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本編
22話 退院
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2035年10月22日
「エルザさん、色々とありがとうございます」
晴れての退院となった九頭竜聖を病院入り口前で出迎えたのはスーツを着こなす美貌の才媛、黒鉄重工代表エルザ。彼女の姿を認めた聖は、開口一番に感謝の言葉を投げかけた。本来ならば会うどころか言葉を交わす事さえなかった二人の距離は、今や気軽に挨拶をする程度には縮まっていた。
「どういたしまして。一先ずは、退院おめでとう」
対してエルザの返答は多分に業務的な印象を与えた。が、エルザ側の視点に立てば業務の一環でしかないのだから無理もない。親身に世話を焼いてきたのは黒鉄重工という組織が九頭竜聖をVIPとして最大限に尊重するという意志の表明に他ならない。
「ン?どうしたの」
聖の顔に浮かぶ僅かな緊張に気付いたエルザが彼に近寄り、見上げた。
「いや、その」
緊張する理由は背後だと、彼は返答代わりに視線を動かす。エルザが聖の視線を追いかければ、自分達を見送る為だけに入口にずらりと並び立つ医者と看護師達の姿が目に留まった。まるで来賓の様な待遇に反し、誰の表情もぎこちない。エルザは面々の面持ちを見るや――
「あぁ」
と一言、十月の寒空に呆れを含んだ溜息を吐き出した。送迎に現れた面々の心中にあるのは、銃撃から僅か二日という驚異的な速度での回復に対する不信と疑念。
何故生きているのか?瀕死の筈が輸血だけで回復した理由は?医学を超越した何かが九頭竜聖の身に起きている事は理解しながらも、一方で重工側からの強烈な圧力に調査一切が許されなかった。見送りの理由は急に倒れやしないかという不安感に駆られての行動だが、当人には知る由もない。
「気にしなくていいわよ。さて、では行きましょうか」
そんな心情など知った事かと一蹴したエルザは、入り口前に停車した車に乗るよう急かす。一行の目的地は世界最大の軍需企業、黒鉄重工本社。超巨大船舶は現在、ポイント・ネモに停泊中。世界の陸地から最も離れた南太平洋上の地点。一番近い陸地からであっても約2700キロ以上も離れたその場所は、かつて到達不能極と呼ばれる人類未踏の地と呼ばれていた。が、それも過去の話。
「本社までの距離は?」
「ニュージーランドから約5,000キロ。重工専用の高速貨物船で移動するけど、それでも最短6日。天候次第で多少は遅れるけど、それ位は必要ね」
「そうではなく、ココからの距離は?」
「は?」
コロの問いに生真面目に回答したエルザだったが、どうやら彼女の望む回答ではなかったようだ。問い直すコロの顔は酷く真面目だが、何を言いたいか理解できない。
「日本から?正確には覚えてないけど、でも12,000とか以上は離れて、いた……」
そこまでを言いかけたエルザが何かに気付き、閉口した。
「まさか」
「私達だけ先に向かいます。その程度の距離なら数分もあれば十分ですから、座標を教えてください」
さも当然の如く言い切ったコロは、十月の澄んだ青空を見上げた。刹那、空から真白い鳥が全員の視界に飛び込む。不意に出現したヴァルナに病院中は騒然、見送りに来た医者と看護婦は腰砕けて座り込み、病室と病院の周囲からは悲鳴に似た歓喜の声が湧き上がった。不測の事態に備えて病院を警護していた十数機の鐵は音速を超える速度で飛来する機体に反応さえ出来ず、院内の広場に降り立った白騎士を呆然と見つめる。
「ちょ、ちょっと。数分って、嘘でしょ?」
「いやいや、落ち着いて」
「どうしてです、旦那様?」
さも当然の如く二人で向かうと言い切るコロに、慌てて聖が口を挟んだ。キョトンと見上げるコロの顔には疑問以外の感情が見えない。
「そもそも、俺達だけで行っても驚かせるだけでしょ?」
「連絡しておけば良いのでは?」
「既に入れています。だけど、そう言う問題じゃないのよ」
堪らずエルザが会話に加わってきた。
「では、どんな問題なんですか?」
「端的に……怖いのよ。本社には社員だけじゃなくて、その家族に移住者も大勢いるから。ただでさえ桁違いに強いのに、そんなのが桁外れた速度で近づいてくるってだけで普通の人は怖がるわ。アナタ、聖クンが世間からそう思われてもいいの?」
