですかね、事実を知った私は大いに呆れた。
「先ずは本戦参加者達、見事な手前だった。戦場では時に見方と敵の区別が曖昧となり、常に仲間が傍にいるとも限らない。予選ではお前達の実力と判断能力の2つが試された訳だが、誰も彼もが優秀な様で実に結構だ」
観客席の最前列、来賓席の中央から舞台に向けて語り掛けるブラッドはそこで言葉を止め、1人の男を見つめる。
「本心を隠して切れていないぞ?納得いっていないようだな。俺が推薦した事も、異例ずくしでこの大会に参加した人間がいる事も」
ブラッドは挑発的な語り口と共に再び本戦参加者達へと視線を移す。
「顔に出ずとも、言葉に出さずともその心情はよく分かる。さて、今回の本戦だが諸君らも知る通り諸々の事情で時間を掛ける事が出来ない。よって特別ルールで戦って貰う」
その言葉と同時、観客席が湧きたち、それまで平静を装っていた本戦参加者達の顔は一気に強張った。緊張、苛立ち、怒り、興奮、様々だ。
「納得いかないか?ならば戦いの場でぶつければ良い。ルールは単純。勝ち抜き戦では無く予選と同じ乱戦方式、最後まで立っていた奴が勝ちだ。但し予選とは違い観衆の目があるから無様を晒せば後々まで響くぞ」
「ちょっと評議長!!」
「黙れ。そもそも運営委員会があーだこーだとゴネ続けて開催日を引き延ばしたのが原因だ。俺が直接関わらなければ何時までも開催できなかったのではないか?恨むなら無能な上司を恨め、以上。開始時間位はお前に任せる」
「えぇ……」
観衆と参加者の視線が舞台に集中する中、運営委員会の一人は縋る様に来賓席を見つめる。が、其処にいるブラッドは隣に座る来賓と和やかそうに談笑を始めていた。"こりゃ駄目だ"、運営委員会は諦めた様にそう呟く声は観衆の熱気交じりの声に掻き消され、隣に立つ伊佐凪竜一の耳にしか入らなかった。
「まぁ、生きてればいい事もあるよ」
「どうもありがとう。ってアンタ、俺の事気にしてる場合じゃないでしょ。予選と同じ形式なら間違いなく全員がアンタを狙うよ。確かにあんたべらぼうに強いけどさ、でもあそこに立つ人達も同じ。今度こそ死ぬよ?」
「大丈夫だよ。負けられない理由、あるから」
「はぁ。開始時間、引き延ばせて30分が限度ですから。少しでも休んでおいて下さいよ」
「ありがとう」
「コチラこそ」
運営委員会はそう伊佐凪竜一を慮ると、力無く手を振りながら壇上から降り、その足で他の参加者達の元へと向かった。
※※※
――ナイトギア闘技場 特権階級用来賓席
まるで本戦出場者を煽るかの様な演説を終えたブラッドは来賓席に戻り、そして一人の女の横に座った。其処には白いローブを纏った30から40代程の女性であり、ブラッドとは対照的なまでの穏やかさが表情に表れる。身に纏うローブの意匠はブラッドと同じ意匠が施されており、またその周囲には屈強な護衛を連れ添っている人物は本大会を観覧する為に訪れた異星の来賓客だ。
「待たせたな」
「いいんですか?口と顔にこそ出していませんけど、でも相当根に持っていますよ。そこまでしてあの男の実力を測りたいと?」
「まぁそんなところだ」
2人はそう言うと仲良く伊佐凪竜一を見る。が、壇上に座り休憩する評議長は中央舞台を睨みつけながらも口の端を歪めている。心など読めなくてもその心情は察するに十分、自分の望む方向に物事が進んでいて上機嫌なのだ。
「スサノヲですか?」
「ご名答」
「それ位は服装を見れば分かりますけど……ですが、だとするならばどんな理由でこんな場所に?」
「実戦経験と新型オートマタの試験運用と言っていたな」
「まさか信じていないですよね?」
「当然だ。それに理由はまだある。実は客人がもう1人居る。歳の頃、10代半ばの少女だ」
「少女?」
その言葉に妙齢の女性が困惑した表情を浮かべる。
「あぁ、少女だ。しかも相応に物知りだ。何せここまで伸びに伸びた大会の開催日を知っていたからな」
「そう。確かにその年頃の少女が知るにはちょっと不自然……まさか、ね」
壮年の女性は何かの結論に辿り着いたのか、困惑した様子でブラッドを見つめる。
「あくまでも可能性だ。だが仮に俺達の予想通りだとして、どうしてスサノヲの一人……いやあの男と行動をしているのだ?今の状況が分かっていない訳ではあるまい。露見すれば半年前の件なぞ吹っ飛ぶ位の大事になるぞ」
「そうね、大問題というレベルでは済まないでしょうね……やはり出席を決めておいてよかったわ」
「俺もだよ」
「ところでその少女は何処にいるのかしら?」
「今、護衛を数人付けて好きに行動させている。何者であるにせよ、この催しは詰まらんだろうしな」
「そう……でも、どうやって此処まで転移したの?これまでの話からすると旗艦側から何の連絡も無かったのよね?」
「さてな。奴等と会ったのはテンペスト領のトライブだったが、周囲を調査しても転移の痕跡すら発見できなかったそうだ。が、面白い報告がある。街の小高い丘の上に店を構える星読み(=占い師)が、奴らが現れる一時間ほど前に空から流れ落ちる赤い流星を見たそうで、不吉だ不吉だと周囲に喧伝していたそうだ」
「流星?でも……いや、赤い?まさか、そんな機能を持っている機動兵器なんて一つしかありませんよね?」
「特兵研が開発していなければな」
「そう、やはり何かあるのね。ならばまずは彼の方からね。アナタが気に掛けるという男の腕前、私もこの目で見てみたいわ」
2人はそう言うと視線を中央の舞台へと移す。其処には舞台を片付ける委員会の姿、そして真っ当な手段で予選を勝ち上がった出場者達と彼らが睨み付ける伊佐凪竜一という男の姿。多くの視線、関心がたった一人の人間に集まる中、波乱に満ちた大会の本戦がついに始まる。
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