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第5章 聞こえるほど近く、触れないほど遠い
140話 光芒一閃 其の2
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何とも奇妙な時間だった。暗がりから姿を見せた敵は、銃口を構えたまま一向に動かない。
「戦うつもりか?」
戦うでもなく、かと言って何かを語るでもない無言の圧に耐えかねたタケルが動くが……
「そのつもりならばとうに始めている」
当人の返答はそっけなく……
「まさか、お前も話がしたいとでも言い出すつもりか?」
その様子が黒雷の中から語り掛ける不気味な男に重なって見えたルミナがもしやと問えば、サルタヒコ"そうだ"と一言で片づけた。
またか。だが、飄々とした語り口に2人は共に苛立ちを露にしながらも、しかし馬鹿正直に付き合う必要はないと行動を起こす。が……その足元に銃弾が撃ち込まれた。
「あぁ、俺じゃあない。相棒が話の続きをしたいと、それだけだ」
重なる破裂音の余韻にサルタヒコの声が重なる。機先を制する牽制射撃は退避を試みる2人の動きを見事に止めた。いや、寧ろ言葉の方か。会話を望むならば、いっそ可能な限り情報を引き出そうと腹を括る覚悟がルミナの足を止めたのだ。
「相棒……さっきの黒雷か?」
「そうだ。人の話は最後まで聞け。それとも、こんな事も親から教わらなかったのか、ルミナ=ザルヴァートル?」
その問いにルミナは答えられない。同時、彼女の表情が僅かに変化した。睨み付ける様な顔つきはそのままに、だが目に浮かんだ怒りがは鳴りを潜め、代わりにほんの僅か哀しみの色を帯びた。彼女の両親は幼少時に死亡しているという事実と彼女の態度は、恐らく両親からの愛情を殆ど受け取れなかったであろう事実を浮き彫りにする。
「何のつもりだ?」
タケルはその表情から彼女の心情を悟ったようで、ルミナとサルタヒコの間に割って立つ様に立ちはだかった。己の役割を正しく理解し、即実行に移せる彼はやはり頼りになると、私は何となく誇らしげな気分になった。
「無神経な質問をするな」
そう食って掛かる彼の視線は怒りに満ちている。感情をまだ完全に理解していないであろう彼だが、それでも傷つけられたルミナの傍に寄り添う。その様子を見た私は、彼の容姿と合わさりまるでお姫様の危機に駆けつける王子様の様に感じた。
男2人が互いを睨み合う。片方は不敵な笑みを浮かべながら銃口を相手に向け、もう片方は女性を庇いながら同時に専用武装を展開する。
「彼の言う通りですよ。彼女のご両親が小さい頃にお亡くなりになった事実、アナタは知ってるでしょう?」
だが、直後に2人とルミナの視線が同時に動いた。少し離れた街灯のさらに奥、真っ暗な闇の中に何者かの気配を感じた3人が視線だけを闇の向こうに向けると、やがて1人の男が闇を拭い去る街灯の下に歩み出た。
「その声、あの黒雷のッ!?」
「こうして直接お会いする事になろうとは、人生は何が起こるか分からないものですね。馬鹿正直に名乗りはしませんが、挨拶だけはしておきましょうか。見知らぬ相手であれ、礼儀を尽くすのは人の道ですから。どうぞよろしくお願いいたします、ルミナ=ザルヴァートル」
街灯の下、男は言葉通り挨拶と共に頭を軽く下げた。サルタヒコ以上に飄々としたその態度は、まるで仮面の下に本性を隠す道化そのものだ。
その顔がはっきりと私の視界にも映し出された。何と言うか……何処まで行っても凡庸な顔としか表現しようがない、そんな顔だ。取り立てて悪くもないが良くもなく、平々凡々で華がない。普通以外にどうにも評価出来ない中肉中背の三十後半から四十半ば程の男に何ら非凡な部分は見当たらず、何なら武器すら携行していない。
だが見た目とは段違いにその男の能力は抜きんでている。私は他星系の詳細な情報を持っていないが、恐らく各惑星の最高戦力と並ぶ程度には強い。だけど、なんでこんな男が今の今まで表舞台に出てこなかったのか。
「礼儀を尽くすとイうならば問答無用で攻撃するのはどうかと思うがな」
