上 下
230 / 346
第6章 運命の時は近い

216話 戦い終わり

しおりを挟む
「逃げるぞっ」

 絞り出すようなルミナの叫びが燦燦さんさんたる戦場を横断する。映像から自分達の立場が完全に失墜したと理解した彼女は迅速に行動へと移した。もう、逃げる以外に選択肢は無い。

「止むを得ないなか。クソッ!!」

 彼女の叫びにいち早く反応したタケルも追従、セラフに背を向けるや一足飛びで白川水希とアックスの元に移動、2人を抱え上げると脱兎の如くその場から消え去った。

 対するセラフ達を見れば……その様子を黙って見守るばかりで何らの行動も起こさない。ルミナの叫びからその後の行動に至る一連が予測出来なかった筈もなく、またその性能を十全に発揮すればこの場に引き留め続けるなど苦も無い。つまり、意図的に見逃した。

 彼等とて無事では済まないであろう行動の真意には守護者の非協力的な態度も含まれているだろうが、それ以外にも新総帥の命令に対し思うところがあったのだろうと思える。本当に新総帥の意を汲むなら全力で戦っていた筈だ。例えウリエルが指摘した通り、全力を出したセラフとルミナの激突によりマガツヒを呼び込む可能性があったとしても、だ。

 推測でしかないが、前総帥の血縁であるルミナと戦う事自体に拒否感があったのではないだろうか。彼女が捕獲されれば旗艦法の最高刑である黄泉への幽閉、もしくは連合法の最高刑である追放刑の何れかが適応されるのは必至。何れにせよ彼女の未来は閉ざされる。前総帥とその前の総帥は特に人格者として連合から高く評価されていた点に前総帥を殺害した主犯と信じていない言動と合わせるならば、総帥の血縁に連なるルミナとの戦闘にセラフ達が拒否反応を示したとしても違和感は無い。

 だがあくまで見逃すという行動だけ。セラフが如何なる思考に基づき行動しているかは未だに見えない。特に、何故アクィラ前総帥の殺害現場に姿を見せなかった理由が全く分からない。

「ホント女って怖ぇえよなぁ。半信半疑だったがこうも上手く行くとはねぇ。オイ、セラフ共。俺の演技に魅入ってないで追いかけろよ?まさか1人も捕まえられないなんて恥は晒さないよなぁ?」

 黒雷を駆る守護者は隠す必要が無くなったとばかりにこれまでの言動を演技だと暴露した。私の中で嘲笑う女の影がより一層大きくなる。誰かからの指示を匂わせていたが恐らくタナトス……

「女?我らの他に協力者がいるのか?」

「知らねぇのか?ディオスクロイ教のナントカって教祖が協力してくれてんのさ。半年前から何かコッチで色々手伝ってたらしいぜ?」

 ではない?ディオスクロイ教の教祖の指示だと、守護者は得意満面に語った。確かその名、ルミナが口に出していた筈。さしたる特徴も無い、平々凡々でありふれた新興宗教。情勢が不安定になると神に縋りたいと語る人間が増えるのは(情けないが)世の常。

 半年前の神魔戦役はそう言った連中が信者を増やしやすい時期でもあったから特段気にも留めなかったが、まさかその内の1つに守護者との繋がりがあるとは。いや、そもそも入艦に際し身元のチェックは厳重に行われるのに、どうしてこんな人物が素通しになったのだ。

「新興宗教と守護者に何の接点も無いと思うが?」

「そんなの俺も知らねぇよ。だけど総代と懇意にしてたようだから愛人か何かだろうさ。そんな事よりとっとと追いかけろよ」

「新総帥から受けた命令は"伊佐凪竜一の捕獲を手伝え"のみ。故に我らはこれより彼を追跡する。それから一つ助言だが、助けが来るまでの間に演技の勉強をしておくことを勧める。君の様な者を"大根役者"と言うそうだ」

「良い度胸だな、どうなっても知らねぇぞ!!」

「我らは自らの判断でその生き方を決める権利を与えられている。君にどうこう指示される謂れはない。では行くぞ」

 膨れ上がる疑問を他所に両者は決別した。やはり協力関係の破綻は確定的なようで、セラフ達は守護者と明確に反目すると何処かへと飛び去った。残ったのは黒雷1機のみ。

「チッ、使えねぇ。こちらコードネーム、ジャック。目標ターゲット"D-2"は逃走、追跡したいがモニター潰されちまって出来ねぇ。この場から急速に離れる生体反応を転送するからそっちで追いかけてくれ。"D-1"は追跡進路上の何処かで降ろされたようだ。多分この近くにある転移施設から転移しようとする筈だから転移反応ソッチ追うよう依頼してくれや。俺も機体の乗り換えが終わり次第手伝いに回る……あ?セラフ?知らねぇよ、アイツ等適当に理由付けてどっか行っちまいやがった」

 黒雷内の守護者はそう忌々しそうに伝えると、機体前方に出現した灰色の光の中に吸い込まれていった。

 漸く戦いが終わった。周囲を見回せば、ボロボロとなった戦場には車の残骸、ひび割れ大小様々な穴に穿たれた道路、役目を果たせず崩れ落ちた障壁の奥には崩落した建造物の瓦礫などなど、双方が加減していたとは思えない程の惨状が広がる。

