【完結】G.o.D 完結篇 ~ノロイの星に カミは集う~

風見星治

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第8章 運命の時 呪いの儀式

334話 不撓

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 旗艦アマテラス 旗艦大聖堂

 巨大な刃に貫かれたルミナは膝立ち状態のまま微動だにしない。その光景にある者は歓喜に震え、ある者は絶望から膝を落とす。誰もが、死を確信した。その筈だった。

 誰かが、何かに気付く。微かな異変に。高揚を、絶望を塗り潰す違和感がさながら波の如く周囲に伝播する。守護者達。"気でも触れか"、"現実逃避した負け犬"と、違和感を嘲笑で塗り潰そうとする。が、無駄。やがて飲み込まれ、口を閉ざした。スサノヲも守護者も、見守る市民も、視線が一点へと収束する。違和感の中心、青い刃に突き刺され微動だにしないルミナへ。

「何度見ても、死んでるじゃないか?」

 守護者の誰かが、堪らず声を上げた。が、その瞬間。銀色の髪が、微かに揺れ動いた。風に揺られ動いているだけだと、また誰かが声を上げた。しかし、動きは髪から頭、全身へと広がる。

「ひ……り……ない……」

 囁く声が、全員の耳を掠めた。まるで脳に直接語り掛ける声に誰もが身体を強張らせる。

「生きてる!?あの傷で……どうなってるの!!」

 同時、奇跡の再現を見た。掠れるような小さな声に呼応するように、それまで錯覚との言い訳が通る程度に緩慢だったルミナが動き出し、青い刃を掴むと引き抜こうと力を入れ始めた。勝利を確信したタナトスは取り乱す。確実に心臓を貫いた女が平然と動く光景に、予想出来ない事態への困惑が身体と心を硬直させる。

「そんな、確かに生命反応は……有り得ない!!」

 また、生命反応を追っていたステロペースも同じく。

「ならば、首を落とすッ!!」

 ただ1人、反射的に行動に移したのはアルゲース。低い唸り声と共にタガミと交戦していた改式は勢いよく反転、ルミナ目掛けて突進を仕掛けた。

「止めなさい!!」

 その行動を、タナトスが制止する。叫びに浮かぶ焦燥感や危機感は余りにもらしくない。非道で冷酷、目的の為ならば躊躇いなく他者を犠牲にして見せる女には似つかわしくなく、戦場に立つ誰もが一瞬、意識を逸らした。

「ば、馬鹿なッ!!」

 木霊す絶叫。ほんの僅か、一瞬の間に何かが起きた。逸れた意識と視線は、信じ難い光景を目にする。返り討ち。首を撥ねようと巨大な剣を握り締めた改式は無様に吹き飛んだ。ルミナに蹴り飛ばされ、大聖堂に叩きつけられる改式になど誰も目を向けない。視線はずっと、一か所に固定される。死んだと思われていた女が、平然と、死を乗り越え、立っている。その手に青い刃を握り締めて。

「無傷……ウソ、有り得ない」

「こんな……奇跡だと?かつて地球で起きたと言う死からの復活が、今再び起きたとでも!?」

 夢ではなかった。現実だった筈だと、誰もが過去を反芻する。映像に映る銀色の髪を靡かせる女は巨大な青い刃に心臓を貫かれた。疑いようなく、死以外の結論を出せない光景だった。

 が、立ち上がる。生きている。その光景は正しく奇跡と評するしかない。改式の強襲を察知したルミナがふらりと起き上がると、身体を穿つ刃は彼女の動きに合わせるように霧散、一振りの刀へと姿を変えながらその手に収まった。自由になった彼女は渾身の一撃を軽やかに回避、隙だらけとなった背後を蹴り飛ばした。この間、僅か数秒。

 誰も、何が起こったのか理解出来ない。唯一つ、英雄ルミナは生きていると言う事だけを除いて。神代三剣の一つが自らを持つに相応しい者を選定した事も、死の淵より自らの意志で生還した事も、何一つ理解出来ない。

