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十話 ストンと落ちる
「お前は……」
「あら、妻に向かってお前だなんて……私にはルチナという立派な名前がございますわ」
「……ルチナ、一体これはどういうことだ?」
俺の問いかけに対し、ルチナはふふ、と優しい笑みを浮かべた。
____失礼な態度をとっているにも関わらず、穏やかな笑みを崩さないルチナの考えが、俺には全く読めない。
「どういうことも何も、見たまんまですわ。それに、驚くのはここからです。ほら、早く中へお入りになって?」
「……あぁ」
ルチナに促されるまま、釈然としない気持ちで屋敷の中へ入る。
____そこで俺は、またしても衝撃を受けた。
「…………どういうことだ?」
「旦那様、そのセリフは2回目ですわ」
埃のかぶっていたはずのシャンデリアは輝いており、階段に敷いてあるカーペットもあるで新品のように美しい。
よく見れば花瓶なんかも飾られていて、上品な花の香りがロビーに漂っている。
そして何より……執事長のバートンを筆頭に、出迎えてくれた使用人たちの態度が変わっていた。
背筋が伸びており、なんだかイキイキとしているのがひと目でわかるくらいに……。
「おかえりなさいませ、旦那様」
「あ、あぁ……」
呆然とする俺の顔をルチナが覗き込み、クスッと笑いながら語りかけてきた。
「随分変わったでしょう? 庭園だけでなく、屋敷中を掃除いたしましたから。それと、執務室に乱雑していた書類はまとめて、残っていた仕事も終わらせておきました」
「なっ……! お前みたいな女が勝手に俺の仕事を!?」
「旦那様が勝手な噂を信じるのは自由ですが、実家の事業を担っていたのは父ではなく女の私ですもの。あのくらいの書類、一週間もかかりませんわ」
呆れたような顔で話すルチナの話に、俺はまたしても衝撃を受けた。
……あのマガーリッジ子爵家の事業経営を、この悪女が担っていた……だと?
じゃあ、あの贅沢三昧で社交界にも顔を出さない無能な娘という噂は、なんだったんだ……?
「旦那様、奥様は大変優秀な女性です。不甲斐ない私達にも的確に指示をしてくださり、たった一週間でここまで屋敷を変えることができたのですよ」
「バートン、お前まで……」
「そ、そうですよ! それに、奥様は私達全員の顔と名前も覚えてくださって……噂なんかとは全然違います!」
驚くことに、バートン、そして侍女まで意見をしてきた。
どうやらルチナは、この一週間で使用人の心まで掌握してしまったらしい。
俺が立ち尽くしていると、ルチナが真剣な眼差しで俺の瞳を見つめてきた。
思わずドキリとする。
なんだか、この結婚に対する浅ましい自分の考えまで見透かされてしまっている気がして……。
ルチナがゆっくりと、口を開いた。
「……私は噂を信じることを悪いとは思っておりません。それに、旦那様の領地経営の腕は確かなものだと感じております。書類仕事を片付けているうちに、そのことは実感いたしました。ですが……」
「…………なんだ」
「旦那様は領地経営や事業に力を入れすぎて、身近な人たち……この屋敷やその人間を疎かにしてはいませんでしたか」
「…………」
「遠くのものばかり見て、近くの大切なものに気付けないようでしたら……伯爵としては立派でも、屋敷の主人としては失格です」
真っ直ぐな瞳で、ルチナがそう告げる。
俺はルチナの言葉に、少しだけ苛立ちを覚えてしまった。
だが、それ以上に……自分が恥ずかしくて仕方がなかった。
たった一週間でこの屋敷を変え、商人からの信頼を得て、俺のことまで見透かされている。
それも、内心で軽んじていた悪女の妻に。
……いや、きっと彼女は噂通りの悪女ではないのだろう。
だが、そのことをすぐに謝罪するなんてことも、できるわけがなく……。
何も言えずに固まっている俺に対して、ルチナはふっと表情を緩めてから、優しく言葉を紡ぎ始めた。
「ごめんなさい、言い過ぎましたわ。旦那様が頑張っていらっしゃることは、民の様子を見ればわかります。だから、旦那様の手の回らない部分は、私が補います」
「……補う、だと?」
「はい。そうやって、足りない部分を補って支え合っていけばいいではありませんか」
ルチナは髪を耳にかけながら、さっきとは打って変わって穏やかな声で、花が舞うような笑みを浮かべて言葉を続けた。
「私達、夫婦なのですから。ね?」