 まだ半年前の戦いの傷跡すら癒えていない状況の中、再び戦いが始まる。しかも、かつての戦いで互いを支えながら生き延びた地球人の伊佐凪竜一とアマツミカボシのルミナは再び戦いに巻き込まれてしまった。

 ……いや、何者かが意図してこの2人を巻き込んだと言った方が正しい。が、その目的が分からない。何を狙って巻き込んだのか、そもそもこの戦いの終端は何処に向かうのか。敵は何者か、どうやって連合最高峰の警備、監視体制を敷く旗艦アマテラスで暗躍しているのか。何もかもが理解できない。

 私は不意に席を立った。渦巻く疑問に加え鬱屈した感情を抱えたままでこれ以上の監視しごとは出来ないと、そう言い訳した私は部屋の壁一面に広がる窓ガラスを開け放ち、ベランダから外を覗いた。

 緩やかに流れる風に身を任せながら大きく背伸びをし、そして落ち着いたところで眼下を眺める。ココは私専用の部屋。他の誰も知らない上に監視の手も届いていない秘密の場所。旗艦の中央にそびえるミハシラの一角から下を眺めれば旗艦の居住区域が一望できる。

 再び緩やかな風が吹いた。旗艦に流れる風は自然とは違う厳しさを見せないそよ風が肌に触れる。寒いとも感じない、丁度良い強さと温度の風は私の心中に生まれた澱を優しく溶かしていく様に感じた。情報でしか知らないが、同盟惑星ではこうはいかないらしい。体温を奪うほどの冷たい風や命の危険があるほどの熱風が吹き、その強さも中には人が吹き飛ばされかねない程に強くなるらしい。

「ぬるま湯に浸かっているようだ」

 A-24が旗艦の穏やかな環境をそう揶揄した。やっかみだと、当時そう思った私は辛辣に、慇懃いんぎんに反論した。事実、彼から受け取った地球の気候データを見てみれば極端な天候の悪化、地球で台風、熱波、寒波、豪雪といった天候の変化は時に多くの人を犠牲にすると記録されていた。

 過酷な環境に暮らす人間から見れば安定した旗艦アマテラスの天候を楽園と絶賛するのは当然だし、同盟惑星からの一時渡航者の評価も賛辞で埋め尽くされている。だから、ココが楽園であると言うのは疑いよう無い事実だ。私は正しい筈だ、だから私の選択は間違っていない筈だ。私はそう強く念じた。いや、祈ったと言う方が近い。

 が、その祈りをへし折る思考が頭の隅を過った。もしかしたらあの言葉は私に向けたものかもしれないと、ふとそんな気がしてきた。安定した環境、神が監視する世界に厄介な問題など殆ど起きず、僅かなケースも全て神が片づけてしまう。アイツは私が神の監視する揺り籠、旗艦という安寧に堕落してしまったと、暗にそう伝えたかったのではないだろうか。

 はぁ。何度目かの溜息が私の口から零れ落ちる。ここ最近はずっとこんな調子だ。何をしていても暗鬱とした気分になる。何者かの奸計は伊佐凪竜一を、ルミナを、そして2人の動向を常に窺う私をも徐々に追い詰める。だけど、何時までもウジウジと悩む私とは対照的に2人の英雄は前を向く。一歩先さえ見通せぬ闇の中を躊躇いなく突き進む。何もかもが私とは違う。

 憧憬、心酔、尊敬、あるいは崇拝。気が付けば私はあの2人にそんな感情を抱いていた。不安定、確定しない未来の中を己が意志1つで突き進む強靭な意志を。私には無い力を持つあの2人に。きっと、あの2人ならばこの事態を解決してくれるだろうと、何があっても諦めない、折れそうになってもその度に立ち上がるその姿勢に何時しか惹かれていた。

 緩やかな風がそよぐ中、私は端末を操作する。程なく好天の空に英雄の姿が浮かび上がる。苦境の中にありながら前に進む2人の姿を見れば、心に溜まった暗い感情が押し流される。だけど、ぬるま湯と私を責める仲間の言葉だけは澱のように、何時までも私の心に残り続けた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

Hey, My Butler !

SF / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:0

僕の日常

K.M
青春 / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:0

うたかた謳うは鬼の所業なり

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:2

回復力が低いからと追放された回復術師、規格外の回復能力を持っていた。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:35,611pt お気に入り:769

9歳の彼を9年後に私の夫にするために私がするべきこと

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,116pt お気に入り:101

斬奸剣、兄妹恋路の闇(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

歴史・時代 / 連載中 24h.ポイント:476pt お気に入り:0

日常歪曲エゴシエーター

SF / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:3

色とりどりカラフルな世界に生きている

N
SF / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:0

ただ前に向かって

SF / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:0

転生したら魔王軍幹部だったんだが…思ったより平和な世界だったんですよ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:278pt お気に入り:2

処理中です...