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第5章 聞こえるほど近く、触れないほど遠い

142話 その男、魔導士 其の1

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「何者でしょうか?今は戦闘中ですから大人しく帰っ……なッ!?」

 ステロペースが全てを語り終えるその直前、屋上の人影がゆらりと動いたかと思えば……次の瞬間には何もない空中へと身体を投げ捨てた。

「死ぬ気か!!」

「自殺!?」

 何者とも知れない影の自殺にルミナとタケルは呆気にとられる。無理もない。全高約30メートル程の黒雷が見上げるビルの高さはざっと計算しても50メートル以上はある。落ちれば確実に死ぬ高さだ。

 が、そうはならない。飛び降りた人影は落下直前に不自然な程に減速、トンという軽い靴音と共に着地した。落下すれば死は免れない高さから躊躇ためらいなく飛び降り、何事もなく地面へと降り立つという一連の行動は露骨なまでデモンストレーションに見えた。見る者に自分は只者ではないと理解させる過剰な演技を見せつけた人影はそのまま黒雷へと歩を進める。

「魔道……しかもあの杖、コレは少々厄介ですね」

 そう、アレは魔道だ。直前までカグツチは何の反応も示していないのに不自然に減速するその挙動は、スサノヲとはまた別の技能の賜物たまもの。つまりあの人影はカグツチを魔力に変換する技術を修めた魔導士という事になる。

 ゆっくりと、尚も黒雷の元へと歩む人影は大型ディスプレイが据え付けられたビルを通りがかる。直後、映像が少々演出過剰な広告へと切り替わった。明滅する派手な光が闇に覆われた人影の姿を露にする。男だ。広告の光が照らす人影は、少しばかり幼さの残る青年の姿を闇の中から掬い上げた。

「戦闘を続けるなら、今度は容赦しない」

 黒雷に向け青年が声を上げた。同時、青年の姿を全員がはっきりと眼で捉えた。真っ赤な髪、カグツチを魔力に変換する紋様が織り込まれた魔道衣と呼ばれる衣服を纏い、更には鍵の形を模した不思議な形状の杖を持った青年が……周囲を浮遊する真っ赤な火球の中に浮かび立った。

「まさか四原の一角が自らお出迎えとは、恐縮痛み入ります」

「どうやら自己紹介は必要なさそうだ。ならこの先には我々が神から与えられた特区がある事も当然知っているだろう?旗艦法さえ及ばぬ治外法権への侵犯は我がアヴァロンへの侵犯と同義。それ以上近づけば容赦はしない」

「コレは……参りましたね。そのような大それた真似をするつもりはありませんよ。私はただ犯罪者を追っていただけ。どうかご容赦願い……」

 黒雷は至極真っ当で言い逃れしようの無い言葉で説得を試みる。が、青年は説明を全て聞き終える前に黒雷を攻撃した。

 ――ドンッ ドンッ

 衝撃と、続けざまに赤い花火。激しい音と熱を伴う赤い輝きにルミナとタケルはまたしても呆気にとられる。あの青年だ。現場を俯瞰していた私はほんの少し前に起きた出来事を正確に把握出来た。あの青年、ほぼ無詠唱で黒雷の背後に燃え盛る火球を生み出し、ぶつけた。衝撃と花火は青年の魔導による攻撃によるもの。

 だけど、その威力は桁違いだ。全高30メートルの巨体を激しく揺さぶる威力をほぼ無詠唱で行使した挙句、ルミナをあれ程に翻弄したステロペースに苦も無く当てた。黒雷はその動きを止める。そうせざるを得ない。目の前の青年はそれ程の実力を持っている。

 その実力はスサノヲや守護者に匹敵するとまことしやかに囁かれる惑星アヴァロンを治める四原色の魔導王。あの青年はその1人、カルナ=ダグザ・ロア。

「四原色の代表が人の話を遮る無礼を働くとは思いませんでしたよ。それとも……」

 底知れない実力の一端を見せつけたカルナにステロペースが再び語り掛ける。が……

「お前が無辜むこの民を射線上に入れているのが分からないとでも思っているのかッ!!いいから退けッ!!」

 取り付く島もない。

「そうは参りません、貴方はご存じないでしょうが……」

 ステロペースは尚も食い下がる。ルミナにそうした様に、言葉巧みに優勢を維持しようと試みているのか。だが、それもこれも相手が話を聞く気がある事が大前提。どんな言葉にも全く耳を貸さないカルナが右手を正面にかざすと、周囲を舞う火球がまっすぐ伸びた指の先で1つになる。燃え盛る巨大な炎の塊は、さながら闇夜に浮かぶ恒星の如く美しく激しい。