エルザの説得にコロは小さく唸った。納得はしていないが、受け入れはしたようだ。常に九頭竜聖を優先する彼女の|(単純な)思考にエルザは胸を撫で下ろす。
「そもそも君達だけ先に行ったところで作戦準備が早まる訳でも無い。時間だけはどうしようもないから、暫くは海の旅を楽しんでちょうだい」
「俺としても、その間に色々と状況を整理しておきたくて。良ければ、色々と教えて欲しい」
「はい。お任せください!!記憶はまだ完全じゃありませんけど、覚えている範囲なら何でもどうぞ!!」
九頭竜聖からの依頼に、コロの機嫌が一気に良くなった。もう、エルザとのやり取りは忘却の彼方。彼女にしてみれば、世界よりも九頭竜聖に頼られるという事実の方が重要なようだ。
※※※
同日夜。愛知県N市港湾近傍のホテル。出発はまだ少し時間が掛かるとの理由により一行は港湾を一望できる高層ホテルへと移動、更にエルザに案内されるまま31階にあるレストランへとやって来た。
が、九頭竜聖は落ち着き無く彼方此方を見回し、かと思えば救いを求める視線をエルザに向け始めた。どうやら余りにも場違い感が強すぎて居心地が悪いらしい。が、当人はやはり完全無視して話を進め始める。
「お待ちしておりました、エリザベート様。ご指示通り、本日は貸し切りとなっております」
「無理を言って申し訳ないとオーナーにお伝え下さい」
話を遠巻きに聞いていた九頭竜聖の顔が、貸し切りの一言に限界を超えた。
「いや、そんなマズいですよ」
と、遂にはエルザに耳打ちをする始末。
「何が?」
しかし反応はにべもない。
「いや、だってホラ服装とか」
尚も食い下がる聖。居心地が悪いと感じる理由は様々あれど、特に気に掛けているのが余りにもラフな服装。ドレスコードを知らぬ聖であっても、流石にスタッフから冷めた視線を浴びせられれば自分の格好がこの場に相応しくないと察した。
「ハァ」
と、盛大な溜息。冷めた視線に吐き捨てるような溜息。何か変な事を言ってしまったのかと、聖は気が気でなくなる。が――
「彼が九頭竜聖よ。名前位は知ってるでしょう?」
エルザは聖をねめつけるスタッフを殊更に威圧した。
「は?え?こ、これは申し訳ございません!!」
「入っていいわよね?」
「勿論です」
有無を言わせぬ強引な物言い。唖然とする聖。一言も喋らず、彼を守る様に腕を絡めるコロ。
「さ、行くわよ」
そんな一人と一機を後目にエルザは颯爽と店の奥へと消えていった。
「エルザさん、色々とありがとうございます」
晴れての退院となった九頭竜聖を病院入り口前で出迎えたのはスーツを着こなす美貌の才媛、黒鉄重工代表エルザ。彼女の姿を認めた聖は、開口一番に感謝の言葉を投げかけた。本来ならば会うどころか言葉を交わす事さえなかった二人の距離は、今や気軽に挨拶をする程度には縮まっていた。
「どういたしまして。一先ずは、退院おめでとう」
対してエルザの返答は多分に業務的な印象を与えた。が、エルザ側の視点に立てば業務の一環でしかないのだから無理もない。親身に世話を焼いてきたのは黒鉄重工という組織が九頭竜聖をVIPとして最大限に尊重するという意志の表明に他ならない。
「ン?どうしたの」
聖の顔に浮かぶ僅かな緊張に気付いたエルザが彼に近寄り、見上げた。
「いや、その」
緊張する理由は背後だと、彼は返答代わりに視線を動かす。エルザが聖の視線を追いかければ、自分達を見送る為だけに入口にずらりと並び立つ医者と看護師達の姿が目に留まった。まるで来賓の様な待遇に反し、誰の表情もぎこちない。エルザは面々の面持ちを見るや――
「あぁ」
と一言、十月の寒空に呆れを含んだ溜息を吐き出した。送迎に現れた面々の心中にあるのは、銃撃から僅か二日という驚異的な速度での回復に対する不信と疑念。
何故生きているのか?瀕死の筈が輸血だけで回復した理由は?医学を超越した何かが九頭竜聖の身に起きている事は理解しながらも、一方で重工側からの強烈な圧力に調査一切が許されなかった。見送りの理由は急に倒れやしないかという不安感に駆られての行動だが、当人には知る由もない。
「気にしなくていいわよ。さて、では行きましょうか」
そんな心情など知った事かと一蹴したエルザは、入り口前に停車した車に乗るよう急かす。一行の目的地は世界最大の軍需企業、黒鉄重工本社。超巨大船舶は現在、ポイント・ネモに停泊中。世界の陸地から最も離れた南太平洋上の地点。一番近い陸地からであっても約2700キロ以上も離れたその場所は、かつて到達不能極と呼ばれる人類未踏の地と呼ばれていた。が、それも過去の話。