____ストン、と何かが落ちる音がした。
「あら、妻に向かってお前だなんて……私にはルチナという立派な名前がございますわ」
「……ルチナ、一体これはどういうことだ?」
俺の問いかけに対し、ルチナはふふ、と優しい笑みを浮かべた。
____失礼な態度をとっているにも関わらず、穏やかな笑みを崩さないルチナの考えが、俺には全く読めない。
「どういうことも何も、見たまんまですわ。それに、驚くのはここからです。ほら、早く中へお入りになって?」
「……あぁ」
ルチナに促されるまま、釈然としない気持ちで屋敷の中へ入る。
____そこで俺は、またしても衝撃を受けた。
「…………どういうことだ?」
「旦那様、そのセリフは2回目ですわ」
埃のかぶっていたはずのシャンデリアは輝いており、階段に敷いてあるカーペットもあるで新品のように美しい。
よく見れば花瓶なんかも飾られていて、上品な花の香りがロビーに漂っている。
そして何より……執事長のバートンを筆頭に、出迎えてくれた使用人たちの態度が変わっていた。
背筋が伸びており、なんだかイキイキとしているのがひと目でわかるくらいに……。
「おかえりなさいませ、旦那様」
「あ、あぁ……」
呆然とする俺の顔をルチナが覗き込み、クスッと笑いながら語りかけてきた。
「随分変わったでしょう? 庭園だけでなく、屋敷中を掃除いたしましたから。それと、執務室に乱雑していた書類はまとめて、残っていた仕事も終わらせておきました」
「なっ……! お前みたいな女が勝手に俺の仕事を!?」
「旦那様が勝手な噂を信じるのは自由ですが、実家の事業を担っていたのは父ではなく女の私ですもの。あのくらいの書類、一週間もかかりませんわ」
呆れたような顔で話すルチナの話に、俺はまたしても衝撃を受けた。
……あのマガーリッジ子爵家の事業経営を、この悪女が担っていた……だと?
じゃあ、あの贅沢三昧で社交界にも顔を出さない無能な娘という噂は、なんだったんだ……?
「旦那様、奥様は大変優秀な女性です。不甲斐ない私達にも的確に指示をしてくださり、たった一週間でここまで屋敷を変えることができたのですよ」
「バートン、お前まで……」
「そ、そうですよ! それに、奥様は私達全員の顔と名前も覚えてくださって……噂なんかとは全然違います!」
驚くことに、バートン、そして侍女まで意見をしてきた。
どうやらルチナは、この一週間で使用人の心まで掌握してしまったらしい。
俺が立ち尽くしていると、ルチナが真剣な眼差しで俺の瞳を見つめてきた。
思わずドキリとする。
なんだか、この結婚に対する浅ましい自分の考えまで見透かされてしまっている気がして……。
ルチナがゆっくりと、口を開いた。
「……私は噂を信じることを悪いとは思っておりません。それに、旦那様の領地経営の腕は確かなものだと感じております。書類仕事を片付けているうちに、そのことは実感いたしました。ですが……」
「…………なんだ」
「旦那様は領地経営や事業に力を入れすぎて、身近な人たち……この屋敷やその人間を疎かにしてはいませんでしたか」
「…………」
「遠くのものばかり見て、近くの大切なものに気付けないようでしたら……伯爵としては立派でも、屋敷の主人としては失格です」
真っ直ぐな瞳で、ルチナがそう告げる。
俺はルチナの言葉に、少しだけ苛立ちを覚えてしまった。
だが、それ以上に……自分が恥ずかしくて仕方がなかった。
たった一週間でこの屋敷を変え、商人からの信頼を得て、俺のことまで見透かされている。
それも、内心で軽んじていた悪女の妻に。
……いや、きっと彼女は噂通りの悪女ではないのだろう。
だが、そのことをすぐに謝罪するなんてことも、できるわけがなく……。
何も言えずに固まっている俺に対して、ルチナはふっと表情を緩めてから、優しく言葉を紡ぎ始めた。
「ごめんなさい、言い過ぎましたわ。旦那様が頑張っていらっしゃることは、民の様子を見ればわかります。だから、旦那様の手の回らない部分は、私が補います」
「……補う、だと?」
「はい。そうやって、足りない部分を補って支え合っていけばいいではありませんか」
ルチナは髪を耳にかけながら、さっきとは打って変わって穏やかな声で、花が舞うような笑みを浮かべて言葉を続けた。
「私達、夫婦なのですから。ね?」
____ストン、と何かが落ちる音がした。
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