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第6章 運命の時は近い

214話 対熾天使戦 其の7

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「何ィ!?」

 まさかの事態。想定外、理外の攻撃に守護者の上ずった声が木霊する。「ただ成り行きを見守るしか出来なかった普通の女」が「損壊した脚部を破壊しかねない程の強烈な一撃を与えた」二重の想定外は、完全に油断していた守護者を動揺させるには十二分。辛うじて転倒を堪えていた黒雷は堪らず自重を支える剣を手放した。

 ズシン――

 大きな衝撃を伴い黒雷は転倒した。

「死にてぇのかクソアマァ!!」

 大きな衝撃に殊更汚い言葉で罵る男の怒号が混じる。同時、黒雷は重力制御装置を操作し体勢を立て直そうと試みる。が、今度はそのタイミングでアックスが黒雷へと駆け寄る。操縦者への直接攻撃か?しかし黒雷に機体外部から操縦席を解放する機能は存在しない。では一体何を……

「カメラかッ!!」

 私が気付くその前に誰かが叫んだ。いち早く目的を察したのはタケルだった。

「全く、用意周到な事だ」

 ほぼ同じタイミングでセラフもアックスの目的を看破した。アレは対黒雷(ついでに式守も)を想定した武器。元は幾つかの惑星に存在する反連合的な活動組織が非合法に作りだした特殊な手榴弾。

「ご名答ってな!!」

 してやったり。そんな感情を隠そうともしないアックスは満面の笑みと共にソレを黒雷の頭部と背面(何れもカメラが存在する部分)目掛け放り投げ、更に右手に握りしめた銃でそれを正確に撃ち抜いた。空中を舞う手榴弾は標的の近くで立て続けに破裂、黒い煙幕を撒き散らす。

「ッざけんなよ!!こっちにはなァ、こういうモンもあるんだよカスが!!」

 黒雷は相も変わらず下卑た口調で、しかし隠し持っていた切り札を切ると宣言した。直後、黒雷の周囲が僅かに歪む光景を捉えた。

「やはり……」

「盗まれていたか」

 黒雷が発動した切り札、防壁を見たタケルとルミナ反応は酷く淡泊だ。特兵研から防壁を発生させる八尺瓊勾玉ヤサカニノマガタマが持ち出されており、その内の1つが目の前の黒雷に組み込まれているという、ソレだけだ。

「ハッ!!馬鹿が甘めぇんだよッ、コイツの前では何もかもが無駄だァ!!」

 手榴弾が振りまく黒煙の中から守護者が吠える。が、余裕と無知が織り交ざった言葉にルミナも、タケルも、セラフ達、それに私を含めた全員が驚き呆れた。黒雷を駆る守護者が現状を正しく理解していないとは実に信じ難い話だ。

 アックスが放り投げた手榴弾に破壊力は全く無い。それは黒雷、もっと正確に言えば対人以外を想定した特殊兵器。アックスが破裂させた手榴弾から飛び散った黒煙に含まれる粉末は空気中の水分と反応すると高い粘着性を持った物質へと変化、べったりと付着する。当然、カメラのレンズにも。アレは攻撃位置とタイミング隠す煙幕ではないのだ。

 防壁の性能は確かに高い。人の意志と反応したカグツチを触媒に発動するソレは大抵の攻撃、物体から身を守る事が可能。一方で欠点が無い訳では無い。

 人の意志に反応する故に、人(この場合は操縦者)が必要と判断した物質、例えば空気や水分等は貫通するし、無害と判断したモノもまた同じ。その特性上、装備する者の知識や意識に大きく左右されてしまう。世に万能、全能など存在しない。故に与えらえた力の特性を理解し、最大限に引き出す努力と知識が求められる。どれだけ優れた性能を持っていようが、防壁アレは無能には扱えない。

「勝負あったか」

 遠く離れた位置から黒煙を真面に浴びる黒雷の醜態にミカエルが本音を零すと……

「おい……どうなってんだ?なんで見えねぇんだオイ!!」

 傲慢しか吐き出さなかった守護者の口から別の感情が表出し始める。視点を黒雷の頭部に映せば、カメラどころか頭部全体がべったりとした黒い粘性物質に覆われていた。視認が出来なければ戦闘の継続は困難極まる。とは言え全く不可能という訳ではない。機体に備わった生体反応検知機能を含む幾つかのセンサー類を最大限に活用すれば継続は可能だが、その領域となると熟練者の芸当であり未熟な人間には到底真似できない。

