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第7章 平穏は遥か遠く

290話 そして、夜が明ける 其の11

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「アンタはどうするの?」

 二号館以外に面影を残さない荒涼とした美術館跡地に透き通った女の声が広がる。トン、と軽い靴音を鳴らしながら舞い降りたリリスが無邪気に見つめるのは正体不明の式守シキガミ、メタトロン。

「何者であれ、あれほどの腕前を持つならば俺達を手伝ってもらえると助かるのだが」

 無言を貫くメタトロンに間髪入れずタケルが助力を請う。交戦した黒雷全機に防壁が搭載されていた状況は、婚姻の儀を護衛する黒雷も同様であろう未来を色濃く描き出す。ならば戦力は大いに越したことはないと、彼は考える。例え何者か定かではないとしても、だ。

「そうじゃな。流出の懸念も残るが今は儀の方が優先だ、流石に頭数が足らん」

 と、スクナも重ねた。今回を含め、黒雷が防壁を搭載していなかったケースは存在しない。極一部のエース機にのみ防壁搭載を許可した理由は主星とのパワーバランス崩壊の懸念以上に、防壁を解析されない為。絶対数が少なければ監視も行き届く。思惑は功を奏し、旗艦は防壁に関する技術を独占できたが、維持してきた均衡が最悪のタイミングで崩壊した。スクナが気を揉むのは無理もない。

「済まない、私は一度引き上げる。まだ調整が必要なようでね」

 真摯な要請に彼は返答を濁した。しかし呆れたもので、黒雷を赤子扱いしておいてまだ万全ではないらしい。一方、その口調は至って真摯で、偽りも謙遜も感じなかった。

「なら調整次第、か。ところでお前さん、ワシと会った事ないか?」

「加えるなら俺ともだ」

「あ、ならついでに私もー」

 話題を早々に切り替えたスクナが次に語ったのは私と同じ違和感。が、彼の質問になんと残る2人も同調した。連合にその名を轟かせるスクナとリリスだけならばまだしも、生まれて間もないタケルとも接点がある人物となるとその数は相当に絞られる。いや、もしや……

「さて、ね。その辺りはまだ詮索しない方が良いだろう。今は味方、ソレだけで十分では?」

 返答は予想通り、メタトロンはにべもなく明言を避けた。何か理由がありそうだが口は固く、さりとて力づくで聞き出すには余りにも強く、それ以前にそうまでして聞く内容でもない。スクナはその態度に呆れ交じりの溜息を吐き出すと……

「強情じゃな、なら詮索は止めておこう。時間の無駄だしな。となれば次はお前さんか」

「ん、私?」

 視線をリリスへと滑らせた。

「そう言えば、君は誰だ?」

「リリス=エリュシオン。現クロス・スプレッドの隊長であり、評議会議長となったブラッド=エデンと並ぶエクゼスレシア最高戦力の1人だ。因みに御年は……いや、止めておこう」

「成程、桁外れてイる訳だ。しかし、美術館で何かが起きていると言うだけでエクゼスレシアが最高戦力を派遣するのか?」

「んー、そうねぇ。まぁ共に戦った仲だし、いいでしょ」

 リリスは暫し考えた後、腰から下げた一冊の本を3人に見せた。魔法陣が描かれた表紙も縁を彩る銀細工も黒く煤けて薄汚い、酷く分厚くてボロボロの古本。

「これは?」

「魔導書、それも相当に昔のヤツ。こう見えて、歴史的価値も研究資料としての価値も極めて高いのよ」

「おかしイな?展示された本物は半年前の一件で全て引き上げ、模造品に置き換えられた筈だが?」

「もしや回収……いや、なのか?」

 体裁。要は偽物だとメタトロンが推測すると、リリスは返答代わりに小悪魔的な笑みを浮かべながら高価と紹介した本を乱雑に放り投げた。と同時、本は真っ赤な火に包まれ、瞬く間に煤だけとなり、最後には優しくそよぐ夜風の中に霧散した。

 あの本はエクゼスレシア最古の遺跡最奥、隠し部屋で数十もの結界で保護された中に安置されていたそうだ。内容は極秘事項として旗艦アマテラスでさえ知る事が出来ないが、極めて高度な魔導の知識が収められていると言う。

 また、同書は惑星アールスター首都に厳重管理される"魔導書"と極めて類似性も指摘されている。装丁に始まり書に記された内容に至るまで、"ココまで類似するなんて有り得ない"と研究者が驚く程度に共通項が多く、魔導の歴史を紐解く重要文献としての重要性が更に高まった。では何故そんな本が重要な本が旗艦アマテラスに貸し出されたかと言えば、単純に経年劣化が酷かったから。