「本社までの距離は?」
「ニュージーランドから約5,000キロ。重工専用の高速貨物船で移動するけど、それでも最短6日。天候次第で多少は遅れるけど、それ位は必要ね」
「そうではなく、ココからの距離は?」
「は?」
コロの問いに生真面目に回答したエルザだったが、どうやら彼女の望む回答ではなかったようだ。問い直すコロの顔は酷く真面目だが、何を言いたいか理解できない。
「日本から?正確には覚えてないけど、でも12,000とか以上は離れて、いた……」
そこまでを言いかけたエルザが何かに気付き、閉口した。
「まさか」
「私達だけ先に向かいます。その程度の距離なら数分もあれば十分ですから、座標を教えてください」
さも当然の如く言い切ったコロは、十月の澄んだ青空を見上げた。刹那、空から真白い鳥が全員の視界に飛び込む。不意に出現したヴァルナに病院中は騒然、見送りに来た医者と看護婦は腰砕けて座り込み、病室と病院の周囲からは悲鳴に似た歓喜の声が湧き上がった。不測の事態に備えて病院を警護していた十数機の鐵は音速を超える速度で飛来する機体に反応さえ出来ず、院内の広場に降り立った白騎士を呆然と見つめる。
「ちょ、ちょっと。数分って、嘘でしょ?」
「いやいや、落ち着いて」
「どうしてです、旦那様?」
さも当然の如く二人で向かうと言い切るコロに、慌てて聖が口を挟んだ。キョトンと見上げるコロの顔には疑問以外の感情が見えない。
「そもそも、俺達だけで行っても驚かせるだけでしょ?」
「連絡しておけば良いのでは?」
「既に入れています。だけど、そう言う問題じゃないのよ」
堪らずエルザが会話に加わってきた。
「では、どんな問題なんですか?」
「端的に……怖いのよ。本社には社員だけじゃなくて、その家族に移住者も大勢いるから。ただでさえ桁違いに強いのに、そんなのが桁外れた速度で近づいてくるってだけで普通の人は怖がるわ。アナタ、聖クンが世間からそう思われてもいいの?」
エルザの説得にコロは小さく唸った。納得はしていないが、受け入れはしたようだ。常に九頭竜聖を優先する彼女の|(単純な)思考にエルザは胸を撫で下ろす。
「そもそも君達だけ先に行ったところで作戦準備が早まる訳でも無い。時間だけはどうしようもないから、暫くは海の旅を楽しんでちょうだい」
「俺としても、その間に色々と状況を整理しておきたくて。良ければ、色々と教えて欲しい」
「はい。お任せください!!記憶はまだ完全じゃありませんけど、覚えている範囲なら何でもどうぞ!!」
九頭竜聖からの依頼に、コロの機嫌が一気に良くなった。もう、エルザとのやり取りは忘却の彼方。彼女にしてみれば、世界よりも九頭竜聖に頼られるという事実の方が重要なようだ。
※※※
同日夜。愛知県N市港湾近傍のホテル。出発はまだ少し時間が掛かるとの理由により一行は港湾を一望できる高層ホテルへと移動、更にエルザに案内されるまま31階にあるレストランへとやって来た。
が、九頭竜聖は落ち着き無く彼方此方を見回し、かと思えば救いを求める視線をエルザに向け始めた。どうやら余りにも場違い感が強すぎて居心地が悪いらしい。が、当人はやはり完全無視して話を進め始める。
「お待ちしておりました、エリザベート様。ご指示通り、本日は貸し切りとなっております」
「無理を言って申し訳ないとオーナーにお伝え下さい」
話を遠巻きに聞いていた九頭竜聖の顔が、貸し切りの一言に限界を超えた。
「いや、そんなマズいですよ」
と、遂にはエルザに耳打ちをする始末。
「何が?」
しかし反応はにべもない。
「いや、だってホラ服装とか」
尚も食い下がる聖。居心地が悪いと感じる理由は様々あれど、特に気に掛けているのが余りにもラフな服装。ドレスコードを知らぬ聖であっても、流石にスタッフから冷めた視線を浴びせられれば自分の格好がこの場に相応しくないと察した。
「ハァ」
と、盛大な溜息。冷めた視線に吐き捨てるような溜息。何か変な事を言ってしまったのかと、聖は気が気でなくなる。が――
「彼が九頭竜聖よ。名前位は知ってるでしょう?」
エルザは聖をねめつけるスタッフを殊更に威圧した。
「は?え?こ、これは申し訳ございません!!」
「入っていいわよね?」
「勿論です」
有無を言わせぬ強引な物言い。唖然とする聖。一言も喋らず、彼を守る様に腕を絡めるコロ。
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