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終章 呪いの星に神は集う
379話 最終決戦 ~ 第二次神魔戦役 其の3
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「少し、宜しいですか?」
固く冷え切った姫に、誰かが背後から優しく語り掛けた。
「情けない話ですが、貴方が何を考えているか今まで気付きませんでした。先ず、その件をお詫びしたい」
そう切り出したスクナは片膝をつき、頭を下げた。息は上がり、黒いスーツは泥で、白シャツは血で汚れ、手には無数の擦り傷、口に血を拭った跡が滲む。
視界を遥か先に延ばすと深緑の光が陽光の如く輝く。何もかもが絶望的な状況で老兵は再び、優しく語り出した。
「死以外の答えを求めておられたのですね。その意志に星が応え、貴女は伊佐凪竜一と出会った。しかし満足のいく答えを見せられず、あるいは納得出来なかった。ですが、失礼を承知で窺いたい。死へと向かうその覚悟は、果たして本心からでしょうか?私は今まで多くの死を見てきましたが、誰もが例外なく後悔を口にしていました。貴女はどうでしたか?それでも死を願うならば、どうか後悔だけはなさいませんように。数多の幸運が訪れようとも、人生は一度きりなのですから」
語り終えたスクナは立ち上がり、破壊の象徴となった深緑の輝きを見やり……
「最後に、私情は承知の上で申し上げたい。どうかあの2人を、死と絶望を乗り越えた折れぬ意志を、貴女の不幸を理解し、その宿命を振り払おうと今も輝くあの2人を信じて頂きたい」
そう言い残すと残存する小型の竜の群れへと姿を消した。姫はその背中を、その先を見た。且つて英雄と呼ばれ、堕ちた英雄と貶められながらも折れることなく戦い続け、その果てに神と対峙するに至った2人の姿を。
その更に先には肥大化した巨竜。腹部に見える深緑の輝きは一層強まり、何時発射されてもおかしくない状態。その足元には小型の竜が蠢く。ジェミニドラゴンが生み出す竜は、周辺の瓦礫や岩石を侵食しながら尚も数を増やす。
星を喰い尽くすまで減ることがない群れ。姫を目掛け突き進む鈍色の塊は黒い剣閃に両断され、豪雨の様に降り注ぐ青い刃に貫かれ、大半が消滅した。残った群れも轟く雷鳴に貫かれ、あるいは無数の斬撃で細切れにされる。
姫を護る為、伊佐凪竜一、ルミナ、クシナダ、オルフェウスが死力を尽くす。が、姫に届かない。姫の心は未だ動かず。その目は生きようと足掻く4人とは対照的に暗く淀んでいる。死に、魅入られている。
「見えますか?アレが……世界を動かすに相応しい力と意志です」
その目が戦場から動いた。隣に傅く男に吸い寄せられた姫の目が僅かな動揺に揺らめく。カストール。アルヘナに操られ、自身を殺す計画を実行に移した男。その悲惨な様子に、姫は傍と気付いた。カストールと自分は同じではないか、と。
瀕死の身体にアルヘナに用意された偽りの自我と生命。特に後者は心を折るには十分の筈。しかし、その目は己とは対照的の光に満ちる。何故と、姫の唇が疑問を紡いだ。
「フ、ハハハッ!!カストール、そのガキを殺せッ!!」
無情な声が遥か上空から木霊した。尊厳を踏みにじるアルヘナの命令にカストールは逆らえない。否、その認識すら持つことさえない。己の為、星を手中に収める為に今まで幾度も都合よく操って来た。歴代の姫に寄り添うという自我が、悪意に塗り潰されようとしている。
「殺せッ、早くッ!!どうした、何故殺さん!?」
が、声に反し何も起きず。巨躯から響く声が焦燥と混乱に汚濁されたが……
