46 / 52
6-8
しおりを挟む
「こんなに楽しいのは、篠崎と一緒だからだと思います」
「俺も諒くんと一緒じゃなければ来ることすらしないな」
「篠崎が一人でいたら女の子に囲まれて大変なことになりそうです」
「そのときは結婚していると言うよ」
「え?」
篠崎は軽く微笑むだけだった。数瞬の間を置いて理解し、恥ずかしくて、俯く。手首を引かれた。
「止まると危ない」
「あ……」
そうだった、外だ。歩いていた。止まってしまっていた。
「嫌か」
「え?」
「結婚している、と俺が外で言うのは」
「……相手は」
篠崎の態度を見れば疑うことなどありえないのに。多分これは、聞きたかっただけだ。
「諒くん以外にいるのかな」
「……でも」
嬉しい、と思った。思ったけれど、不安にもなった。篠崎のような立場のある人間が、男と交際をしている。それも出自も分からないような男と。
「うん」
「……何でもないです」
何を言ったらいいか分からなかった。『嬉しい』だけを感じられたらよかったのに。
篠崎も何も言わなかった。きっと家なら抱き締めたり、頭を撫でたりしてくれただろう。けれどここは外だから。
幸せと同時に存在する不安と侘しさ。
「あ、あれ食べたい」
適当に指した店は焼き鳥だった。篠崎を置いて店に走り寄る。
「ももタレ二本と、皮塩二本ください」
値段を告げられ、財布を出そうとすると隣からすっと手が伸びた。
「これで」
店主と篠崎がやりとりをするのを眺めた。どうしてこう甘やかすのだろう。食べたかったんじゃなく、場を誤魔化したかっただけの買い物。もちろん美味しくいただくけれど、利用したようなものなのに。だから篠崎がお金を出す必要なんてないのに。
「ビールが飲みたくなりそうだ」
篠崎だって気付いているはずなのに、嘘に付き合おうとしてくれる。嘘をホントにしようとしてくれる。
「……さっき、売ってました。買ってきます」
「だめだ」
「え?」
「だめだよ。一緒に行こう」
「でもビールくらい」
一人で買ってこれる。
「ナンパされるのは許せない」
「……されるのは僕じゃなくて篠崎だと思いますけど」
そう言えば篠崎は困ったように笑った。でも篠崎がナンパ避けのために安西と居る雰囲気はない。
「諒くんもチラチラ見られているよ」
「篠崎の連れが気になるだけですよ」
「……ほら、買いに行こう。けれど諒くんはジュースだよ」
「なんでですか」
「今日は子供の日だ」
当然のように言われ、おかしくなってしまう。さっきまで心がもやもやしていたはずなのに。
リンゴジュースを買ってもらい、その場で開けて飲む。普通のペットボトルなのに氷で冷やされたそれはとても美味しかった。
「次は何をしようか」
「うーん」
「諒くんがしたいことを沢山しよう」
「お店見ながら歩きたいです。どんなのあるか分からないから」
「そうだな、そうしよう」
道の端で焼き鳥を食べながら飲み物を飲んで、ごみを捨てて歩き出す。
両端に並ぶ沢山の店。どれも明るくて、にぎやかな色だ。
「篠崎、楽しいですか」
「楽しいよ」
「ほんと?」
「正直に言えば、諒くんと一緒なら祭りじゃなくても楽しい」
恥ずかしげもなく言ってのける。こちらの方が恥ずかしくなってしまう。
「……食べたいものないですか」
「諒くんのオムライスかな」
「……明日のお昼か夜に作りますね」
こんな会話、周りの人に聞かれたら関係を知られてしまうのに。でも、それでもいいと思った。だってみんな楽しそうに笑っているから、きっと二人の会話を聞いている人はいない。
「あぁ、楽しみにしてる」
それから夜店が途切れるところまで歩き、また戻った。
「帰ろうか」
「はい」
戻りでどうしてももう一度篠崎の射的が見たくておねだりをして、カッコいい姿をしっかり脳裏に焼き付け、そしてキャラメルの小さな箱やキーホルダーが増えた。お店のおじさんは「兄ちゃんにやられると商売あがったりだ!」なんて豪快に笑って、景品を入れる袋をくれた。
明るいところにいたので、帰り道はひどく暗く感じた。けれど隣に篠崎がいるから怖くはない。そもそも怖いと思う道でも年でもないのにそんなことを考えてしまうのは無意識に何かがあっても篠崎が守ってくれるから大丈夫と思っているからかもしれない。
「どうした」
「あ、いえ……」
つい、隣を見上げてしまっていた。どれほど一緒に居ても端正な顔に見飽きることはない。
「今日、本当にありがとうございました。あと、昨日も」
「俺も楽しかった」
「何が楽しかったですか」