「相手を罠に嵌める様な真似もだ」
「これは手厳しい。しかし私達にも事情がありましてね」
「もうその辺で良いだろう、話の続きを始めたらどうだ?」
「まだ続けるのかッ!?」
「当然でしょう、タケル殿。私はその為に来たのですから。理由?今はどうでも良いでしょう?」
淡々とそう語る男は何処までも冷静だった。理由も意味も意図も何もかもが不明。ただ、話を望むというソレだけが確か。ルミナは自らをねめつける男を冷静に、鋭く睨み返す。
「では続けましょうか」
呆れた。この男、本当に話の続きを始めた。ルミナとタケルが睨み付けようが、半ば呆れ気味のサルタヒコにもお構いなしだ。
「貴女は英雄として崇める愚者達の期待を裏切らないよう勤め続けた。ですがその決断、本当に自らの意志でしょうか?本当は他者からの期待、あるいは評価を気にしているだけでは?本心では拒否したい、逃げたい。だがその瞬間に英雄ではなくなる。英雄ではない自分に価値はない。周囲から否定される恐怖からの逃避……あるいは、貴女が求め焦がれる伊佐凪竜一がその道を選んだから仕方なく貴女も同じ道を選んだのでは?人は自らの事となると鈍感で盲目的です。どうでしょう、違いますか?」
「私は自らの意志でココに立っている、他の誰でも無い私の意志だ!!」
彼女ならばきっとそう答えるだろうと私は思っていて、事実その通りに答えた。だけど、何故だか酷く盲目的に思えた。確かに人は自らの事になると途端に鈍く、盲目的になる。自らの意志で決めたと思っていても知らず知らずの内に選ばされた可能性だってあるし、それが英雄という肩書ならば尚更だ。
彼女がどれだけ強い意志を持とうとも数十億という夥しい数の期待……見えない圧力に影響を受けたかも知れないと、あるいは自らが認められないだけでその影響を受けたのだと、目の前に立つ男はそう言っているのだ。
「そうですか。ですが忠告します。ココより先、貴女が進む道には絶望しかない。それでも、その中でも自らの正しさを、自らの答えを証明し続けられますか?」
「そのつもりだ」
決意は揺らがない。だが、ルミナの態度に凡庸な男は酷く落胆した。
「呆れた方だ。貴女は自分で思うほどに強くはない。私にはただ背伸びして大人の振りをする子供にしか見えませんよ。この苦境においてまだ1人で抵抗を試みようとしているのがその証拠。1人では何も出来ないと知りながら、一方で極端に他者を拒む。心当たり、おありでしょう?貴女は周囲の有象無象を同じだと認められず、無意識に避け、見下している。今、貴女が認める相手は伊佐凪竜一だけ。しかし、いずれ居なくなります。自らの傍に置く価値は無いと貴女が自分から見捨てるからです。例え彼が望もうとも……」
「勝手に決めるな!!私達の生き方は私達で決めるッ!!」
「強情な方だ。ですが、偽りも貫き通せば真実になるかも知れません。精々頑張って下さい。英雄……そして最も神に近いと渾名されるザルヴァートルの血に呪いに殺されぬよう、ね。さて、私の話はコレでお終い。長々とお付き合わせして申し訳ございませんでした。では、続きと参りましょうか」
「待て、お前が話したその男はッ!!」
「知り合いだと言ったでしょう?」
終始一方的だった。男はもう話すことは無いと会話を切り上げると連絡を取り始めた。周囲にディスプレイが浮かぶと同時、男は街灯の外へと歩を進め、程なく闇の中に沈んだ。ディスプレイの淡い光が闇の中に踊り、程なく消えた。
直後、灰色の光が周囲を照らした。短距離転移の際に開く門の中から漏れる灰色の輝きの中に口の端を歪めた男の顔が浮かぶ。
――ズシン
一瞬の後、周囲を揺らす衝撃を伴いながら黒雷が出現した。片膝を付くその姿勢は、さながら主に忠誠を誓う騎士の如く。愛機を呼び出した男は開け放たれた操縦席へと一足飛びで消え去ると、ソレはすぐさま立ち上がった。同時、未だ消えぬ灰色の輝きに手を突っ込むと武器を引き摺りだした。
"さあ、戦いましょう"。その振る舞いは言葉以上の説得力で男の心情を雄弁に語る。その行動の大半に意味を見いだせないが、しかし戦いを望むという一点を理解したルミナとタケルは銃と刀を実体化させ、臨戦態勢をとった。