「ま、まさかッ貴様、死んで……そんな馬鹿なッ!?」
直ぐに気付いた。姫の周囲に生体反応が1つしかない。アルヘナの心が、驚愕に染まる。
「やはり想定していなかったな。洗脳で死人は動かない。死霊操術を仕込んでおかなかったのは悪手だぞ。タナトスならば、こんな無様は晒さなかった」
まるで生きている様に、カストールは造物主を嘲笑った。彼を動かすのは神魔戦役の終わりに英雄が起こした奇跡と同一。死亡した人間に残存するカグツチが死を間際に一際強くなった意志に反応する事で死体を動かす現象。死者を強制的に動かす死霊操術とは根本から違う奇跡の1つ。
カストールは命を投げ捨ててまで姫に何かを残しに来た。その凄まじいまでの執念、信念にカグツチが応えた。
「殺せ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!クソッ、何が、どうなっている!?」
アルヘナは壊れた様に命じるが、カストールに変化はない。アルヘナが施した処置は洗脳や精神操作に近く、脳の特定領域に作られたニューラルネットワークがアルヘナの言葉か特定のキーワードに反応する形で活性化、脳全体を一時的に支配下に置く。その苛烈さは、真面な人間ならば数秒と持たず脳が損傷、死亡する程に強力。あらゆる機能を強化されたカストールという超人だからこそ行えた処置。
しかし、当該処置は当然ながら生存が前提。アルヘナは己以外を等しく存在価値など無いと見做す。だから己をベースとしたカストールに強い信念が宿るなど、ましてや命を投げ捨てる覚悟で反逆するなど想定していなかった、出来なかった。もうカストールは操れない。また、それ以外の方法で操る時間も余裕もない。眼下から睨み上げる英雄が、その隙を与えない。
「クソッ、ならばァ!!」
当てが外れたポルックスは子供の如く怒り狂う。その感情に呼応したジェミニドラゴンが大きく震え、振動と共にナノマシンを放出した。陽光を反射しながら舞い落ちたナノマシンは、地面へと接触するや無数の竜へと変貌する。
直後、横薙ぎの黒い剣閃。僅か一撃で減る度に数を増やす悪意に満ちた竜が消滅。同時、ジェミニドラゴンに青い光が灯る。その正体は踊る様に空を舞うルミナの持つ神剣天羽々斬。攻撃、直後に姿を消し、長距離を一瞬で跳躍し、攻撃し、また姿を消す。ジェミニドラゴンの周囲には青い粒子が燐光の如く舞い散り、その中を出鱈目な速度、且つ慣性を無視して戦うルミナの銀髪が艶やかに踊る。
瞬く間にジェミニドラゴンの周囲から無数の小型竜が姿を消した。が、代償は大きい。幸運の星はアルヘナ最大の障害となる伊佐凪竜一とルミナを激しく蝕む。しかし、それでも止まらない。世界ではない。フォルトゥナ姫の為、彼女を苦境から救う為。2人の目には神に呪われ、苦しみ、その果てに死を選んだ少女しか見えていない。故に、その身に歪んだ星の加護が襲い掛かろうとも戦い続ける。
「あ、あの……」
「世界を動かすのは、人を救いたいという純粋な意志。陳腐な表現をすれば、優しさとソレが繋ぐ人の輪だ」
英雄が作った僅かな猶予を無駄にしまいとカストールは語り掛け始めた。まるで父親の様に慈しむ声と顔に、姫の心がまた少し解ける。
「世界を闇に染め得る力を持った英雄は、その力を人の為に、誰かを守る為に使う道を選んだ。だが、それだけではこの場に来るなど出来なかった。英雄は自らの意志を行動で示し、その意志に共感した人間の協力なしには不可能だった。その原動力は純粋で原初的な、ただ貴女を助けたいと言う感情だ。遠い昔から確かに存在していたが、今に至るまでに見失った力だ」