「射的を見て顔を赤らめている諒くんを見るのが」
「……かっこよかったから」
「そうか。それは良かった。早く帰ろう」
「え?」
突然手首を掴まれ、歩みを早められた。
「抱きしめたい」
「っ、ぁ……」
俯いて、転ばぬよう篠崎に必死についていく。足の長さが違うからいつもならゆっくり安西のペースに合わせてくれるのに今日は違う。本当はこれが篠崎のペースなのかもしれないけれど。
「俺も諒くんと一緒じゃなければ来ることすらしないな」
「篠崎が一人でいたら女の子に囲まれて大変なことになりそうです」
「そのときは結婚していると言うよ」
「え?」
篠崎は軽く微笑むだけだった。数瞬の間を置いて理解し、恥ずかしくて、俯く。手首を引かれた。
「止まると危ない」
「あ……」
そうだった、外だ。歩いていた。止まってしまっていた。
「嫌か」
「え?」
「結婚している、と俺が外で言うのは」
「……相手は」
篠崎の態度を見れば疑うことなどありえないのに。多分これは、聞きたかっただけだ。
「諒くん以外にいるのかな」
「……でも」
嬉しい、と思った。思ったけれど、不安にもなった。篠崎のような立場のある人間が、男と交際をしている。それも出自も分からないような男と。
「うん」
「……何でもないです」
何を言ったらいいか分からなかった。『嬉しい』だけを感じられたらよかったのに。
篠崎も何も言わなかった。きっと家なら抱き締めたり、頭を撫でたりしてくれただろう。けれどここは外だから。
幸せと同時に存在する不安と侘しさ。
「あ、あれ食べたい」
適当に指した店は焼き鳥だった。篠崎を置いて店に走り寄る。
「ももタレ二本と、皮塩二本ください」
値段を告げられ、財布を出そうとすると隣からすっと手が伸びた。
「これで」
店主と篠崎がやりとりをするのを眺めた。どうしてこう甘やかすのだろう。食べたかったんじゃなく、場を誤魔化したかっただけの買い物。もちろん美味しくいただくけれど、利用したようなものなのに。だから篠崎がお金を出す必要なんてないのに。
「ビールが飲みたくなりそうだ」
篠崎だって気付いているはずなのに、嘘に付き合おうとしてくれる。嘘をホントにしようとしてくれる。
「……さっき、売ってました。買ってきます」
「だめだ」
「え?」
「だめだよ。一緒に行こう」
「でもビールくらい」
一人で買ってこれる。
「ナンパされるのは許せない」
「……されるのは僕じゃなくて篠崎だと思いますけど」
そう言えば篠崎は困ったように笑った。でも篠崎がナンパ避けのために安西と居る雰囲気はない。
「諒くんもチラチラ見られているよ」
「篠崎の連れが気になるだけですよ」
「……ほら、買いに行こう。けれど諒くんはジュースだよ」
「なんでですか」
「今日は子供の日だ」
当然のように言われ、おかしくなってしまう。さっきまで心がもやもやしていたはずなのに。
リンゴジュースを買ってもらい、その場で開けて飲む。普通のペットボトルなのに氷で冷やされたそれはとても美味しかった。
「次は何をしようか」
「うーん」
「諒くんがしたいことを沢山しよう」
「お店見ながら歩きたいです。どんなのあるか分からないから」
「そうだな、そうしよう」
道の端で焼き鳥を食べながら飲み物を飲んで、ごみを捨てて歩き出す。
両端に並ぶ沢山の店。どれも明るくて、にぎやかな色だ。
「篠崎、楽しいですか」
「楽しいよ」
「ほんと?」
「正直に言えば、諒くんと一緒なら祭りじゃなくても楽しい」
恥ずかしげもなく言ってのける。こちらの方が恥ずかしくなってしまう。
「……食べたいものないですか」
「諒くんのオムライスかな」
「……明日のお昼か夜に作りますね」
こんな会話、周りの人に聞かれたら関係を知られてしまうのに。でも、それでもいいと思った。だってみんな楽しそうに笑っているから、きっと二人の会話を聞いている人はいない。
「あぁ、楽しみにしてる」
それから夜店が途切れるところまで歩き、また戻った。
「帰ろうか」
「はい」
戻りでどうしてももう一度篠崎の射的が見たくておねだりをして、カッコいい姿をしっかり脳裏に焼き付け、そしてキャラメルの小さな箱やキーホルダーが増えた。お店のおじさんは「兄ちゃんにやられると商売あがったりだ!」なんて豪快に笑って、景品を入れる袋をくれた。
明るいところにいたので、帰り道はひどく暗く感じた。けれど隣に篠崎がいるから怖くはない。そもそも怖いと思う道でも年でもないのにそんなことを考えてしまうのは無意識に何かがあっても篠崎が守ってくれるから大丈夫と思っているからかもしれない。