だが、男は語らない。何故ルミナと話をしたかったのか、あの話に何の意味があったのか。何もかもがそうだ。肝心な事だけが全く分からない。
「戦うつもりか?」
戦うでもなく、かと言って何かを語るでもない無言の圧に耐えかねたタケルが動くが……
「そのつもりならばとうに始めている」
当人の返答はそっけなく……
「まさか、お前も話がしたいとでも言い出すつもりか?」
その様子が黒雷の中から語り掛ける不気味な男に重なって見えたルミナがもしやと問えば、サルタヒコ"そうだ"と一言で片づけた。
またか。だが、飄々とした語り口に2人は共に苛立ちを露にしながらも、しかし馬鹿正直に付き合う必要はないと行動を起こす。が……その足元に銃弾が撃ち込まれた。
「あぁ、俺じゃあない。相棒が話の続きをしたいと、それだけだ」
重なる破裂音の余韻にサルタヒコの声が重なる。機先を制する牽制射撃は退避を試みる2人の動きを見事に止めた。いや、寧ろ言葉の方か。会話を望むならば、いっそ可能な限り情報を引き出そうと腹を括る覚悟がルミナの足を止めたのだ。
「相棒……さっきの黒雷か?」
「そうだ。人の話は最後まで聞け。それとも、こんな事も親から教わらなかったのか、ルミナ=ザルヴァートル?」
その問いにルミナは答えられない。同時、彼女の表情が僅かに変化した。睨み付ける様な顔つきはそのままに、だが目に浮かんだ怒りがは鳴りを潜め、代わりにほんの僅か哀しみの色を帯びた。彼女の両親は幼少時に死亡しているという事実と彼女の態度は、恐らく両親からの愛情を殆ど受け取れなかったであろう事実を浮き彫りにする。
「何のつもりだ?」
タケルはその表情から彼女の心情を悟ったようで、ルミナとサルタヒコの間に割って立つ様に立ちはだかった。己の役割を正しく理解し、即実行に移せる彼はやはり頼りになると、私は何となく誇らしげな気分になった。
「無神経な質問をするな」
そう食って掛かる彼の視線は怒りに満ちている。感情をまだ完全に理解していないであろう彼だが、それでも傷つけられたルミナの傍に寄り添う。その様子を見た私は、彼の容姿と合わさりまるでお姫様の危機に駆けつける王子様の様に感じた。
男2人が互いを睨み合う。片方は不敵な笑みを浮かべながら銃口を相手に向け、もう片方は女性を庇いながら同時に専用武装を展開する。
「彼の言う通りですよ。彼女のご両親が小さい頃にお亡くなりになった事実、アナタは知ってるでしょう?」
だが、直後に2人とルミナの視線が同時に動いた。少し離れた街灯のさらに奥、真っ暗な闇の中に何者かの気配を感じた3人が視線だけを闇の向こうに向けると、やがて1人の男が闇を拭い去る街灯の下に歩み出た。
「その声、あの黒雷のッ!?」
「こうして直接お会いする事になろうとは、人生は何が起こるか分からないものですね。馬鹿正直に名乗りはしませんが、挨拶だけはしておきましょうか。見知らぬ相手であれ、礼儀を尽くすのは人の道ですから。どうぞよろしくお願いいたします、ルミナ=ザルヴァートル」
街灯の下、男は言葉通り挨拶と共に頭を軽く下げた。サルタヒコ以上に飄々としたその態度は、まるで仮面の下に本性を隠す道化そのものだ。
その顔がはっきりと私の視界にも映し出された。何と言うか……何処まで行っても凡庸な顔としか表現しようがない、そんな顔だ。取り立てて悪くもないが良くもなく、平々凡々で華がない。普通以外にどうにも評価出来ない中肉中背の三十後半から四十半ば程の男に何ら非凡な部分は見当たらず、何なら武器すら携行していない。
だが見た目とは段違いにその男の能力は抜きんでている。私は他星系の詳細な情報を持っていないが、恐らく各惑星の最高戦力と並ぶ程度には強い。だけど、なんでこんな男が今の今まで表舞台に出てこなかったのか。
「礼儀を尽くすとイうならば問答無用で攻撃するのはどうかと思うがな」
「相手を罠に嵌める様な真似もだ」
「これは手厳しい。しかし私達にも事情がありましてね」
「もうその辺で良いだろう、話の続きを始めたらどうだ?」
「まだ続けるのかッ!?」
「当然でしょう、タケル殿。私はその為に来たのですから。理由?今はどうでも良いでしょう?」