カストールは英雄の中に姫を救う答えを見た。彼が陳腐と評した"優しさ"、ソレこそが姫を神の呪縛から救い得ると結論した。
「人は様々な理由で繋がり、社会という繋がりを形成し、世界のあらゆる生物の頂点に立ち、自然にすら打ち克ち、宇宙にまで進出した。時が進み、文明が発展し、人が増え、モノが増え、価値が増えた。言語、血液型、肌の色、出身、環境、利害、合理、血筋、血縁、信仰、果ては国家。価値が飽和するに伴い、忘れ去られた。今、英雄達が見せる力こそが世界に、これから先に、何より貴女に必要なものだ。その力は英雄を繋ぎ、英雄が救った誰かを繋ぎ、また別の誰かを繋ぐ。そうして拡大した意志が、今や神にさえ打ち克とうとしている。貴女の為だ。貴女はその優しさを受け取って良いのだ。素直に、もう十分に果たした筈だ」
一呼吸を置いたカストールは姫を優しく見つめた。視線に気付いた姫も見つめ返し、見た。既に死んだ男の目に宿る、死とは真逆の輝きを見た。
「コレこそが歴代が求めた、死を超える答えだと私は確信した。神の力は絶対ではなかった。いや、それだけではない……力を持つ事が、強い事が、運命を捻じ曲げる星をその身に宿す事が強さであると、絶対的で唯一不変の価値であると勘違いをしていた。力ではない、より大勢を巻き込める真っ直ぐな意志こそが絶対だったのだ。ソレこそが、英雄に宿る輝きこそが神を呪いから救い出す答えなのだ。人の悪意が群れ成し神を歪めるならば、その歪みを正すのは良き意志の集積だ。私は己惚れていた。なまじ強いが故に、己ならば何でもできると、1人でも完遂できると己惚れていた。貴女もそうではないか?」
カストールは切り出した。星の器を宿す姫こそが最も強く"神"という言葉に呪縛されているのではないか、と。姫は何も答えない。
「あるいは絶対的な力への恐怖かも知れない。何れにせよ、その感情は感情は何時しか越えがたい壁となり、他者を拒絶するようになった。その孤独もまた呪いとなり、縛った。神だからと、自分は神だからと、神と呼ばれるのだからと、幸運の星という絶対的な力を持っているのだからと、そうやって貴女は自らに呪われた。私も同じだ。大勢と同じく貴女を神と決めつけ、心中に踏み込む事を恐れた。だが、貴女は人間だ。人間として生きて良いのだ。だから、人間ならば己の意志で全てを決めなければならない。今が、その時だ。英雄達と同じく、因果を捻じ曲げる星の力に抗う力が貴女にもある。どうする?どうしたい?諦めるか、それとも生きるか。生きると決めたのならば何をするか。それは勇気がいる行為で、とても苦しい。しかし大丈夫だ。貴女の傍には多くの光が……1人では……ない」
姫の目を見ながら、父親の如く優しく諭し続けたカストールは最後に姫の頭を軽く撫でると力尽き、崩れ落ちた。歴代の姫を苦悩から救いたいと願い、強引な形で実行に移した男は最後まで己に生まれた矜持を貫き、一言の後悔さえ口に出すことなく今度こそ息絶えた。
その光景に姫の目が悲哀に染まる。人であった時の名を呼びながら、崩れ落ちた男の身体を必死で揺さぶった。しかし、反応はない。また、と姫が零した。また、取り残された。自分の意志を置き去りにされた。泣けど叫べど自らを取り巻く環境は変わらず、起きてしまった事も変えられない。そんな程度は知っている。
が、気付いた。気付かされた。人間であると肯定されたフォルトゥナ=アウストラリス・マキナは、同時に救いの手が差し伸べられていると教えられた。盲目的に死を望む、闇に沈んだ心に僅かな光が射した。自らを縛る神という呪縛に僅かな亀裂が入る。
「貴方達……なのですか?死を超える答え、貴方達が見せてくれるのですか?いや、貴方達自身が答え……?」
