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第7章 平穏は遥か遠く

251話 告白 其の2

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「貴方が今、気に掛けているのはフォルトゥナ=デウス・マキナですよね?」

 目の前には且つての面影を残さない程に疲弊したルミナ。そんな彼女の懇願に何も語らぬ伊佐凪竜一をリコリスが煽ると、図星を突かれた彼の目に僅かな動揺が浮かんだ。

「狙われていると、だから助けたいんですよね?でも何ら不思議な事ではありませんよ?」

「どういう意味だ!?」

「幸運の星という超常の能力を駆使して連合を治めるのですよ?恨みの一つや二つ位買うに決まっているでしょう?それは勿論、アマテラスオオカミも同じ。こうは考えられませんか?半年前と今回の戦いの元凶は二柱の神への溜まりに溜まった怒りが原因である、と」

 その言葉に彼は何も語れず。命を狙われる少女を救いたいという願いは確かに純粋な善意。が、狙われる理由にまで意識が向いていなかった。連合に加入すれば嫌でも神の指示通りに動かねばならず、実質的に傀儡に等しい状態。例え自らに利があったとしても、その権利を主張したとしても神が反対すればそこで終わり。連合の運営は安定している。確かにソレは間違いないのだが……

「愚かな人間はネ、二柱の神が連合の利益を総取りしていると、そう考えているのよ」

 私の思考の先をリコリスが口にする。人は根拠も証拠もない推論で他者を容易に傷つける。真実よりも己が感情を優先する人間は思うほど多い、そんな残酷な現実を私はずっと見て来た。無論、彼もそうだ。ココに来るまでに向けられた酷薄な対応は、その大半が守護者の恣意的で一方的な情報操作を鵜呑みにした結果なのだから。

 理由なく、当て所なく歩ける人間は多くなく、故に多くの人間は行動、あるいは結果に理由を求める。こうなったのは何か理由が有る筈だ、と。しかし人間は時に盲目的になる。特に苦境に立たされるほど認知は歪み、視界は曇る。貧すれば鈍する、だ。

 現在の苦境は英雄が山県令子の反乱を食い止められなかったから。人々は守護者が用意した手ごろな理由に食いつき、英雄を見限った。その現実が、連合の頂点を苛む苦悩に重なる。

「だから反体制勢力が結成され、神を打倒する為に立ち上がった。だけどね、もし仮にコレが正しいとすれば、フォルトゥナ=デウス・マキナを救う事にもなるんですよ?考えても見なさい、連合をたった1人で支える神が降りれば、彼女の苦悩は取り除かれるわ」

「苦悩……つまり神である事に苦痛を感じていたのか?もしかしてそれが彼女に関する情報なのか?」

「えぇ。私、彼女のカウンセリングを行っておりましたので。だから知っているんです。彼女、とても繊細で、優しくて、だけど若さと、それ以上に幸運の星を持つが故に自分ならば全ての人間を幸福に出来る筈だとお考えでしたわ。とても純粋で、無謀で、愚かな思考」

 愚かと、妖艶な女の口は神を嘲った。当然、伊佐凪竜一は怒るが……

「でも!!そんな彼女に救うべき道が示されました。カガセオ連合は生まれ変わる時が来たのです。二柱の神に従わされる歪な関係は終わりを告げ、連合はザルヴァートル財団と各惑星の頂点による新たな体制の元で再出発するでしょう。そうすれば役目を終えたフォルトゥナ=デウス・マキナは円満に連合から離脱し、一個人としての人生を歩む事が出来る」

 リコリスは語気を荒げる彼に構わず畳み掛けた。語られた内容が真実ならば、今この状況は無意味に姫の新たな人生を無意味に邪魔しているだけという事になる。己が行動の意味を喪失した彼の顔が、僅かに歪んだ。