淡々とそう語る男は何処までも冷静だった。理由も意味も意図も何もかもが不明。ただ、話を望むというソレだけが確か。ルミナは自らをねめつける男を冷静に、鋭く睨み返す。
「では続けましょうか」
呆れた。この男、本当に話の続きを始めた。ルミナとタケルが睨み付けようが、半ば呆れ気味のサルタヒコにもお構いなしだ。
「貴女は英雄として崇める愚者達の期待を裏切らないよう勤め続けた。ですがその決断、本当に自らの意志でしょうか?本当は他者からの期待、あるいは評価を気にしているだけでは?本心では拒否したい、逃げたい。だがその瞬間に英雄ではなくなる。英雄ではない自分に価値はない。周囲から否定される恐怖からの逃避……あるいは、貴女が求め焦がれる伊佐凪竜一がその道を選んだから仕方なく貴女も同じ道を選んだのでは?人は自らの事となると鈍感で盲目的です。どうでしょう、違いますか?」
「私は自らの意志でココに立っている、他の誰でも無い私の意志だ!!」
彼女ならばきっとそう答えるだろうと私は思っていて、事実その通りに答えた。だけど、何故だか酷く盲目的に思えた。確かに人は自らの事になると途端に鈍く、盲目的になる。自らの意志で決めたと思っていても知らず知らずの内に選ばされた可能性だってあるし、それが英雄という肩書ならば尚更だ。
彼女がどれだけ強い意志を持とうとも数十億という夥しい数の期待……見えない圧力に影響を受けたかも知れないと、あるいは自らが認められないだけでその影響を受けたのだと、目の前に立つ男はそう言っているのだ。
「そうですか。ですが忠告します。ココより先、貴女が進む道には絶望しかない。それでも、その中でも自らの正しさを、自らの答えを証明し続けられますか?」
「そのつもりだ」
決意は揺らがない。だが、ルミナの態度に凡庸な男は酷く落胆した。
「呆れた方だ。貴女は自分で思うほどに強くはない。私にはただ背伸びして大人の振りをする子供にしか見えませんよ。この苦境においてまだ1人で抵抗を試みようとしているのがその証拠。1人では何も出来ないと知りながら、一方で極端に他者を拒む。心当たり、おありでしょう?貴女は周囲の有象無象を同じだと認められず、無意識に避け、見下している。今、貴女が認める相手は伊佐凪竜一だけ。しかし、いずれ居なくなります。自らの傍に置く価値は無いと貴女が自分から見捨てるからです。例え彼が望もうとも……」
「勝手に決めるな!!私達の生き方は私達で決めるッ!!」
「強情な方だ。ですが、偽りも貫き通せば真実になるかも知れません。精々頑張って下さい。英雄……そして最も神に近いと渾名されるザルヴァートルの血に呪いに殺されぬよう、ね。さて、私の話はコレでお終い。長々とお付き合わせして申し訳ございませんでした。では、続きと参りましょうか」
「待て、お前が話したその男はッ!!」
「知り合いだと言ったでしょう?」
終始一方的だった。男はもう話すことは無いと会話を切り上げると連絡を取り始めた。周囲にディスプレイが浮かぶと同時、男は街灯の外へと歩を進め、程なく闇の中に沈んだ。ディスプレイの淡い光が闇の中に踊り、程なく消えた。
直後、灰色の光が周囲を照らした。短距離転移の際に開く門の中から漏れる灰色の輝きの中に口の端を歪めた男の顔が浮かぶ。
――ズシン
一瞬の後、周囲を揺らす衝撃を伴いながら黒雷が出現した。片膝を付くその姿勢は、さながら主に忠誠を誓う騎士の如く。愛機を呼び出した男は開け放たれた操縦席へと一足飛びで消え去ると、ソレはすぐさま立ち上がった。同時、未だ消えぬ灰色の輝きに手を突っ込むと武器を引き摺りだした。
"さあ、戦いましょう"。その振る舞いは言葉以上の説得力で男の心情を雄弁に語る。その行動の大半に意味を見いだせないが、しかし戦いを望むという一点を理解したルミナとタケルは銃と刀を実体化させ、臨戦態勢をとった。
だが、男は語らない。何故ルミナと話をしたかったのか、あの話に何の意味があったのか。何もかもがそうだ。肝心な事だけが全く分からない。
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