姫は呆然とする眼差しでそう呟くと、優しい笑みを湛えたまま事切れたカストールから視線を逸らし、山よりも高い巨躯を見上げた。その目に、涙に濡れる目に微かな光が滲み、やがて止めどなく溢れだした。
固く冷え切った姫に、誰かが背後から優しく語り掛けた。
「情けない話ですが、貴方が何を考えているか今まで気付きませんでした。先ず、その件をお詫びしたい」
そう切り出したスクナは片膝をつき、頭を下げた。息は上がり、黒いスーツは泥で、白シャツは血で汚れ、手には無数の擦り傷、口に血を拭った跡が滲む。
視界を遥か先に延ばすと深緑の光が陽光の如く輝く。何もかもが絶望的な状況で老兵は再び、優しく語り出した。
「死以外の答えを求めておられたのですね。その意志に星が応え、貴女は伊佐凪竜一と出会った。しかし満足のいく答えを見せられず、あるいは納得出来なかった。ですが、失礼を承知で窺いたい。死へと向かうその覚悟は、果たして本心からでしょうか?私は今まで多くの死を見てきましたが、誰もが例外なく後悔を口にしていました。貴女はどうでしたか?それでも死を願うならば、どうか後悔だけはなさいませんように。数多の幸運が訪れようとも、人生は一度きりなのですから」
語り終えたスクナは立ち上がり、破壊の象徴となった深緑の輝きを見やり……
「最後に、私情は承知の上で申し上げたい。どうかあの2人を、死と絶望を乗り越えた折れぬ意志を、貴女の不幸を理解し、その宿命を振り払おうと今も輝くあの2人を信じて頂きたい」
そう言い残すと残存する小型の竜の群れへと姿を消した。姫はその背中を、その先を見た。且つて英雄と呼ばれ、堕ちた英雄と貶められながらも折れることなく戦い続け、その果てに神と対峙するに至った2人の姿を。
その更に先には肥大化した巨竜。腹部に見える深緑の輝きは一層強まり、何時発射されてもおかしくない状態。その足元には小型の竜が蠢く。ジェミニドラゴンが生み出す竜は、周辺の瓦礫や岩石を侵食しながら尚も数を増やす。
星を喰い尽くすまで減ることがない群れ。姫を目掛け突き進む鈍色の塊は黒い剣閃に両断され、豪雨の様に降り注ぐ青い刃に貫かれ、大半が消滅した。残った群れも轟く雷鳴に貫かれ、あるいは無数の斬撃で細切れにされる。
姫を護る為、伊佐凪竜一、ルミナ、クシナダ、オルフェウスが死力を尽くす。が、姫に届かない。姫の心は未だ動かず。その目は生きようと足掻く4人とは対照的に暗く淀んでいる。死に、魅入られている。
「見えますか?アレが……世界を動かすに相応しい力と意志です」
その目が戦場から動いた。隣に傅く男に吸い寄せられた姫の目が僅かな動揺に揺らめく。カストール。アルヘナに操られ、自身を殺す計画を実行に移した男。その悲惨な様子に、姫は傍と気付いた。カストールと自分は同じではないか、と。
瀕死の身体にアルヘナに用意された偽りの自我と生命。特に後者は心を折るには十分の筈。しかし、その目は己とは対照的の光に満ちる。何故と、姫の唇が疑問を紡いだ。
「フ、ハハハッ!!カストール、そのガキを殺せッ!!」
無情な声が遥か上空から木霊した。尊厳を踏みにじるアルヘナの命令にカストールは逆らえない。否、その認識すら持つことさえない。己の為、星を手中に収める為に今まで幾度も都合よく操って来た。歴代の姫に寄り添うという自我が、悪意に塗り潰されようとしている。
「殺せッ、早くッ!!どうした、何故殺さん!?」
が、声に反し何も起きず。巨躯から響く声が焦燥と混乱に汚濁されたが……
「ま、まさかッ貴様、死んで……そんな馬鹿なッ!?」
直ぐに気付いた。姫の周囲に生体反応が1つしかない。アルヘナの心が、驚愕に染まる。