 ただ、この操縦者は少なくとも未熟では無い上に守護者でもある。ココまでの言動から総合すると全くそう思えないのだが、厳しい訓練と選抜を潜り抜けた精鋭の筈。ならば視界の大半を塞がれた状態で戦闘を継続するか、さもなくば潔く黒雷を乗り捨てるか。

 が、現実は予想の何れとも違った。白川水希とアックスの連携により視界を塞がれた黒雷は無意味に暴れ始めた。手当たり次第、誰もいない場所に向け出鱈目に攻撃を仕掛けるその様子はまるで駄々っ子そのもの。黒雷での戦闘を継続するでもなく、かと言って生身で戦う気概も無いようだ。

 気持ちは分からなくはない。生身で戦う場合、3対1と一転して劣勢を強いられる上に黒雷と互角以上に戦うルミナが含まれているのだ。彼女を相手に生身で戦うなどオレステスかアイアース位しか出来ない芸当。だから、黒雷の中から出てこれなくても不思議ではない。

 しかし……だからこそ、だ。視界の大半を塞がれた黒雷での戦闘を余儀なくされたとは言え、ココまで狼狽するものか?今も無様に無我夢中で暴れるその姿は余りにも情けなく、コレが守護者であるとは到底信じ難い。ルミナ、白川水希、アックスもまた同じく。頭に過る微かな違和感を押し殺しながらその様子を少し離れた場所から眺めるが、程なく互いの目を見合わせると頷き、タケルの元を目指す。

「……ぇな……オイ!!ならァ、こうしてやるまでさッ!!」

 黒雷が再び吠える。悪あがきか、それとも……。しかし、何れにせよ対応せざるを得ない。止むを得ないとルミナが振り向けば灰色の輝きが映る。何か武器を転移させようとしているが、形成された門のサイズから判断すれば相応以上に大きい。

 やがて、灰色の中から巨大な武器が引き摺りだされる。残光を纏いながら戦場に姿を見せたのは実体弾、非実体のエネルギー弾から超広域破壊専用弾に至る様々な弾丸の撃ち分けが可能な黒雷専用の大口径ランチャー。

 武骨で巨大な砲身から発射される弾丸が何であれ、直撃すれば人も物もタダでは済まない。しかも、出鱈目な方向に発射された内の一発でも避難区域に命中すればどうなるかは想像に難くない。被害状況の如何に関わらず、確実にルミナが原因と吹聴される。

 ドォン――

 刹那、地響きと共に黒雷は再び地に伏した。私が脳裏に最悪の予想を描いたその時にはルミナは既に行動を開始しており、一足飛びで黒雷の正面に移動すると視界を塞がれ無防備を晒す胴体部目掛け何度目かの回し蹴りを見舞った。

「ウォオオオッ!?」

 黒雷から言葉にならない叫び声が上がる。最早正気ではいられない、そんな心情が震える声色に乗る。

「とても守護者とは思えないが、まさかな……」

 一方、蹴った反動で大きく弧を描きながら着地したルミナは酷く静かに、一言そう零した。光を反射し美しく輝く銀髪の隙間から覗く青い目が見つめるのは情けなく寝そべる黒雷。

 戦況は圧倒的に優勢で、となればこのまま放置してタケルの援護に向かうのが最善。が、彼女はそう考えない。慎重に、注意深く観察する眼差しに驕りは無い。この状況を優勢だと認めていない。そんな彼女の視線は地面にめり込んだまま動かない黒雷に縛られる。

「チクショウがぁあぁぁッ!!」

 違和感。もう何度目か地面にのめり込む事になった黒雷は上体をゆっくりと起こすと這いずるような体勢のまま脚部に内蔵された小銃を取り出し、出鱈目に撃ち始めた。

 その様子と機体から叫ぶ声を総合するならば混乱していると言う評価が最も正しい。だが銃を撃ちまくるものの周囲に些細な被害を及ぼすだけで目標には掠りもしない。それもその筈、3人は黒雷の死角となる足元に避難しているからだ。生体反応を追えばその事に気付いただろうが、しかし一向に気付かない様子を見れば本当に分かっていないのだろう。

 私の中にルミナと同じ疑問が湧き上がる。こんな有様で本当に守護者を名乗るのか?そんな真似を許すのか?いや、そもそも僅か前の戦闘で見せた高い操縦適性から判断すれば、今の素人然とした暴れっぷりは人が変わったかのようにさえ感じる。

 嫌な予感がする。何か、猛烈に嫌な……
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