 解析したいが無理に開けばボロボロに崩れ落ちる危険性があり、そうすれば研究どころではない。その解決に、最新鋭の解析技術を持つ旗艦アマテラスに貸し出すという名目で移送された。無論、エクゼスレシア以外の関係者へのアクセスは厳しく制限されている。当然、旗艦の神でさえもだ。

「オニーサン、見た目はポンコツっぽいのに頭はスマートね」

 そんな、国宝と呼ぶには生温い代物を燃やすという突飛な行動を取ったリリスを前に、各々は神妙な顔色を浮かべる。

「つまり、何らかの理由で回収し損なった本物を回収しに来たところでとイう筋書きなのか?」

 程なく、タケルが静かに口を開いた。

「ご名答~」

「なるほどなるほど。それではエクゼスレシアは守護者と事を構えるのは得策ではないと考えているが、かといって現状を看過したくもないと考えている訳じゃな」

「ご名答~」

「歴史的価値が極めて高い魔導書"D_"|(ディーアンダー)を回収するとなれば、万全を期してクロス・スプレッド最強を出動させたとしても違和感は生じないし、仮に戦闘に巻き込まれたとしても"魔導書"を守るという大義名分も立つ。そして君がこの場に残ったと言う事は、彼等と接触して旗艦の現状を知りたいから、と言う訳か」

「ご名答~」

 リリスは笑顔のまま3人の顔を見つめると小さく手をパチパチと叩いた。屈託ない笑顔と言い、今の態度と言いどこか子供っぽさが残る仕草だが……彼女、確か100歳を超えていた筈だ。長命の独立種からすればまだ子供、という事なのだろうか。

「エクゼスレシア中央評議会議長"ブラッド=エデン"と、あと私達も今回の婚姻の儀で何かが起こると考えているの。良いか悪いかで言えば、ほぼ確実に悪い何かが、ね」

「まぁ、この状況を見ればそうじゃろうな」

「んなんだけど、一方で表立って動く事も困難。旗艦アマテラスの民意が予想以上に守護者と姫に傾いていて、だからそんな状態で表立って協力を表明すれば関係が拗れてしまう。議長としてもソレは避けたいが、かと言って守護者の良いように動かされるのも危険だと」

「本音は?」

「ムカつく、だってさ」

 ブラッドの本音を聞いたスクナは、あの男らしいと盛大な溜息を零した。

「だから君が派遣された、と」

「えぇ。元々スクナから要請を受けてたんだけど、丁度良いって議長判断で私が寄越された訳。表向きは"引き上げ時のミスで回収し損なった本物を回収しに来た"という名目。本当の目的は事情を知るスサノヲから情報を提供して貰う為よ。当然だけど証拠も一緒に、という訳で宜しくネ?」

「分かった。しかし先ずは市民を優先しよう、話はその後でな」

 エクゼスレシアとの共闘の成立はほぼ間違いなく。安堵したスクナは旧会議場に視線を向けた。有事の際の避難場所は伊達ではなく、あれ程に派手な戦いが繰り広げられたのに辛うじて原形を維持している。内部から発動する結界の作用か、幾つも備え付けられた窓から部屋の中の様子を窺う事は出来ない。まるで分厚いカーテンが下りているかの様に窓の向こう側は真っ暗だ。

「変ね?」

 黒焦げた戦場跡の最前列を進むリリスが怪訝そうに呟いた。

「何がだ?」

「これ以上のトラブルは勘弁願いたいのだがな」

「そう言われてもね。でもおかしいのよ、結界が消え始めてる。誰かが解除したみたい」

 リリスはそう言うと真っ暗な窓を見る様に促す。見つめるその先には、それまで何かに遮断されているかの如く真っ暗だった窓から少しずつ光が射しこみ始める光景。結界が解除され、頑丈に遮断されていた外界と旧会議場が繋がり始める。

「不味イ」

「チィッ!!」

「二重三重に罠を張るか。忌々しい事この上ないな」

「もうぅ、ホント嫌になるわ!!」

 即断。頭を過った最悪の可能性に弾かれる様に全員が一様に駆け出した。結界により隔絶された内部から外部の様子を窺い知る事は出来ない、つまり市民側から戦闘が終わったかどうかなど判断できない。なのに結界が解除されたという事は、何者かが意図的に解除したか、さもなくば結界内部も危険になったかの何れかだ。

 連合標準時刻、火の節88日、時間は午前5時。未だ、夜は明けず。
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