「やはり想定していなかったな。洗脳で死人は動かない。死霊操術を仕込んでおかなかったのは悪手だぞ。タナトスならば、こんな無様は晒さなかった」
まるで生きている様に、カストールは造物主を嘲笑った。彼を動かすのは神魔戦役の終わりに英雄が起こした奇跡と同一。死亡した人間に残存するカグツチが死を間際に一際強くなった意志に反応する事で死体を動かす現象。死者を強制的に動かす死霊操術とは根本から違う奇跡の1つ。
カストールは命を投げ捨ててまで姫に何かを残しに来た。その凄まじいまでの執念、信念にカグツチが応えた。
「殺せ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!クソッ、何が、どうなっている!?」
アルヘナは壊れた様に命じるが、カストールに変化はない。アルヘナが施した処置は洗脳や精神操作に近く、脳の特定領域に作られたニューラルネットワークがアルヘナの言葉か特定のキーワードに反応する形で活性化、脳全体を一時的に支配下に置く。その苛烈さは、真面な人間ならば数秒と持たず脳が損傷、死亡する程に強力。あらゆる機能を強化されたカストールという超人だからこそ行えた処置。
しかし、当該処置は当然ながら生存が前提。アルヘナは己以外を等しく存在価値など無いと見做す。だから己をベースとしたカストールに強い信念が宿るなど、ましてや命を投げ捨てる覚悟で反逆するなど想定していなかった、出来なかった。もうカストールは操れない。また、それ以外の方法で操る時間も余裕もない。眼下から睨み上げる英雄が、その隙を与えない。
「クソッ、ならばァ!!」
当てが外れたポルックスは子供の如く怒り狂う。その感情に呼応したジェミニドラゴンが大きく震え、振動と共にナノマシンを放出した。陽光を反射しながら舞い落ちたナノマシンは、地面へと接触するや無数の竜へと変貌する。
直後、横薙ぎの黒い剣閃。僅か一撃で減る度に数を増やす悪意に満ちた竜が消滅。同時、ジェミニドラゴンに青い光が灯る。その正体は踊る様に空を舞うルミナの持つ神剣天羽々斬。攻撃、直後に姿を消し、長距離を一瞬で跳躍し、攻撃し、また姿を消す。ジェミニドラゴンの周囲には青い粒子が燐光の如く舞い散り、その中を出鱈目な速度、且つ慣性を無視して戦うルミナの銀髪が艶やかに踊る。
瞬く間にジェミニドラゴンの周囲から無数の小型竜が姿を消した。が、代償は大きい。幸運の星はアルヘナ最大の障害となる伊佐凪竜一とルミナを激しく蝕む。しかし、それでも止まらない。世界ではない。フォルトゥナ姫の為、彼女を苦境から救う為。2人の目には神に呪われ、苦しみ、その果てに死を選んだ少女しか見えていない。故に、その身に歪んだ星の加護が襲い掛かろうとも戦い続ける。
「あ、あの……」
「世界を動かすのは、人を救いたいという純粋な意志。陳腐な表現をすれば、優しさとソレが繋ぐ人の輪だ」
英雄が作った僅かな猶予を無駄にしまいとカストールは語り掛け始めた。まるで父親の様に慈しむ声と顔に、姫の心がまた少し解ける。
「世界を闇に染め得る力を持った英雄は、その力を人の為に、誰かを守る為に使う道を選んだ。だが、それだけではこの場に来るなど出来なかった。英雄は自らの意志を行動で示し、その意志に共感した人間の協力なしには不可能だった。その原動力は純粋で原初的な、ただ貴女を助けたいと言う感情だ。遠い昔から確かに存在していたが、今に至るまでに見失った力だ」
カストールは英雄の中に姫を救う答えを見た。彼が陳腐と評した"優しさ"、ソレこそが姫を神の呪縛から救い得ると結論した。