「さぁ伊佐凪竜一、決断なさい!!今、此処が運命の分水嶺ぶんすいれい。ルミナと共に逃げるか。無意味と知って、それでも全てを破壊する覚悟で抗うか!!」

 運命は残酷だ。彼に迫られた選択肢は一見すれば極めて単純明快、何せルミナと共に逃げれば全てが解決するのだ。

 追放刑。言葉のまま、連合がこの銀河でまだ探索が終わっていない場所に向けて罪人を追放する最も重い刑罰は、しかし連合中から追われ安息の場所を失った今の2人からしてみれば逆にこれ以上なく安全という皮肉。死の恐怖こそ付きまとうが、見知った相手と戦う必要も無ければ守るべき者から恨まれる事もない。

 ルミナは且つてとは比較にならない程に弱々しい目で伊佐凪竜一を見つめ、クシナダは彼から目を逸らすかの様に力無く項垂れ、ガブリエルは無表情、無感情、無関心と言った様子で一連を視界に映し続ける。

 そんな中、リコリスだけは歪んだ笑みを浮かべていた。三者が三様に感情の発露が希薄な中で、この女だけは口から煽情的な溜息を零す。興奮、恍惚。どうやらこの女は伊佐凪竜一が苦悩する様が堪らなく好きらしい。

「答えは最初から決まっている」

 静かで、穏やかで、何より力強い言葉がリコリスの欲情をかき消す。女の顔から、笑みが消えた。

「悪いが1人で行ってくれ。俺はココに残る」

 彼ははっきりと、前に進むと、己が決断に命を懸けると言い切った。戦う理由を失い、仲間も失い、それでも前に進むと言ってのけた。その表情に先程までの動揺は無く。

「そうか……君は昔から変なところで強情だったな」

 彼の回答を予測していたルミナは大いに呆れ……

「あぁ、そっかぁ。でも仕方ないよね、ココまで来て諦めろなんてさ。でも残念」

 クシナダは幻滅し……

「伊佐凪竜一。やはり貴方は英雄では無く、タダの愚か者であったようです」

 ガブリエルは愚かと断じた。しかし、三者がそれぞれに彼の答えに落胆を示す中でリコリスだけは何をするでもなく、ただジッと彼を見つめる。

「不満か?」

 未だ熱が籠もる視線に彼は水を差すが……

「いいえ、寧ろ大満足。それでこそ私が見初めた王子様」

 口を開けば女の言動は相も変わらず。本心を隠し、茶化し、嘲笑う。

「誰が王子だ、誰が。そんな柄じゃない」

「ウフフッ、最後にもう一つだけ言いかしら?」

「何だ?」

「何がアナタを其処まで駆り立てるの?且つて貴方と共に逃げた女は心変わりし、仲間にも見捨てられる。それともフォルトゥナ=デウス・マキナに惚れたとか?フフッ、違いますよね。それにあの子には不幸から救う王子様がいますから、割り込む余地も無い。ならば一体何を理由に進むのかしら?貴方の決断で連合の歴史は揺らぎ、消失の危機を迎える。そうまでして我を通すその意志は何から生まれてくるのか、とても興味が有ります」

 リコリスは満面の笑みでそう語る。一際異質な気配を纏うこの女は首尾一貫、伊佐凪竜一との会話を楽しむ。が、生憎とそれ以外の3人はそう言う訳には行かない。気が付けばルミナとクシナダとガブリエルは臨戦態勢を取っていた。各々が持つ銃口と視線は伊佐凪竜一を捉え、離さない。

「フフッ、どうやら決定的な亀裂が生まれてしまった様ね。さぁ、最後の問いに答えて下さいな」

「それが終われば君を力づくで連れていく」

「まぁ、そう言う訳だから覚悟してよね」

「この戦いは無益ですが、しかし愚か者の目を覚まそうと思うならばこの程度のお仕置きは必要でしょう」

「さぁ、早くっ!!」

 3人は引き金に指をかけ、リコリスは答えを急かし……そして伊佐凪竜一は手に持った刀を構え、リコリスを睨む。一触即発の気配が大聖堂を震わせる。
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