「聞く気はない」

 その声はゾッとする程の冷たさを感じた。直後、彼は黒雷目掛け巨大な火球を打ち出した。球形の豪炎は黒雷型が展開した防壁に触れるや凄まじい衝撃を伴いながら破裂し、機体を吹き飛ばした。

 先ほどよりも何段階も桁外れたその威力は衝撃で周辺の木々や建造物さえも大きく揺さぶり、更にルミナとタケルも大きく後方に後ずさりせざるを得なかった事からも明確だった。彼、どうやらステロペースの言葉がよほどカンに障ったようだ。

「全部知っていて、それでも尚命令している。最終警告だ。退けッ!!」

 カルナがそう言い放つと同時、まるでその言葉を合図とする様に数人の魔道士達がカルナの背後に立つビルから姿を現した。黒雷はその様子を微動だにせず眺め、ルミナとタケルは魔導士達の動向に気を配るべく少しあとずさり、全体を俯瞰する位置から両者の動向を探る。

「分かりました。今、事を大きくするつもりはありません。では御機嫌よう、ルクセリア=ザルヴァートル。然るべき場所で再び会いましょう」

 やけに聞き分けが良い。黒雷が漏らした声を聞いた私はそんな印象を持った。戦闘禁止区域となるミハシラに転移したかと思えば、"ただ話がしたい"そうだ。なのに、その癖に戦闘行為を行うと言う矛盾を実行したかと思えば、カルナの実力を見た途端に踵を返した。

 "事を大きくするつもりはない"という言葉に不自然さは無いし、彼の実力を前に引き下がったのも納得がいく。同盟惑星"アヴァロン"の代表であり、同時に最強の戦力でもある"カルナ=ダグザ・ロア"を含む四原色の魔導王達は、嘘か本当か個人の戦闘能力が国一つと同じという噂もある。

 ルミナだけが相手ならばまだしも、カルナまでを相手にするには流石に分が悪いと判断したのか。あるいは言いたい事を伝えて満足したのか。結局最後まで正体不明の黒雷とそれを駆るステロペースは、名残惜しむ素振りすら見せないまま機体後方に生成された灰色の光の中へ消え去った。いつ終わるとも知れない戦いは漸く終わった。

「どういう事情か分かりかねますが、しかし残念ですが僕にこれ以上の手伝いは無理ですよ」

 ほっと胸を撫で下ろし、武器をしまおうとするルミナとタケルの背後からそっけない声が聞こえた。振り向けば何時の間にやらカルナが2人の傍まで近づいていた。

 が、その手には燃え盛る火球が浮かんでいる。揺らめく炎を凝縮した赤い火球の輝きに照らされた青年の目には明確な敵意と攻撃の意志を感じる。

「四原色の代表、カルナ=ダグザ・ロアですね。出来れば説明をさせて頂きたイ……」

「申し訳ありません、直ぐにこの場から引き上げます」

 炎に浮かぶ青年の顔を見たルミナは迷うことなくそう告げた。元よりそのつもりだったのだろう。今の彼女はお尋ね者であり、会話の相手は惑星の代表。ただ話したと言うだけであっても、今の守護者からどんな理由で何をしてくるか分からない。そう理解する彼女は、カルナの為に急ぎこの場を離れようとする。

「ルミナ=AZ1。それは結構ですが、貴女は指名手配の身。加えて守護者が面倒極まりないコードを発令した事によりほぼ逃げ場が無い。そんな状況で何処に逃げるつもりでしょうか?仮に当てがあったとして、そこでも今の様に戦い、戦火を広めるおつもりですか?」

 カルナは冷静にルミナの現状と今後を予測し、その上でどうするかを尋ねた。背中からぶつけられたストレートで正確な言葉に彼女は窮し、動きを止めた。逃げ場が無い事実はコード・ケラウロスが発令された時点で分かり切った事。しかし彼女を止めたのはソチラではなく、自らが原因で被害を被る人間が増えると言う事実。それのみが彼女を追い詰める。

「それでも……私達は間違ってはいない、それを証明する為に今は捕まる訳には行きません。ですから逃げ続けます」

 僅かに考え込んだ後、彼女はカルナの目を見つめると澱みなくそう答えた。私はそんな彼女を見て、呆れるほどに純粋で真っ直ぐで、だからこそ儚いという印象を持った。

 一方のカルナはルミナの言葉を信じた証として右手に浮かぶ炎を掻き消し、つり上げた眉を下ろすと"フゥ"と大きな溜息をついた。彼女の言葉に偽りが無いと判断したようだ。少なくともそう思える行動にルミナとタケルは窮地を救った若者を改めて真っ直ぐに見つめた。
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