「人は様々な理由で繋がり、社会という繋がりを形成し、世界のあらゆる生物の頂点に立ち、自然にすら打ち克ち、宇宙にまで進出した。時が進み、文明が発展し、人が増え、モノが増え、価値が増えた。言語、血液型、肌の色、出身、環境、利害、合理、血筋、血縁、信仰、果ては国家。価値が飽和するに伴い、忘れ去られた。今、英雄達が見せる力こそが世界に、これから先に、何より貴女に必要なものだ。その力は英雄を繋ぎ、英雄が救った誰かを繋ぎ、また別の誰かを繋ぐ。そうして拡大した意志が、今や神にさえ打ち克とうとしている。貴女の為だ。貴女はその優しさを受け取って良いのだ。素直に、もう十分に果たした筈だ」
一呼吸を置いたカストールは姫を優しく見つめた。視線に気付いた姫も見つめ返し、見た。既に死んだ男の目に宿る、死とは真逆の輝きを見た。
「コレこそが歴代が求めた、死を超える答えだと私は確信した。神の力は絶対ではなかった。いや、それだけではない……力を持つ事が、強い事が、運命を捻じ曲げる星をその身に宿す事が強さであると、絶対的で唯一不変の価値であると勘違いをしていた。力ではない、より大勢を巻き込める真っ直ぐな意志こそが絶対だったのだ。ソレこそが、英雄に宿る輝きこそが神を呪いから救い出す答えなのだ。人の悪意が群れ成し神を歪めるならば、その歪みを正すのは良き意志の集積だ。私は己惚れていた。なまじ強いが故に、己ならば何でもできると、1人でも完遂できると己惚れていた。貴女もそうではないか?」
カストールは切り出した。星の器を宿す姫こそが最も強く"神"という言葉に呪縛されているのではないか、と。姫は何も答えない。
「あるいは絶対的な力への恐怖かも知れない。何れにせよ、その感情は感情は何時しか越えがたい壁となり、他者を拒絶するようになった。その孤独もまた呪いとなり、縛った。神だからと、自分は神だからと、神と呼ばれるのだからと、幸運の星という絶対的な力を持っているのだからと、そうやって貴女は自らに呪われた。私も同じだ。大勢と同じく貴女を神と決めつけ、心中に踏み込む事を恐れた。だが、貴女は人間だ。人間として生きて良いのだ。だから、人間ならば己の意志で全てを決めなければならない。今が、その時だ。英雄達と同じく、因果を捻じ曲げる星の力に抗う力が貴女にもある。どうする?どうしたい?諦めるか、それとも生きるか。生きると決めたのならば何をするか。それは勇気がいる行為で、とても苦しい。しかし大丈夫だ。貴女の傍には多くの光が……1人では……ない」
姫の目を見ながら、父親の如く優しく諭し続けたカストールは最後に姫の頭を軽く撫でると力尽き、崩れ落ちた。歴代の姫を苦悩から救いたいと願い、強引な形で実行に移した男は最後まで己に生まれた矜持を貫き、一言の後悔さえ口に出すことなく今度こそ息絶えた。
その光景に姫の目が悲哀に染まる。人であった時の名を呼びながら、崩れ落ちた男の身体を必死で揺さぶった。しかし、反応はない。また、と姫が零した。また、取り残された。自分の意志を置き去りにされた。泣けど叫べど自らを取り巻く環境は変わらず、起きてしまった事も変えられない。そんな程度は知っている。
が、気付いた。気付かされた。人間であると肯定されたフォルトゥナ=アウストラリス・マキナは、同時に救いの手が差し伸べられていると教えられた。盲目的に死を望む、闇に沈んだ心に僅かな光が射した。自らを縛る神という呪縛に僅かな亀裂が入る。
「貴方達……なのですか?死を超える答え、貴方達が見せてくれるのですか?いや、貴方達自身が答え……?」
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