「がぁああぁぁあああッ!!」

 再びの絶叫が、戦場に響き渡った。目の前で起きた事態に全員の理解が追い付かず、まるで夢でも見ている下の様に呆然とする中で響いた声が全員を正気に引き戻す。

「今度は何ッ!?」

 自然と、視線が向かう。現状を把握するだけで精一杯の全員が、声の方向を見る。場所は大聖堂、ルミナに吹き飛ばされた改式。次にその光景を見た全員が唖然とした。

「ば、馬鹿な!!」

「これは、一体!?」

 更なる混乱。敵も、味方も区別なく驚嘆、あるいは疑問の声を上げる。希望と、絶望が戦場の内でない交ぜになる。見た。未だ立ち上がれぬ改式の有様を、改式を貫く無数の青い刃を、誰もが目撃した。

 誰もが驚く。記憶をなぞり、瞬きをする直前まで突き刺さっていなかったと青い刃を見つめる。誰が行ったかなど想像に容易い。が、"何時攻撃したのか"全く認識出来なかった。想像と、理解と、常識の範囲外の出来事に全員の視界が一斉に同じ人間を見つめる。味方からは憧憬を、敵からは畏怖を集めるその先には銀色の髪を棚引かせ、フツノミタマを握り締めたルミナ。

 ならば、と誰もが操縦席へと意識を向ける。機体内にいるアルゲースは尚も混乱と、それ以上の激痛に声を張り上げる。外部からでは窺い知れない操縦席内部は更に酷く、恐らく刃の数本が操縦席に展開された防壁を貫き、屈強な男を傷つける。

「私の手を、離れた……」

 絶句するタナトス。改式が記録した数秒前の映像は、ルミナがただ改式を睨み付け、風も無く彼女の銀色の髪がフワリと揺らめいた次の瞬間には悍ましい数の刃が改式に突き刺さる光景を映す。青い刃が生成され、改式目掛け突き進む光景は一瞬たりとも記録されていなかった。

 動けない。戦いを優位に進める為に持ち出した神代三剣が奪われ、あろう事か散々に訓練した自分以上の精度で刃を扱るルミナを前に、タナトスは戦慄する。

 下手に動けば串刺か、さもなくば無数の刃で瞬時に微塵切りにされる。自分が散々に行った行為が自分に返って来る。改式の中、タナトスは息を潜める。隙あらば攻撃に転じる為、注意深く観察する。刹那――

 ズシン

 全員の目の前でルミナが消えたと同時、大きな衝撃、何かが崩れ落ちる音、男のくぐもった声が立て続けに鼓膜を揺さぶった。映像が、視線が、音へと吸い寄せられる。崩落した大聖堂に、ルミナがいた。改式の胴体部分を回し蹴りで蹴り飛ばす彼女の周囲には白い粒子がさながら雪の様に舞い散り、クルリと回転する銀色の髪が美しい軌跡を描く。

「貴様……よくもやってくれたなぁッ!!」

 アルゲースが操縦席を開け放ちながら怒号と共にルミナを睨み付ける。治療用ナノマシンを服用したのか、傷は既に塞がっていた。が、漆黒の戦闘用スーツには何カ所も穴が開いており、周囲には致命傷を物語る赤黒い染みがべったりと残る。

「止めなさい!!アレは私は仕留める。貴方達は手筈通りに動きなさい」

「しかしッ……し、承知しました」

「くれぐれもご無理をなさらない様に。では私も」

 タナトスの指示にアルゲースは苦悶に満ちた表情のまま引き下がり、ステロペースはタナトスとルミナからそれ以外を分断する様に立ちはだかる。

 状況は激変した。切札の神代三剣を奪われ、守護者の優位は消えた。だがそれでも、誰も退かない。タナトスも、その部下達も、守護者達も、引き下がると言う選択肢を投げ捨てる。その目には、未だ絶望の色は無い。星だ。星を宿す姫が死を願う限り、敗北は有り得ない。その歪んだ意志が、身体を突き動かす。

「覚悟して貰おう」

「想定外なんだろ?半年前のあの時と同じになァ!!」

 タケルとタガミがステロペースに真っ先に噛みついた。

「馬鹿がッ。貴様らは何一つ理解していない、何一つ!!何一つだッ!!」

「噂の肆号機シゴウキか。直に見た事は無いが、だからどうした!!」

「敵が誰であろうと引き下がるつもりは無い。諸共にお前等を速やかに叩く」

 切り札の存在を仄めしたアルゲースに、今度はイヅナとワダツミが噛みつく。タナトスはこの戦いを"舞台の幕が上がった"と、そう表現した。だというのに、未だ舞台に上がっていない演者が存在する。それが肆号機。