「どうした」
「あ、いえ……」
つい、隣を見上げてしまっていた。どれほど一緒に居ても端正な顔に見飽きることはない。
「今日、本当にありがとうございました。あと、昨日も」
「俺も楽しかった」
「何が楽しかったですか」
「射的を見て顔を赤らめている諒くんを見るのが」
「……かっこよかったから」
「そうか。それは良かった。早く帰ろう」
「え?」
突然手首を掴まれ、歩みを早められた。
「抱きしめたい」
「っ、ぁ……」
俯いて、転ばぬよう篠崎に必死についていく。足の長さが違うからいつもならゆっくり安西のペースに合わせてくれるのに今日は違う。本当はこれが篠崎のペースなのかもしれないけれど。
0
あなたにおすすめの小説
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
龍の無垢、狼の執心~跡取り美少年は侠客の愛を知らない〜
中岡 始
BL
「辰巳会の次期跡取りは、俺の息子――辰巳悠真や」
大阪を拠点とする巨大極道組織・辰巳会。その跡取りとして名を告げられたのは、一見するとただの天然ボンボンにしか見えない、超絶美貌の若き御曹司だった。
しかも、現役大学生である。
「え、あの子で大丈夫なんか……?」
幹部たちの不安をよそに、悠真は「ふわふわ天然」な言動を繰り返しながらも、確実に辰巳会を掌握していく。
――誰もが気づかないうちに。
専属護衛として選ばれたのは、寡黙な武闘派No.1・久我陣。
「命に代えても、お守りします」
そう誓った陣だったが、悠真の"ただの跡取り"とは思えない鋭さに次第に気づき始める。
そして辰巳会の跡目争いが激化する中、敵対組織・六波羅会が悠真の命を狙い、抗争の火種が燻り始める――
「僕、舐められるの得意やねん」
敵の思惑をすべて見透かし、逆に追い詰める悠真の冷徹な手腕。
その圧倒的な"跡取り"としての覚醒を、誰よりも近くで見届けた陣は、次第に自分の心が揺れ動くのを感じていた。
それは忠誠か、それとも――
そして、悠真自身もまた「陣の存在が自分にとって何なのか」を考え始める。
「僕、陣さんおらんと困る。それって、好きってことちゃう?」
最強の天然跡取り × 一途な忠誠心を貫く武闘派護衛。
極道の世界で交差する、戦いと策謀、そして"特別"な感情。
これは、跡取りが"覚醒"し、そして"恋を知る"物語。
【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話
日向汐
BL
「好きです」
「…手離せよ」
「いやだ、」
じっと見つめてくる眼力に気圧される。
ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26)
閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、
一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨
短期でサクッと読める完結作です♡
ぜひぜひ
ゆるりとお楽しみください☻*
・───────────・
🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧
❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21
・───────────・
応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪)
なにとぞ、よしなに♡
・───────────・
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
【完結】獣王の番
なの
BL
獣王国の若き王ライオネルは、和平の証として差し出されたΩの少年ユリアンを「番など認めぬ」と冷酷に拒絶する。
虐げられながらも、ユリアンは決してその誇りを失わなかった。
しかし暴走する獣の血を鎮められるのは、そのユリアンただ一人――。
やがて明かされる予言、「真の獣王は唯一の番と結ばれるとき、国を救う」
拒絶から始まった二人の関係は、やがて国を救う愛へと変わっていく。
冷徹な獣王と運命のΩの、拒絶から始まる、運命の溺愛ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる