篠崎×安西(旧カルーアミルク)

gooneone(ごーわんわん)

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「ただいま」
「おかえり。初めまして。篠崎です」
「突然すみません、坂田と言います」
「え」
「ん?」
「坂田っていうの?」
 知らなかった。いや、きっと小さい頃は知っていたのかもしれないけれど、一緒に生活する上で苗字は呼ばないから忘れてしまっていた。
 ぽかんとしていると、篠崎が呆れたような顔をした。けれどそれに気付かない廉太郎が言う。
「諒くんは苗字何て言うの?」
「安西」
「へぇ」
「……諒、まずは上がってもらいなさい」
 篠崎が何とも言えない顔をしていた。こんな表情をするのは珍しい。安西や廉太郎にとっては子供の頃からこんなやりとりは珍しくないのだけれど篠崎は不思議なのだろう。と言うより、多分本当に呆れている。きっと篠崎は頭がとてもいいから一度覚えたら忘れないのだろう。
「あ、そうだ、そうですね。ごめん廉太郎、どうぞ」
「お邪魔します」
 リビングに通すとテーブルにはお菓子が置かれていた。篠崎が用意しておいてくれたのだと気付く。
「すみません」
「俺は書斎にいるよ。お茶は淹れるのが下手なんだ。すまないね」
 後半は廉太郎に向かって優しく笑って言った。きっと篠崎も廉太郎の上がった肩を下ろしてやろうとしてくれたのだろう。
「あ、いえ、あの、ご迷惑でなければ篠崎さんも一緒に聞いていただけませんか」
「俺も?」
 
 篠崎が上手く廉太郎に世間話を振ってくれている間にお湯を沸かし、着替えた。そしてお茶を淹れてリビングに戻る。
「ごめんね、お待たせ」
 篠崎と廉太郎がそれなりに盛り上がっていたのに、自分がお茶を配ってしまったせいで会話が止まってしまった。今日は金曜日なので時間は構わないのだけれど、廉太郎の都合も気になっていた。
「諒、彼は俺たちが恋人だと見抜いたぞ」
「えっ!え、なに、」 
 突然の言葉に慌てる。にこやかに話していると思って安心していたのに、まさかそんな話をしていたなんて。
「諒くん、篠崎さんのこと好きって顔に出てるよ」
「えっ!や、え、なに、何言って、」
「俺の方が好きなんだけどな」
「ちょ、篠崎、何言ってるんですか」
「廉太郎くんも恋の悩みかな」
「え?」
 篠崎から視線を廉太郎に移す。廉太郎の笑顔はなりを潜め、硬くなっていた。
「廉太郎?」
「あ……えと、はい、そうなんです」
「恋の悩み?廉太郎が?」
「彼だって恋愛くらいするだろう」
 篠崎に窘められ、廉太郎にごめんと頭を下げる。けれど決して蔑んだりしたわけではないのだ。嬉しさと驚き。だって一緒に居た頃の廉太郎は人生を楽しんではいけないと自分を戒めている子だったから。
 やはり、いるのだ。そういう子は。特に親が罪を犯した子に多い。そして責任感の強い子。廉太郎はそのどちらにも当て嵌まっていた。自分の親が余所の家庭を壊したから、その人たちは苦しんで生きていくから、だから加害者の子供である自分は幸せになってはいけない――そう考えてしまうのだ。自ら人生を終えてしまう子もいる。けれど廉太郎は楽になってはいけないと考えて生きていた。
「あ、その、けど恋愛ってほどじゃないんです。……その……」
「うん」
「ネットで知り合った子がいて」 
 それから廉太郎はポツポツと話を始めた。
 ネットで知り合った子。メールのやり取りから始まって、電話、それから会うようにもなった。お互いにいいなと感じているのは分かっているらしい。けれどそこから先に進めずにいる。先に進むには、自分の隠している過去を話さなければならないから。しかし廉太郎にはそれができない。
 話さなければ、と思うところが廉太郎のいいところだ。結婚するとなって、もし相手が廉太郎を調べれば確かに分かってしまうだろうけれどそうなる前に廉太郎は常に誠実であろうとする。きっとこれまでの友達としての付き合いの間でも隠していることでひどい罪悪感に苛まれていただろう。
「そっか……」
 罪を犯したのは廉太郎ではない。廉太郎がけしかけたわけでも依頼したわけでもない。なのに、それでも世間は廉太郎を加害者と見る。廉太郎も被害者なのに。
「彼女は受け入れてくれると思うか」
「……篠崎、」
 訊き方がストレート過ぎる、と思った。けれど廉太郎は気にした様子はない。とそこで篠崎は廉太郎の事情を知らないはずなのに、と気付く。でも知っている感じだ。きっとお茶を淹れている間に廉太郎が話したのだろう。最初から篠崎にも聞かせるつもりだったに違いない。
「わかりません」
「言わずに内密に付き合おうとは思わないのか」
「思いません……考えたこともありました。けれど……これまでの間、彼女を裏切ってきたと思っています。もうこれ以上裏切りたくない」
「彼女は知らないまま付き合っていく方が幸せかもしれないぞ」
「篠崎!」
「諒くん、いいんだ。ありがとう。……それも考えました。言わない方がいい。でも言わないならもう連絡を取り続けるべきじゃない」
 廉太郎の言いたいことは痛いほどわかった。告げれば、今まで隠されていたと思うだろう。どうして言ってくれなかったのだと。けれど言ったら言ったで彼女は苦しむことになる。二人の同意だけでできる交際ならまだいい。でもその先、結婚となったら彼女の家族だって親族となるのだ。彼女の両親だって廉太郎の家族のことを知りたがるだろう。
「知ってほしいんだろう」
 篠崎が言った。
「きちんと自分のことを知ってほしいんだろう」
「……はい」
 廉太郎の目に迷いはなかった。
「言わないなら、もう連絡を取り続けるべきじゃないと言ったな」
「はい」
「言ってみるといい」
「……篠崎さん」
 言った方がいい、それは安西も同じ意見だった。正直、言わずに済むのならそれが一番いいのかもしれない。けれど隠していることが辛い廉太郎にとって「言わずに済む」ということはあり得ないのだ。
「僕もそう思うよ。もし、僕だったら……話してもらえなかったら悲しい。自分の気持ちを信じてもらえていなかったのかなって」
「諒くん……」
 安西にも家族はいない。だからもし廉太郎と彼女がうまく行って結婚となったとき彼女の親がなんて言うかは分からない。けれどまずは彼女の気持ちだ。彼女が受け入れてくれてからの話だ。
「自分の秘密を話すときは勇気がいるな。それはみんな同じだ。でも自分を知ってほしいと思ったら言った方がいい。言ったら付き合うか別れるかの二択だ。言わないなら別れるの一択。それなら彼女の心を信じてみた方がいい。後悔は少ない方がいいからな」
「……はい」
「受け入れてもらえたらきっと前より親密になれる。今、一緒にいても隠している罪悪感でよそよそしくなってるんじゃないか」
「……はい」
「年寄りからは以上だ。俺は書斎に引っこむよ。ゆっくり話の続きでも、思い出話でもするといい」
 そう言って篠崎は笑いかけてリビングを出て行った。
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