「フ、ハハハハハハハハハハッ!!」

「惜しいですね……残念ですが違います。ですが直に知る事になるでしょう」

 アルゲースは暗に、ステロペースは明に、肆号機とは違う何かの存在を仄めかす。あるいは、未だ姿を見せぬ最後の演者こそが戦うりゆうなのか。

「アンだって?違うのかよ!!」

「詳しく聞かせて貰いたイな」

「その必要はありませんよ。いずれ分かると言ったでしょう?」

「つまりその何者かが現れるまで……いや、ソイツがこの戦いを仕掛けたのか。しかしお前はそれで良イのか?この戦イがどの様な結末を迎えるか考えなイのか?もうすぐマガツヒも姿を見せる。そうなれば命の保証など無イんだぞ!!」

「元より承知。タナトスに賛同した我ら全員、命などとうに捨てていますよ」

 相変わらず有効な回答は得られず、タケルは激高する。が、ステロペースは変わらず。

「忠誠か?」

「はい。ですが、もう一つ。運命はとても残酷だと言う事です。その時に理解するでしょう。貴方も私も何も変わらない。人も、それ以外も何ら変わらない。生まれ、育ち、信仰、その他諸々に何の意味も無いという事実をね」

「それはどうイう意味だ?」

「言った筈です、その時にわかると」

「それが今日と言う訳か」

「そうです。では、参ります」

 しかし、のらりくらりと肝心な事は一切語らないまま改式は問答を一方的に切り上げた。刃を切り結ぶ音が、轟音が、言葉に代わり互いの意志を語る。

 機械的な人間と人間らしい機械の戦い。その横ではタガミとサルタヒコが死力を尽くし、残りは未だ士気高揚する守護者達と一進一退の戦闘を行う。

 歴戦の勇士。精鋭中の精鋭たる守護者に対するのは、表現は極めて悪いが寄せ集めの部隊。主力はイヅナ、ワダツミを中心とするスサノヲ達。次いで惑星ファイヤーウッドからこの戦いに身を投じたアックス、地球出身で退役後に"元赤い太陽"と言うテロ組織に一時身を置いたセオとアレム。

 そして、元清雅の精鋭として半年前に旗艦を恐怖のどん底に突き落とした白川水希。死地から舞い戻った彼女は失血で朦朧としながら、それでも贖罪の為に戦う。その彼女を庇いながら戦うのは、遠い昔に受けた恩義を理由に窮地へと参じた惑星アヴァロン最強の魔道士、カルナ。

 更に後方では現役を退いた退役兵達が主力を援護する。正しく寄せ集め。だというのに、その士気は高い。誰もが視界に、その端に、ルミナを捉える。その背中に、その姿に、戦いを決断した。彼女の見る先、進む先、あるいは確たる意志で戦い続けるその姿勢に惹かれた結果。

 一方、タナトスを含めたこの出鱈目な計画に携わった全員は一体何を見ているのだろうか。戦いの先にどんな世界を描くのか、あるいは願うのか。欲望か、純粋にフォルトゥナ=デウス・マキナを救いたい一心か。

 何方にせよ戦いは佳境へと向かう。さながら、恒星が地平線へと近づき、最後には消えてしまうかの様に。

 その黄昏時を目指し、深紅の改式が突き進む。タナトスは、全速で大聖堂から逃げ出した。深紅の機体が、瞬く間に蒼天の中に消失する。逃げるのか。当然、守護者達は非難する。が、声は長く続かない。タナトスは逃げながら出鱈目に攻撃を始めた。手当たり次第、あるいは出鱈目と表現するに相応しい、粗雑で適当な攻撃。非難は、瞬く間に困惑に染まった。

 婚姻の儀に際し、人払いは徹底されている。当然、タナトスを含め全員が知っており、故に攻撃には何の意味も無い。が、深紅の機体は構うことなく無人の建造物を攻撃し続けながら大聖堂から距離を取る。

「済まない。ここは任せる」

 無意味に見える攻撃の意図に気付いたルミナは、大聖堂内外を繋ぐ大通りと外壁前で戦い続けるタケルに声を掛けるとその場から姿を消した。全員が声に気が付いた頃には姿は無く、圧倒的な速度で改式を追撃した証明となるカグツチの残光が僅かに残る。
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